29-4 : 映し見る影
奇声を上げたボルキノフが、
「私は分かっているんだよ! 100年かけて調べ上げた! それから200年かけて時が満ちるのを待っていたんだ! 私たちの夢の
それまで
「っ……何だ、貴様……300年……? 本当に人間なのか……?」
「
何かの発作を起こしたように、左手首をバリバリと
「むぐっ……ギぃぃィイ゛いいい゛いいッ!」
自分の腕に
真っ赤な血が、ドクドクと流れ出る。
「
耐え
「……ゴーダ、もうええじゃろ……こんな狂い果てた者の話をこれ以上聞いてどうするんじゃ」
ガランが静かに
「角の生えた女ぁァア! お前には興味などないと前にも言ったぞぉオ! 私は彼と話しているのだ! 静粛にし
グッチャグッチャと左腕の一部だった肉を汚らしく
「……」
そんな狂気を目の当たりにしながら、ゴーダは愚者から目を離せないでいた。
恐怖したからなどではない。怒りに棒立ちしている訳でもない。理解が及ばず混乱しているのでもない。
「……」
ゴーダは、“共感していた”。ボルキノフの中でのたうち回っている感情に。狂慌に。精神がガタガタと音を立てて砕けていく感覚に。
300年……この愚者が言っていることが事実ならば、それは人間の精神構造では耐えきれない時の流れである。それは人間の魂を持った転生者として400年を生きたゴーダ自身が、誰よりもよく知っている。
彼はその崩壊に対する治療法を――かつての故郷である異界の文化収集と、この東の地での平穏な生活を
目の前のボルキノフの姿に、ゴーダは自分の「もしかしたらそうなっていたかもしれない」という姿を映し見ていた。
――お前は、私と同じだ……今この時点に至るまでの手段と道のりが違うだけの。
「ゴーダぁ! 君は私と同じだろぉ?! 君の魂は人間の形をしているぅ! 私は知ってるンだァ!」
――ああ、分かるよ。肉体は
「
ボルキノフがゴーダに向かって手を伸ばし、1歩前に出る。
「ああ! ああ! 調べなくてはっ! まだ分からないんだ! やはり君の身体を開いてみなければ分からないぃィ! 隅から隅まで臓物を引き
「――――」
ボルキノフの発作的な叫び声に刺激されたのか、“ユミーリアの花”も高低入り交じった振動音で
「……なるほど……よく分かった。この戦争の
息を吸い込んで、呼吸を止めた。“イヅの大平原”の嗅ぎ慣れた若葉の匂いはしない。鼻孔に刺さるのは腐肉と汚液の悪臭である。
天を仰ぎ見る。遮蔽物のない突き抜けるような空の一角に、“ユミーリアの花”の醜い造形が食い込んでいる。
「……ふぅー……」
……。
「……最後に、もう1つだけ
……。
……。
……。
「ベルクトを……“イヅの騎兵隊”を……私の大切な部下たちを、どうした」
……。
……。
……。
「ああ、彼らか……結局、どんなに調べても核心は――“石の種”の在り
……。
……。
……。
「……まぁ、食い物には困らなかったがね」
無表情のボルキノフが、げぇぷと気色悪いげっぷを鳴らした。
――カタン。
ゴーダの姿は、既にそこにはなかった。全てに遅れて、
ブシュゥッ。と、ボルキノフの上げる
「う゛っ……ぐ……!」
交差したゴーダの背後に、愚者の
「ああ゛……痛いなぁ……
「死んでくれるなよ……この程度で」
「ふ、ふふ……!
「ああ、そうだな。悪いがもう、対話は無理そうだ……――」
ゆらり。ゴーダが振り返る。
「――柄にもなく、キレてしまったのでな」
暗黒騎士の兜、その
「……ぁ゛はははははっ……! 素晴らしい……! 解体して、調べ尽くしたら……君だけは全て
視線を飛ばし合う2人の下に、ドッと空気の壁が吹き抜けた。
「――――」
「……ガハハ……」
“ユミーリアの花”の
「悪いがのう、ワシは何を見ても聞いても、もう泣いてはやらん……涙でこの身体が冷えてしもうたら、貴様をぶっ飛ばせんからのう……バケモンやい」
パチパチと火の粉が舞い、ガランの全身に赤熱した血管が浮き上がる。
……。
……。
……
「「「……さぁ、この巡り合わせに、ケリをつけよう」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます