16-12 : 魔物の波
――“
仮設の見張り台に取り付けられた鐘が、けたたましく打ち鳴らされていた。
「来るぞぉぉぉー! 来るぞおおぉぉぉぉーっ!!」
“
――! ――!! ――!!!!
音にならない空気のうねりと、
「これは……“群れ”なんてものじゃない……これは、大波か、何かだ……」
その光景を見た1人の騎士が、ポツリと
ザアアァァァァ……。
“
「魔物の波、“爆砕区画”に接近します!」
指揮所から遠眼鏡で前線を見やる騎士が、魔物の波との距離を告げた。
「……爆砕開始。点火しろ」
指揮所の中で、工作兵長が指示を出す。
「了解、点火!」
ピュイィィィーっ。
指揮所から、第2の鳴き矢が飛ぶ。
鳴き矢の音を合図に、長く引かれた導火線に一斉に火が
魔物の波が押し寄せる中、導火線を走る火が、魔物たちの足下に潜り込み――。
内蔵と骨の芯とを震わせる激しい
3000人規模の工作兵を動員して、3日3晩休まず続けられた突貫工作。それによって掘られた巨大な
「“爆砕区画”、起動成功しました」
“爆砕区画”は周囲の魔物を跡形もなく吹き飛ばしただけでなく、爆発の後に降り注いだ岩石と、爆風で更に
“爆砕区画”が想像以上の威力を発揮したのを見て、兵士たちが歓声を上げる。
「……隊長」
周囲で歓声が沸く中、工作兵長の顔は笑っていなかった。
「分かっている……この程度で終わるわけがない。せいぜい時間稼ぎがいいところだ」
工作兵長と目を合わせながら、上級騎士が厳しい顔つきで次の作戦の指示を出す。
「“誘導作戦”、第3段階に移る。大規模魔方陣の出番だ」
「了解。大規模魔方陣、臨界起動開始します。伝達」
工作兵長が指令する。
「了解、大規模魔方陣、臨界起動」
第3の鳴き矢の甲高い音が、魔法使いたちの展開地に指令を伝えた。
第3の鳴き矢を合図に、数十人の魔法使いたちが詠唱を開始する。それに呼応して、陣地を囲むようにして、縦横数百メートルの巨大な魔方陣が地面に浮かび上がった。通常の詠唱には不要な
臨界起動。術式起動直前の状態で魔方陣を不活性化させ、狙った瞬間に術式を高速起動させるために考案された手法だった。
「魔物の波、障壁越えてきます!」
監視兵の報告が指揮所に届く。
“爆砕区画”の爆発によって降り積もった岩石の障壁を乗り越えて、魔物の群れが雪崩のように流れ込んだ。無数の魔物によって、深く掘られた
「……っ!」
工作兵長が、押し寄せてくる魔物の波を目にして顔を
「待て、まだだ……」
「ぐっ……しかし、隊長……!」
「この距離では効果が薄い。第1層まで引きつけろ……根負けしたらこちらの敗北だ」
工作兵長が、焦った様子で上級騎士に目をやったが、指揮を執る隊長自身の顔にも冷や汗が流れているのを見てしまっては、何も言うことなどできなかった。
魔物の波が近づいてくるに連れて、黒い波の詳細が見えてくる。
「多重魔方陣、第4層、越えます!」
監視兵の声が告げた。
魔物の波を形作る、1体1体の姿形が鮮明に見えた。
「第3層、越えます!」
監視兵の声が、上擦っている。
すべての魔物たちが、口を大きく開き、牙を
「……だ、第2層、こ、越えました!」
監視兵の声は、震えが止まらなくなっていた。
魔物たちのギラついた目には、人間の姿など映ってはおらず、その後ろに配された“遺骸”しか見ていないのがはっきりと分かった。
「……! だ……第1層、来ます! っ……た、隊長ぉぉ!」
多重に張り巡らせた大規模魔方陣の最も内側の境界線にまで魔物の波が押し寄せたところで、監視兵の報告の声は、ほとんど悲鳴に変わっていた。
「……よし……! 行けぇ!」
「大規模魔方陣、起動します! 第1層から順次、時間差起動! 焼き払えぇ!」
魔法使いたちが、臨界起動状態の魔方陣に最後の詠唱節を加え、術式を瞬間起動させる。
「……っ!」
目の前が、青く激しい光で埋め尽くされた。指揮所に構える上級騎士も、工作兵長も、監視兵も、その余りの
多層構造となっていた大規模魔方陣の第1層、最も指揮所に近い内側の陣で術式が起動し、青い炎の火柱が立ち並んだ火の壁が、高さ数十メートル、幅数百メートルに渡って出現した。
足下の大規模魔方陣から
そして数秒の時間差を開けて、第1層よりも外側に位置する第2層の大規模魔方陣が起動し、2つ目の炎の壁が出現する。
魔物の波を焼き払い、熱波で押し返し、更にその足下で新たな火柱が残る魔物を焼き尽くす。
続く第3層、第4層と、時間差で起動した巨大な炎の壁によって、魔物の波はあっという間に“爆砕区画”まで押し返された。
ギリギリの距離まで魔物たちを引きつけたことによる効果は絶大で、四重の炎の壁は、魔物の波の半数を焼き払っていた。
さらに、陣地の最後方に配置した“遺骸”の誘引作用は、魔物たちの判断能力を欠落させているようで、生き残った魔物たちは盲目的に前進を続け、自ら炎の壁の中に身を投じていった。
再び、兵士たちは歓声を上げた。今回ばかりは、上級騎士も工作兵長も、確かな戦果に手応えを感じて、ぐっと拳を握り締めた。
――。
「――クロロロロロォ……」
“それ”の鳴き声が聞こえたのは、まさにそんなときだった。
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