18-2 : 憂慮すべきこと

 岩山からなる山岳地形が周囲を囲み、その内側には緩やかな丘陵地帯が続く“ネクロサスの墓所”。そこに投入された10万人の明けの国の兵力は、各1万人規模の師団総勢10隊に編成されている。各々の師団は術式巻物“神速の伝令者”により互いの展開状況をやりとりし、その状況は本陣からの指令によって統率されていた。


 明けの国の軍勢は“ネクロサスの墓所”の外周部に初期展開し、物量にものを言わせて前線を押し上げ、半円の放射状に広がる包囲網が徐々に狭められてきていた。


 宵の国側が展開する軍勢は、“渇きの教皇リンゲルト”の指揮によって、統制の取られた動きを見せていたが、骸骨兵1体1体の動きは単調かつ鈍重だった。加えて骸骨兵の耐久力は人間兵以下で、手足を失っても動き続けるという厄介さこそあるものの、背骨を砕けば行動不能となる弱点が露見、各隊にその情報が水平展開されている現状において、戦況は人間側優勢となっていた。


 ただ、憂慮すべきは――。


 ボコボコボコッ。魔族との初の交戦を経験し、緊張した面持ちでいる新米騎士たちの足下で、土が掘り起こされる複数の音が聞こえた。


 ――人間側が憂慮すべきは、参謀官たちが“総勢2万体”と推測する骸骨兵の真の規模が、果たしてどれほどなのかという点であった。


 地面の中から現れた骸骨兵の伏兵たちが、新米騎士たちの周囲をずらりと囲い込んだ。その数、およそ100体。



「ちょ……ちょっとこの数、まずくないか……?」



 新米騎士が、顔を青ざめさせた。



「落ち着け……こいつらは個体の強さは大したことないんだ……1体1体、引きつけて処理すれば……落ち着け……」



 そう言う新人騎士の表情は引きっていて、「落ち着け」と口にするその言葉は、誰でもない自分自身に言い聞かせているものだった。


 互いに背中合わせに立ち、周囲を囲む骸骨兵の集団を警戒しながら、3人の若い騎士たちがゴクリと固唾を飲み込む沈黙の間があった。



「……俺が突っ込んで、連中を引きつける。その間にお前ら2人で処理を頼む」



 口数の少ない新顔騎士が、重い口を開いて言った。



「ば、馬鹿、お前……! 相手が多すぎるって――」



「やるしかないだろ、腹をくくれ。……次はモタモタするなよ。いいか、1体につき一撃で確実に仕留めるんだ。さっきみたいなのは絶対に許さないからな……!」



 狼狽うろたえた声を出す新米騎士の言葉を、覚悟を決めた新顔騎士が遮った。



「……エレンローズ教官も同じ戦場で戦ってんだ。いいとこ見せてみろよ」



 新顔騎士が訳知り顔で、新米騎士に発破をかける。


 その女騎士に抱いている憧憬の情を、同期2人にとっくに見抜かれている新米騎士は、新顔騎士のその言葉を聞いて、自身の頬をたたいて気を引き締めた。



「……くっそぉ……! やってやる、やってやるよ!」



「それだけ馬鹿でかい声が出るなら問題ないな……先発する!」



 それだけ言うと、新顔騎士が甲冑かっちゅうをガシャガシャと鳴らしながら前方に走り出た。その音と動きに反応した骸骨兵たちが一斉にワラワラと動きだし、餌を見つけたありの群れのように、突貫した若い騎士の周りに集まり始める。



「無茶っ……してんじゃっ……ねぇぞっ……このっ……!」



 1人で突っ込んでいった新顔騎士に群がる骸骨兵たちの背中を、新人騎士が1体1体、素早く的確に砕き割っていく。背骨を粉砕された動く亡者たちが、次々に沈黙して骨の山と化していった。



「うおぉぉ! こんなとこで死んでたまるかよぉぉぉっ!!」



 新米騎士が剣を横に突き出して、骸骨兵の集団の側面をがむしゃらに走り抜ける。剣はパキリパキリと軽快な音を連続させて、集団の最外周部の骸骨たちを一気に10体以上なぎ倒した。


