第3話 国王との謁見
謁見の間に続く廊下をシオンの先導で歩く。
行き合う騎士たちが皆頭を下げ、年下のシオンに敬意を表している姿は、彼が名家アスター家の跡取りであるということ以外にも、彼の自己評価とは裏腹に団長として尊敬を集めていることもうかがわせた。
「しかし、騎士団長がわざわざ出迎えとはな」
「救国の英雄を出迎えるんだ。それなりの立場の人を求められてね」
「うーん……何だかその“英雄”って呼ばれ方、慣れないなあ」
魔王を倒し世界を救った英雄として、オウカもトウカも時の人となった。
騎士として、自らの功績を称えられることに慣れていたオウカはまだしも、トウカは民間人として生活している。そのため、行く先々で畏まられ、“英雄”と呼ばれ続けて目を引いたためにすっかり辟易してしまったのだ。
「一時的なものさ。今は魔王が倒れたことで国民も熱狂しているけど、その内元の生活に戻るよ」
「早く戻ってほしいなぁ……」
買い物一つでもその挙動を注目される生活はさすがに疲れる。
マリーのためにもトウカは落ち着いた暮らしをしたいと思った。
「さ、着いたよ」
シオンが見据える先には荘厳な扉と、その前には二人の兵士が立つ。
「お待ちしておりましたシオン団長!」
「オウカ=フロスファミリアとトウカ=フロスファミリアの両名を連れてきた」
「はっ」
兵士が道を開け、扉へ手をかける。
シオンも脇へと下がり、三人に前へ進むよう促した。
「さあ、陛下の下へ」
扉が開かれる。トウカとオウカは謁見の間へと歩み出した。
赤い絨毯が玉座まで伸び、その脇を固めるように近衛騎士たちが立ち並ぶ。
「我が国が誇る英雄よ。よくぞいらした!」
「英雄オウカ、英雄トウカに栄光あれ!」
金管楽器の演奏と近衛騎士らによる出迎え。
あまりに大仰な出迎えにトウカもマリーも面食らう。
だが、オウカは表情を引き締めて二人の前へと歩み出す。
一瞬だけオウカと眼が合う。その表情はトウカへと注意を促していた。
――呑まれるなよ。
救国の英雄を評する栄誉ある時とは言えど、二人はフロスファミリアの名を背負ってこの場にいる。
国の重臣らも、自国が誇る二人の英雄の参上に拍手を送っているが、その眼は二人を値踏みするように注がれている。
国王陛下の御前で失礼があればたちまち悪評が立つ。
既にこの場は政争の場でもあるのだ。
多少浮ついていた気持ちを引き締め、トウカもオウカの後に続く。
三人が向かう先には玉座に座る若き王が待っていた。
「国王陛下。オウカ=フロスファミリア、妹のトウカ=フロスファミリアと共に参上いたしました」
「よく来た。そして、その子が戦場で保護したという例の子か」
「はっ……この度はマリーの同席をお許しいただき、感謝いたします」
膝をつき、三人を代表してオウカが国王へ挨拶を送る。
三人の中で唯一の王国騎士と言う立場的なものもあるが、こうすることで視線は彼女へと引き付けられる。こういった場に不慣れな二人から注意を逸らすためでもあった。
トウカとマリーも彼女に倣って膝をつく。
そんな三人をまっすぐ見据えるその人物こそ、このアルテミシア王国を率いる若き王。ルドベキア=アルテミシアその人だ。
先王の死に伴って二十代という若さで王位に就いたが、その卓越した手腕で権力闘争が起きていた国を、当時の騎士団長のシオンの兄、ブルニアとともに魔王討伐と言う一つの目標にまとめ上げた人物でもある。
「先の戦いでは大活躍であったと聞いている。魔王も打倒し、我が国の評判はますます高まっている」
「お誉めに預かり光栄の至り。フロスファミリア家の者として、王国騎士としてこれ以上の誉はございません」
「話は既に聞いているだろう。此度の功績により、お前には王国騎士団の第一部隊長の地位を用意してある」
騎士たちの間から感嘆の声が上がる。
第一部隊は王国の王都防衛の重責を担っている。これまで率いていた第二部隊は戦場での主力部隊としての精鋭の集まりだが、こちらも王国騎士としての花型の地位でもある。
その部隊長。二十歳で、しかも女性の抜擢は異例だ。
「謹んでお受けいたします。身命を賭してこの国をお守りする所存です」
「団長シオンと共に、これからの活躍、期待している」
「はっ!」
首を垂れながらオウカは周囲へ目を配る。
