30-6 : 生き様
“
「ひははは! きひはははは、ひは……グブッ……!」
猟奇的な
「うぶっ……! ――ぺっ。はぁ……はぁ……ひはは……よぉ、エレンん……それにぃ、シェルミアぁ……」
両腕に改めて
大回廊の末端にまで
「きひっ……きひはは……ほんっと、仲が良いっこたなぁ……お二人さぁん……」
口角をニンマリと三日月形に
エレンローズのように、魔人化による傷の癒えなどないにも関わらずのその
シェルミアとエレンローズは示し合わせるまでもなく、互いに誓いを立て合った各々の剣をその手に抜いた。
その様子を遠目に見て、ニールヴェルトがくっくと肩を震わせる。両肩を盛り上げてグニリと猫背になり、今にも飛びかからんとするその威容は獣のそれ。
「ひははははっ……! 無駄なこたぁやめとけよぉ、お前らぁ……そっから動くなぁ……こいつでトドメになんだからぁ、大人しくしてろぉ。きひひっ」
狂騎士の両腕に、再びあの嵐と稲妻が湧き上がっていく。
今から突貫をかけても、魔導器の発動の方がどう見ても
回避しようにも、誰よりも戦闘慣れしているニールヴェルトがそんなことを許すほど甘い筋を打ってくる訳がない。
「……!」
エレンローズがその短い間に出した答えは、身を
出力が上がらなくなっている封魔の義手で
「エレンよぉ……お前、そんなにシェルミアが大事かぁ……」
嵐を練り上げながら、ニールヴェルトの目がギラリと
嘲笑と、殺意と、狂気と……それから、嫉妬の光。
「そぉいうさぁ……忠義だの献身だの……愛だの自己犠牲だのっつぅ奴がさぁ……
……。
一拍置いて、かまいたちを生じる風のゴォッと
……。
……。
……。
「っ……」
「…………」
静寂。
シェルミアとエレンローズが、
……。
「……はぁーあァ……」
嵐と稲妻を撃ち放ったニールヴェルトが、
「……。……。……行けよぉ、守護騎士ぃ……」
言葉の合間に
何が起きたか分からないまま、シェルミアとエレンローズは互いの身を確認し合う。
先の狂騎士の攻撃は、2人に
代わりにざっくりと大きな傷がついているのは――大回廊の終端部分。
巻き起こった嵐は無限の繰り返し構造へ変貌しようとしていた大回廊の境界面をゴリゴリと粉砕して、その先に通常空間へと通じる大穴を
「少しは、ビビった顔の1つでも見せりゃあよぉ、
顎を上げて頭を壁面に預けているニールヴェルトは、眠くて
「……負け死合にケチ、つけるほどぉ……俺ぁ、未練がましかぁ、ねぇよぉ。勝つ
これまでと変わらない不穏な言葉を並べながらも、このときのニールヴェルトがやってみせたのは、二人の脱出路の確保であった。
狂騎士の
「…………」
エレンローズが、それこそ「何と言って良いか分からない」という複雑な表情を浮かべた。
「……ひははっ! ああ……イイ顔、してくれるじゃねぇかぁ、エレンん……きひ、きひひ……ゴホッ」
「……
ニールヴェルトが不敵に
「おぉっとぉ……それ以上、こっち来ないでくれますかぁ? 元騎士団長ぉ。俺、あんたのこと苦手なんでぇ」
うっすらと片目を開いたニールヴェルトが、邪険に言い捨てる。
シェルミアが、じっとニールヴェルトを見つめる間があった。
……。
手が、伸びる。
「……。ニールヴェルト……――私たちと、一緒に来る気はありませんか」
狂騎士を見つめるシェルミアの口から出たのは、そんな意外な言葉だった。
思わず、ニールヴェルトの
それに続くシェルミアの声は、真剣だった。
「まだ、“私たち”には、成さなければならないことが山ほどあります。人間も魔族も国も超えて、果たさなければならないことがたくさん、たくさん……。
「あぁー……せっかくですけどぉ、お断りだぁ。そういう、のはよぉ」
「俺、騎士は辞めたんですよぉ……ひははっ……もう、誰かの下に付くとかぁ……誰かの上に、立つとかぁ……そういうの、もう飽きちまってさぁ……1人で、好きにやることに、したんですぅ……う゛っ、ガボッ……!」
吐血で声を濁らせながら、それでもニールヴェルトはヘラヘラとした
「今の、これだってぇ……たまったま、あんたらのこと、逃がしてやったら、どうなんのかなぁってぇ……そんな気が、向いてるだけだぁ……早く、しねぇとぉ……まぁた、ぶっ殺して、みたく……なっちまうぜぇ……?」
そして、ギロリ……と、もう立ち上がれもしない身体に“狩る者”の目つきを宿して、ニールヴェルトが2人を
「だから……俺になんて、構ってねぇで……さっさと行けよ……シェルミア……エレンん……。生き残るのは、いつだってぇ……生き残ろうとする、奴……だけだからよぉ……」
差し伸べられた手を、振り払うようにして。
その目はギラリと、ただ「俺の邪魔をするな」と言っていた。
「……」
ニールヴェルトのその言葉を聞き届けると、シェルミアは腕を下ろし、それ以上は何も言わなかった。
それが、ニールヴェルトという男の生き様と理解すれば――もう、語るべきものなどない。
シェルミアは視線を狂騎士から引き剥がして、彼がこじ開けた無限回廊の穴に向けて歩き去っていく。
「…………」
それを追いかけるエレンローズが、最後にもう1度だけ、ニールヴェルトを
彼女と目を合わせた狂騎士が、どこか勝ち誇るように、震える右腕を掲げる。
「ひは、ひはは……エレンよぉ……お前の腕輪ぁ、形見に
そう告げた先で、彼女が別れ際にどんな顔を浮かべたか――視界が
……。
「――お前らぁ!」
そして、閉じていく無限回廊の向こう側へと拳を突き上げ、“烈血のニールヴェルト”が、
「お前ら、最後の最後でぇ! 俺に……とんでもねぇ貸しができたなぁ! ひははははっ! いーぃ、気味だぁっ! 忘れんじゃねぇぞぉ! しぶとく生きて……生きて生きて生きてぇ! 最期まで俺のこと、忘れんなよぉぉお!! ひはははは! ひぃーはははははははぁぁぁーっ!!……」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
そして。
幾何学の暴力が大回廊を埋め尽くし、誰の目にも触れなくなった無限の果てで……――。
……。
……。
……。
「……――」
――……パタリ。と、狂騎士の脱力した腕の垂れ落ちる音だけが、どこまでも反響していった。
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