第18話 それぞれの建国祭

「それじゃ、私もこれで失礼するわね」

「ああ、お疲れドラセナ」


 建国祭も二日目。

 街は出店で賑わい、多くの人々が祭を楽しんでいた。

 騎士団でも一部の者を除いて家に帰ったり家族や友人と過ごしたりする者が大半だった。


「シオンは国民祭に行かないの?」

「有事の際に騎士団長が不在というわけにはいかないからね。僕はここにいるよ」


 肩をすくめるシオンに私は呆れてしまう。


「優等生ね。市勢の視察や警備にかこつけて行けばいいじゃない」

「行きたいのは山々だけど、今日は人手が足りないんだ」


 私も今日くらいは祭を楽しみたいと思い、夕方から休暇を取っていたのでそれを言われてしまっては反論できない。


「誰かがやらなくちゃいけない事なんだし、それに……」

「それに?」

「今日は兄さんの命日だから」


 失念していた。

 ちょうど一年前のこの日の夜にシオンの兄、ブルニア先代騎士団長は突然亡くなったのだった。

 魔王の根拠地の情報を集め、間もなくその所在を掴もうとしていた矢先のことだった。


「……ごめん。無神経だった」

「気にしないで。個人的なことだから」


 慌ててシオンは取り繕う。

 この話はこれ以上続けない方がいいみたいだ。


「それより今日は楽しんで来ればいいよ」

「ええ、そうさせてもらうわ。出店は去年以上に出ているみたいだし」


 魔王が倒されたことによる影響は様々な方面に出ている。

 近隣国の行商人が頻繁に往来するようになり、諸国の品物が国内でも売られるようになっていた。

 そのため、今年の建国祭はいつになく盛り上がっているとの噂だ。


「折角の建国祭なんだ。誰か誘わないのかい?」

「うーん、オウカたちを誘おうと思ったんだけど忙しいみたいだったから」


 この日はオウカもトウカの家に行くと言って早めに仕事を切り上げている。

 帰り際の表情はどこか、子どもみたいに何かを企んでいるようだった。

 たぶんマリーちゃん関連だと思うけど、なんだかんだ言ってオウカもちゃんと保護者をやっている気がする。

 こんな事を言うと「私はただの後見人だ」と照れ隠しで誤魔化すのだろうけど。


「フジは誘わないのかい?」

「今日は忙しいみたい。それに……一応私もゴッドセフィア家の次期当主だから」


 友達と楽しく過ごしたいとは思うが、私にも立場がある。

 ウィステリア家の嫡男と一緒に祭を二人で回るなんてどんな噂が立つかわからない。

 ただでさえ主要五家とそれに関わる家の関係が微妙なこの時に余計な火種を作りたくなかった。


「お互いに面倒な立場だね」


 まったくだ。と、ため息が出た。

 気軽に友達と遊びにも行けないのはなかなか鬱憤が溜まる。


「と言う訳で、私は一人寂しく食べ歩きでもしてるわ。シオン、貴方も根を詰め過ぎたらだめよ?」

「わかっている。過労死なんてしたら兄さんに追いつけないからね」


 見送るシオンの笑顔に私は言いようのない不安を覚えた。

 ブルニア騎士団長が亡くなったのはまさに今、彼のいるこの部屋だったからかもしれない。




「先生、すいません。うちのバカが酔った勢いで……」

「ああ、気にしないで。それよりも処置をします」


 次々に運び込まれる患者に僕は苦笑する。

 建国祭はあちこちでトラブルが起きると聞いていたけどこれほどとは思っていなかった。

 人ごみに巻き込まれて転倒する子ども、酔った勢いで暴れてケガをする人など様々だ。


 それでも、ウィステリアの家にいた時には感じることができなかった充実感がある。

 こうやって僕が一人一人を診ることが、人々の暮らしを支えているんだと言う実感があった。

 魔術を使う機会も増えた。

 相変わらずの激痛だが、耐えられないほどじゃない。

 むしろ、自分が我慢すれば多くの人が助けられるのだから。


「いでででで! 先生、何とかしてくれよ!」


 彼は診た所、どうやら足の骨が折れてしまっている。

 酔った勢いで高い所に昇って落ちたらしい。

 隣では奥さんが呆れ顔で旦那さんの頭を叩いていた。

 ひとまず魔術で痛みを緩和させてその間に処置をするとしよう。


「術式――――ぐぅっ!?」

「先生?」


 突如走った激痛に思わず声を上げてしまった。

 何だ、今のは。

 これまでに無い痛み。一瞬頭が割れるかと思ったくらいだ。


「気にしないで。それより少し痛むから我慢して下さい」

「そんなあ……」

「アンタにゃいい薬だよ。ちょっとは痛い目を見な!」

「そりゃねえぜ、かあちゃん!?」


 夫婦のやり取りに笑って誤魔化す。

 異変を感じたのは懲罰術式が刻まれている右腕じゃない。左腕だ。

 包帯を用意しながら、二人から見えないようにそっと左袖を捲る。


「っ!?」


 絶句する。

 刻まれた覚えのない懲罰術式がそこにあった。


「そこまでするか……」


 恐らくは、僕が制約を破ることを見越していたのだろう。

 術式を使い続けると左腕にも紋様が刻まれるように術式に仕組まれていたのだ。


「嘘だろ……」


 もし魔術を行使すれば二重に術式が作用して一瞬で昏倒しそうなほどの激痛に襲われる。

 何にせよ、これでは魔術を使うことはできない。

 魔術医師フジ=ウィステリアは死んだも同然だ。

 後は、魔術を使わなくてはいけないような事態に陥らないことを望むしかなかった。




 陽が落ちて、夜の街に明かりが灯る。

 喧騒が、城まで聞こえてくる。

 今年の建国祭はいつにない盛り上がりだと聞いている。

 昨日の式典も大勢の人々が訪れた。

 国外からも見物客が来ているのが街道の安全も徐々に戻ってきている証だ。


「兄さん……」


 僕は団長室の窓から見下ろす。

 去年は兄もこの場所で街を見ていたのだろうか。

 騎士団長として、平和になったこの王国を見たかったに違いない。

 志半ばで病気に倒れた兄の無念はどれほどだっただろうか。


 兄の願いの一つ、魔王討伐は成った。

 だけど主要五家の問題。近隣諸国との関係。魔王軍残党の取締りとやることは山積みだ。

 兄が果たせなかったことを全て果たすことが後を引き継いだ自分の責務であり、追悼でもある。


「これからも頑張るから、この国を見守っていてくれ、兄さん……」


 勤務中で酒を飲む訳にはいかないので、紅茶で夜空に向けて乾杯する。

 兄の好きだった銘柄だ。

 去年までは苦くて嫌だったが、最近はこの良さがわかってきたと思う。


 ……そう言えば、去年の今日。僕は何をしていたんだったか。

 城で兄の手伝いをしていたような――――


「団長、緊急事態です!」


 突然、騎士が飛び込んで来たので考えを中断する。

 ノックも忘れるほど慌てた様子だ。


「どうした、何があった?」

「こ、国境が破られました……複数の魔物に!」


 まずい、誰かを派遣するにも人員が足りない。

 いや、こんな時のために僕がいるんだ。


「僕が現場に行こう。それと、第一騎士団の部隊長に連絡を取ってくれ。今日はトウカの家にいるはずだ」

「はっ!」


 第一騎士団は王都防衛を担っている。

 オウカには悪いが緊急時だ。何も知らせないわけにはいかない。

 兄が愛したこの国は絶対に守る。そう心に決めて僕は剣を取った。


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