第2部 : 「戦役」編
東方戦役
15-1 : 開戦、その時
――。
――魔族領“宵の国”、東方国境地帯。“イヅの大平原”。
遮蔽物のない広大な平原のただ中に、城壁を持たない城塞がぽつんと建っている。
空は青く晴れ渡り、心地よい風が大平原の草花を揺らす。
それは、とても穏やかな光景だった。
「……」
平穏な色に満ちた平原のただ中に、不釣り合いな黒色を放つ集団があった。高く飛んだ鳥が平原を
「……全騎、陣形を維持したまま待機」
漆黒の集団を構成するは、魔族最高位、東の四大主、“魔剣のゴーダ”の軍勢、“イヅの騎兵隊”である。
漆黒の
正方形状の陣形を形作っている兵の総数は、105名。その内訳は、指揮官を先頭に、刀を帯刀した歩兵が70名。刀と、もう一振り刀より長大な太刀をぶら下げ、装甲鎧を全身に着けた黒馬に
昼夜交代制で国境を監視する“イヅの城塞”は、通常では昼勤53名、夜勤52名で運用されている。それが今、
通常ではない対応。非定常の布陣。非常事態。
「警戒を怠るな……国境線を1歩でも侵せば、即時開戦と心得えなさい」
「御意」
明けの国との国境線をじっと見つめながら、黒馬に
国境線を挟んだ“向こう側”――明けの国の領土上に、いつだったか“明星のシェルミア”が“魔剣のゴーダ”に一騎打ちを申し込んだときと、同じ光景が広がっている。
平原上に、銀色の
「……あちらの兵力はどれほどでしょうか」
指揮官が、馬上の
「前回の“一騎打ち”のときより更に増えています」
「そんなことは百も承知……数は?」
指揮官が、手癖のように腰元の
明けの国の兵数を数え終えた
「概算ですが……展開数はおよそ8000」
「……なるほど……」
「ならば、1人が80人を斬り伏せればよいだけのこと……“問題ない”」
そして指揮官が振り返り、後方に控える104名の漆黒の騎士たちに向けて、口を開く。
「各騎、聞け。これはこれまでのような防衛戦とは違う。“
空気が、ぴんと張りつめる。
「――そして何よりも、我らが主、ゴーダ様への忠義を示せ。“イヅの騎兵隊”の名にかけて」
兜の陰の向こうから、紫色の眼光を火のように光らせて、ゴーダから指揮権を任されたベルクトが、覇気の籠もった声音で言った。
ベルクトの飛ばした
***
――“イヅの城塞”、見張りの
「……壮観、というべきか」
銘刀“蒼鬼”を収めた
見張りの
そして見張りの
105 対 8000。
その圧倒的兵力差を前にして、しかしゴーダの精神は落ち着き払っていた。
「ゴーダ? こんなとこで何をやっとんじゃ?」
ふと、背後で聞き慣れた声がした。ゴーダが振り返ったその先には、女鍛冶師“火の粉のガラン”が立っていた。
「お主、出んでもよいのか?」
「ああ……今は、ベルクトに指揮権を預けている」
ゴーダの言葉を聞いて、ガランが首を
「? 何でじゃ?」
「まぁ、いろいろと訳はあるが――」
傍らに歩み寄ってきたガランを尻目に、大平原の情勢に視線を戻したゴーダが、ぽつぽつと言葉を漏らす。
「本来、魔族兵の統率は、根っからの魔族が取り仕切る方が適している。私のような“半端者”が指揮を執るよりな……人間には人間の兵法があり、魔族には魔族の兵法がある。これまで“騎兵隊”には、人間の兵法で動くよう、私が指揮してきた。だが、今のこの状況では、人間の兵法など役には立たん。ここからは、魔族の兵法の出番だ」
「ふーん……よく分からんが、ならばお主はどうする、ゴーダよ?」
腕を頭の後ろに回して、「ほほー」と大平原の果てに並ぶ人間兵の規模に感心した声を上げながら、ガランが問うた。
「人間には人間の兵法、魔族には魔族の兵法……そして四大主には、“四大主の兵法”というものがある」
“蒼鬼”を
「それを使うべきときが来れば、そのときが私の出番だ。今は、それを待っている……本音を言えば、その番が巡ってこないことを願っている」
ゴーダが、
「この期に及んで、明けの国の“姫騎士”が、戦端が開くのを止めに入るかもしれないと夢見とるのか? ゴーダよ」
「そうかもしれないな」
「甘っちょろいオツムをしとるなぁ」
「知らなかったか? 私は小心者なのでね」
「ふん、四大主が言う
ゴーダの横に立つガランが、くすりと口元を緩めた。
「まぁ、ワシはお主のそういうところが気に入っとるから、こうしてここで刀を打っとるんじゃがな。さて……ワシは工房に戻るとするわい。やりかけの仕事があるんでな」
ガランが
「ゴーダよ、人間の兵法とは何じゃ?」
「人間の兵法とは……攻めて可なるときは攻め、守るべきときは守り、引かなければならぬときを見逃さないことだ」
大平原を見据えたまま、ゴーダが答えた。
「ならば、魔族の兵法とは何じゃ?」
「魔族の兵法とは――」
ガランのその問いに、ゴーダがすうっと深く息を吸い込んだ。
そして、ゴーダがガランの問いに答えるより先に、大平原の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます