第16話 フロスファミリアとグラキリス

 夜、グラキリスの屋敷では帰宅した長老のサンスベリアが執務を行っていた。


「失礼します」


 ノックの音に手を止める。


「エリカか。入りなさい」


 エリカは礼儀正しく入室する。

 一切の迷いなく行われるその所作にサンスベリアは満足そうにうなずく。

 彼女が物心ついた頃から厳しく躾けられた賜物だ。


「入学試験はどうだった」

「はい、問題無く終えることができました」

「うむ。よろしい」


 さも当然と言った態度だ。

 彼にとってこの入学試験は挑む物でなく、当たり前に通過する物に過ぎない。

 主要五家筆頭グラキリス家の者にとっては障害にすら値しない。


「入学した後はわかっておるな」

「はい。グラキリスの者として恥ずかしくない行動を。そして常に頂点を取り続けることを心がけます」

「よろしい。では、今日はもう休みなさい」

「はい……あ、おじいさま」


 報告を終えたエリカは年相応の少女の表情を見せる。

 グラキリスの者としてではなく、祖父に接する孫娘の顔だ。


「どうした?」

「試験会場である女の子と……その、お友達になりました」


 友達と言う言葉にサンスベリアは反応を見せる。

 エリカとしても初めての報告に緊張気味だった。


「続けなさい」

「はい。それで……明日、お昼過ぎに一緒に遊ぼうと言うことになったのですが……」

「節度を守るのであれば外出は構わん。どうせ春の入学までは時間がある。今の内に見聞を広めておきなさい」

「は、はい。ありがとうございます!」


 エリカは祖父の前だと言うのにはしゃぎ出す。

 その姿は年相応の女の子だ。

 祖父として微笑ましく感じるが、一つだけ確認しておかねばならないことがあった。


「それで、その友達の名前は?」

「はい。マリー=フロスファミリアと……」


 その言葉を聞くなり、祖父の雰囲気が豹変した。


「許さん」

「……え?」

「その者と付き合うことは断じて許さん」


 躾には厳しいが、両親を失ったエリカに対していつも優しく接してくれる祖父の、見たことのない表情だった。


「お、おじいさま……?」

「良いか。フロスファミリアの者とは今後一切の付き合いを禁じる。必要な時以外会話も許さん」

「そ、そんな……」

「明日は屋敷にいなさい」


 有無を言わせぬ雰囲気にエリカは足が震える。


「話はこれで終わりだ。下がりなさい」

「はい……」


 家長に対する意見は許されない。

 消沈してエリカは部屋を後にした。

 重苦しい雰囲気の残る部屋でサンスベリアは拳を握り、憤りに身を震わせていた。


「成り上がりのフロスファミリアが……」




「エリカー!」


 待ち合わせの時間、エリカの姿を見つけたマリーは手を振って近づいてきた。

 笑顔で駆け寄る彼女だったが、エリカの様子に違和感を覚えた。

 昨日、学院で出会った時の様に笑顔を向けてくれない。

 落ち込んだ様子で俯いていた。


「エリカ、どうしたの?」

「ごめんね、マリー。今日、遊べなくなっちゃった」

「……え?」


 ぎゅっとエリカは拳を握る。

 エリカの顔を覗き込むと、その目に涙がにじんでいた。


「フロスファミリアの人と付き合っちゃいけないって、おじいさまが……」


 声が震えていた。

 折角できた友達と理不尽な理由で一緒にいられない。

 エリカにも訳が分からない事だった。


 ここへ来たのも本当はいけないことだ。

 でもせめて約束を守れなくなったことをマリーに告げなくてはいけない。

 だから初めて祖父の言いつけを破り、お屋敷を抜け出してきたのだった。


「ごめんねマリー。ごめんね……」


 耐えられなくなったエリカが駆け出す。

 その姿がすぐに人ごみに消えていく。

 状況がつかめないマリーは、友達が去っていくのを呆然と見送るしかできなかった。




「なるほど。そんなことが……」

「はい。あれ以来エリカ様はすっかり元気をなくしてしまわれて」


 マリーとエリカが別れてから数日後、オウカの元をカルミアが訪ねていた。


「私も迂闊でした。お友達の名前しか伺っていなかったので、まさかオウカ様たちの娘さんだとは思い至りませんでした」

「仕方ないさ。マリーの名は一部の者以外には知られていないからな」


