13-2 : 弾劾
荘厳な装飾が施された、小さな
「列席者はすべてここに集われました。これより、特別弾劾裁判を開廷いたします」
左前方の司法官が、裁判の開始を告げた。
「アランゲイル殿下、シェルミア騎士団長に対して、特級反逆罪の嫌疑をかけるに至った経緯を陳述願います」
司法官の言葉に従って、アランゲイルが前に歩み出、陳述を始める。
「……私は、かねてよりシェルミア騎士団長による騎士団の運用方針について、疑念を抱いてきた」
アランゲイルが身振り手振りを交えて続ける。
「宵の国との国境地帯に敷く兵力の引き揚げ、装備品と物資に充てる予算の大幅な削減、さらには騎士団自体の規模の縮小……この数年でシェルミア騎士団長の行ってきた施策は、そのどれもが、宵の国にとって有利に働く内容ばかりである」
「それは言いがかりです! 兄上――」
「今は私が発言しているのだ。被告は言葉を慎みたまえよ」
反論しかけたシェルミアの声を、アランゲイルがねじ伏せる。
――兵力の引き揚げ? ……過剰な人員を調整して、地方都市から駐屯地の運用のために徴収していた税を軽くしたのです……。
――予算の削減? ……毎年の余剰金で膨れ上がった騎士団の資産を、国全体に再分配したのです……。
――騎士団の縮小? ……宵の国は、明けの国と争う意志などありません。不用意な戦力の拡大は、宵の国を刺激するばかりで、何も得るものはないのです……。
――私の言葉を、聞いてください……兄上……。
「……そして、最近に至っては、5千人の兵を“イヅの大平原”に展開しておきながら、四大主“魔剣のゴーダ”の城塞の目と鼻の先で、国境線を越えるという危険な任務を行う兵たちに、帯剣を許可しなかったと聞く。常軌を逸した行動だ。シェルミア騎士団長には、騎士団を運用するに足る能力が欠如していると言わざるを得ない。いや……明けの国に不利益をもたらしていると言ってもよいだろう」
「あなたは何も分かっていない!」
忍耐の限界に達しつつあったシェルミアが、思わず声を張り上げた。
「四大主と、“魔剣のゴーダ”と、私は直接剣を交えました。そして伝え聞く、かの“魔剣”の強大さをこの身を持って知り、ゴーダ卿に侵攻の意志がないことを理解しました。その上での判断だったのです。でなければ、一体どれだけの犠牲が出ていたか……」
アランゲイルを
シェルミアのその気迫に、アランゲイルはわずかに動揺して、1歩後ずさった。
「王城に籠もりきり、宵の国はおろか、王都市民の暮らし
詰め寄るシェルミアを前に、
「兄上……! アランゲイル……!
――ガシャンッ。
石床に打ち込まれた
あと半歩。アランゲイルに届くまで、あとわずかそれだけの距離を残して、シェルミアはそれ以上前に進むことができなかった。
ガシっと、アランゲイルの右手がシェルミアの口を押さえつけた。その手は怒りで震え、汗が
「……私は……言葉を慎めと言ったぞ、シェルミア。そのうるさい口を閉じていろと、そう言ったのだ……!」
シェルミアの頬に、兄王子の爪が食い込む。
口を塞がれ、息を吸い込むこともできなくなったシェルミアが、ふーっ、ふーっと鼻息を荒らげた。依然としてその目には兄王子を叱責する怒りの感情がありありと表れていて、瞳はわずかに潤んでいた。
「シェルミア騎士団長、
アランゲイルがシェルミアの口を乱暴に手で塞いでいる横から、ボルキノフが言葉を挟んできた。
「しかし、
シェルミアを黙らせているアランゲイルの隣にボルキノフが歩み寄ってきて、宰相は第1王女の目を
「謀反の嫌疑が認められ、この場に強制出廷となった時点で、
ボルキノフの目には、何を考えているのか読みとれない、不気味な光が宿っていた。それでもシェルミアは、一切
「ふむ……どうにも罪をお認めになられないようですな。では、
ボルキノフが、後ろの通路の方へと振り向いた。
「入れ。そして証言したまえ」
「……か、かしこまりました」
通路の陰から、小柄な男がおずおずと特別法廷内に足を踏み入れてきた。
男は紺色のローブを着ていて、手には分厚い書物を持っていた。指は細く非力で、片眼鏡をかけている顔の血色は優れなかった。
魔法使い。明けの国の魔法院に所属する、魔法の探求者の1人だった。
魔法使いを手招きしながら、ボルキノフが特別法廷2階席の司法官たちに向かって語りかけた。
「これよりここに開示する証言は、特に重大な案件ゆえ、司法長官にのみお伝えしていたものである。司法長官殿、この場において、特秘証言を開示することを許可願います」
