第49話 想い、束ねて

 その魔術は、ほんのわずかな力だった。発動に大量の魔力を必要とせず、ただきっかけを与えるだけのもの。


「なんだ?」


 水滴が集まって流れを生むように、わずかな地盤の崩れが大規模な崩落になるように、トウカの放った一手は確かにこの空気を変えていく。アザミはその奇妙な変化が生じていく様を感じ取る。

 長引く戦いの中で幾たびの魔法や魔術が行使されてきた。多くの力が消費され、散っていった。その結果、この城を中心として大気中には莫大な量の残留魔力が漂っていた。


「何だこれは!」


 集束していく。城内外に漂っていた魔力が謁見の間へ、フロアの魔力がトウカの下へ。魔力もほぼ尽き、『加速』はおろか基礎的な魔術すらまともに使える状態でないはずの彼女。幼い頃より魔術の才がないと言われ、落ちこぼれの烙印を押されていた彼女は誰もが操ったことのない膨大な魔力をその身に集めていく。


「はああああっ!!」


 剣を通じて光の刃が顕現する。それはまさしくオウカと同じ『集束』の魔術によるものだった。魔力消費が激しく、術者自身の魔力が不十分であれば満足な威力すら生み出せないトウカに適さない術式。しかし彼女はそれを可能としていた。


「……残留魔力。他者の魔力を糧にしただと!?」

「私は、ずっとそうだったから!」


 魔力も足りなく、フロスファミリア家を継ぐ者としては不適格。剣術の腕も当初はオウカに劣っていた。シオンのような指揮もできず、ドラセナのような狙撃もできず、フジのような医療技術もない。一人だけだったら一人の剣士としてこの場に立ってすらいなかっただろう。


「みんなに助けられて、みんなに支えられていた。マリーとの五年間もみんなが居なかったらきっと無理だった」


 全てが恵まれていなかったからこそ、トウカは自分にできることを模索し続けた。そして道を拓いた。持たざる者だったからこそ発想を変え、どうすれば術を行使できるのかを見出した。

 魔族との戦いでは長期戦になれば人間側は魔力枯渇という課題がある。だがその一方で魔法と魔術が使われ続けたことで大気中には魔力が大量に残されることになる。


「この魔術は……一族が継いできた力と、みんなが託してくれた想いの結実」


 かつて元々武具の強化術式であった『付与』を改良して桃華繚乱とうかりょうらんを編み出した時。トウカは魔力を剣に集めて放つ術式を構築した。そしてそれは『集束』の原理に図らずとも近いものだった。

 原理は近い。ならば体内からではなく、体外から魔力を集められるのではないだろうかという発想。そして術式を改良し、彼女は魔力を集める力の向きを逆転させた。


「だから、私はみんなの想いに応える。私にしかできないことで!」

「ならばその想いもまとめて斬り捨ててくれる!」


 アザミが腕を振り上げる。剣が、槍が、斧が、ありとあらゆる刃物に魔力が象られ、彼の号令と共に一斉にトウカへ襲い掛かる。


「させない!」


 マリーが魔力を繰る。トウカを守るべく再び光の花園が広がり彼女を囲む。幾重にも重なった花びらがトウカへの攻撃を受け止めた。魔王級の膨大な魔力が衝突し合い、削り合い、更にトウカの周囲の魔力は濃くなり、更にその剣に集束されていく。


「ならば、これはどうだ!」


 展開した刃の群れをアザミはさらに増やしていく。トウカがどのような攻撃を繰り出しても対応するつもりだ。


「……負けない」


 トウカが技の体勢に入る。全ての力を込めた剣を強く握り、迷いのない眼差しでアザミを見据える。


「みんなが託してくれた想い。受け継いできた力。その全てをかけて!」


 マリーが、オウカが、キッカが、レンカが、シオンが、フジが、ドラセナが、ノアが、そしてカレンが。アザミとの戦いで放たれた皆の魔力が凝縮されていく。

 人間はおろか魔族の力の域を越え、もはや魔王級に等しい膨大な魔力。それだけの力を行使すればどうなるか誰も知らない。


「……それでも!」

「まさか!」


 アザミはここで迎撃と言う自らの選んだ策が誤りであったことに気付く。トウカは顕現させた刃ではなく、違う手段で攻撃に転じる――トウカにはそれを実行する術があったことに。