王国騎士の面々は羨望の眼差しを向けている。シオンも拍手を送りながら自分たちを祝福していた。忠誠心の厚い騎士たちは一枚岩となってこの国を支えていく。何も問題はない。
だが、大臣をはじめとした国王の側近たちは違う。
自分らの息のかかった存在ではないオウカが引き立てられることへの妬み。表面上は笑顔を作っているが、その裏に潜んだ毒蛇のような禍々しい情念が見えるようだ。
特に敵意を自分らに向けているのは――。
「何か不満気だな、サンスベリア」
「……いえ、その様なことはござりませぬ」
サンスベリア=グラキリス。
「主要五家」と呼ばれるフロスファミリア家を含めた王国内でも重要な地位を占める騎士五大家の一つ、グラキリス家の筆頭だ。
その歴史は古く、王国成立当時から王家を支えて来た名門中の名門。主要五家の中でも別格の家柄だ。
魔族との戦いが激しさを増す中で、戦いで身を立てて力をつけて来た新興勢力であるフロスファミリア家とは何かにつけて折り合いが悪い。
「若い力こそ、王国が発展する礎となりましょう。この度の戦で力を振るったオウカ=フロスファミリアこそ王国の守護者に相応しいと存じます」
その仮面の下でオウカへの敵意を向けていることを感じ取る。
グラキリス家はとある事情でしばらく勢力を伸ばすほどの働きはできない。だが、建国当時から培った人脈や財力などは他家の追随を許さない程強力だ。下手に敵に回すことは得策ではない。
「サンスベリア殿にそう仰っていただけるとは喜ばしいことです」
「礼には及ばん。陛下のご期待を裏切らぬよう、励むことだ」
言葉は友好的なものだが、その裏の感情は互いに刺々しい。
グラキリス家が認めたことになればその地位は盤石だ。だが、彼はオウカにすぐさま釘を刺して来る。さすがは王国の傑物。付け入る隙は見せない。
サンスベリアもそれ以上は口を閉ざした。
「さて、次にトウカ=フロスファミリア」
「は、はい!」
「久しいな。七年振りか?」
「お久しぶりです。国王陛下」
最後に二人が会ったのはトウカが家を出る前、父について謁見してオウカと共に後継ぎとして紹介されて以来だ。
「息災で何よりだ。家を出ていたとの話だったが、その様子では関係も修復できたみたいだな」
トウカも首を垂れる。フロスファミリア家の後継ぎの確執は各方面に知れ渡っている。
だが、どこにでもある家督争いの一つとしてそこまで大きな話題と言うわけでもない。
それでも、一度顔を合わせただけの国王はそのことを気にかけていたのだ。
「先日の戦で一時は死んだと聞かされていたが、生還の報を受けて安堵したぞ」
「その節はご心配をおかけしました」
「よい。ついては魔王討伐の功績に対し、何か褒美を取らせようと思う。だがその前に、一つお前に問いたい」
思いがけない言葉にトウカは顔を上げる。
見れば、大臣たちも驚きを見せていた。当初の予定には無かったことが伺える。
「トウカ=フロスファミリアよ。騎士として余に仕える気はないか?」
「なっ!?」
「陛下、それは!?」
謁見の間が騒然とする。トウカ自身も耳を疑った。
予め話が通っていたオウカの第一部隊長就任とは訳が違う。誰もが予想していなかったトウカの王国騎士への取り立てだ。
「魔王を討伐したお前の力を民間に置いておくのは正直惜しい。余の一存でそれなりの地位も用意しよう。どうだ?」
かつて騎士の道を諦めたトウカにとって、再び開けた立身出世の道。
幼き日に姉と誓い合った約束を果たすこともできる。彼女にとってまたとない話だ。
だが、既に彼女は生きる道を決めていた。だから迷いなく答えを返した。
「ありがたいお話ですが……お受けすることはできません」
大臣たちが安堵して息を吐いた。
惜しくないと言えば嘘になる。だが、騎士になって宮仕えをすれば任務で家を空けることも多い。
マリーを育てると決めた以上は今の作家としての生活が一番都合がいいのだ。
「ふむ。では何を求める?」
「叶うことなら……この子に、アルテミシア王国の市民権を」
傍らでよくわからないまま、ぎこちなくトウカたちと同じように膝をついているマリーに目を向ける。
「お話は聞いておられるかと思いますが、この子は討伐戦の中で私が出会った子です。戦争に巻き込まれ、身寄りがありません。ですから養子にして育てたいと考えています」