ボルキノフが、特別法廷2階席の左前方に座す、
「……。……特秘証言の法廷内開示を、許可します」
一拍の間、思慮に悩む時間があって、司法長官がボルキノフの申し出を許諾する。
ボルキノフが、大きくゆっくりと
「……シェルミア騎士団長。まことに勝手ながら、今回の嫌疑がかかるに当たり、
シェルミアが驚いたように目を丸くして、ボルキノフに詰め寄ろうとしたが、アランゲイルがそれを押さえ込んだ。乱暴にシェルミアの口を手で塞いだまま、アランゲイルが耳元で
「黙って大人しく、判決を待つのだな、妹よ……お前が口を開くことは、この私が許さん」
そしてシェルミアの口を押さえる手に、更にぐっと力が入った。口の中が切れ、鉄の味がした。
それをしている兄王子の口元には、嘲笑が浮かんでいた。
――ああ、兄上……かつての優しかった
その嘲笑を目にした瞬間、シェルミアは兄に絶望し、アランゲイルという男を見限って、ゆっくりと目を閉じた。
――もう、見ていられません……
その横で、ボルキノフが陳述を続ける。
「シェルミア騎士団長。
ボルキノフに促された魔法使いが、おずおずと前に出て、陳述を引き継いだ。
「シ、シェルミア殿下の私室には、た、確かに何らかの術式の痕跡が見て取れました。し、しかし、それは既知の術式のいずれにも該当しない、未知の系統から構築された術式でありました。魔法院の書庫には、明けの国に伝わる魔法の術式がすべて記録されております。その書庫の記録に、一切該当しない術式ということは――」
魔法使いが生唾を飲み込む、ゴクリという音がした。
「――そ、それは、宵の国の術式……つ、つまり……シェルミア殿下は、私室に魔族の何者かを招いていた、ということになります……」
司法長官以外の、この証言について事前に聞かされていなかった残りの司法官たちが、ざわつく気配があった。
魔法使いがそこまで証言すると、ボルキノフが魔法使いを下がらせて、言葉を継いだ。
「宵の国の術式の痕跡は、魔物による南部襲撃の数日前に施されたものであると特定されており……つまり、シェルミア騎士団長は、魔族と内通していたか、あるいは未知の術式によって魔族の何らかの影響下に置かれていたと考えられます。状況証拠ではありますが、この件と南部襲撃事件との間に関連があることはまず間違いないでしょう。何の術式なのか不明な以上、最悪の場合、シェルミア騎士団長は魔族に洗脳されている恐れも――」
「もうよい、ボルキノフ……もう十分だ」
熱弁を振るうボルキノフを、制止する声があった。
その声を聞き、ボルキノフが頭を下げる。
「……司法長官。これ以上の陳述は不要。判決に移る」
「……かしこまりました」
特別法廷2階席でわずかなやりとりがあり、やがて
「シェルミア騎士団長、特級反逆罪に関する嫌疑について、司法官より審判を示す」
特別法廷に、沈黙が降りる。
「――有罪」
右後方の司法官が立ち上がり、審判を下した。
「――有罪」
左後方の司法官が、続いて審判を下す。
「――有罪」
右前方の司法官が、それに続く。
「――……有罪」
左前方の司法長官が、最後に審判を下した。
「……4人の司法官の審判により、被告の特級反逆罪は、ここに確定いたしました」
司法長官が、深刻な声音で判決を言い渡した。
「……法典に従い、処罰を言い渡す」
そして、特別法廷2階席の正面に立つ5人目の人影(ボルキノフの陳述を制止した者)が立ち上がった。
絶望の内に目を閉じているシェルミアの耳元で、アランゲイルが再び
「シェルミアよ……よぉく、その耳で聞くがいい。お前を裁く、明けの国そのものの声を」
口の中に
「……シェルミア。本日このときを
アランゲイルの手がようやく離れ、シェルミアは目を閉じたまま、その場にがくりとくず折れた。
「シェルミア……残念だ……。まさか、お前に裏切られるとは、夢にも思わなんだ」
――ゴーダ卿……明けの国には……人間には……敵が、多過ぎました……私では、影で
「……私も、
口の端に血の筋を残して、シェルミアが力なく
――王位継承第1位“明星のシェルミア”、第2王子アランゲイルと宰相ボルキノフの策謀により、特級反逆罪、確定。それに伴い、騎士団団長権限を剥奪。並びに、王位継承権、失権。最終刑確定までの期間、地下
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