第16話 迫る時間
「みんな、無事ですか?」
「はい、副隊長」
辺りの魔物を全て仕留め、剣を収めたカルミアの下へ二人の騎士が集う。
五体満足と言う訳ではないが、この場に残る者はいずれも自分の足で歩くことはできていた。
「オウカ様は無事に魔王の下へたどり着けただろうか……」
「早く、我々も応援に駆け付けましょう」
「しかし、ここからどう進めば」
オウカを先へ進ませてからも、魔物たちを倒しつつカルミアたちは彼女を追っていた。
だが、複雑な迷宮の中で目的の玉座の間へとなかなかたどり着けずにいた
オウカと別れてから随分と時間も経っている。魔王との対決が始まっている可能性もある。
一人でも多く彼女の下へと向かい、例え盾となってでも勝利のために貢献しなくてはならないのだが、時が経つほど彼らは焦りを覚える。
「一人でも多くオウカ様の下へ行かなくては――」
「伏せなさい!」
物陰から飛び出した何かに気付き、カルミアが剣を抜いて部下の前に躍り出る。
「ほーう、よく気付いたな」
カルミアの一撃を躱した獣が降り立つ。だがその獣は人間のように二本の足で立ち、人の言葉を話していた。
「人型の獣だと!?」
「そんな報告は受けていないぞ!」
現れた情報にない魔物に対してカルミアたちは警戒し身構える。
「こんな所まで人間が入り込んでやがるとはな。あの女たちだけじゃなかったのか」
「女……たち?」
魔物の発した言葉にカルミアは違和感を覚える。この先へ進んだのはオウカだけのはずだ。それ以外にもう一人、彼らの知らない人物が魔王の下へたどり着いていると言うのか。
「貴様、オウカ様はどうした」
「あの女騎士か。今頃は妹と一緒に魔王様に殺されてるんじゃねえか?」
「妹……?」
カルミアの脳裏に数週間前に出会った一人の人物が浮かぶ。
オウカの妹が行方不明になっていると言う情報は彼の耳に入っていた。
「そこをどけ、魔物よ!」
「邪魔はさせねえぜ……」
両の爪を構え、灰色の人狼が騎士たちへと飛びかかる。
その動きは獣の様に俊敏で、人間の動きを容易に上回る。
「術式展開――――『強化』!」
カルミアたちも術式を展開し、陣形を組んで魔物に立ち向かう。
獣の如き動きに対して互いに連携を取り、互いの死角を補いながらその一撃を防ぐ。
そして爪を防いだ騎士たちの後ろから飛び出したカルミアが躍りかかる。
「はっ!」
「おおっと!」
跳躍して人狼は身を躱す。
そして壁や天井を蹴りながら、あらゆる方向から攻撃を加える。
「左だ!」
カルミアが指示を飛ばし、縦横無尽に動き回る人狼に対処する。
互いに隙を埋め、守りを固めるカルミアたちの陣形は堅牢でなかなか崩せない。
「ちっ、仕方ねえ。正面突破だ!」
助走をつけてその身を丸めながら突っ込んでくる。
カルミアたちもその動きを見て、迎撃の体制を整える――。
「むっ!?」
「うおっ!?」
突如、彼らの間に爆発が起こった。
爆風で相手の姿を見失い、互いに足を止める。
「そこまでです」
「攻撃魔法……魔族か!」
カルミアたちは煙の向こうに、新たな人影を認める。
そして、先の爆発の威力からそれが魔族であることを察知する。
「……おい、何のつもりだ。何故止める」
「すぐに玉座の間へ戻りなさい――魔王様が討ち取られました」
二人の会話にカルミアたちは耳を疑う。
「ちいっ、あの女どもか。生かしちゃおけねえ!」
「ま、待て!」
そして、すぐに魔族たちは退いて行く。
ただ事ではないその様子を見たカルミアたちも事の真偽を確かめるべく急いでその後を追うのだった。
「これで、少しは楽になるはずだ」
「ありがとう」
止血処置を施した脚を動かしてみる。
オウカが傷つけたトウカのケガも軽く動く分には問題も無いようだった。
「オウカも大丈夫?」
「……正直、しばらく休まないと動けそうにないな」
「ごめんね」
「勝負の結果だ。お前が気にする必要はない」
二人で座り込む。久し振りに二人で過ごす落ち着いた時間だが、お互いに何を言えばいいか躊躇っている様だった。
やがて、オウカが口を開いた。
「しかし酷い話だ。命を懸けてやって来てみれば魔王は死んでいるし、妹とは殺し合いをする羽目になるし」
「あはは……」
愚痴をこぼしたくなる気持ちもわかる。
しかし、ここまで来ると怒りを通り越して呆れてしまう。
「だが勝ったのはお前だ。もう私は魔王の娘を殺す気はない。お前自身の意思を通せ」
「うん。でも、もうちょっと平和に解決できなかったのかなぁ……」
トウカは苦笑する。姉妹の関係が修復できたのは嬉しいが、本当なら戦いたくなかったのが本音だ。
「それでは私が納得しない。私にも立場と言うものがある」
オウカは王国に仕える騎士だ。立場や責任など様々なしがらみで自由に動けない。
マリーについても騎士、そして部隊長という立場上、勝手な判断は許されない。
だからこそ、納得のいく形として戦いで決着をつけることに結論を委ねたのだった。
「私は不器用だからな。こんな形でしか自分の気持ちに決着をつけることができないんだ」
