北方戦役
18-1 : “ネクロサスの墓所”
「わあぁぁぁぁっ!」
空気を揺らし渦を巻く、
緊張と不安と興奮で、
それでも、そんな迷いの混じった剣筋でも、その若い騎士は既に10体以上の“敵”を討ち取っていた。
今まさに振り下ろした剣先にも、カラカラに乾いた植物の茎の束を切り倒すような、ともすると心地よくさえもある不思議な手応えがあった。
乾ききった“敵”の骨はいとも
「はは……ははは……や、やった、またやってやったぞぉ!」
20体目に迫る骸骨兵を打ち負かした若い騎士が、高揚した声を上げた。
……。
……。
……。
――“宵の国”、北方。
――北の四大主“渇きの教皇リンゲルト”が領地、巨大遺跡群“ネクロサスの墓所”。
人間領“明けの国”による“宵の国”への一斉侵攻。その第4の戦場は、“墓所”という名からはかけ離れた
東方“イヅの大平原”へは、4万を越える“明けの国騎士団”による進軍がなされた。
南方“
西方“星海の物見台”へは、魔法使い500人、騎士6000人の混成部隊による攻略戦が指令された。
そしてここ北方、“ネクロサスの墓所”へは……。
――戦線最後部、“明けの国”陣営、本陣。
「第6師団より、定刻連絡」
分厚い
「 『我が師団、構成第16、17、18旅団、損害軽微。当初行動計画を続行。前線を押し上げる』 」
情報官が読み上げる前線からの報告を聞いて、参謀官が机上に広げた巨大な地図の上で駒を進めた。
北方国境線付近を描き出した巨大な地図上には、今しがた参謀官が動かした物と同じ白い駒が、合計10個並べられている。
「ここまでは、順調ですな」
細身をした参謀官の1人が、落ち着いた声で言った。
「当然である。今回の北方戦線には、我が国の騎士団兵力の大半を投入しているのだ。順調でなければ
「敵方の戦力規模は、現在のところどれほどじゃ?」
最高齢と
情報官が、自分の机の上に積み重なった使用済みの“伝令者”の山を整理して、状況をまとめる。
「現在、前線にて直接確認できている敵兵力は、およそ1万。第4師団からは伏兵の存在も報告されています」
情報官の回答を聞き、3人の参謀官は地図上に置いた敵勢力を見立てた黒い駒を並べ直した。
「ふむ……伏兵の存在を考慮しても、骸骨どもの兵力は2万に届かず、といったところですかな?」
「魔族は個体数が我々人間に比べて圧倒的に少ないのだ。これでもよく集まっている方であろうよ」
「油断するでないぞ。戦場での油断は禁物じゃ。どんなに優勢であろうと、勝敗が決する瞬間まで、気を緩めてはならん。先に平常心を失った方が、敗者となるでな」
地図上に並べられた、2色の駒。“宵の国”の戦力を見立てた黒い駒は、小振りな物が10個、“墓所”を見立てた線の上に配置されている。対する“明けの国”の白い駒は、黒い駒よりも一回り大きく、それが“墓所”を半円形に囲むように並べられていた。
「“宵の国”は2万体弱、2個師団規模。我ら“明けの国”は“10個師団”……10万人超である。総力で
北方、“ネクロサスの墓所”。“宵の国”の歴史が無数の
***
――“明けの国”勢力第6師団、前線。
「この! この! このぉ!」
新米の騎士が、崩れて動かなくなった骸骨兵に向かって剣を何度も
「おい! 何やってんだ! そいつはもう動いてねぇよ! やめろって!」
新人の騎士が、背中から腕を回して新米騎士を制止した。
押さえ込まれた新米騎士が、緊張した顔つきで新人騎士を振り返り震える声で口を開く。
「だ、だって……! こいつら、いつ動き出すか分かったもんじゃ――」
ガシッ。
新米騎士が言い終わるよりも早く、足首を何かに
「ひえっ……!」
新米騎士が情けない声を上げて、青ざめた顔を足下へ向けると、そこには切り崩されて上半身だけになった骸骨兵が
「お、お助けぇぇぇ!」
驚きと恐怖で縮みあがった新米騎士が、悲鳴を上げながら
ズルリズルリと、
「アババババババっ」
ボコンッ。動転して腰が抜けてしまった新米騎士の前に、3人目となる新顔の騎士が回り込んできて、冷静に骸骨兵の背骨を砕き割った。
背骨を粉々にされた骸骨兵は数秒間ぷるぷると震え、やがてばたりと脱力し、それきり完全に動かなくなった。
「大丈夫か!?」
骸骨兵を再起不能にしたところで、新顔騎士が新米騎士に駆け寄った。
「あ、ありがとう……助かったぁ……」
新米騎士が、ほぉっと深い
「お・ま・え・なぁ! こいつらは背骨が弱点だって言ってるだろ!? 作戦司令書にも書いてあったじゃないか、読んでないのかよ……」
「わ、悪りぃ……頭じゃ分かってるんだけど、いざ相手を目の前にすると訳が分からなくなって……」
「……ほんと頼む……ほんっとに頼むっ……しっかりしてくれ……」
面目なさそうに頭に手をやる新米騎士を見て、新人騎士が悩ましそうに頭を抱えた。
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