24-9 : 小さな、祈り

 黒い灰の渦が“不毛の門”に停滞し、そこから無尽蔵に“鉄器の骸骨兵団”が隊列をして続々とあらわれる。密度を増した亡者の雪崩が、神速の剣を振るい続けるシェルミアに、隙間もなく押し寄せ続けた。



「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!」



 払っても切り落としても、いなしても押し返しても突き出され続ける無数のび付いた刃が、シェルミアを少しずつ、少しずつ追い込んでいく。銀の鎧は至る所に切り傷が付き、かすり傷を負った頬に血が流れていく。


 それでもシェルミアは、1歩たりとも、後ろに下がりはしなかった。



「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!」



 シェルミアのその鬼神のごとき剣圧は圧倒的で、“鉄器の骸骨兵団”の群れを半歩、後ろに退けさせるほどだった。



「カカカッ、矮小わいしょうな人間の身体に無茶むちゃをさせるのう、小娘」



 しかし、わずかにシェルミアが押しさえしている状況を見ながらも、リンゲルトは不気味に笑うばかりだった。



「さて……その無謀な力の発露、いつまで続くかのう……カカカッ」



「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛っ――…………――ッッ!!?」



 ドクリッ。と、それまで狂った早鐘のように打ち続けていたシェルミアの鼓動が、突然躓つまずいたように旋律を乱した感覚があった。一瞬、全身が言うことを効かなくなり、力が入らなくなって、ふらりと意識が飛んだ。



「カカッ……どうした……それで終わりか、小娘……カカカッ」



 消耗していくシェルミアの姿を嘲笑あざわらうように、リンゲルトが冷たく笑う。



「そんなことでは、せっかく半歩押し返した我が“帝国歴”が、また前に出るぞ……カカカカッ」



 シェルミアが無防備をさらす中、無数の鉄剣が容赦なく突き出される。放たれた最初の一振りが、ぐらりと彼女がくずおれた拍子に、直撃をれてその肩を浅く斬り裂いた。


 その痛みで意識を引き戻したシェルミアが、赤く光る眼をぎらりと前に向ける。



「っ!!――っまだまだぁあああっ!!」



 血反吐ちへどを吐きながら叫んだシェルミアが、神速の連撃を再び繰り出し、亡者たちを斬り飛ばす。そしてそこにできた一瞬のすきの中、術式巻物がふわりと宙に広がる光景があった。


 ――!!!!!!!


 大地を揺らす衝撃が“不毛の門”を突き抜けて、荒涼とした風景全体がグラグラと揺れた。


 封を解かれた第2の禁呪が大盾に宿り、そこから放たれた激震の衝撃波が、押し寄せる“鉄器の骸骨兵団”を粉砕して一気に押し返していた。衝撃の直撃を受けた断崖の一部に亀裂が入り、崩落した巨大な岩塊が渓谷の狭間はざまにめり込んで静止する。


 空気そのものを破壊の力に変換する禁呪をまとった盾の表面は、漂う強大な魔力の層越しに蜃気楼しんきろうのようにゆらゆらと揺れて見えている。



「はぁア゛……はぁア゛……はぁア゛……はぁア゛……」



 “明けの国”への境界線にいまだ立ち続けるシェルミアが、ゆらりとその場に居直した。ボロボロになった身体を、剣をつえ代わりにして支えながら、赤く光る眼がリンゲルトを猛犬のようににらんでいた。



「カカッ……。賞賛しよう、小娘。このわしを相手に、よくぞここまでやってみせた……」



「はぁア゛……はぁア゛……はぁア゛……」



「よくぞ、のう……」



「はぁア゛……はぁア゛……」



「しかし……全て、無駄なことよ……」



 黒い灰の渦の中から、シェルミアがそれまで押し返してきた総数に等しい新たな“鉄器の骸骨兵団”の、慈悲なき足音が聞こえてくる。



「はぁア゛……はぁア゛……はぁア゛……」



「もうよかろう……全て、諦めよ……そして、死ぬがよい……」



 ……。


 ……。


 ……。


 再び、“不毛の門”を亡者の波が埋め尽くす絶望的な光景が、シェルミアの前に広がった。


 ……。


 ……。


 ……。



「はぁア゛……はぁア゛……――ま、ダ……マだまだ……まだまダあぁああァ゛ああア゛あっッ!!!」



 ――!!!!!!!


 大盾に宿った第2の禁呪が、もう1度空気に激震を起こす。それによって砕け散った“鉄器の骸骨兵団”を踏み越えて、更に召還された次の“鉄器の骸骨兵団”が突き進んでくる。



「――うあぁア゛ああァ゛あぁぁぁア゛ぁぁああっ!!!!」



 シェルミアの咆哮ほうこうに合わせて、投げ広げられた3つ目の術式巻物が淡い光を放ち、朽ちて風に消える。


 長剣に第3の禁呪が宿り、その刃から漂う白銀に陽光が反射して、きらきらときらめいた。


 がむしゃらに振り下ろされた長剣が空振り、空を裂くシャッという音が聞こえた。


 そして次の瞬間に“不毛の門”に広がっていたのは、てついた冷気に打ち抜かれ、突如現れた氷河に飲まれた“鉄器の骸骨兵団”が凍り付いている光景だった。



「――ア゛ぁあああァ゛ぁあああっ!!」



 足の止まった亡者の群れに3度目の激震の禁呪が直撃して、凍った骸骨兵たちが氷河もろとも粉々に砕け散った。その後ろには、リンゲルトにび出された新たな“鉄器の骸骨兵団”が行軍してくる光景が広がる。


