第46話 絶望なる歓喜
「シオン、しっかりするんだ!」
「ぐ……フジ、すまない」
抱き起こしたシオンの体から鎧が砕け落ちた。原形を留めないほどに破壊されたその姿はアザミの魔法の威力を物語っている。むしろシオンが無事であることが不思議なくらいだった。
「……治療を。まだやらなくちゃいけないことがあるんだ」
「何を言っているんだ、医師としてこれ以上の戦闘は許可できない!」
「そこを曲げて頼む、どうしてもやらなくてはならないんだ」
シオンを後方へ下げるつもりだったフジは彼の言葉に驚く。その視線は懸命にアザミの攻撃を回避し続けている姉妹に注がれている。彼を翻意させる言葉を持ち合わせていないフジは渋々ため息をついて彼の言葉を待った。
「オウカの技は確かに強力だ。だけど僕たち人間はどうしても魔術は二つまでが限界だ。彼女たちも今は凌いでいるけど、
「でも、トウカと協力すれば――あ」
「気づいたかい? トウカと連携するためには『伝心』が必須だ。だけどあれを使えば術式の枠を一つ消費してしまう。残されたのは二人とも術式一つ。どうしても足りないんだ……せめてトウカが複合術式を使えれば」
本来ならば『伝心』の対象となる者同士が複合術式の使い手であれば『伝心』と『投影』と『置換』、そして『集束』の四つの術式の同時発動が可能となる。しかしトウカは単独術式しか使えない。できるのは彼女を複合術式の使い手まで引き上げることまでだ。
「マリーちゃんならアザミの力に対抗できると思っていたけど、やはり魔法の戦いでは分が悪い。マリーちゃんも力を使いこなせれば可能性はあるけど……今この状況で不確定要素に頼ることはできない」
「くっ……!」
「頼む、動けるくらいまででいい。あの二人の回避も限界がある。そうなれば次は
シオンの視線の先にある物にフジも気がついた。彼の行おうとしていることはあの弾幕の中に飛び込むことだ。友人として、医師として認めることはできない。
だがここで動かなければ彼の言うとおり、いつかアザミに捉えられてしまう。倒れているドラセナにもいつアザミが襲いかかるかわからない。
「……わかったよ。でもやることを終えたらすぐに離脱するんだ」
「ああ、約束だ」
誰一人欠けて欲しくないのはフジも同じ気持ちだった。怪我を完治させることはできなくても痛みを和らげ、動けるくらいには彼の魔術でもできる。
「頼んだよシオン……僕の魔力も限界なんだ」
戦いの中で治療のためにフジは多くの魔術を使って消耗していた。緒戦での王国騎士たち、アコ戦を終えたキッカたち、城に入ってからはシオン、ドラセナ、オウカと治療を立て続けに行ってきた。そのために自分の魔力の限界が近いことを悟っていた。
そして、友のためにその残りわずかな力を注ぎ込む。これを使えばいざという時に皆を引きずってでもこの場を離れることすらできなくなるだろう。
「う……っ!」
フジが膝を突いた。ギリギリ倒れないでいられるほどの魔力は残っているがこれ以上の魔術の行使は不可能だった。そして、代わりにシオンが立ち上がる。
「ありがとうフジ。行ってくる」
「シオン団長、私たちにも指示を!」
「お手伝いできることがあるならば存分に私たちをお使いください!」
キッカとレンカの申し出にシオンはうなずき、作戦を伝える。危険は高いが二人が加わった方が成功率は高いのも事実だった。
「行くぞ!」
「はい!」
「参ります!」
そしてシオンの号令の下、キッカとレンカが動き出す。魔法の暴風を回避しながら、各々が指名を果たすために動き出す。
「うおおおお!」
「シオン!?」
「何をする気だ!」
そしてシオンは痛む体を押して全力で走り出す。剣もなく、鎧も砕かれて丸腰でアザミへと直進していく姿は無謀な特攻にしか見えず、思わずトウカとオウカが声を上げた。
「よほど死に急ぎたいと見えるな!」
「術式展開――――『
アザミの魔法の発動を目にしたシオンは即座に魔術を展開する。シオンの魔力を受け、周囲に散らばる瓦礫が彼の体を覆い、即席の鎧となってアザミの魔法を正面から受け止める。
「小癪な真似を!」
アザミは立て続けに魔法を放つ。瓦礫で作られた鎧は魔法が炸裂するたびに打ち砕かれるがその度にシオンは魔術で補修を繰り返す。
「ならば諸共に吹き飛ばす――!」
「術式展開――――『加速』『強化』!」
その時、アザミは背後からの殺気に気づく。アコとの戦いの時のようにキッカは瞬時に距離を詰める。短剣を構え、アザミへ向けて迫る。
「食らえ!
