25-11 : 刹那とさざ波
それは第三者の視点から見れば、始めから終わりまでに1秒もない、一瞬のできごとだった。
先手を取った死神が駆け抜け、
「う……、む゛っ……!」
声になりきらない
「我らの絶死の一振り――逃れる術なき回帰の鎌――よくも遠ざけたものよ――…………」
死神が、声の階調をわずかに変えながら、感嘆するように
――ゴトリッ。
4つの羊のような死神の頭部の1つ、右を見つめていた頭骨が、首元から断ち斬られ地面に落ちる音がした。
「はぁ゛……ゴボっ……便利な、身体だな、リンゲルト……その首、あと3つ飛ばせば、お前は消えてくれるのか?……」
自分の血にむせ返りながら、ゴーダが皮肉を言うように
「我らは“始祖の器”――遠い遠い祈りの声を受けた、最初の偶像――この
「はぁ゛……はぁ゛……
上体を思わずぐらりと揺らしながら、ゴーダが濁った呼吸音混じりに
死神が再び、無言で大鎌を振り上げる。それは本来、二振り目など有り得ない絶対の一撃必殺――神話の域に迫る存在のもたらす“死”そのものだった。
「リンゲルト……お前は、
「あれは本来、絶命より先行して見える、絶対の死の心象――それを目にしても
3つの頭骨が順々にそう語り、具現した“死”が、鎌首をもたげる。
「既に勝敗は決した――
……。
……。
……。
「ああ……そう、だな……その通り……」
ゴーダの血の混じった声が、死神の言葉を継いだ。
……。
……。
……。
「……お前の、負けだよ、リンゲルト……」
振り上げられた死神の大鎌を前にして、暗黒騎士が、兜の内側で
「さっきの、一撃で……私を、殺せなかった、時点でな……」
……。
……。
……。
――。
――。
――。
「……なぁ、そうだろう……
血を
……。
……。
……。
「……ええ、そうですわね、憎い人……――」
背後から伸びてきたしなやかな指先が、暗黒騎士の血に
「――ふふっ」
ゴーダの両肩から両手を回し、霧のように白い絹のローブを暗黒騎士の血で
魔女の姿は半透明で、その
それは、幻影だった。恐らく死神には見えず、ゴーダにだけ
「あらあら、まぁ……ゴーダ、
ゴーダの首筋の傷口に頬を寄せた魔女が、端正な顔を暗黒騎士の血で汚し、小さな口から長い舌を伸ばして流れ出る紫血をベロリと
「
正面に回り込んだローマリアの幻影が、
しかしほどなくしてゴーダの顔を上目遣いで見上げてきたローマリアの目は、ぎょろりと丸く見開かれ、
「ですけれど……
「…………」
「ねぇ? 何か
「…………」
魔女の幻影の声を何度も耳にしながら、しかしゴーダは何も言わなかった。ローマリアが嘲笑を漏らすに任せ、剣を静かに持ち替え、構える。
「……何も……
「…………」
「
「…………」
「うふふっ……女心は分からないのに、相変わらずそういう勘だけはよろしいのね……嫌な人ですわ……本当に、大嫌い……」
「…………」
魔女の幻影が再びふわりと舞い、“運命剣リーム”を構えたゴーダの腕に自分の腕を宿り木のように絡ませて、ローマリアの声が耳元に
「ええ、いいでしょう……
「…………」
「さあ、お行きなさい、破門の弟子よ……理不尽と不条理を、
「…………」
そしてローマリアの幻影がふわりと運命剣に身を寄せて、その刃に唇を寄せた。魔女の口づけが空間を、宇宙を、世界そのものをグニャリと波打たせて、そこに幾重にもさざ波を広げていく。
「わたくしを殺してくれなかった癖に、
……。
……。
……。
「…………こんなに嫌な女は、後にも先にもお前1人だけだ、ローマリア……」
幻影が見えなくなる直前、ゴーダが一言だけそう言った。それを聞いたローマリアの顔には、いっぱいに嘲笑の色が浮かび上がっていた。
「……アはっ」
狂気を
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