21-14 : その声を、もう1度
べちゃっ。べちゃっ。べちゃっ。
首元で肉が喰い千切られるグッチャグッチャという音に混じって、その不気味な音が連続し、石棺の横にどこからともなく現れた腐肉が山を積み上げていく。
べちゃっ……べちゃっ……ドサッ。
最後に、その腐肉の山の中に特別大きな塊の落ちる音がした。何の、
腐肉の山をごろごろと転がり落ち、大地に横たわった“それ”は、青白い肌の表面にぶよぶよとした半透明の粘膜を
「おぉ……ユミーリア……!」
口に含んだ肉をごくりと飲み下して、ボルキノフが震える声で言った。
「寝床の中から転位したのか……! だが、どうして……お前が自分の意思でそんな
いつの間にかボルキノフは、苦しむ素振りもなく言葉を発するようになっていた。
ズルッ……ズルッ……と、身に何も
「ああっ……! すごい……すごいぞ、ユミーリア……! その身体を自分の意思で動かすなんて……夢を……ああ、夢を見ているようだ……!」
天を仰ぎ見て“忘名の愚者”は感嘆の声を上げ、狂喜の下でベルクトの血肉を貪り続ける。
生きたまま喰われていく中で、しかしベルクトの意識は身体の痛みにではなくユミーリアと呼ばれた存在に
「…………」
ユミーリアは、言葉も鳴き声も発することなく、ずるずると身体を引きずって偶発的な移動を続けていた。そしてどうやら、どうすれば前に進めるかを本能で知った素振りを見せたとき、その背中の一部が
それは、腕の骨格だった。太く長い上腕部と二の腕の骨の先に、3本指の骨のついた、人間の部位ではない骨の構造体がユミーリアの背中を突き破って伸びていた。
ベルクトが兜から
ズシンと異形の手のひらが大地に
その光景を見たベルクトの瞳がふいに潤み、頬を伝う涙が半壊した兜の中に流れて消えた。
その涙は、手足の骨の折れた痛みと喰われる恐怖で流れたものではなく、目の前の異形への戦慄がもたらしたものでもなかった。
『……タスケテ……』
小さな小さな、耳にも聞こえない、音ですらない小さなか弱い声に、ベルクトは泣いていた。
『タスケテ……痛イ……苦シイ……死ニタクナイ……生キタクナイ……生キタイ……死ニタイ……イヤ……イヤ……タスケテ……タスケテ……』
自らの筋肉の収縮に耐えきれず、ユミーリアの異形の腕が二の腕からブチリと千切れた。背中に生え残った異形の部位が均衡を崩しふらりと倒れると、それに引っ張られて娘の身体もくるりと横倒しになる。その衝撃で背中に残っていた異形ももげて、青白い肌の娘は
『……痛イ……苦シイ……』
――ああ……そうか……そういうことだったか……。
止まらない涙を
――生まれることも……消えることもできないから……“お前”はそんなにも、悲しい声で泣いているのか……。
ズルリと娘の腹を突き破って生えてきたのは、先端に
――すまない……私には……“お前”をどうすることも、してやれない……。
異形の
――“石の種”……“災禍の血族”……それが、人間たちが“お前”につけた呼び名、か……。
ベルクトがぼんやりと見上げる先で、ユミーリアから生えた異形の口が、ブチブチと自らの肉を引き裂きながら大きく大きく
――初めて……ゴーダ様と
「ははは……はははは! 何てことだ! ユミーリア! すばらしいよ! こんなに自分の身体を使いこなせている! やはりここに来て正解だった! ここが私たちの理想郷だったんだ!」
ベルクトを喰らうのを止めたボルキノフが、歓喜の声を上げるのが聞こえる。
ベルクトの眼前に開いた異形の口の中は、どこまでも真っ暗だった。
――ごめんね……気づいて、あげられなかった……。
……。
……。
……。
――ゴーダ様……。
……。
……。
……。
――もう1度……もう1度だけ……。
……。
……。
……。
――
……。
……。
……。
――。
――。
――。
――バクッ。
――。
――。
――。
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