第5話 踏み出せた一歩

 現場は騒然としており、駆け付けたフジを驚愕させる。

 松明に火が灯され、照らされた先に見えたものは、想像以上に酷い有様だった。


「これは……」


 建設中の住宅に傾きながら衝突している馬車。道路には、車軸の折れた車輪が転がっていた。走行中に壊れて傾いた拍子に御者が投げ出され、走る方向が変わって資材置き場に衝突。反動で馬と車体を繋ぐながえが壊れ、コントロールを失ったまま建物に突っ込んだのだ。

 崩れた資材や建物に巻き込まれて何人かが下敷きになっている。既に救助活動は始められていた。


「嘘だろ……」


 そして、建物に突っ込んだ馬車の家紋には見覚えがあった。

 イーリス家のものだった。

 アヤメがフジの病院を出た後、確かに馬車が走り出す音を聞いた。そしてその直後のこの事故だ、関係が無いとは思えない。


「あの、馬車に乗っていた人は!?」

「わからねえ……確認してえんだが、いつ建物が潰れるかわからなくて近づけねえんだ」


 崩れかけた建物は馬車が支えになって辛うじて形を留めていた。

 だが、重みで徐々に車体が歪んでおり、今にも潰れそうだった。


「おい、先生!」


 居ても立ってもいられなかった。

 制止を振り切ってフジは崩れかけの建物に飛び込む。

 すぐさま車体に近づき、歪んだドアに体をねじ込みながら強引にこじ開ける。


「アヤメ!」

「う……フ…ジ…さま?」


 頭から血を流し、ぐったりしているアヤメがそこにいた。

 幸い意識はあるらしく、フジの呼びかけにしっかりとした視線を返していた。


「いました、ここに一人残っています!」

「わ、わかった。すぐに周りを補強するから先生は出て来い!」


 だが、頭上で馬車の天井が歪んでゆく音が聞こえた。

 補強して、救助を待っていては間に合わないかもしれない。


「動けるかい?」

「……無理です。脚が挟まれて」


 馬車が突っ込んだ際に車体の前面が潰され、アヤメの脚は座席と歪んだ車体の間に挟まれていた

 出血はほとんどないものの、すぐに抜け出せる状態ではなかった。


「くそっ!」

「フジ様!?」


 迷う必要はなかった。

 フジは馬車の中へ飛び込み、脚が挟まっている場所を手で広げようと力を込めた。


「ぐ……う……動かない」


 だが、ビクともしなかった。


「いけません。このままじゃフジ様まで巻き添えに」

「大丈夫。すぐに助けるから」


 圧迫が長引けばその部位に毒素が溜まり、救出されたとしてもその毒素が全身に回って深刻な状態を引き起こすことがある。それに、血流が阻害された脚は最悪壊死する可能性がある。そうなれば切断の必要もある。若い女性にそれだけは絶対に避けなければならない。


「私のためにフジ様まで危険な目に遭う必要はありません。どうか見捨てて――」

「そんなこと、できるわけないじゃないか!」


 絶叫するフジ。彼にとってどんなことがあろうとそれだけはあり得ない。


「目の前で命が危険にさらされているのに放り出して逃げるなんてできない。僕は父さんとは違うんだ!」

「フジ様……ですがあれは」

「わかってるよ! あの時、医師として優先しなくちゃいけなかったのは他の患者だったってことも! 父さんしか手術ができなかったってことも!」


 二年前にフジの母親が倒れた時、まだ重篤なものになるような状態ではなかった。だからこそ彼の父はある家から依頼されていた緊急の手術へと向かった。かつての彼なら、家を守るための父の行動、そしてその時に母親に施された処置は十分なものであったことは理解できた。


「でも、息子としては我慢できなかったんだ。自分の妻を置いて行く父さんの姿はなんて薄情なんだろうって」


 だが、結果として手術が長引いた父親はすぐに家族の元へ戻って来れず、母親は命をとりとめたものの、寝たきりとなってしまった。

 手術の方も手を尽くした甲斐なく患者は死亡。元から助かる見込みが薄かったこともあり、家の名に傷がつくことはなかったが、家に帰った彼は妻が重篤な状態になっていた。この日、ウィステリア家当主ヒガン=ウィステリアは多くのものを失ってしまったのだ。


