14-7 : 彼方の友たちへ

 ――同日。“宵の国”、中心部。“淵王えんおう城”。


 玉座の間は、沈黙と静止で満ちていた。


 沈黙の中には耳鳴りすらなく、幻聴さえもない、完全な無音だった。


 静止の中ではほこり1つ、空気のひとつまみさえ震えず、時が止まってしまったかのようだった。


 月光に照らされる玉座には何者も座してはおらず、玉座の前にこうべを垂れる者もいない。


 ……沈黙。


 ……静止。


 ……静寂。


 ……停滞。


 ……無音。


 ……停止。


 ……。


 ……。


 …………虚無。


 ……。


 ……。


 ……。



「――陛下」



「――城主様」



「――リザリア様」



「――淵王えんおう陛下」



 虚無の中に、何の前触れもなく、4人の侍女が、そこに在った。


 4人の侍女は、腰を曲げて深々とお辞儀をした姿勢で、何もいない玉座に向かってその名を呼んだ。


 ……。


 ……。


 ……。



「何用か」



 4人の侍女が頭を上げると、何者も座していなかった玉座の上に、“淵王えんおうリザリア”の姿があった。“少女の姿をした何か”が、無表情に頬杖をついて4人の侍女に目をやっている。その悠然とした態度は、まるでずっと最初からそこにいたかのような、まさに“王たる風格”としか形容できない居住まいだった。



「――四大主、御身おんみ御言葉みことばに従い、全兵力の展開、完了いたしましてございます」



「――“明けの国”が、間もなく“宵の国”へ攻め行って参りましょう」



「――我ら“大回廊の守護者”も、“お迎え”の御用意をいたします」



「――陛下、人間が“淵王えんおう城”まで辿たどり着いた際の“おもてなし”、いかがいたしましょう……御命令を」



 4人の侍女が、全く同じ動作、全く同じ声で、淵王えんおうリザリアに言った。



「……大儀ぞ」



 頬杖をついたまま、“少女の姿をした何か”は、一切の表情を動かすことなく、ぽつりと言った。



「時が来れば命ず。良きに計らえ」



 ……。


 ……。


 ……。


 再び、玉座の間に沈黙と静止が満ちる。


 玉座の上にも、玉座の下にも、誰もいない。何もない。


 虚無が「虚無」という意味さえ消失しながらそこに在る中で、4人の侍女の声だけが、たった1つの単一の声となって漂っていた。



「――御心みこころのままに、“くらふちの者”よ……」





***



 ――同日。“宵の国”。


 カタカタッ。


 ――東部。


 カタカタッ。カタッ。ターンッ。


 ――“イヅの城塞”。


 カチカチッ。


 ――“魔剣のゴーダ”、私室。


 ピコンッ。



 【gohan_yo_takashi】:「えー!? どうしちゃったんですか?!」



 【wanigarasu】:「久しぶりにお見かけしたので、もしやと覚悟はしていましたが……」



 【ryu-ya_the_darkknight】:「あー……申し訳ないです。ちょっとしばらく立て込みそうで……」



 カタカタッ。カチッ。


 明かりを落とした私室の中で、ノートパソコンのモニターの青白い光が、ゴーダの顔を浮き上がらせている。


 ピコンッ。



 【gohan_yo_takashi】:「うわー……リアルが地獄ですかぁ……乙です」



 【wanigarasu】:「リューヤさん、確かリアルは管理職でしたっけ?」



 【ryu-ya_the_darkknight】:「まぁ、そんなところです。ネット環境も不安定になりそうなので、一旦ギルド登録から外させてもらおうかなと……」



 ノートパソコンの画面の向こうで、アバターたちが動き回っている。次元魔法で穿うがった“あな”越しに通信電波を受信し、オンラインRPG上で知り合った現代日本の住人たちとのやりとりが、次々に表示されていた。


