第27話 次なる舞台へ
「あーあ、せっかく作ったのに倒されちゃったね。アコ」
「せっかく作ったのに倒されちゃったわね。ナイト」
燃え尽きた緑の巨人の残骸を見下ろし、アコとナイトはつまらなそうに顔を見合わせた。
「……ま、そのくらいじゃないとね」
「そうね、そのくらいじゃないとね」
が、すぐにその表情は気色ばむ。奮闘する三人と、新たに戦場に現れた二人の騎士に視線を向けると、静かに二人の魔族は手を繋いだ。
「術式展開――――『加速』!」
緑の巨人が倒され、動揺する魔物たちの隙をオウカは見逃さない。即座に術式を発動させて瞬きの間に三体を切り伏せる。その動きに呼応するように、トウカもまた走り出す。
「まだ終わっていない。魔物を掃討するぞ!」
シオンの号令に騎士たちが咆哮をもって応える。士気を取り戻した王国騎士団たちもオウカとトウカに続くように剣をとった。
「遅れてごめん、オウカ!」
魔物たちの中心で奮闘するオウカの下へトウカがたどり着く。示し合わせたように背中合わせで構え死角を互いに補いながら剣を振るう。
「いや、いい時に来てくれた。お陰で騎士団の損害も少なくて済んだ」
トウカのいる部隊が配置されていたのは王都の外縁、オウカたちが守りを固めていた位置の反対側だった。こちらは当初カレンが率いており、その統率力の下で魔物たちは猛攻を仕掛けていたのだ。
「当然、あちらは片付けて来たんだろうな」
「もちろん!」
殺気を感じたトウカがしゃがみ込む。その直後にオークが振り回した丸太のような腕が振り抜かれる。
「はあっ!」
「やあっ!」
さらにそれに続いてオウカの剣が一閃し、腕を切り飛ばす。トウカも剣を持ち替え、下段から頭上に向けて刃を突き上げる。十字に剣閃が走った直後、オークが後ろへと倒れていく。
「オオオオッ!」
「させないわよ!」
唸り声をあげてその後ろから新たに獅子のような魔物が現れる。大柄な体躯に遮られた場所からの出現にわずかに二人の反応が遅れる。
しかし横からドラセナの矢が魔物のこめかみを貫く。一撃で絶命には至らなかったがわずかながらたたらを踏んだことでオウカとトウカが次に動き出すまでの時間は稼ぎ出すことに成功する。数瞬後には姉妹の剣が魔物の首と胴を両断していた。
「ありがたい。ドラセナもよく生きていてくれた」
「当然。まだ子供も幼いのに死ねないわ」
涼しい顔でドラセナは髪をかき上げた。以前と変わらぬ健在なその姿にオウカたちも笑みがこぼれる。
「オウカの知り合いに助けてもらったのよ。確かノアって言ったっけ」
「ノアか!」
「ええ。アザミにやられる寸前だったんだけど、アキレアと一緒に助けられたのよ。どうもあの時、マリーちゃんの側で陰ながら動いていたみたい」
「よかった……お前にもしものことがあったらフジに申し訳が立たんからな」
「でも、どうして今日になってここへ?」
「そうだな。生存の報をよこせば騎士団から迎えを寄越したと言うのに」
トウカとオウカの問いにドラセナは一瞬言葉を詰まらせた。そして言いづらそうに険しい顔で答える。
「助けられたのはいいんだけど……そのまま山に置いて行かれたのよ。魔族に見つからないように下山して、途中の村で馬を借りて、ここに戻って来るの凄く大変だったんだからね」
「ごめんドラセナ……ノアに悪気はないのよ」
「わかってるわトウカ。アキレアの救出のついでだって直に言われたし」
ドラセナが大きくため息を吐いた。魔族が特定の存在に執着が強くなることは彼女も聞いている。ノアにとってはマリーが最優先。それだけのことだ。
「……ま、文句は色々あるけど生き残れたことは感謝してるし、いいタイミングで戻って来れたから我慢するわ。あの子たちにも借りを返せそうだし」
そして宙に浮かぶ双子に向けて強い視線を向けた。その眼差しを二人はニヤニヤと笑みを返しながら受け止める。
「『借りを返す』ねえ……兄様から生き延びたのならその命を大切に使えばいいのに」
「本当はアザミにリベンジしたいところなんだけど……隊長として部下たちの仇、取らせてもらわないとね」
調査隊でドラセナが率いていた部下たちは王国騎士団に入団した頃から指導してきた者も多い。家の期待を背負って任務に就いていた者、将来を嘱望されていた者、領地に家族を残していた者、様々だ。
「王国騎士である以上、あの子たちだって任務で命を落とす覚悟はできていたわ。それでも……」
ドラセナが歯噛みする。正々堂々戦って果てたのならここまで彼女が憤ることはなかった。戦死は騎士の世界の常。その覚悟ならば王国騎士の誰もが持っている。
だが、アコとナイトの二人がしたことはそんな部下を、ただの享楽で弄んだ。ただ皆を率いた隊長としてだけではない。騎士として誇りも、使命も命も全て踏み躙り嘲笑うそんな存在を許すことはできない。