 魔王討伐戦でトウカが救出したと言うことで嫌が応にも注目が集まるため、マリーの名前は伏せられ、あまり広く知れ渡っていない。


「しかし、何とかしなくてはいけないな。マリーもあの日から元気がないんだ」


 二人してため息をつく。

 フロスファミリアとグラキリスの確執は根深い。

 血統を重んじる貴族主義のグラキリスにとっては、騎士として名を上げ、急速に勢力を伸ばしたフロスファミリアは「成り上がり」と蔑みの対象だった。

 オウカが騎士団の部隊長に就任する際にも、女性が就任した前例がないとして最後まで反対していたのがグラキリスだ。


「私は分家ですから影響は小さいのですが、本家はサンスベリア様の意向が全てですので……」

「私たちと同世代の者がグラキリスにいなかったのも痛いな」


 かつてはゴッドセフィア家も同様の態度だったが、ドラセナが次期当主になったことで家同士の対立は解消している。

 アスター家は先代騎士団長のブルニアが魔王討伐の為に家を抑えて協力を申し出たことから対立は収まり、シオンが次期当主になったことで完全に落ち着いた。

 とは言えこれは表向きの話であり、フロスファミリア家の傍流ラペーシュ家の様に、裏で新世代の台頭とこの協調路線に不快感を示す勢力がいるのも事実だった。


「カルミアはどうしたいと思っている?」

「私は、エリカ様とマリーさんには仲良くしていただきたいと思っています」


 対立している家同士の子供が仲良くなることで将来家の対立を収めることはオウカたちが実践済みだ。

 だがそれとは関係なく、オウカとしても折角できた娘の友達をこんな形で失わせたくはなかった。


「フロスファミリアの者とは付き合うな……か……む、待てよ」


 オウカはふと思いつく。


「そうか……その手があったか」

「オウカ様?」


 まさかこんな所で役に立つとは思わず、つい笑ってしまう。


「カルミア、来月時間を作れるか?」

「来月ですか? 可能だと思いますが、一体何を……あ」


 カルミアも思い至る。

 来月はこの国にとって一大イベントの日が存在している。


「ああ、建国祭だ」




 十二の月の最初の日。アルテミシア王国では建国祭が行われる。

 国を挙げて行われるこの祭りは、二日間にわたって行われ、初日は国によって式典や催しが行われ、二日目は国民たちによる本祭だ。

 今年は魔王討伐を記念してと言うこともあり、特に盛大なものが行われることになっていた。


「建国祭の二日目か」

「はい、私も知人に招かれまして。お子様もいる方なのでエリカ様もいかがかと」


 各家庭でのお祝いも初日は家族で行い、二日目は知人・友人を招いて行われるのが慣習となっている。

 カルミアの知人であればそう問題のある相手もいない。

 そのため、あれ以来元気のないエリカの気分転換にも良いかもしれないとサンスベリアも考える。


「儂も色々と祝宴に招かれていたのでな。当日はカルミア、お主に任せる」

「承知しました。では、これで」


 礼をしてカルミアが踵を返す。

 その後ろ姿に、サンスベリアは思い出したように声をかけた。


「そう言えば、その知人とは何をしている者だ?」

「サンスベリア様は作家の名をご存知でしょうか?」


 騎士や貴族ではないことに胸を撫で下ろす。

 エリカに本を買い与えているのはサンスベリアだ。

 当然作家の名前も何人かは知っている。


「ほう、お主の知り合いに作家がいたとは驚きだ」

「とある縁から知り合いました。確か、エリカ様がその方のファンだったかと」


 エリカが特に好んで読むのは少女が主人公の愛と勇気の冒険物語だ。

 近年現れたある作家の作品は特に好んで読んでおり、サンスベリアも新作は必ずエリカに買い与えていた。

 サンスベリア自身も少し読んだことがあったが、子供にも優しい表現を用い、騎士や貴族の事情にも通じており、なかなか教養のある人物だと思っていた。


「作家との交流は見聞を広げる。是非、良い時間にしてあげて欲しい」

「はい。仰せの通りに」

「して、その作家の名は?」


 確かその名前は――――


「その方は『ルルディ=ファミーユ』と言います」

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