 そして、最初に突撃をかけた新顔騎士におびき寄せられ、20体以上が斬り伏せられたことで、3人の若い騎士たちを囲っていた骸骨兵の包囲網に穴がいた。



「よし……! 突破口が開いたぞ……!」



 何層にも連なった骸骨兵の群れの向こうから、それらをおびきよせるために走り込んだ新顔騎士の声だけが聞こえてくる。その姿は骨の壁に遮られて認めることができなかった。



「いける、いけるぞ! このまま一旦退いて、本隊と合流すれば、こんなやつら敵じゃない!」



 新米騎士が、手応えを感じて張りのある声を出した。



「あぁ、そうだな……!」



 骸骨兵の群れの向こう側から、新顔騎士の声が応えた。


 しかし――。


 ボコッ、ボコッ、ボコッ。


 地面が掘り起こされる、不気味な音が幾つも聞こえた。



「な……!」



 身体の内側に寒気がして、体温が下がるような不快感があった。


 丘陵地帯に穿うがたれた小さな穴の中から、石器武器を携えて亡者たちがいずり出てくる。それは若い騎士たちが砕き倒した骸骨兵のゆうに3倍の数だった。


 新たに現れた100体近い骸骨兵たちが、新顔騎士におびき寄せられていた亡者たちの骨のきしむ音に反応して、更にそこに群れ集まってくる。



「じょ、冗談だろ………!? こんな数……!」



 新米騎士が、恐怖と焦りで顔を引きらせた。



「落ち着け……冷静に……状況を見極めて……」



 新人騎士が、顔を青ざめさせながら、その言葉にすがるようにつぶやく。



「……」



 そして、一瞬の沈黙があって――。



「――行け! お前たち2人で!」



 骸骨兵の山の向こうから新顔騎士のその声を聞いた新米騎士は、相手が何を言っているのか理解できず口を半開きにした。



「は……? おい、何だそれ……? どういう意味だ……?」



「そのままの意味だ。ここは、俺が引き受ける……お前たちだけで、後退しろ……!」



「何言ってんだよ、なぁ、おい……」



 剣を握りしめた腕をだらんと脱力させて、新米騎士がふらふらと骸骨兵の集団に向かって歩み寄っていくその肩を、新人騎士が背後からぐっとつかんで制止した。



「……行くぞ……」



 小さな声でそうつぶやいた新人騎士の声は、わずかに震えていた。



「……? お前まで何言い出すんだよ……まだ、あいつがこの向こうに残ってんだぞ……?」



 新米騎士が、新顔騎士のおびき寄せている骸骨兵の背中を力なく指さした。


 新人騎士が、新米騎士の両肩をぐっとつかんで、その顔をにらみつけた。力が入る余り、甲冑かっちゅうが小刻みに揺れる。



「行くぞっ!! これ以上無駄口をたたくつもりなら、俺はお前をぶん殴ってでも黙らせるからな……! これ以上馬鹿みたいに突っ立ってたら、俺はお前を担いででもここから後退するからな……!」



 新調されたばかりの甲冑かっちゅうに身を包む新人騎士の顔は、涙と悔しさでクシャクシャになっていた。



「あの野郎の覚悟を、無駄にするんじゃねぇ……!」



「……っ!」



 新米騎士は、自分の喉が詰まる激しい痛みを感じた。そして目元が熱くなり、そこからこぼれる涙を止めることができなくなった。



「そうだ、それでいい……俺にも格好ぐらい、つけさせろ」



 骸骨兵の集団の向こう側から、新顔騎士が天高く掲げ上げた剣の切っ先がのぞき見え、それが陽光を反射してきらめいた。


 ……。


 ……。


 ……。


 彼方かなたから1本の投擲とうてき槍が飛んできたのは、まさにそのときであった。


 投擲とうてき槍が数体の骸骨兵を巻き込んで、鋭い角度で地面に突き立つと同時に、辺り一面に激しい破裂音がとどろいた。投擲とうてき槍を中心に周囲に衝撃が走り、動くむくろたちを吹き飛ばす。


 ――ズドンッ。


 更にもう1本の投擲とうてき槍が猛烈な速度で飛来して、たった1人でこの場に残る覚悟を固めた新顔騎士の周囲の敵を粉砕した。



「え……?」



「これは……」



「何、だ……?」



 3人の若い騎士たちが見つめるその投擲とうてき槍は、はっとするほど鮮やかな真紅の輝きを放っていた。


 ……。


 ……。


 ……。


 そして遠くから、騎馬の雄々しいいななきが聞こえた。


 砂埃を巻き上げて“ネクロサスの墓所”の丘陵地帯を駆け抜けるひづめの音は、力強く、小気味よい。


 騎馬の上にまたがる騎士は大柄な甲冑かっちゅうを身にまとっていて、背中に幾本も背負った投擲とうてき槍がその身体を更に大きく見せ、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。


 騎士の兜には馬の尾で編まれた長いたてがみが装飾されていて、騎馬が駆け抜ける振動に合わせてそれが上下に優雅に揺れる。


 そして何より、どんなに遠くからでも目を引くのは、全身甲冑かっちゅうを染め上げる真紅であった。


 “特務騎馬隊”所属、たてがみの赤騎士が、若い騎士たちの奮戦する最前線を、駆け抜ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る