 ピコンッ。



 【gohan_yo_takashi】:「ひえぇ……そういやさっきから、リューヤさんやたら動きがラグってますよね。盾受けいなくなっちゃうのは戦力的にキッツいなぁ……」



 【wanigarasu】:「別に、ギルド登録まで抹消しなくてもいいんですよ? リューヤさん戻ってくるまで、俺ら待ってますから」



 【ryu-ya_the_darkknight】:「いや……ここらでけじめというか、区切りをつけておきたくて……次インしたときは、絶対顔出しますから、それまでは、……」



 カタ……。キーボードをたたくゴーダの手が止まった。



「次、か……。そんなものが、いつ来るのだろうな……」



 チャット画面に打ち込む言葉が思いつかず、考え込んでいるゴーダの背後で、私室の扉が勢いよく開け放たれた。



「ゴーダや! こんなとこにおったか!」



 扉のそばでふんすと鼻息を荒らげて、“イヅの城塞”の専属女鍛冶師“火の粉のガラン”が、着崩して肩の露出している羽織姿で腕組みをして立っていた。



「んー?! お主、こんなときに“ぱそこん”なんぞ突っついとる場合か! 遊んどる暇なんぞないぞ!」



 ガランが眉間にしわを寄せ、口をへの次に曲げて、とがめるように言った。



「まぁ待て、ガラン。私にも何かと準備しておきたいことがあるのだ……」



 椅子に腰掛けたままガランの方を振り向き、手の平を上下させて鍛冶師の気をなだめながら、ゴーダがディスプレイに目を戻す。


 目の前のオンラインRPGのプレイ画面が、いつの間にか暗転していた。暗転した画面上に、エラーを示すメッセージウィンドが浮かび上がっている。



『ネットワークが切断されました。オフラインモードに移行します』



 画面上には、短くそれだけ表示されていた。



「むきぃー! こ、ん、な、と、き、に! 何だと言うんじゃ! 全く――」



「あー、悪かった、ガラン……用は済んだ」



 エラーメッセージを見届けたゴーダが、真剣な顔つきで、ノートパソコンのカバーをパタンと閉めた。



「は? 済んだのか? 何をしとったんじゃ? ゴーダよ」



 “ぱそこん”についての知識が皆無のガランが、何が起きたのか理解できずに首をかしげた。



「遠い地の友人たちに、文をしたためていた。しばらく会えそうにないとな。……それと、明けの国の動きを見ていた」



 ノートパソコンがシャットダウンしたことを確認したゴーダが立ち上がり、私室の棚の一角に置いている水晶球の前に立った。



「??? その“ぱそこん”で、人間の動きが読めるのか?」



 首をかしげるだけでは足りないガランが、腰まで横に曲げて疑問を口にする。



「まあ、そんなところだ。余り正確とは言えんがな」



 ゴーダが水晶球をのぞき込む。ネットワーク環境の善ししを左右する要素、世界に満ちる魔力の揺らぎを可視化させる水晶球。魔力の揺らぎは、“魔力”と“自我”の境界たる“魂”の干渉によって、波紋のように日々刻々と形を変える。明けの国の人間の魂の干渉による魔力のゆらぎは白いもやとして水晶球内に漂い、宵の国の魔族の魂の干渉は黒いもやとして漂っている。両者が均等にくっきりと分かれているほど、魔力の揺らぎが安定していることを示し、インターネットの通信速度は向上する。逆に、インターネット接続が不可能となる状況は、魔力の揺らぎが著しく不安定になっている証拠となる。



「……で? 人間側の動きはどうなっとんじゃ?」



 背後からガランの尋ねる声が聞こえてくる中、ゴーダは水晶球を手に取った。



「ああ、そうだな……」



 水晶球を手にしたまま、ゴーダがガランを振り返る。



「状況は、非常にまずい。考え得る限りで、最悪と言っていいだろう」



 水晶球の内部は、渦巻く白いもやで、ゴーダもこれまで見たことがないほどに、真っ白になっていた。

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