「でも、一番許せないのは自分自身だ。僕は目の前で苦しんでいた母さんに何もできなかった! まだ僕が未熟だったから!」


 母を救えなかったフジはその恨みを父にぶつけた。父がすぐに治療をしていればと。だが、それは自分自身の無力さを誰かに転嫁しなければ平静を保てなかったからだ。


「だから絶対に君を見捨てたりはしない。医師としても、フジ=ウィステリアとしても!」


 父を恨んでからはウィステリアと繋がる全てが嫌悪の対象だった。

 権力との結びつきが、その庇護によって成り立っている自分の生活が。

 そして、ウィステリアの医術を修めた後、彼は家を飛び出した。自分が目指す医療を志すために。


 だが、そんな理想は早々と打ち砕かれた。

 多くの人を治療して、そしてようやく理解する。時に怒涛のように押し寄せる怪我人、病人の中で今すぐに手を施さねばならない人の見極め。そして迅速な治療。

 自分がどれだけ甘い考えで現場に立とうとしていたのか。責任を背負って治療をしなければならないのか。時に自分の生活すら犠牲にする覚悟を求められる。

 だが、もはや賽は投げられた。己の目指す医療を追い求めなくてはならない。そうしなければ、あの日の決意は全て嘘になる。目の前で苦しむ人を救いたい。それだけは揺るぎのない彼の信念だったのだから。


