29-3 : 対話
「自己紹介させてほしい、“魔剣のゴーダ”……。私は、ボルキノフ。“明けの国”で宰相を務めている」
深く腰を折って、“忘名の愚者”がお辞儀した。
「――いや、違うな。正確には、“務めていた”……このたび晴れて、下野する運びとなった。もう、あの窮屈な国に用はないのでね」
そして右手を伸ばし、一同に向けて後方に
「そしてあれが、ユミーリア……私の
――ギョロリ。
ボルキノフの声に反応したのか、それともただの偶然か。“ユミーリアの花”の
ブチュブチュと汚らしい音を立てて、肉の幹を
それはしなやかな若い女の腕のように見えた。長さは十数メートルほど。人間1人を丸々握り潰せるほど巨大なそれは、青白い肌に半透明の粘膜を
それは“宵の国”の南方、“
しかし幾ら植物に近い陰影を伴っているとしても、その正体はただの醜い肉の塊でしかない。
ズズンと地面を震わせて、“ユミーリアの花”から生えたばかりの女の腕が自重に千切れて崩落した。肉の幹に生じた傷口から濃緑色の体液が噴き出し、周囲をドロドロに侵していく。
落ちた腕は、常に体液を巡らせていなければ体組織を維持できない様子で、まるで映像を早回しにでもするかのように見る見る内に腐敗して、
「こらこら、粗相はいけないよ、ユミーリア。今、“お客人”に大事な挨拶をしているところだ。大人しくしていなさい……」
慈愛の籠もった父親の声で、ボルキノフがそう
「こンの、イカレポンチキが――!」
「ガラン」
腕を振り上げて今にも殴りかかろうとしていたガランを制止して、ゴーダが兜越しに言って聞かせる。
「奴には聞いておきたいことがある。ここは私に預けろ」
「お主……ワシが今どんな気持ちでおるか――!」
「分かった上で言っている。これは命令だ。抑えろ、“火の粉のガラン”」
「……っ!」
……。
バゴンッ!と、燃え
「――あ゛ぁっぁぁぁあ゛あ゛あ゛っっっ!!」
感情の限り、天に向かって叫び声を上げる。そしてここに至るまで彼女の全身に浮かび上がっていた赤熱した血管は、急速に冷えて褐色の肌の下に消えた。
「……どっこらしょい」
ゴーダの後方に下がったガランが、焼け野原にあぐらを
無言のゴーダが、ぐっと
「さて……どうやら私に御用のようだが、こちらからも幾らかいいだろうか?」
ボルキノフの目を真っ
「ああ、構わないよ、
至って冷静な物言いで、元宰相が言って返す。
2人の男の言葉が飛び交い始める。
「ボルキノフ……確かに初対面ではない。その名前は王都で何度か耳にした」
「おや? ふむ、なるほど……開戦の何日か前、珍しい
ボルキノフが独りうんうんと
「確かにそれならば、多くのことが納得できる。シェルミアと密会の仲にあった魔族が君だというのなら、非常に収まりがいい。すっきりしたよ、ありがとう――お陰であの邪魔な女を
「
「ふむ……? ほぉ、あの女、
「こちらもいろいろと
「ははっ、よしてくれ
その表情に、「清々した」と書いてあるようだった。
「大層気分が良いと見える」
言いながら、ゴーダが肩を
「ああ、分かるかね? その通り、私は今、とても気分が良い。やっと
「“明けの国”などと御大層に名乗っているが、あそこはゴミ
更に続ける。その言葉はほとんど独り言にしか聞こえない。
「だが、
「……。……ふぅぅー……」
大きく息を吸い込んだのはゴーダである。ボルキノフの独白によって、この争いの裏側に隠れていた真っ黒なパズルのピースがカチリカチリと
「……魔族と、人間を、争わせた理由を聞いておこう」
冷静な声でゴーダが
「娘の
一瞬の間も置かず、ボルキノフがたった一言即答した。語尾に疑問符が付いているのは、「当たり前じゃないか」という言葉がその裏に続くからだろう。
「
「……」
「その願いを
“宵の国”の東の果てだった。ここを確実に手に入れるには、
「……」
「戦争になれば、“明けの国”が大敗を喫するのは見えていた。軍人どもには分からなかったようだがね。それでもまぁ、せめて四方の内のどれか――あわよくばこの東方だけでも落としてくれれば
ボルキノフの言葉に耳を貸すゴーダの意識は、はっきりしている。鼓動も安定していた。が、呼吸が荒くなってくるのだけは、彼の強い意志でもどうにもできなかった。
先ほどからじっとあぐらを
「……なぜ、東方が……“イヅの大平原”が、お前の言う『この世で唯一望みの
「なぜ……?――はははははっ!」
ボルキノフが突然大声で笑い出した。整髪油で後ろに
「はははははっ! そんなこと君が1番よく分かっているだろう!? ゴーダ! 東の守護者である君ならば、誰よりも!」
笑い声を治めて、顔の前に持ち上げた手のひらで何かを
「――“石の種”だよ!」
「……“石の種”……?」
「ユミーリアのあの姿をもう1度見たいんだ! 神々しい、天使の姿を! こうして翼を再現することまではできた。でもこれだけじゃ足りない! 私をあの絶望と恐怖から拾い上げてくれた、無力な私を救ってくれた、あの天使の姿をユミーリアにもう1度与えてあげるには、たくさんの“石の種”が必要だ!」
「……何を言っている。何のことだ……?」
「しらばくれないでくれ
「っ!?」
突然、ボルキノフが感情を
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