28-21 : 宵の玉座
――“
激戦の跡が色濃く残るその場所に、
城内を照らす
……。
……。
……。
――コッ……コッ……。
大回廊の巨大な空間の中に、その軽快な音が小さく反響していった。
サッ、サッ。と、
――……カッ。
細いヒールの先端が大理石を踏む音が途切れ、両手に提げた
「――……」
大回廊の果てに顔を向けて、ベールで
「――“
「――陛下」
掃き掃除をしていた2人目の侍女が、
「――城主様」
拭き掃除をしていた3人目の侍女が、長い裾の給仕服も真っ白な手も一切汚さないまま立ち上がった。
「――リザリア様」
床に散乱した調度品を元の位置に戻していた4人目の侍女が、“
「――……」
“大回廊の4人の侍女”が、ベール越しに互いに目線を交わし合う。
「――“第5結界:明けの国”には異常ありません」
1人目の侍女が、何かを確認するようにしてから報告した。
「――“第4結界:宵の国”……東方に綻びが見られますが、動作に問題はありません」
2人目の侍女が、東の方角にしばらく顔を向けてから目線を戻して告げた。
「――“第3結界:
3人目の侍女が、こくりと
「――“第2結界:玉座の間”も、空間隔絶は継続中です」
4人目の侍女が、他の3人に順番に目配せしながら
そして再び、“大回廊の4人の侍女”が、城内へと続く道の1点にじっと目をやった。
全く同じ4つの美しい声が、完全に単一な声となって、虚空に語りかける。
「――“第1結界:
***
「……ふぅぅ……」
玉座へ深く腰掛け、背もたれに背中と首を預け、両翼の肘掛けに腕を乗せた“王子アランゲイル”が、目を閉じ感慨深げに吐息を漏らした。
「……私は……宵の玉座へ至った……。“明けの国”の誰も
そう
「ああ……やっと、満たされた……。やっと、自分を認めることができた……。やっと、救われた……。やっと……やっと……」
心の底から
「ゴホッ、ゴホッ……。あぁ、そんな顔で
「“明けの国”も、滅ぼすつもりだったが……ゴホッ……お前は、本当に強く育ったな……“ゲイル”は健在だが、凶王の鎧は、もう創れん……私の、負けだな……」
「負、け……? 負けた、のは……私の方です……
静かに
凶王の鎧を
「ふんっ……この期に及んで、謙遜とはな……だが、まぁ、いい……もう、長くない身だ……せめて、しばらく……この玉座の上で、休ませろ……ふぅぅ……」
そういうと、アランゲイルは今一度玉座に深く深く身を沈めて、全身の力を抜くように静かな
「……っ……!」
最後の最後でアランゲイルに目的を果たさせてしまった無念と悔しさに、シェルミアが顔を
シェルミアがぎゅっと目を
「……どうする、シェルミア……まだ、
己の身体が死にゆくに任せて玉座に座したまま、目を閉じたままのアランゲイルが気配だけを頼りに語りかけた。
「もう、私にできることは、ありません……
シェルミアの方も目を閉じて、ボロボロの身体を投げ出したまま、魂の抜けるような
「ああ、そうさせて、もらうよ……。そのまま、楽なように、しているがいい……私の方が、先に逝くだろうが、
「……。さようなら、アランゲイル……凶王ではなく、
目も開けられない
「馬鹿な、ことを、言う奴だ……。“向こう”では、同席は、ごめんだからな……私の、ところへは……
「ええ……
重たく力の抜けた身体を横たえて、シェルミアもアランゲイルも、それ以上はもう言葉を交わさなかった。
全身が溶けていくような、どこまでも深い眠りが身体を包み込んでいく。
全て終わったのだと、ぼんやりとなっていく意識の中で、シェルミアは静かに思った。
……。
……。
……。
何かが、コトリと転がる音がした。
「――
感情の欠落した冷たい声が、2度と覚めることのない眠りに沈もうとしていたシェルミアとアランゲイルの耳に届いた。
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