オウカが肩をすくめる。
トウカはそんな姉の言葉に呆れた声を返した。
「……不器用すぎだよ、オウカ」
「……お前に言われたくない」
ムッとして目を逸らすオウカに、トウカはつい笑ってしまう。
結局、不器用なのはお互い様だった。お互いのことを思って行動した結果、その気持ちが誤解を招き、すれ違ってお互いを追い詰めてしまった。
もっと素直に言葉を交わせていたら、そう思うことはあるが、それはこれから取り戻して行けるだろう。
「で、その魔王の娘……マリーと言ったか。どんな子なんだ?」
「いい子だよ。人間の女の子と何にも変わらない。普通に笑って、私と一緒に遊んでた」
「にわかには信じがたい話だな」
オウカは騎士団で多くの魔族と対峙してきた。その中には人々を苦しめる存在と対峙してきたこともある。だからこそ魔族に対しての悪い印象は人一倍に強い。
だが、困ったような表情をしているトウカを見て、オウカは言う。
「お前の言葉を疑う気はないさ。だが、あまりにもこれまで私たちが抱いてきた魔族の印象と違いすぎてな」
「私もそうだったけど……ずっと敵対していたからイメージがこびりついていたのかもしれないね。『魔族は自分勝手に人間を殺し回る悪い奴らだ』って」
幼い頃からそうやって教えられてきた。世間もそうやって恐怖を煽って来た。
だからこそ、疑う事はなかった。困っている人々を守りたいと言う思いを抱いて騎士になろうとしたのもそれが一因でもある。
「人間にも個性があり、善人も悪人もいるんだ。魔族だって色んなのが居てもおかしくないな……」
「うん。マリーだって愛情をもって接していけば人間に対して危害を加えようなんて思わないはずだよ」
「そうであって欲しいな……」
今からなら、人間と魔族お互いに対する悪感情を持っていないマリーならば、新しい未来に歩み出すことができるのではないだろうか。そうトウカは思っていた。
「だが、これからが大変だぞ」
「うん、わかってる」
実際、トウカの考えは世界から見れば異端だ。いまだに世界のあちこちで魔族に苦しめられる人々がいる。トウカたちの国の様に、決着がついている場所は少ない。中には魔族に滅ぼされた町や国もある。
魔族に対する嫌悪感情は人々の中に根強く残っていた。これをすぐに
「やれやれ……これで私も共犯者か」
オウカは溜息をつく。
王国騎士でありながら魔王の娘を見逃したと知られればどんな責を負うか。それを思うと頭が痛くなってくる。
「……共犯ついでに、一つお願いしていい?」
「……嫌な予感しかしないんだが」
「私の意思を通してくれるんでしょ?」
それを言われてしまうとオウカは反論しにくい。
観念したようにオウカは言った。
「わかった。早く言え」
「うん。マリーの後見人になってほしいの」
「……何だと?」
嫌な予感が当たる。
後見人と言う事は、トウカがマリーを引き取った後、監督、財産の管理など様々な点で関わりを持つことになる。
「今は、マリーの素性は知られるわけにはいかないの。オウカが協力してくれるなら心強いよ」
「……つまり私も子育てに参加しろと?」
「手が空いてたらで良いよ?」
マリーを魔王の娘として引き取ることを公に行う事はもちろんできない。残る手段は人間の孤児として偽り、養子として迎えることになる。騎士団の中でも部隊長として権限を持ち、名家フロスファミリア家の次期当主であるオウカならばマリーの隠匿だけではなく、身分の詐称など、様々な点で確かに大きな力となる。
だが、王国全てを騙すこの行為はもう露見すればただで済む話ではない。
「……悪人め」
「魔王の娘を引き取ろうとしているくらいだからね」
トウカは肩をすくめて悪戯っぽく笑う。
対して大きく、オウカは溜息をついた。
「駄目?」
「……止めても無駄なことはわかってる。勝者には従おう」
「もう、そんな言い方して」
「立場上、最後の意地だ」
トウカは苦笑する。だが、オウカが協力してくれるようになるのは大きい。
家を出て民間人となっているトウカではできないことも多い。その点オウカなら多くの方面に顔が効く。
「……それで、どうするつもりだ?」
「え?」
話がまとまった所で、オウカが不意に問いかける。
「私がさっき言ったことだ。この戦争はどうやって終わらせる気だ。何か考えはあるのか?」
「あ……」
トウカがしまったと言った顔をする。戦いに集中していてすっかり忘れていたらしい。
まずはその件を片付けないことにはマリーを引き取るも何もない。
「……おい」
表情を引きつらせるオウカに慌ててトウカは取り繕う。
「だ、大丈夫。何か手があるはずだから。一緒に考えよう!」
だが、突如聞こえた声で、二人の会話は打ち切られることになった。
「オウカ様!」
外から多くの騎士たちの足音が近づいてくる。
それは、最早時が残されていなかったことを告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます