18-3 : 戦場

 たてがみの赤騎士が、背中に差した投擲とうてき槍に腕を回して、騎馬上で投擲とうてきの体勢を取る。騎馬が大地を蹴って飛び上がったその瞬間、その豪腕がギシリとうなり、くうを裂く猛烈な勢いで槍がんだ。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――ズドンッ。


 真紅の投擲とうてき槍が大地を穿うがち、小岩をはね飛ばし、敵を粉砕する。



「……! 援軍だ……! 援軍が来てくれた! おぉぉい! ここだ! ここだぞぉぉぉ!!」



 新人騎士が大きく手を振り、歓喜と興奮の声を上げた。



「よ、よかった……味方……助けてもらえる……!」



 新米騎士の目に、生気が満ちた。若い騎士は背後を振り返り、骸骨兵の壁の向こう側で奮戦している新顔騎士に救援の訪れをしらせる。



「もうちょっとの辛抱だ、助けがくるぞ! こんなところにお前だけ残っていい訳――」



 ――。


 しかし、新米騎士が振り返った先から、新顔騎士の返事は聞こえなかった。その同期の騎士の姿は、どこにも見あたらない。ただそこに見えるのは、群がる骸骨兵の山の中から垣間かいま見えるのは、見慣れた新品の手甲をめたままダラリと脱力している人間の腕だけだった。



「……え――」



 ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ。


 騎馬に乗り猛烈な速度で救援に駆けつけるたてがみの騎士が、更に3本の投擲とうてき槍を打ち込んだ。


 そして、真紅の装甲鎧をまとう騎馬を横から颯爽さっそうと追い抜いて、1頭の別の早馬の影がよぎった。


 早馬の騎手は盾を持たず、その背にはさやに収めた2本の剣を背負っていた。視界が悪くなることを嫌ってか、兜はつけておらず、駆け抜ける早馬の猛烈な速さの前に、その銀色の髪が風になびく。



「――“雷刃:伏雷ふすいかずち”!」



 双剣と、いかずちを宿す魔導器“雷刃の腕輪”を引っ提げて、“右座の剣エレンローズ”が、閃光せんこうを放った。


 右手に持った抜き身の剣に稲妻がほとばしり、エレンローズがそれをしなやかに振るうと、それは雷撃となって空を疾り、たてがみの赤騎士によって大地に突き立てられた投擲とうてき槍へと達した。


 バチンと大気のはじける鋭い音がするよりも疾く、青い雷光を光らせて稲妻が敵を撃った。地面を穿うが投擲とうてき槍が避雷針となり、それを伝い広がった雷撃の衝撃が、骸骨兵たちを粉々に粉砕していく。


 そして一瞬にして、骸骨兵の集団はただの骨の堆積物と化した。投擲とうてき槍と雷撃による遠距離攻撃を放ったたてがみの赤騎士とエレンローズがその場に辿たどり着く頃には、既に一帯の戦闘は勝敗を決していた。



「……」



 興奮して息を荒らげている早馬をなだめながら、エレンローズが馬上から無言の視線を落とした。



「エ、エレンローズ教官……!」



 新人騎士が、たてがみの赤騎士と並び立つエレンローズの下に駆け寄った。



「加勢いただき、ありがとうございます、助かりま――」



貴方あなたたち、何でこんな前線にいるの」



 かつて王都で直接稽古をつけた若い騎士たちを見やるエレンローズの目は、寒気がするほど冷ややかだった。


 けた頬に、目の下にうっすらと浮いたくま。血の気のせた薄い唇。そしてそれらとは正反対に、異様な生気に満ちてギラついている灰色の瞳。そこにいる女騎士の姿は、以前とは似ても似つかないものだった。



「……ほ、本隊から、離れたところを、敵の伏兵に、きょ、挟撃され……」



 エレンローズの変わり様に戸惑いを隠せない新人騎士が、言葉を詰まらせながら震える声で言った。



「……そう……」



 エレンローズが、ぽつりと一言だけ返答したが、その声音には心ここにあらずといった無関心さがにじみ出ていた。



「そんなことより……! 救護班を……救護班を……!」



 新人騎士の背後から、悲痛な声が聞こえてくる。


 沈黙した骸骨兵の山に半ば埋もれながら、新米騎士が物言わぬ新顔騎士の身体を抱き抱えていた。



「さっきからこいつ、ぐったりしたまま全然動かないんだ……きっと気を失って――」



 エレンローズが、短く1度だけ首を振り、新米騎士の言葉を否定した。



「救護班なんて、呼ぶだけ無駄よ……もう、死んでるわ……」



 丘陵地帯の彼方かなたたてがみの赤騎士とエレンローズがやってきた方角から、空気を震わす地鳴りが聞こえてくる。


 その集団は、最前列を真紅にきらめかせ、その後ろに無数の銀の塊があった。1万を越える骸骨兵を駆逐した数万の“明けの国騎士団”が、一斉に前線を押し上げてくる光景は圧巻だった。



「すぐに、本隊がここまで来るわ……貴方あなたたちは、そこに合流しなさい」



 たてがみの赤騎士に手で合図を出し、エレンローズが馬を進める。新顔騎士の亡骸なきがらを抱き寄せる新米騎士の横を通り過ぎていく女騎士は、一瞥いちべつも送らずただ前方だけを凝視していた。



「弱い人は、出てこないで……戦場では、邪魔なだけよ……」



 早馬の横腹を蹴り、“右座の剣エレンローズ”が駆けていった。


 ……。


 ……。


 ……。



「……あああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」



 新米騎士は己の無力と戦場に立つことの意味の前に、ただ声を荒らげて叫ぶことしかできなかった。



 ***



 ――“明けの国”陣営、本陣。



「さて、この兵力差、そろそろ動きがあってもよいはずだが、各師団の現在の布陣状況はどうなっている?」



 細身の参謀官が、情報官の背中に問うた。



「……第6師団、“墓所”東部より順調に前線を上げています。北東方面に展開中の第2、第3師団も追随、間もなく合流します。南東部、現在交戦中ですが戦況有利、突破目前です」



 “神速の伝令者”による各師団からの定刻連絡をまとめた情報官が、明けの国優勢の報告を読み上げた。



「すばらしい。まさに教本事例のごとき理想的な駒運びですな」



 地図上に並べた明けの国騎士団を模した白い駒を動かしながら、細身の参謀が感心した声で言った。



「ふん、正面切っての集団戦は、最終的には物量がものを言う。元よりあちらが圧倒的に不利な盤面であるからな。それにしても、歯応えがなさすぎである……これでは一方的な虐殺と変わらんよ」



 口ひげを生やした参謀が、“渇きの教皇リンゲルト”の軍勢を模した黒い駒を指ではじいて倒しながら、煙草の煙を鼻から吹き出す。



「絶好の好機じゃ、出し惜しみは無用……後方待機中の師団もすべて投入じゃ。一気に畳みかけよ」



 3人目の初老の参謀が、“宵の国”陣営への決定打を打つべく、全軍前進の指示を出した。


 情報官が、白紙の“神速の伝令者”に指令を書き込み、全師団へ瞬時に情報を伝達する。


 “ネクロサスの墓所”中心部への包囲網は、確実に狭められつつあった。

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