「命を弄ぶあんた達を許すことはできない。あんた達は私が倒すわ。ゴッドセフィア家の名に懸けてね!」
「……いいだろう」
ナイトが前髪をかき上げる。その紅い瞳でドラセナに猛禽類が獲物を見定めたような視線を向けた。
「なら僕が相手をするよ。あの罠をアザミ兄様に提案したのは僕だからね」
「ふうん……一人? 隣のお嬢ちゃんと一緒じゃなくていいの?」
「フフ……これでも魔王の息子だよ。人間一人に遅れを取るほどじゃない。何ならハンデで数人相手しても構わないくらいさ」
「なら俺らも加えてもらおうか、坊主」
シオンとカルーナが周囲の魔物を一斉になぎ倒す。二人とも連戦だが微塵も消耗している様子はない。
「ぬる過ぎるぜ、この魔物ども。少しは歯ごたえのある奴と戦いたかったところだ」
「……いいだろう。君らも一緒に相手してあげるよ」
「ドラセナ。君の意思を尊重してあげたいけどここは戦場だ。無粋だけど勝率は可能な限り引き上げておきたい」
「いえ……むしろありがたいわシオン。前衛がいるのは助かるもの」
深呼吸して一度ドラセナは頭を冷やした。いくら自分の力でも魔王級の力を相手にひとりで立ち向かえるとは思っていない。それは数日前に思い知ったばかりだ。
「さて、それじゃあ始めようかアコ」
「ええ、始めましょうナイト」
双子が繋いでいた手を高々と掲げる。その手には集中させていた魔力の塊がある。
「みんな、気を付けて!」
「行け!」
二人が繋いだ手を振り下ろす。凝縮された魔力が放たれ、地上目掛けて落ちて来るがいち早く気が付いたトウカの声のお陰で皆が素早く反応し、直撃を回避する。
だが直撃したはずの魔力が炸裂しない。庭園の草が吹き飛び、露出した地表に光のラインが走ってナイトの声が静かに発せられる。
「――起動しろ。転移魔法陣」
その言葉に応えるように光のラインがトウカたち五人を囲い込み、魔法陣が一気に光を放つ。
「これって!?」
「転移魔法陣だと!?」
「言っただろ。第一のゲームでの選別は終わりだ」
「ここからは第二のゲームよ」
緑の巨人、そして魔物の大群に立ち向かえたのはオウカ、シオン、カルーナ。そして救援に来たドラセナとトウカだった。つまり彼らの選別によれば次のステージに進めるのはこの五人ということになる。
「第二のゲームの会場は城内だ」
「でも選んだ人間以外の乱入は嫌なの。だから五人全員を城内に飛ばしてあ・げ・る」
「ダメだ! 今ここから僕らが離れたら――」
「遅いよ」
シオンが何かを叫ぶが転移魔法陣がそれよりも先に作動し、トウカらの姿が光の中に消えていく。ひと際強く魔法陣が輝き、そこにいる誰もが放たれる閃光に眼を閉じる。
「……消えた」
そしてトウカたちが消えた中、カルミアたち残りの王国騎士だけが呆然とその場に残されていた。
「シオン団長! オウカ様! トウカ様! カルーナ様! ドラセナ様!」
「あはははは。呼んでも全員とっくに城内よ」
ケラケラと笑う少女の声が戦場に響く。ようやく目が慣れ始めた騎士団の前に佇んでいたのは双子の片割れ、アコの方だった。
「あー危なかった。あの団長さん、私たちの狙いに気づいたみたいだけど、間に合ってよかったわ」
「狙い……だと?」
「そうよ。だって私、これからあなた達を皆殺しにするつもりだもの」
まるでこれから料理をするような気軽さでアコは言い放つ。そのあまりの無邪気な言い方に思わず騎士たちの間で寒気が走るのが遅れたほどだ。
「馬鹿な……お前たちの言う第一のゲームとやらは終わったんじゃないのか!」
「終わったわよ。そしてあの五人は第二のゲームに見事に勝ち進んだんだわ」
「ならば何故だ!」
「簡単よ。失格のあなた達にも次のゲームを用意しているの。つまり――」
にっこりと微笑んでアコは人差し指を唇の前に立てる。そして一言一句をはっきりと口にしながらその指先に魔力を集中させていく。
「ば・つ・げ・え・む」
アコが指を鳴らす。再び転移魔法陣が起動し、更に魔物たちが召喚される。戦慄する騎士たちの前でアコは無邪気に微笑みかける。
「ゴーレムを倒したのも、魔物たちを倒していたのもあの五人が殆どよね。でも今は全員が城の中。つまり……」
「いかん。来るぞ!」
「うふふ。ここにいる人たちで耐えきれるかなー?」
アコが掲げた右手を振り下ろす。猛り狂う魔物たちが解き放たれてシオンたちを欠いた王国騎士たちと壮絶な戦いが始まる。
「さーて。ここは魔物たちに任せて私は……」
そして飛び回る魔物と舞い立つ土煙の中で、いつの間にかアコの姿は消えていた。
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