オークション

Zumi

第1話 オークション(プロット)

『助けてやろうか?』

 目の前に映し出されている映像にそんなことを言われる状況になるとはあの時は夢にも思っていなかった。

 今の状況を説明するには少し話を遡らないといけないだろう。


 あれは二週間程前のことだ、仕事が休みでたまには家でゴロゴロしようと思い、有名サイトのオークションを見ていた。

 写真付きで見やすい仕様となっていてページを次々と飛ばしながら見ていく。するとある品に興味を惹かれて画面を停止させた。

 普通に考えればそれはレプリカだし、そんなモノが出品できるはずはない。

 しかし、写真と題名が一致してない上にレプリカにしては値段が高めに設定されている。だまそうとしているのかもしれないが見るのはタダだと思い詳細のページを開く。


 拡大の写真と共に、説明書きが表示される。

 商品名は「本物!サッカー日本代表ユニ」と書かれているにも関わらず、それを表示する写真には、白い紙の上に置かれた重々しいオーラを放つ黒い物体が映し出されている。

「どういうことだ?」


『商品はタイトルの通り、本物です! 写真に掲載されている物を見てもらえればわかると思います。入手困難なために少々値が張っていますが、安めに設定しています。この際に是非ご購入を検討してみてはいかがですか?』

 イマイチ言葉足らず気がする説明書きに頭が混乱してきた。

「本物の”ユニフォーム”とは書かれていない。それでいて写真に掲載されている物を見ろ。ってことはやっぱり写真の方を売ってくれるのか?」

 物は試しだと、興味本意に入札をしてみる。落札最低価格の五万円を入力してみるが、すぐに跳ね返された。

『その価格では入札出来ません。もう一度お確かめ下さい』

 赤く表示された文字に嫌な予感がして、詳細画面を更新すると、先ほどまで入札数ゼロだったのが三となっている。

「現在の価格十万」

 たった数分の間である。

「もしかしたら本物なのか?」

 そんな疑念が頭を過る。いや、本物か偽物かわからないモノに、こんな値段を出す人間はまずいないだろう。写真を見ただけでそれがわかる人間がきっとそうしたに違いない。

 そう気づいてしまった時、俺の指は二十万という数字を入力していた。

「現在の最高額入札者はあなたです」

 その文字が出てきた瞬間に胸が大きく弾んだ。本当に良かったのか? そう思うと同時にマイナスの考えが浮かぶ。

「この後上乗せされたら止めよう」

 出品期間は三日後まで、そこまで長かったらおそらく誰かが上乗せするだろう。そう思っていると一通のメールが飛んできた。さっきまでそれの最高入札者だったハックと言う人物からだった。

「いったいなんだ?」不審に思いつつも内容を確認する。

『どうも初めまして。それ本物だから気をつけてね。ホントはそれで儲けるつもりだったけど、それは君に譲るよ。僕は他で稼がせてもらうから』

 それだけの文。

「忠告なのか? それとも脅しなのか……」

 こんなメール送ってくる意図がわからなかったがこれと言って害があるわけでもないので放っておくことにした。

 もう一度詳細ページを確認してみる。最高入札者の名前は変わっていない。

 これ以上その数字を眺めていても意味がないのでパソコンを落として読みかけの本でも読み始めた。気にしていても良いことはないだろうから。


 本を読んでいる間に、そのことを忘れてしまっていた。頭の隅でどうせ上乗せされるだろうと思っていたせいもあるだろう。

 その思考は二通のメールによって夢のような現実を見せられることなった。 

 

 まず一通目のメール、差出人はオークションの主催サイトからだった。

『あなたが入札していた出品物は取り消されました。申し訳ありません』

「なんだそれ…結局そんなんかよ」

 少しほっとしながら、その反面落胆しながらもうもう一通のメールを開く。差出人は松本と名乗る男からだった。

『この度は出品物の取り消し誠に申し訳ありません。落札値の半額でいいので取引致しませんか? 選択は貴方にお任せします』

 直接メールが送られてきたことに驚いたが、しばらくして冷静に考えてみた。

 確かに、メールアドレスはそのサイト経由のモノだし、その品を出していた人間のIDだ。同じIDは使えない仕組みになっているはずだから例の出品者で間違いないだろう。

 しかし、腑に落ちないことがある、取引をするしない関係なく、それを確認する必要があった。

『どうも、この度はメールしていただいてありがとうございます。この取引をするにあたって一つ質問をさせてまらいます。あなたは何故取り消しを行ったのですか? 返信がなければ取引はなかったことにします』