マリーはまだこの国の民ではない。幼く、両親も行方知れずということで一時的にトウカが保護していることになっている。
だが、王の承認の下、市民権を得て国民となればトウカは正式にマリーを養子に迎えることが可能となる。後見人は唯一事情を知っているオウカだ。
「その程度ならば容易い。救国の英雄たるお前へ報いるには足りない程だ」
「では、陛下……」
「だが、何故そこまでその子にこだわる?」
ルドベキアは玉座から腰を上げた。
その眼はトウカを見据えたままだ。トウカは動揺を悟られないよう頭を下げて目線を外す。
「戦災孤児は他にもいる。国にも孤児院はある。騎士としての地位も、名誉も蹴ってまでその子を引き取りたいとお前は言う。そこまで特別視をする理由は何だ?」
「そ、それは……」
全てを見透かしたような、射貫くような視線。
若いとは言え、陰謀を巡らせる魔族との戦いを制し、この国を守り続けて来た王の風格にトウカは気圧される。
下手なことは言えない。言えば嘘だと見抜かれる。そんな予感がした。
オウカも同じ予感を抱いているのか、跪いたまま何も言えないでいた。
「どうしたトウカ。答えよ」
「わ、私は……」
「……ないで」
微かに、誰かが呟いた。
それは、トウカのすぐ横から発せられたものだった。
だが、静まり返っていた謁見の間にその声はよく通り、ルドベキアの耳にも届いていた。
「……む?」
「ママを……いじめないで!」
唐突に、マリーが叫んだ。
立ち上がり、ルドベキアの視線からトウカを庇うようにその前に立って手を広げる。
「駄目、マリー座って」
「落ち着くんだ、マリー」
だが、トウカとオウカの呼びかけにもマリーは首を振る。
幼いながらにその場の雰囲気が重苦しいことを察しているのか、彼の威圧的な眼を受けて怯えたようにその手と声は震えていた。
「ママは私の傍にいてくれるって約束したんだもん! お父さんも、お母さんもいなくなって、それでも私と一緒にいてくれるって言ってくれたんだもん!
「マリー……」
「もう……ひとりになるのは嫌なの。だからマリーからママを取り上げないで!」
それでもマリーはルドベキアを睨みつける。
彼がこの国で最も力を持つ存在であることなど彼女は知らない。だが、自分を守ると、一緒にいると誓ったトウカを脅かす存在であるということを察知して敵意を向け続ける。
謁見の間に響いたマリーの悲鳴と嗚咽に、誰もが戸惑いを見せていた。
そして、その沈黙を破ったのは他ならぬ王自身であった。
「……ふむ。どうやらこれは余が悪者であったようだな」
ルドベキアは再び玉座に腰を下ろす。
その表情に厳しい様子は見られない。
「トウカ、そしてマリーよ、謝罪しよう。余が悪かった」
「へ、陛下。そんな!?」
「よい。王とて人間だ。過ちを認めて謝罪せずして人の上に立つことなどおこがましい。考えれば、敵地の中で幼子を守り戦い抜いていれば情が湧くこともあろう。それを理屈で問い詰めようなどと、愚行であった」
「陛下……」
「それに、マリーはお前に全幅の信頼……いや、敬愛と言うべきか。親への愛情にも似た感情を抱いているようだ。確かにそれを引き離すのも非情と言えよう」
「ママを取ったりしない……?」
すすり上げるマリーに、ルドベキアは優しく微笑む。
「ああ。余の名の下に許そう。これからは一緒に暮らすといい」
「うん、ありがとう!」
マリーの言葉にルドベキアも笑ってしまう。
畏まらずに、素直に「ありがとう」と言う言葉をかけられたのはいつ以来のことか。
「必要な書類は後で届けさせよう。それと、今後、何かあれば余へ言うと良い」
「そんな、陛下……そこまでされなくても」
「救国の英雄に与えた褒美が養子縁組だけという、器の小さい王であるという風評が立ってもらっては余も困るからな」
「は、はい……」
思わず畏まるトウカだが、オウカは噴き出すのを堪えて震えていた。
王の言葉が精いっぱいの冗談であると分かっていたからだ。
そんな中、マリーはトウカの腕を強く掴む。まるで絶対に離れたくないという意思をその場にいる全ての者に示しているかのようだった。
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