「フジ様……」

「くそ……動け……」


 座席に乗り、脚も使って車体を広げようとする――そして、わずかに動いた。


「先生、早く! もう持たねえ!」

「もう少し! あと、ちょっとなんだ!」


 頭上から聞こえる崩壊の音が強くなっていく。

 馬車の天井がどんどん落ちてくる。


「フジ様!」

「うわああああ!」


 間に合わない。崩れる家が二人を馬車ごと圧し潰しにかかる。


「諦めるんじゃないわよ!」


 だが、その寸前で崩れる音は突然止まった。

 恐る恐る目を開けるフジの目に、思いもよらない光景が飛び込んできた。


「ドラセナ!?」

「まったく……私がいないと全然なんだから」


 魔術を使い、全身を強化したドラセナが、両手と両足を突っ張り、落ちてくる天井を支えていた。


「どうして、君までこんな危ないことを!」

「私だって王国騎士よ。国民を守る義務があるわ!」


 飛び出したフジを追って、ドラセナも現場に駆け付けていた。

 だが、潰れかかっている家の中に飛び込んでいったと知るや否や、彼女も飛び込んで来たのだった。


「早く……あんま長くは持たない……から」


 だが、さすがに瓦礫を丸ごと持ち上げることは魔術を使っていてもできることではない。

 せめて支えて、少しの時間を稼ぐことだけだ。


「ドラセナ……まったく、君はいつだって僕の面子を潰してくれるな!」


 助ける立場があべこべだ。そんな力仕事は男の仕事だ。

 だが、彼女も命を懸けてこの場へ来てくれている。三人分の命を救うためにリスクを恐れている場合ではない。


「術式展開――――『強化』!」


 術式を用い、フジも身体能力の底上げを図る。

 それを見て、ドラセナもさらに魔力を励起させ、天井を押し返す。


「ぐああああ!」


 絶叫とともに車体を広げていく。

 魔力を励起させたことによってフジの両腕の懲罰術式が反応し、激痛が貫いていた。


「フジ様、それはまさか!?」


 そのフジのただならぬ様子と、袖が捲り上げられたことによって露出した腕に刻まれた文様を見て、アヤメもすぐに思い至る。

 魔力を注げばそれだけ文様から送り込まれる痛みが増す。だが、そんなことでフジは止められない。


「お止めください! そんな体で魔術を使えば貴方もただでは……」

「……いいから、させてあげなさいよ」


 馬車の外でドラセナが呟く。

 こちらも余裕がない。それでも必死に天井を支え続けながら笑顔を向ける。


「命懸けの男って、ちょっとカッコいいって思わない?」

「あなた……まさか」


 アヤメが何かを言おうとする前に、圧し潰されていた車体が広がり、挟まっていた脚がようやく解放された。


「アヤメ、僕に掴まって!」

「は、はい!」


 しがみ付いてくる彼女を抱きかかえ、フジは馬車から飛び出す。

 続いてドラセナも天井から手を離して走り出す。


「崩れるぞ!」


 そして、その言葉が聞こえたのを最後に、フジの意識はぷっつりと切れた。




「もう行くの?」

「ええ。家に戻った方が本格的な治療ができると思いますので」


 翌朝、病院の前に迎えの馬車がやってきた。

 出発を前にドラセナはアヤメと向かい合っていた。

 杖を突いて歩く姿は痛々しいが、本人の見立てでは十分治る怪我だという。


「もう少ししたらフジも目を覚ますし、会っていっても……」

「……話すことなどありませんわ」


 フジはまだ懲罰術式の中で無理やり魔術を使ったために激痛で気を失ったままだ。


「これを、フジ様にお返しして頂けますか」


 アヤメが差し出したのは古びたブローチだった。

 所々メッキが剥げており、名家の令嬢であるアヤメが持つには不釣り合いな品物だ。


「これは?」

「幼い頃、婚約が決まって初めてお会いした時、フジ様からプレゼントされたものですわ」

「そんな大事なもの……あ」


 婚約者へ贈ったものが返却される。その意味するところにドラセナも気づく。


「……それでいいの?」

「恋に破れた女が持ち続ける理由はありませんもの」

「え?」

「気づかないと思いまして。あなたとフジ様の関係」


 気まずさでドラセナは目を逸らす。

 言ってしまえば彼女から婚約者を奪った立場だ。かける言葉などない。


「謝る必要はありませんわ。あの方が辛い時、私は何もすることができませんでした。でも久しぶりに会ったフジ様は、とても生き生きとされていました……きっと、貴女がいたからだと思います」

「そんなこと……友達もいたから」

「知らないようですからお教えして差し上げますけど、ウィステリア家にいた頃からあの方は助手を置いたことなんて一度も無いんですのよ?」

「え……?」

「それだけ気を許せる方なら、お任せできます。フジ様をよろしくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げるアヤメ。そんな彼女に、謝罪の言葉はかけるべきではないと思った。


「……ありがとう」


 だから精いっぱいの感謝と決意を込めて、その言葉を贈った。

 だからアヤメも気持ちを新たに歩み出すことができた。


「……やっと気持ちの整理がつきました。これでイーリスからも正式にこのお話をお断りできます。わたくし、これでも色々とお声がかかっているのですよ?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべる。どこかそれはドラセナの仕草にも似ていた。


