26-26 : 闇

 ――“宵の国”、西方。


 の落ちかけた“星界の物見台”。その最下層に、5人の人影が円を描くようにして立っていた。


 ――東の守護者“魔剣のゴーダ”。


 ――西の守護者“三つ瞳の魔女ローマリア”。


 ――女鍛冶師“火の粉のガラン”。


 ――姫騎士“明星みょうじょうのシェルミア”。


 ――守護騎士“右座みぎざの剣エレンローズ”。



「……待たせた」



 まず一声を放ったのは、ゴーダである。



「ふん、勝手に姿を消しといて……何があったかは聞かんことにしといてやるが、余りワシらを待たせるな。うずうずして、いても立ってもおれんようになるとこじゃったわい」



 腕組みをして脚を肩幅に開いたガランが、フンッフンッと鼻息を荒らげて言った。



「嫌ですわ……ほんとに貴女あなたったら、昔と変わらず野蛮なのね……」



 ローマリアが口許くちもとに手を当てて、一歩退いたようにガランを横目で見やりながらつぶやいた。女鍛冶師と距離をとった分だけ魔女の身体が暗黒騎士に近づいて、その華奢きゃしゃな肩が甲冑かっちゅうに触れる。



「…………」



 そんなローマリアを視界に入れるエレンローズは、もう魔女に対して何の感情も抱いてはいない様子で、ただ主であるシェルミアと、シェルミアの盟友となったゴーダの言葉を待っている。その視線に最初から気づいているローマリアも、もう何も口にしようとはしていなかった。



「ゴーダ卿。準備は整いました」



 シェルミアが、よどみのない声で短く言った。



「……よろしい」



 皆を見回して、ゴーダが一呼吸置いて、指揮官の声で言った。



「今回の一件、その指揮と決定権は、全て私が預からせてもらう。用件は手短に話そう。異論は認めん」



 ゴーダの視線が、まずガランに向けられた。



「東方の奪還には、私とガランが向かう」



「おうさ、当然じゃな。やったるわい!」



 張り切ったガランが、肩をブンブンと回して応えた。



「東方は敵対勢力の位置がはっきりしている。ローマリアの転位魔法を使えば問題はない。問題になるのは……領内に侵攻している“明けの国”部隊の所在だ」



 言葉を続けながら、次にゴーダはシェルミアに目をやった。



「兄の……いえ、“敵”の潜伏状態が分からない中、何か効果的な手が打てるのですか、ゴーダ卿。私とエレンローズ……このたった2人で」



 シェルミアの問いに、ゴーダは首を横に振った。



「いや、さすがにわずか2人では、効果的な索敵は無理だ。当然だがな」



 それを聞いて、シェルミアがわずかに眉を寄せた。ならばどうするのです、と、声にならない声が問いかける。



「“効果的な手”は、今も言ったが、ない。だが……“確実な方法”なら、ある」



 そう言って、ゴーダが2人の人間の前に真正面から向き直った。



「シェルミア、エレンローズ……貴公らには、“淵王城”に陣取ってもらう」



 ……。



「……。……本気で言っているのですか、ゴーダ卿」



 思わず、シェルミアが探りを入れるような声音を返した。



「私は本気だが?」



「要所中の要所を、私たち人間に預けるのですか」



「ああ、預ける。案ずるな、リザリア陛下も侍女たちも、何も言わんよ。あのお方のお言葉は絶対だ――陛下直々に、私にこの件についての全権を委ねられたということは、そういうことだ」



「それも、ありますが……私が言いたいのは、そういうことではなく……」



 言葉に詰まり、シェルミアが一瞬口を閉じる。



「……。私も馬鹿ではない。裏切ろうとする者は、そんなふうに悩んだりはしないということぐらい、知っている」



「……ゴーダ卿……」



「盟約通り、貴公に背中を預けるぞ、シェルミア」



 ……。


 ……。


 ……。



貴方あなたの背中、ここに確かに、預からせていただく」



 そうしてシェルミアとエレンローズは、ゴーダが振り返り歩き出すまで、ただじっとこうべを深く垂れて見せていた。


 ……。


 ……。


 ……。



「ふむ。それでは、ゆこうか――この争いを、終わらせよう」





 ***



 ――“宵の国”、中心。“淵王城”。



「多くの、命が散った」



 完全な闇と、悠久の静寂に包まれた玉座の影に、金色の瞳がぼぉっと浮かび上がり、そのまぶたを開けた。



「――はい、かなしきことにございます」



「――はい、痛ましきことにございます」



「――はい、つらきことにございます」



「――はい、むなしきことにございます」



 いつあらわれたのか、いつからそこに在ったのか、“大回廊の4人の侍女”が、闇の中に浮かび上がるリザリアの金色の双眼に向かって、深く深く腰を折ってこうべを垂れた。



「余は、しき王であろうか」



 感情のない声が、虚空に浮かび、虚無へと消える。



「――いいえ、そのようなことはございません」



「――いいえ、しき者などおりません」



「――いいえ、たとえ王とて、あらがえぬものがございます」



「――いいえ、これも巡り合わせにありますゆえに」



 侍女が、寸分違わぬ声で、うたうように、慰めるように言葉を並べた。


 ……。


 ……。


 ……。



「そうか。運命さだめであるか」



 ……。


 ……。


 ……。



むなしき運命さだめよ」



 ……。


 ……。


 ……。



「……むなしきものよ――」



 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。



 ***



 ――。


 ――。


 ――。


 ――“宵の国”、北方。


 凍える風が嵐となって、土色の大地を削り取るようにめていく。


 ここは、亡者の地。われの知れぬ思念たちの、流れ着く場所。


 記憶も、願いも、救いもなく、ただ底知れぬ渇きだけに満ちた場所。


 生者を拒む、死者の土地。


 ……。


 ……。


 ……。


 “ゆえに、この地に守護者は不要であった”。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。


 ――北の四大主“渇きの教皇リンゲルト”、消失。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……■


 ■……■■……


 ――。


 ――。


 ――。


 ――北の四■主“渇きの教皇リンゲルト”、消失。


 ――。


 ――。


 ――。


 ――北の四■主“渇■の教皇リン■ルト”、■失。


 ――。


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 ――。


 ――■の四■主“■■の教■リン■ル■”■■失■


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 ――■■■■■■■■■■■ン■ル■”■■失■■


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 ……。


 ……。


 ……。

























「……むなしきものよ――」






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