国境戦役(後編)
25-1 : たとえ1度は折れようと
――時は、わずかに遡る。
――“不毛の門”。“宵の国”側入り口。
巨大な連峰の
「ようやく捉えたぞ……勇み足の老骨め」
ゴーダが馬上から騎馬の脇腹を蹴ると、それに応じて黒馬は速力をぐんと上げた。リンゲルトが巻き起こしているのであろう、“不毛の門”から吹き出してくる風を切り分けて、黒馬がその入り口に向かって飛び込むように走り抜けていく。
「はぁっ……はぁっ……!」
死者たちの吐き出す冷たく渇いた風を受けて、身を
「はっ……! はっ……!……う゛っ……!」
――カカカカカッ。
“ネクロサスの墓所”で耳にした、“渇きの教皇リンゲルト”の渇いた笑い声が脳裏に
――怖い……恐い……!
「ふうぅっ……! ふうぅっ……!」
手足の先が冷たくなり、身体の芯は逆に熱病のように火照り、脂汗が全身に噴き出した。
何で、こんなに苦しい思いをしなくちゃならないんだろう。
何も考えられなくなった意識の底で、あぶくのようにそんな言葉が浮かび上がっては
いっそのこと、亡者の差し出す手を握り返せば、全て楽になるだろうに――そんな感情が、言葉の輪郭を持ち始める寸前のところで、黒い泥の塊のように意識の中を転がり回っていた。
「……あぁあああぁっ……!!」
そして、バラバラに壊れてしまいそうなエレンローズが
「……」
ゴーダが無言のまま、手綱を握る自分の腕の間で身を震わせているエレンローズの背中をじっと見下ろした。
「あ……う、あ……!」
くしゃくしゃになった顔で暗黒騎士の方へ振り返ったエレンローズが、声を失った口をぱくぱくと動かして何かを訴えた。
――降ろして……降ろして……!
どんな言葉よりもはっきりと、その表情はそう言っていた。
「……」
それを見て先に黒馬から降りたゴーダは、震える鼻息を漏らすエレンローズを
――ここが限界か……無理もない。
人の身ではここまでかと、
「よろしい……事が済むまで、ここで待っているといい」
その言葉には、どこか突き放すような、
――足手まといになるぐらいなら、そこでそうしてシェルミアの剣を
そんな冷たい言葉が、ほとんど無意識の内に浮かび上がり、それが声になって発せられようとした瞬間――暗黒騎士の口を塞いだのは、腕の中に押し付けられた
「……い……あ、あ……!」
震える手を押して、エレンローズが“運命剣リーム”を更にぐっとゴーダの胸元に押し出した。
声にならない声で何度も何度もゴーダに語りかけようとするエレンローズの涙に腫れた目は、心折れたまま恐怖に屈した者のそれではなく、1度は折れてもその芯までは朽ちてはいない意地を宿した目だった。
立ち止まれば2度とは前に踏み出せないかもしれないという恐怖に
「あ……あ……!」
それは、恐怖に
「……」
エレンローズが
「……名を、聞かせてくれ」
灰色の瞳をじっと見つめ返しながら、暗黒騎士はただ一言そう言った。
「……あ……あ……」
女騎士がゆっくりと、声なき声で、その名を名乗った。
「…………。これを、預ける」
右手で運命剣を受け取ったゴーダが左手で差し出したのは、そこに納まるべき銘刀を失った一振りの
エレンローズがその
「それは私の愛刀を収める
それきりゴーダは振り返ることも言葉を発することもせず、“不毛の門”の中へと消えた。
暗黒騎士の
……。
……。
……。
……。
……。
「全く……私がこれを手にするとは、奇妙な巡り合わせもあったものだ……」
……。
「これも“運命”だと言うのなら、導いてもらおうか……私の望む、未来に……」
……。
……。
……。
「運――――」
「――命――」
「――――剣」
……。
……。
……。
――。
――。
――。
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