「この上はフジ様以上のお相手を見つけて、うんと幸せになって見返して差し上げますわ」

「それがいいわね。あの鈍感に思い知らせるためには」

「まったくですわ」


 二人とも、思わず笑い出してしまう。

 お互い鈍感な彼に振り回された立場。とんだ所で共通の話題があったものだった。


「……そうだ、あなたのお名前、伺ってもよろしいかしら?」

「ドラセナ……ゴッドセフィアよ」


 アルテミシア王国の者で、その家名を知らない者はいない。

 主要五家の一角、ゴッドセフィア家の人間だと知り、アヤメも驚きを見せた。


「ドラセナ様。またお会いできた時はゆっくりお話ししたいものですわ」

「あいつへの恨み言でも話す?」

「ふふ、それは面白そうですわね」


 笑みを返してアヤメは馬車へ乗り込んでいく。

 もっと早く、出会い方さえ違っていれば彼女もドラセナたちと友達になれたかもしれない。

 昨夜のフジの言葉が、ドラセナの中で何度も思い返されていた。




「そっか……アヤメがそんなことを」


 フジはブローチを握りしめる。

 あの後、すぐにフジも目を覚ました。あの事故で怪我人は出たが、死者が出ていないことに安堵していた。


「……ねえ、一つ聞いていい?」


 まだ色んなことが彼の頭の中で巡っているに違いない。だが、ドラセナはちゃんと自分の気持ちにも決着をつけようと思った。そうしなければ踏み出せなかったから。


「トウカから聞いたんだけど、フジも踏み出せないでいるって……やっぱりお父さんとのこと?」


 フジは頷く。そして、ずっと抱えていた思いを話し始めた。


「本当は父さんを恨んでなんかいない。でも、あの一件で僕の中に一つの不安が生まれたんだ」

「不安?」

「僕も父さんの様に、いつか医者としての使命を優先して家族を犠牲にする日が来るんじゃないかって」


 この仕事を続けていれば必ず直面する日が来るだろう。

 家族が病に臥せっていても、緊急を要したり、家族を養うためにも負担を強いることを。


「もし、それがドラセナだったらと思うと……君を傷つけたくなくて、踏み出せないでいた」

「そっか……」


 ドラセナは俯く。その膝で手を固く結んで。


「はあ……馬鹿じゃないの」


 そして、次に出てきたのは盛大な溜め息だった。

 ドラセナの吐いた一言に、フジは言葉を詰まらせる。


「……は?」

「ほんっっっと馬鹿ね、貴方」


 ドラセナが立ち上がる。呆気にとられたフジを見下ろす。


「優しさも過ぎれば失礼よ。迷惑をかけることを怖がって踏み出せなかったって……そんなに私のこと信用できないって言うの?」

「ぼ、僕は君のことを思って……」

「家族はお互いに支え合うものでしょ。夫婦ならなおさらじゃない。迷惑なんてかけるのが当たり前なのよ!」


 ドラセナがフジの鼻先に指を突きつける。


「良いわよ……そんなに心配なら絶対に倒れてやらない。ずっと傍でピンピンしててあげるわよ。それで、絶対に貴方より先に死んだりしないんだから!」

「いや、ドラセナ。君、自分の言っていることわかっているのか?」

「わかっているわよ!」


 ドラセナの眼から大粒の涙が零れ落ちていた。

 そこでフジはようやく気付いた。自分が彼女を大切に思うあまりに、その気持ちで傷つけていたことを。どれだけ自分が独りよがりな思いで彼女と接していたのかを。

 ずっと守ってあげたいと言えば聞こえはいい。だが、それは過ぎれば相手を信頼していないも同然だ。

 自分自身も相手から与えられていたものがある。だからこそ彼女を好きになったというのに。


「貴方の人生くらい、私にも背負わせてよ……辛くても支え合えるし、嬉しさも分かち合えるじゃない……フジは嫌なの?」

「い、いや。僕だって……そうありたいと思う」


 自分の父と母が共にあった姿を思い出す。

 いつだって母は父の最大の理解者だった。彼女が倒れた後も、父親に対して一度も恨みを吐いたことはない。


「……はあ、本当にドラセナは凄いな」

「え?」

「僕の築き上げようとしていたものを全部壊しちゃう……いい意味でね」

「頭で考えすぎるのよ……フジは」


 指でドラセナの涙を拭う。

 こんなにも自分を思ってくれる人がいる。そんな彼女と一緒ならきっとうまくやっていけると思える。

 例えどんなことがあっても、今日みたいに引っ張って行ってもらえるに違いない。


「全然カッコがつかないけど……さすがにこの言葉くらいは僕が言わせてもらうよ」

「……え?」


 だから、せめてその道筋だけは示したかった。

 共に歩むものとして。その覚悟と気持ちを伝えるために。


「好きだ、ドラセナ。僕と一緒に……ずっと歩んで行ってほしい」


 また、涙が溢れ出した。

 だが、それが悲しさからではないと知っているから今度は拭ったりしない。


「……うん。その言葉、待ってた」




「ええっと……と言うわけで、結婚することになりました」

「……やっとか」

「……随分とかかったね」


 久し振りに皆で集まり、フジからされた報告にパラパラと拍手が起こる。

 だがオウカもシオンも祝福はしたいが、散々待たされていたこともあり、呆れの方が大きかった。


「家の方から何か言われなかった?」


 トウカの言葉に、今度はドラセナが苦笑いを浮かべる。


「私の方は想像以上に喜んでたわ……お父さんなんて『よくぞウィステリアの息子を掴まえた、よくやった!』って舞い上がっていたわよ」

「あはは……」


 ドラセナの父は昔から調子のいいことをよく言う。主要五家の争いもそんな人間性で付きも離れもせず、信頼はあまりされなくともうまく立ち回るような人だった。

 だから、結婚の報告をした時のその光景が容易に目に浮かんだ。


「まあ、毒の研究をしてたゴッドセフィア家に薬の知識を持つ血が入るのは、家としても嬉しいんでしょうね。フジが勘当されていることも知ってるし、婿養子に迎える気、満々よ」

