第46話 つながる希望
倒れ込んで行くシオンを追い抜いた時は、トウカは胸が潰れる思いだった。
体力も魔力も限界まで費やして彼女を前へ進めようとしてくれた彼を、本当ならトウカは抱き留めてあげたかった。マリーのために、力を尽くしてくれたことに感謝を言いたかった。
だが、それはできなかった。まだ全てが終わっていない。感謝の言葉も、泣くのも、笑うのもみんなマリーを助け出してからだ。
ドラセナの安否はまだわからない。
助けに行ったフジも戻ってこない。
オウカも倒れたまま動かない。
一刻も早く皆の無事を確認したい気持ちを押さえ付けて、トウカは術式を展開する。
「術式展開――――『加速』」
さらにトウカは速度を上げる。
迷いも、不安も全て振り払って走り続ける。
流れ出る涙を手で拭う。まだ泣くのは早い。
マリーを救い出す。それが、唯一みんなに報いることのできることなのだから。
「マリーッ!」
シオンが、オウカが拓いてくれた道を全力で駆ける。
先ほどの爆発で吹き飛んだ魔力の塊は、空中で小さな光球に分裂している。マリーから放出される魔力も今は止まっていた。
次に魔力の放出が発生するタイミングはわからない。今だけが、魔封じの腕輪をマリーに装着する千載一遇の機会だ。
だが一度、マリーの暴走の影響を受けないよう下がったために彼女の位置まではまだ遠い。しかし『加速』の術式を使えばすぐの距離だ。
あとはたどり着き、腕輪を装着してマリーの魔力を抑える。それで終わりだ。
もう邪魔をする魔物もいない。飛んでくる魔弾もない。一直線にマリーの下へ向かうだけ――そのはずだった。
「――あ……ぐっ!?」
突如、トウカの周囲で爆発が起きた。
予想もしていなかった事態に対応が遅れ、トウカは爆風の直撃を受けて吹き飛ばされる。
その拍子に術式も解け、左手に握っていたマリーの腕輪を取り落とす。
「な……なに……今の?」
地面に叩きつけられたダメージを堪え、空を見上げる。
今のはマリーの方からではない、上方から何かが落ちてきた。
「……何これ」
トウカは戦慄する。頭上に広がっていたのは先ほどシオンによって打ち上げられ、爆発して小さく分裂した魔力が再び動き出している光景だった。
「何で……どうして魔力が」
彼女は知らなかったが、これはマリーの体の防衛機能によるものだった。
マリーの体は再び魔力の障壁を生み出そうとしていた。だが、彼女の体の中の魔力は先ほどの攻防の影響で枯渇しかけていた。
体内に無ければ外部から集める。残された魔力が作用し、空気中に漂う魔力をマリーの体は集めようとしていた。
しかし彼女の体は暴走状態だ。集まってくる魔力を障壁として変化させ、固定するためのコントロールができない。そうなればどうなるか。
集まれという命令のみが働き、周囲に展開している魔力が全てマリーに向かって降り注ぐ。
「あ……ああ……」
マリーに向かって光球の雨が落ちてくる。トウカに落ちたのは直上だったためにマリーの所にたどり着くより前に地面に落ちたものだった。
爆風だけでトウカは吹き飛ばされた。障壁も、魔力の放出もないマリーがこの直撃を受ければどうなるか。
「絶対に……そんなことさせない!」
爆発のダメージで全身が痛む。だが、今のトウカはそんなことに構っている場合ではない。
立ち上がり、剣を抜く。今から走ってもマリーの下へは間に合わない。
「術式展開――――『付与』」
術式を展開する。届かないなら届かせるしかない。
唯一トウカができる、遠くからマリーの頭上に飛来する光球を打ち落とす手段。
「咲き誇れ!」
独自に改良を加えた『付与』の術式。
斬撃に魔力を付与して放つ。一撃一撃は威力が足りなくても、トウカの剣速ならば魔力が続く限り何発も打ち込むことができる彼女の切り札。
「
剣に蓄えられた魔力が次々に撃ち出される。
自身の周囲にも光球は落ち、次々と爆発していくがトウカは剣を振るう手を止めようとはしない。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ!」
撃ち落とす。撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす!