「邪魔だ!」
放とうとしていた魔法を即座に分割し、前後に撃ち出す。勢いがついて止まらないキッカはまともに魔法を食らう。
「うあああーっ!」
「もはや雑魚が出る幕ではないわ!」
短剣を取り落とし、キッカは高速で走りながらアザミの横を通り過ぎていく。体勢が崩れ床を転がりながら倒れていく。だがその表情に悔恨も、無念さもにじませてはいない。
「任務……完了。あと……お願いします……」
「おおおおっ!」
キッカのお陰で魔法の威力が半減したため、シオンはまとっていた瓦礫の鎧を失いこそしたが歩みを止めてはいなかった。届かなかったあとわずかの距離を突破し、ついにアザミに組み付く。
「今だ、二人とも!」
シオンがトウカとオウカに向けて叫ぶ。彼の意図を察知した二人はすぐに走り出す。
「ちいっ、離れろ!」
「させません!」
続いて駆けつけたレンカがアザミの右腕に
「貴様ら!」
「逃がさないわ……」
そして足下では意識を取り戻していたドラセナが残された力で必死にアザミの脚にしがみついていた。脚と腕を拘束されたアザミは魔法で空中に逃れることもできず、必死にあらがう。
「残りの魔力……全て
「は、早く……私たちが押さえ込んでいる間にこいつを!」
「頼む二人とも……僕もそろそろ限界だ」
三人に魔力切れによる体の虚脱感が襲う。目もかすみはじめ、今引き剥がされればもう自分たちが立ち上がれないことは確実だった。
「術式展開――――『集束』!」
オウカが魔力を注ぎ、魔力の刃を生み出す。そしてトウカは魔封じの腕輪を取り出す。
討伐か、封印か、どちらかがたどり着けば勝利は決する――。
「嬉しいぞ……ここまで私を追い詰めた人間は初めてだ」
だが、アザミはそんな窮地の中で笑みを浮かべていた。生まれて初めてとも言える命の危機、圧倒的な力を持っている自分を追い詰めるまでに至った人間たちの不屈の精神。そんな強敵と出会えたことにアザミは無上の喜びを感じていた。
「お前たち、何かを忘れてはいないか?」
そして、歓喜の感情こそが彼の力の解放に繋がる感情だった。アザミの奥底にある膨大な魔力があふれ出す。その余波が紫電となり、彼を中心に気流を乱れさせて暴風が巻き起こる。
「そんな!?」
「ここで!?」
「うわあっ!」
アザミが力を覚醒させた余波でレンカ、ドラセナ、そしてシオンが吹き飛ばされる。既に近距離にまで迫っていたオウカも暴風で一瞬歩みが止まる。
「惜しかったな、あと一歩だったぞ!」
「しま――っ!」
そして、その一瞬の隙にアザミが魔力を手に彼女目掛けて突進していた。術式を切り替える暇も与えず、アザミの魔法が炸裂する。
「うわあああっ!」
「オウカーっ!」
「お母さん!」
既に二つの魔術を使っていたために回避はもとより防御の術式すら使えない。そんなオウカの受けた苦痛が『伝心』を通じてトウカに伝わって来る。
「ぐ……ううっ……!」
「なかなかに楽しめたぞ。よくこの私に本気を出させた」
床に倒れ伏すオウカたちをアザミは高揚に満ちた目で見下ろす。意識こそ保っているがダメージと魔力の枯渇で誰もが動けないでいた。
「残るはお前たちだけだ。もう一人の魔王殺しとその娘よ!」
全身からどす黒いオーラを放ち、アザミは魔力を高めていく。これまでにない危険な気配を感じ、トウカとマリーは身構える。
「だが、ことごとく邪魔をしてくれたお前たちはただでは済まさん!」
彼を中心に展開された無数の刃が天に昇っていく。そして天井で渦を巻き、飛び回る刃が周囲のものを切り刻み始める。
「これは……!」
「絶望にのたうち回りながらの死を与えてやろう! 母子ともども肉片となるがいい!」
それはアザミがこれまで使ってきた個々人を狙った魔法とは違う、空間そのものを刃の暴風雨の中に変える広域型の魔法。
「
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