14-8 : 掲げる旗

 ――同日。夜間。“イヅの城塞”、見張り台。


 遮蔽物のない広大な“イヅの平原”の果てまで見通す、たかの目を持つ見張りの騎士の傍らに、漆黒の騎士ベルクトが立っていた。


 月に照らされた平原の果てを、じっと見やり続けているたかの目の騎士を見上げながら、腕組みをしているベルクトは、どこか落ち着かなげに見えた。



「奇遇だな、ベルクト」



 たかの目の騎士とベルクトの背後から、見張り台を上ってくる足音がして、ゴーダが姿を現した。



「ゴーダ様? どうされました、わざわざこのような場所に」



 腕組みを解いたベルクトが、ゴーダの下に歩み寄って尋ねた。



「何、夜風に当たりに来ただけだ。見張りの邪魔はせんよ。そのまま続けてくれ」



 そう言うと、ゴーダはその場にどかっと腰を下ろし、見張り台の石壁に背中をもたせかけた。兜を脱いで足下に置き、その隣に私室から持ち出してきた魔力見の水晶球を並べる。



「……お前も眠れないのか? ベルクト」



 涼しい夜風を肌に感じながら、ゴーダがぽつりと言った。



「問題ありません。本来、我らは睡眠を取らずとも任務に支障は――」



「つまり、眠れないのだな?」



 きびきびと応えるベルクトに、ゴーダが言葉をかぶせた。



「……はい」



 ベルクトは一瞬黙り込み、ゴーダの問いに肯定を返す。



「なら、ちょうどいい。少し話し相手になってくれ、ベルクト」



 ゴーダが、自分が腰を下ろしている場所の隣をぽんぽんとたたきながら言った。



「承知いたしました」



 ベルクトが、ゴーダの傍らに立ち、姿勢良く直立する。



「まぁ、座れ」



 律儀にかかとまでそろえて立っているベルクトを見上げて、ゴーダが苦笑混じりに言った。



「いえ、私はこのままで――」



「連れないことを言わないでくれよ、“戦友”」



 ゴーダが口元を緩めながら、再度、自分の隣をぽんぽんと手でたたいた。



「……。では、失礼、します」



 ベルクトが、渋々といった様子で、ゴーダの隣にトスンと腰を下ろした。


 ベルクトが横に腰掛けたところで、ゴーダがふーっと息を吐いて力を抜いた。ゴーダもベルクトも、片膝を立てて脇に刀を抱き、すぐに立ち上がれる姿勢で座り込んでいたが、並んで座る2人の間には、今は緊張感ではなく親密感のようなものが漂っている。



「250年、か。お前とのつき合いも」



 ぼんやりと夜空を見上げながら、ゴーダが思い返すように言った。



「はい」



 ベルクトは、じっと前方に目を向けたまま、コクリとうなずく。



「気がつけば随分と、永い時間が過ぎたものだ」



「私にとっては、あっという間のことです」



「そうだな。お前にとってはそうだ。私とお前が共にいた時間よりも、お前が独りで生きてきた時間の方が、はるかに永いものな」



「はい」



「私にとっては、生を受けてからの時間の大半を、お前と一緒にいたことになる」



「……私にとっては短い時間ですが、変化に富んだ250年でした」



「ははっ、確かにな。全く、随分としおらしくなったものだよ、お前も。出会ってすぐの頃は、よく私にみついていたがな」



 ゴーダがかつての光景を思い出しながら、ベルクトに目をやって笑った。



「……およし下さい。その……主従関係が定まらぬ内は、我らはああいうものなのです。お恥ずかしい……」



 昔話をされたベルクトが、気まずそうに口籠もりながら言った。甲冑かっちゅうに隠れて表情は見えなかったが、ひどく恥ずかしがっているようだった。



「何だ、可愛いげのあることを言うな、ベルクト」



 ベルクトのその反応が意外だったのか、ゴーダがクスリと笑った。



「存外、からかい甲斐がいのあるやつだ」



「御冗談を」



「はははっ」



 親密な空気の中で、ゴーダとベルクトが互いに黙り込んだ。心地よい沈黙に身を任せながら、ゴーダがふーっと息を吐き出す。



「……この一件が片づいたら、ゆっくり休んで羽を伸ばすといい、ベルクト」



「もったいないお言葉です」



「騎兵隊にも、ガランにも、休暇を取らせよう。長い休暇を。ずっと故郷に戻っていない者もいる」



「皆、喜びます」



「だといいな」



 ゴーダが穏やかに目をつむる。ほどよい緊張と夜風の冷たさで、感覚が研ぎ澄まされていく感触があった。



「……あ」



 そこでふと、ゴーダは自分の言った言葉を思い出して、間の抜けた声を出した。



「どうかなさいましたか、ゴーダ様?」



 ベルクトがゴーダの横顔を見やる。



「……フラグ、だな」



 ゴーダが自嘲気味に笑った。



「???」



 ベルクトは意味が分からず、ただ首をかしげるだけだった。


 ゴーダの頭に、不穏な予感がよぎる。



 ――“この戦いが終わったら”、か。まるで死亡フラグだな……。



 座ったままのゴーダが、脇に抱いている銘刀“蒼鬼”をぐっと握る。



 ――だが、それがどうした。



 そして、東の四大主が、ニヤリと口元をり上げた。



 ――私は四大主、最強の暗黒騎士“魔剣のゴーダ”。そんなものは、へし折るのみよ……。





***



 ――“明けの国”。



「では、アランゲイル様、号令を」



 宰相ボルキノフが、新騎士団長アランゲイルの横に立ち、耳打ちをした。



「ああ」



 アランゲイルが、涼しげに返事を返す。


 ガシャガシャと甲冑かっちゅうの揺れ擦れる音を立てながら、アランゲイルが演説台に姿を現した。



「……」



 アランゲイルが、目の前の光景に、右から左へゆっくりと視線を移す。


 その光景を目にして、アランゲイルは高揚を感じ、熱い血が全身を巡るのを感じた。


 そして、新騎士団長が、大きく息を吸い込んだ。



「永きに渡る、“宵の国”の見えざる脅威から、“明けの国”を解放するときが来た! 魔族と魔物を駆逐し、彼の地を我らの手に収めるときが来た!」



 号令をかけながら、アランゲイルが大きく手を前に掲げた。



「大義は我らにあり! 騎士団、全軍、出陣せよ!」



 オオオオオ。という、地鳴りのような轟音ごうおんと振動が、辺りに満ちる。


 王城の演説台の前、明けの国の旗の下に集った数万の騎士たちが、一斉にかけ声を上げていた。



***



 人間領“明けの国”、魔族領“宵の国”全土へ向け、進撃、開始。






 ――第1部「宵と明け」編、終――

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