「刺し貫け!」

「オウカでも、マリーでもない……これは、私にしかできないことだから!」


 迫り来る殺戮の暴風。だがトウカはその眼差しに一切の恐怖も迷いを見せない。


「――咲き乱れろ!」


 剣を振るう。渾身の力で放たれる斬撃はたった一度。凝縮した魔力をそれに合わせて一斉に解き放つ。


百華斉放ひゃっかせいほう!」


 振り切った剣から光の束が拡散していく。無数の流星と化した力はアザミの放った刃の魔法と正面からぶつかっていく。


「馬鹿な!?」


 だがアザミは異変に気づく。斬撃に乗せて莫大な魔力を放っただけのトウカの技がアザミの魔法を切り裂き、そのことごとくを消滅させていく。まるで魔力の斬撃そのものに魔力を切り裂く力があるかのように。


「まさか……この力は!?」


 向けた視線の先でオウカが勝利を確信した笑みを浮かべていた――その手に『集束』の術式を発動させて。


「おのれええええっ!!」

「行け、トウカ!」

「やああああっ!」


 『伝心』は術者双方の魔術と効果を共有する。オウカとトウカ二人の『集束』が融合し、その技は全てを断ち切りながら進む光の奔流となる。剣の弾幕は打ち破られ、遂にその切っ先がアザミを脅かす。


「があああっ!!」


 両手に魔力を集中させ、アザミは力のままに魔力を放つ。覚醒した力を全開にしてオウカとトウカの力を受け止めた。

 己を凌駕する規模の魔力を前に引かないのは魔王を名乗る彼なりの矜持か。彼女らの切り札であるこの力を耐えきれば人間たちの希望は潰える。勝利を目前にしたアザミは全身全霊でその力の方向を逸らしにかかる。


「この……人間ごときの……技でっ! うおおおおっ!」


 技の余波でその手を切り刻まれながらもアザミは渾身の力を込めて魔力を放った。アザミを飲み込もうとしていた光は力の方向が逸れて誰もいない方向へと飛んでいく。謁見の間の壁を跡形もなく吹き飛ばし、光は消えた。


「くっ……!」

「ク……ハハハ。これで――」

「諦めないで、ママ!」


 アザミが勝利を確信したその時、マリーが続けて叫んでいた。その声に突き動かされるようにトウカは再び構えをとる。

 既に彼女の切り札たる残留魔力は放たれている。トウカ本人の魔力では遠く及ばない。ならば何があるというのか。


「受け取ってママ!」


 トウカの周囲に広がる光の花園が解除される。咲き誇る光の花々が舞い散り、新たな魔力をトウカへと供給していく。


「私からの、花束を!」


 身寄りを失い、住む場所を失った魔王の娘が得た大切な人。どんな時でも守り慈しみ、愛し信じ続けてくれた母へずっと伝えたかった感謝と恩返しの想い。それら全てを束ねて娘は母親へと花束を捧ぐ。


「ありがとう、マリー。術式展開――――『集束』!!」


 光の花がトウカの下へと集い、彼女の力となって再び剣へと集束していく。あたかも光の花束を掲げるように剣は振り上げられ、トウカは最後の力を込めてアザミへと鋭い視線を向ける。


「咲き乱れろ……っ!」

「おのれ、人間どもがあああっ!」


 アザミが絶叫する中、愛娘からの贈り物を手にトウカは静かに告げる。


百華斉放ひゃっかせいほう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る