「フジ自身はゴッドセフィア家に入る気はあるのかい?」


 シオンの問いにフジは首を振る。


「いや、僕はこのまま病院を運営していくよ。結婚したとしても家の支援も断るつもりさ」

「生活は大丈夫なのかい?」

「支援を受ければ出資者の意向にも従う必要が出てくる。そうなれば町の人を診ていけなくなるかもしれないからね」

「……だが、ゴッドセフィアの家がそれで納得するとは思えんがな」

「そこは大丈夫よオウカ。私が全力で父さんを止めるから」

「本当に大丈夫なのか?」

「だって私、“一生に一度のお願い”をまだ使ったことがないもの」

「……大丈夫なのか、むしろゴッドセフィア家は」


 ドラセナがいたずらっぽく笑う。

 ゴッドセフィア家現当主は親バカとしても知られている。娘のドラセナが全力で我儘を言えばいかに彼とて強引な手段には出られないだろう。


「フジの家の方は?」

「……一度、帰って話をしてみようと思う」


 フジが家を出た理由の一つには、自分が家を出れば父と母の時間が増えると考えたこともあったからだ。だが、自分のエゴが招いた様々なことを解決するには逃げただけでは駄目だ。

 まずは思いをぶつけ合う。そして、進むべき道を決める。ドラセナのお陰でフジはその覚悟を固めることができていた。


「イーリスとの縁談を破談にした上、勝手にドラセナと婚約したなんて知ったら本当に勘当されるかもしれないけどね」

「でも、主要五家との繋がりができるのは大きい。それほど強くは出られないんじゃないかと僕は思うよ」

「……もし、一族から追放されたとしても後悔はしないよ。この病院で、町の人を救って生きていくから」

「病院の評判、どんどん良くなってるものね」

「専門的な技術を持つ医者が少ないからだよ。もっと医者が増えれば――」


 会話は突然病院の扉が叩かれて打ち切られた。

 出迎える間もなく、扉が開かれる。


「失礼致しますわ!」


 勢いよく扉を開いて病院に入ってきたのはアヤメだった。


「アヤメ!?」

「アヤメさん、どうしてここに!?」


 動揺するフジたちの前で、アヤメは高らかに宣言した。


「……決まっていますわ。宣戦布告です!」

「宣戦布告……?」

「ええ、この度イーリス家は王都に進出して、病院を建てることに決めましたの。商売敵となりますので、まずはご挨拶をと」

「は……はあ!?」

「フジ様……わたくしを袖にしたこと、後悔させて差し上げますわ」


 いたずらっぽく笑うアヤメ。

 その逞しさにフジもひきつった笑いを浮かべていた。


「ドラセナ様、もしフジ様との間にお子ができましたら、是非うちをご利用下さいませ。全力で手厚いサポートをお約束致しますわ」

「ちょっと、アヤメさん。子供って!」


 ドラセナが真っ赤になる。


「ふふ……それでは、いずれまた」


 二人の慌てふためく姿を見てアヤメも満足そうに立ち去って行った。


「あ、嵐のような御仁だったな……」

「どことなく、性格がドラセナに似ている気が……」

「……フジ、本当に生活は大丈夫なのかい?」

「はは……ちょっと心配になってきた」

「あら、やっぱり後悔した? アヤメさんとの婚約を解消したの」

「いや……」


 フジが頭を振る。後悔なんてするわけがない。


「ドラセナがいれば、何とかなるさ」


 そっと手を握る。ドラセナも強く握り返してくれる。

 そんな二人を見て、トウカたちも呆れたように肩を竦めるのだった。

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