 ……。


 ……。


 ……。


 それが、限界だった。


 ……。


 ……。


 ……。



「……ァ゛……っ」



 白銀の禁呪をまとった長剣を地面に突き立て、それにすがるように地に膝を付けたシェルミアの姿が、そこにはあった。



「……ア゛……あ……」



 脚がフラフラと震え、倒れないように剣をつかんでいることが精一杯だった。激震の禁呪をまとった大盾を持ち上げようにも力が入らず、盾の重量に引っ張られた腕は肩からだらりと真下に垂れていた。超越の禁呪によって命を削りながら押し続けた身体は、もう自分の身体とは思えないほど、感覚という感覚がなくなっていた。禁呪の赤い光を宿した瞳は曇り、あおく透き通っていたかつての面影はどこにもなかった。


 ……。


 ……。


 ……。



「シェルミアとやら――貴様の、負けじゃ」



 ……。


 ……。


 ……。



「……あ……ア゛……っ」



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



「――……さン……」



 ……。


 ……。


 ……。



「――通……サん゛……」



 ……。


 ……。


 ……。



「こコ、から……先は……絶、対に……ゼッタイに……絶対に……! 通さんっ……!――」



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――ドスッ。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



「……眠るがよい……孤独な王の成り損ないよ……」



 ……。


 ……。


 ……。


 目の前の地面から突き生えた骨の槍が心臓を貫いて、そこに自分の真っ赤な血が伝っていくのを、濁った視界の中でシェルミアは見た。


 ――ドスリッ。


 ――ドスリッ。


 ――ドスリッ。


 もう、痛みさえなかったが、地面から更に複数伸びてきたリンゲルトの骨の槍に、全身を串刺しにされたのだけは、ぼんやりと分かった。


 右手が、剣から離れる。大盾が左腕からすり抜けて、地面に転がった。脱力したシェルミアの身体は、しかし地に伏すことはなく、全身を串刺しにする骨の槍に支えられて、膝を突いた姿勢のままその場に座り込んでいた。


 眼前に、“鉄器の骸骨兵団”の黒い塊が押し寄せるのが、焦点の合わなくなった視界に映る。


 ……。


 ……。


 ……。



 ――ああ……。



 ……。


 ……。


 ……。



 ――みんなの……逃げる時間は……作れたでしょうか……。



 ……。


 ……。


 ……。



 ――せめて……1人でも……悲しむ人が、減りますように……。



 ……。


 ……。


 ……。



 ――……。……。……――



 ……。


 ……。


 ……。


 シェルミアの身体を覆い尽くした“鉄器の骸骨兵団”が、肉を引きちぎり、骨を砕き、血をすする音がして、そしてその後には、何も残らなかった。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――“明星のシェルミア”、北の四大主“渇きの教皇リンゲルト”との壮絶戦の果てに、戦死――……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。








































「――違うな……」




















「――それは、私の求める未来ではない」






































「運――――」



「――命――」



「――――剣」



 可能性の万華鏡に映し出された未来の1つはそうして棄却され、“運命剣リーム”が、選択された別の未来へ向けて、世界を収束させてゆく――。


 ――。


 ――。


 ――。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。



「はぁア゛……はぁア゛……はぁア゛……」



「もうよかろう……全て、諦めよ……そして、死ぬがよい……」



 ……。


 ……。


 ……。


 再び、“不毛の門”を亡者の波が埋め尽くす絶望的な光景が、シェルミアの前に広がった。


 ……。


 ……。


 ……。



「はぁア゛……はぁア゛……――ま、ダ……マだまだ……まだまダあぁああァ゛ああア゛あっッ!!!」



 ――!!!!!!!


 大盾に宿った第2の禁呪が、もう1度空気に激震を起こす。それによって砕け散った“鉄器の骸骨兵団”を踏み越えて、更に召還された次の“鉄器の骸骨兵団”が突き進んでくる。



「――うあぁア゛ああァ゛あぁぁぁア゛ぁぁああっ!!!!」



 シェルミアの咆哮ほうこうに合わせて、投げ広げられた3つ目の術式巻物が淡い光を放ち、朽ちて風に消える。


 長剣に第3の禁呪が宿り、その刃から漂う白銀に陽光が反射して、きらきらときらめいた。


 がむしゃらに振り下ろされた長剣が空振り、空を裂くシャッという音が聞こえた。


 そして次の瞬間に“不毛の門”に広がっていたのは、てついた冷気に打ち抜かれ、突如現れた氷河に飲まれた“鉄器の骸骨兵団”が凍り付いている光景だった。



「――ア゛ぁあああァ゛ぁあああっ!!」



 足の止まった亡者の群れに3度目の激震の禁呪が直撃して、凍った骸骨兵たちが氷河もろとも粉々に砕け散った。その後ろには、リンゲルトにび出された新たな“鉄器の骸骨兵団”が行軍してくる光景が広がる。


 ……。


 ……。


 ……。


 それが、限界だった。


 ……。


 ……。


 ……。



「……ァ゛……っ」



 ……。


 ……。


 ……。


 力の入らなくなったシェルミアの身体が、ふらりとくずおれていく――。


 ……――。


 ――そしてシェルミアが膝を地に突こうとした瞬間……ボロボロになった彼女の身体を受け止める黒い影があった。


 ……。


 ――斬。


 押し寄せる亡者の黒い波が、たった一振りの剣技の前に両断される気配があった。



「……?……」



 顔を上げたシェルミアが、彼女を受け止めた黒い影に、曇った赤い瞳を向けた。



「……あ……なた……は……」



 ……。


 ……。


 ……。



「ああ――待たせたな」



 ――暗黒騎士“魔剣のゴーダ”、推参。

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