無数に迫る光球を次々とトウカは撃ち落とす。手を止めればその瞬間にマリーの命はない。
斬撃が当たるたびに威力が相殺され、魔力が霧散していく。
撃ち落とした光球が爆発し、周りも巻き込んで誘爆する。
「あと……少し!」
マリーに迫る光球は残り三つ。
一つ目を打ち落とす。
二つ目は切り裂き、分裂した光球はマリーから外れて地面に落ちる。
「くうっ……」
また近くに光球が落ちた。爆風に巻き込まれて視界が塞がれ、最後の一つを見失う。
「ああああ!」
最後まで諦めない。トウカは踏み出し、煙の中から飛び出す。
爆発から身を守ろうとしなかったために全身が傷つき、脚も引きずっていた。
だが、煙が切れた場所に最後の光球を見つける。
「
斬撃の直撃を受けた光球が空中で爆発する。
魔力は霧散し、再び粒子となって空中を漂い始める。
「はあ……はあ……」
膝を付きそうになる体を奮い立たせる。
休んでいる暇はない。光球は撃ち落としたが未だ魔力は空中に漂っている。また、いつ降り注いで来るかわからない。
「マリーの……腕輪……」
地面に転がる腕輪に手を伸ばす。これを拾い上げてマリーの下へ行く。簡単な話だった。
「あ……」
だが脚がついて来ずに、トウカは倒れ込む。マリーを守ることを最優先したため、トウカの受けたダメージは想像以上に深かった。
「脚が……動かない」
特に、地面に近い脚部への被害は甚大だった。
右脚は膝から出血しており、激痛で動かすこともままならない。
「くっ……うっ」
それでも進む。手で土をつかみ、這ってでも前へ。
マリーの腕輪に手を伸ばす。一刻も早くマリーの所へこの腕輪を届けなくてはいけない。
「……うっ……あっ……!?」
だが唐突に、強烈な眩暈が襲った。目の前に落ちている腕輪が歪み、距離感が掴めない。全身を襲う虚脱感。全身が休息を彼女に強要している。
「そんな……まさか」
その意味に気づき、トウカは愕然とする。
森での連続戦闘。
彼女の魔力が尽きていたのだ。
「待って……まだ早い……」
腕輪に手を伸ばすが、歪んだ視界では目測が定まらずに何度も空を切る。
「マリーが……まだ、マリーが……」
どうして今なのか。あと少しで全てが終わるというのに。
どうして自分には魔力がこんなにも少ないのかと、トウカは悔しさで涙が溢れる。
「お願い……あと少しでいいから!」
悲鳴にも似た叫びが漏れる。
オウカに才能面で劣っていたことで家督争いで後れを取ったことや、使えない術式や技が多いことはそれほど苦というわけでもなかった。だが、肝心な時にいつも魔力が足りないことはトウカにとって最も辛いことだった。
もし、地下神殿でも魔力が残っていればもっと安全にマリーを守れたはずだ。そして今この時、動かなくてはいけないこの瞬間に体がついて来ない。
みんなが命を懸けて繋いでくれた。その思いが無駄になって行く。ここで倒れてしまえばまた空中の魔力が集まり、降り注いで来るに違いない。そうなれば万事休すだ。
だが、もう誰も立ち上がれる者がいない。誰も――。
「えっ……?」
突然、トウカの目の前で腕輪が持ち上がった。
耳元で、地を踏みしめる音がする。
誰かが、彼女のそばに立っていた。
「だ……れ……?」
焦点の定まらない眼でトウカは見上げる。
その顔はわからないが月明りを受けて、その人物の赤みがかった茶色の髪だけが認識できた。そしてこの場にいる者の中で、その髪の色が該当する人物は一人しかいなかった。
「キッ……カ?」
「こ、この……腕輪を、マリーにつければ良いんですよね……」
緊張した声でキッカが言った。よく見れば手も、膝も微かに震えていた。
そして、キッカは大きく息を吸い込んだ。
「うわああああ!」
絶叫する。恐怖に震える自分を鼓舞するように。
腕輪を強く握りしめる。決意したように踵を返し、キッカが走り出す。
「キッカ!」
「うわああああ!」
「ダメ、戻って!」
トウカが呼びかけるがキッカはその言葉に耳を貸さない。
彼女が見据えるのはただ正面。倒れているマリーだけだったのだから。
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