国税局潜入②

「A班、様子はどうですか」


「こちら裏門。予想通り警備員は四名。もうじき二名が巡回に出る模様」


「B班、様子はどうですか」


「こちら地下入口。外扉の前に監視カメラが二台、以前潜入したときと変わりありません」


「C班、様子はどうですか」


「こちら、一本道路を挟んだビル内部に潜伏中。ほぼ灯りは消えています。最上階と警備室はまだ点いていますが」


「了解。では作戦を開始する、出撃」


 本部にて指揮を執る大郷の指示により、東京国税局極秘潜入作戦が開始された。


 合図と共にまず動いたのはC班。向かいのビルから国税局付近に潜んでいる仲間に指示を与え、裏口より突入を開始した。

 次にA班が巡回に出た警備員二名へ、正面玄関の自動ドアの調子が悪いと声を掛け、その隙に警備員の制服を着用した佐伯がそのまま中へ。そして、部下たちは監視カメラのハッキングを開始した。

 ハッキング完了の報告を受け、続いてB班が地下入口より突入。地下室倉庫の捜索を開始した。


「二十時五十分。いよいよ始まったね。まだ誰も捕まってはいないかな」


 腕時計を見下ろした久瀬は、なにやら今回の作戦を楽しんでいる様子だ。


「どうでしょう。まあ、心配ないとは思いますが。将官は、作戦内容を聞かされてはいないのですか?」


「いやなにも。むしろ聞いてしまったらつまらないしね。俺をあっと驚かせてもらわないと」


 その時だった。本部で待機している第四分隊に無線が入った。


「こちらC班。任務完了いたしました」


「了解。大郷二尉、C班任務完了とのことです」


 その報告に、本部内でどよめきが起こった。作戦開始からまだ三十分も経っていない。


「任務完了?まだ不正取引書は手にしていないだろ。C班はいったいなにをしたんだ」


 久瀬の顔から笑みが消えた。他の特務室隊員も、なにが起こったのか理解出来ていない。その様子を横目に、大郷は受話器を手に取る。


「……夜分遅くに失礼いたします。こちら国税局厚木所、事務官笹野です。先ほど、厚木所に強盗が入ったと連絡がありました!警備員によると、どうやら統括官の部屋へ向かったようでして。私は出先にいるため状況が掴めていないのですが、そちらも用心してください。いつ襲われるかわかりませんから。私は、これから厚木所へと戻ります!」


 息絶え絶えの見事な演技で、東京国税局の統括官秘書へ連絡をし、大郷は静かに受話器を置いた。そして次に無線を手に取ると、余裕の笑みで口を開く。


「桐谷さん、準備は整いました。そろそろよろしいでしょう」


「了解。予想通り、取引書は統括官が持っていると見ていいだろう。A班B班、次の動きに移れ」


 目の前で変転する状況に、久瀬が立ち上がる。


「大郷二尉、君は今なにをしたんですか」


 その声に、大郷はゆっくりと久瀬の方へと振り返った。


「東京国税局の統括官秘書へ電話を掛けました。厚木所の笹野事務官のふりをして。彼は今出張へ出ていまして、厚木所に現在残っているのは統括官とその秘書、警備員が数名です。これは、私の部下が裏をとっているので間違いありません。C班は厚木所へ確かに潜入しましたが、停電を起こし電線を少しばかりショートさせただけです」


「厚木所へ潜入していたのか。確かに、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とは言うが」


「しかし、厚木所に強盗が入ったと、東京国税局へどうしても伝えなければなりません。不正取引書が統括官の部屋にあるのはほぼ予想通りでしたが、部屋のどこにあるのかはわかりません。そこで無駄な時間はかけたくありませんから、直接統括官に出してもらうことにしたんですよ。不正取引書を」


「そうか」


 次に、陽が口を開いた。


「東京国税局は、近隣の国税局から強盗が入ったと知らされて、明日にでも自分のところへ来るかもしれないと焦る。尚且つ、統括官の部屋へ向かったとあらば、狙っているのはただひとつ。東京の統括官はこう思ったはずだ。今すぐに、不正取引書を持ってここから逃げなければ」


「その通りです」


「大郷は、そのためにここに残ったのですか」


 久瀬は、じっと大郷を見据えている。


「それもありますが、実は射撃が苦手でして。今回は銃撃戦などは起きませんが、現場より裏方の方が向いているんですよね」


 大郷は苦笑いを浮かべ、なんとかその場をやり過ごした。


「まだ残っている人はいませんか、そろそろ締める時刻です」


 警備員に扮した佐伯が、まだ残っている社員へ声を掛けて回っていた。スーツ姿のB班と鉢合わせになると、と一言伝え、そのまま通り過ぎた。


 こうして美月を筆頭に、B班は統括官の部屋へなんなくたどりつくことに成功した。

 思った通り、統括官は取引書を机の上に出してアタッシュケースにしまうところだった。そのタイミングで全館停電にし、その隙にアタッシュケースごと奪い去った。誰も拘束することなく、誰も傷つけることなく作戦は静かに成功した。


「初めての任務にしては上出来だな」


「銃を使うどころか、誰も傷ひとつ付けていませんね」


「だがな、まだ甘いな。誰も傷つけないやり方は今回だけだ。そのうち、自分でその困難にぶつかるときが来る」


 椅子を回転させ、久瀬は窓の方を向いた。


「……彼は、こちらの指示通りに動いてくれたようですね」


「ああ。まあ、どこまで使えるかはわからないが」


 そのまま、久瀬は会議室から出て行った。部屋の反対側では、陽や大郷たちが笑い合っている姿が目に入る。別段そこに入りたいという気は持ち合わせていないが、今自分のいる場所が自分にとっての最善の居場所とも言えない。上総も部屋を出ようとすると、陽に呼び止められた。


「とりあえずよかったな、うまくいって。ただ、目的はこれだけか」


 その問いに、上総は顔色ひとつ変えず部屋を後にした。

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