中央戦役(後編)
28-1 : 東の果ての地
「――いぃぃぃっ……っやっほぉぉぉぉぉい!!!」
昇って間もない
「ガハハハハ! ガハハハハハハッ!」
濁り1つない真っ青な空。
「ガランっ、気を引き締めろっ」
「んっ? 何っ? 何ぞ言ったかっ? ゴーダっ。ガハハハハッ!」
「少しは静かにしろと言ったのだっ」
周囲を渦巻く風の流れに遮られ、互いの声はほとんど聞き取れなかった。ガランの方向に顔を向け、少しでも声が通るようにと
「むっ……!」
「ガハハハハッ! 何やっとんじゃゴーダっ。締まりがないのう――ブルルルルルルルっ」
笑い転げるように大口を開けたガランの
「……ぶはははははっ! 何ともまぁ! こりゃ、楽しいのう! ガハハハハハッ!」
激しい気流の中を木の葉のように舞い落ちていきながら、そのようにして天空に浮かぶ“星見の鐘楼”から飛び降りたゴーダとガランは、高高度からの自由落下に身を躍らせていた。
「むぅっ、これはなんとも……っ、存外、難しい
「だが……っ、どうにか、
自由落下によって下から吹き上げてくる相対風に対して身体を垂直に向けたゴーダが、全身を使って帆船のように気流を御す。そして先ほどから相変わらず乱流の中をくるくると回転しながら笑い転げているガランに向けて、あらん限りの声で呼びかけた。
「なんじゃいっ!」
「もうすぐ雲の中に突っ込むぞ! 視界が効かなくなる前にっ、こっちに来いっ!」
「ぬぉ! ほんにそうじゃな! のうっ、ゴーダやっ! 雲というのは、ぼふっと跳ね返ったりせんのかのうっ、ぼふっとなっ。ガハハハハッ!」
「
「むむっ、なんとっ! そりゃいかんのうっ! よっし、そこで待っとれよっ、ゴーダっ。そっちに向かうからのうっ……ブルルルルルルっ」
ガランのその威勢は言葉だけだった。ゴーダから見れば、女鍛冶師は平泳ぎでもするように空中で無意味に手足をばたつかせながら先ほどと変わらずくるくると回転して、口に流れ込んだ気流で顔面をぷるぷると震わせているばかりだった。
「……ええいっ、世話の焼ける……っ!」
そう言うと、全身で気流を制御したゴーダがふわりふわりと風に乗り、ばたついているガランの方向へゆっくりと距離を詰めていった。
「
暗黒騎士が、堅い手甲に包まれた右手を伸ばす。
「ぬぉぉぉ……もうちょい、じゃっ」
女鍛冶師が、吹き上がる風の中、その手に向けてふらふらと揺れる指を伸ばす。
そして次の瞬間、空気がひやりと冷たくなって、目の前が真っ白に塗り潰れた。
……。
……。
……。
ビュオッ。と、密度の異なる空気が折り重なっている層を突き破り、厚く垂れ込めた雲を抜けた先に、ガランの手を固く握り締めたゴーダの姿があった。眼下にはもう一層、地上からの目を隠す低い雲が
「……」
視界の全く利かない雲の中でしっかりと手を握られて、再び
「全くっ、その手を離すなよっ、ガランっ!」
頭をまっすぐ地上に向けて自由落下していくゴーダの背中が、ガランの視界に飛び込む。その声が聞こえると同時に、暗黒騎士の手が更に強く女鍛冶師の手を握った。
「……」
酒を飲んでいるわけでもないのに、軽い胸焼けのようなむず
「……奴の手も、このぐらいしっかり握っとってやらんかい……たわけ」
ぼそりとそう
「何だっ……? 風の音で聞こえんぞっ、ガランっ」
目の前で手を
「だぁーっ! 何も言うとらんわいっ、空耳じゃろっ! ちゃんと前を見とれいっ!!」
猛烈な速度で降下していく2人の姿が、再び雲の中に吸い込まれて消える。
そして最後の雲を突き抜けた先で、ゴーダがぽつりと独り言を
「……帰ってきたぞ……東の果ての地よ……」
厚い雲の下には、それまでの
我が家として住み慣れてきた
それは平原の広大さを、空を飛ぶ鳥と同じ目線で
「――――――」
そのよそよそしさの原因は、2人の耳に届く“音”の
「――――――」
濃い霧の向こう、影も見えないその深みから、何か途方もない存在が空気を震わせる音が聞こえてきていた。
周囲の空気を振動させ、体内に響いてくる低音と高音の波動。たとえようのないその共鳴音は、深い海の底を泳ぐクジラが
「……
あれだけ笑い転げていたガランの声が、親の敵を見つけたかのように真剣で低い声音に変わる。
「――――――」
「“これ”が……あんたが見たという、“異形の花”とやらか……」
霧の向こうから聞こえるその音に向かって、ゴーダが確かめるように言った。
「そうじゃ……! あれに、“イヅの城塞”は落とされた……! ベル公が……騎兵隊の衆が……っ!」
噴き出る感情を
「ゴーダ! このまま奴の真上に出たれい! 一発派手なのをぶちかましてやらにゃ!」
空中で離れないよう、手をしっかりと握り合った女鍛冶師の険しい声が、落下を続ける暗黒騎士の背後から聞こえた。
「そうしてやりたいのは山々だが……どうにもそう上手くは行かんらしい」
ゴーダの神妙な声が、ガランの威勢を遮った。
「何をたわけたことを言っとんじゃ! ここまで来といて――」
濃い霧が風に割られ、一瞬、目の前の光景が開けて見える。
「霧で距離感を見誤ったな……思っていたより、地上に近づき過ぎていたようだ」
薄いカーテンを開け広げるように
「ちょっ……ちょっちょっちょっ……! ど、どどど、どうすん――!」
「――じっとしていろよ、ガラン」
ゴーダがぐっと腕を引き、空中でガランを抱き寄せた。
「……っ!」
眼前にみるみる内に近づいてくる固い地面の影に、女鍛冶師が思わず目をぎゅっと
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