「もし返信があったところで内容次第だな」

 呟きながら、返信を待つことにした。


 その返信は次の日の早朝にあった。

『お返事ありがとうございます。正直に言いますと、私自ら取り消したわけではなく違反者通告をされてしまい取り消しと言う形になってしましました。申し訳ありませんでした』

 正義気取りの奴がどこにでもいるのだな、と無駄なことを考えながらメールを打ち込む。

『なるほど、わかりました。それでは、今回の取引内容にを確認させていただきます。今回の取引商品はあなたがオークションに出していた”写真”の商品で間違いなかったんですね? 値段は十万。その条件で取引をするならこちらは了解します』

 これに対する返信も少し時間がかかりそうだと思っていると、予想に反してすぐさまメールが返ってきた。

『良い返事をいただけて大変光栄です。それではさっそくですが、行動している間も連絡が取れるように携帯電話のアドレスを送っていただけますか? こちらもすぐさま折り返します』

 内容を見るからに相手もその条件で了承したようだ。

「行動しながら連絡か……なんかドラマ見たいだな」

 小説の主人公になった気分でメールを送信した。


 それから何度か具体的な連絡を取ってから、取引の日を迎える。

『準備は整いました』

 メールを確認するとすぐさま家を出る。


 俺が向かった先はJR元町の近くにあるカフェだ。ホットコーヒーとチョコクロワッサンを注文して空いてる席に着く。最新のipodでチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」を聞きながら待っていると髪の長い美人が目の前に座った。

「ごめん。待った?」

 あまりにも自然な流れに多少驚いたが「使いの人が来る」と言われていたので冷静に対応する。

「いや、俺も今来た所だし。それにしてもよくわかったね」

 彼女は短く上品に笑ってから言う。

「だって時間気にし過ぎだよ。名前確認しようと思ったけど必要なしだって」

 周りを見ると席の八割は埋まっている。

「大した洞察力だ。それで俺は今からどこに行けばいいんだ」

「あら、せっかちね。もう少しレディとお茶を楽しもうと思わないの?」

「そんな時間があるのか?」

「うん。無いわね。なるべく早く来てくれって言われてるし。それじゃあ行きましょうか」

 彼女が席を立つのを見て後に続く。

「今からどこに向かうの?」

 三宮方面に向かっているようだが行先は告げられていない。

「それは行ってからのお楽しみよ」

 目的の場所まで歩いてるのも暇だから。そう言って彼女は話を振ってきた。

「なんで今回あんなモノ買おうと思ったの?」

「さてね。なんでだろうな。ただ単純に興味があっただけかも知れない」

「興味があっただけで買うの? 誰かを殺したいとかじゃなくて?」

 驚きの声を出しながら彼女は溜息を吐いた。

「実はこの仕事始めてから一カ月だけど、そんな人は初めて。でもこの質問したのもあなたが初めてだし納得ね」

「へえー。じゃあなんで俺にそんな質問したの?」

「それは秘密。でも、もしかしたらそんな適当な動機だったら何かに巻き込まれそう」

 冗談とも本気とも捉えられる声色でぽつりとつぶやいた言葉が耳に残る。

「まあ、買った時点で巻き込まれてるような気がするけどな」

 誰にも聞こえないように、口の中で呟いてみた。


 適当な話をしながら歩いていると、彼女は真新しいようにも、年季の入ったようにも見えるビルの前で立ち止まる。

「ここ?」

 何も言わずにゆっくりと微笑んで中に入っていく。その後姿が

「聞くまでもないでしょ?」

 そう語っていた。

 

 看板を見る限り結構多く店が入っているようではあったが中はかなり傷んでいた。「赤犬」と書かれた店の前で立ち止まり俺の方を向く。

「ここよ」

「君は入らないの?」

 残念そうな顔をしながら首を横に振る。

「私は中に入ったらダメなのよ。そう言う契約。あくまでここまでの誘導係。取引してるモノは知ってるけど、その内容とかは全く知らない。いざって時に逃げれるようにだって」

「ふーん。まあいいや。それじゃあ成功するように祈っといて」

 陽気に笑いながらドアノブを捻った。

 部屋の中は意外に奇麗で、そこそこ高そうな壺や絵が飾られていた。部屋の真ん中に置かれた事務机に座った男も案外普通の顔だちをしていた。

「初めまして。あなたがサボテンさん? ユザカです」

 まるでオフ会のような挨拶だ。

「まさかID名で呼ばれるとは思ってなかったな。早速で悪いんだけど早く取引をしないか?」

「急ぐ気持ちはわかります、けど今ここに商品は無いんですよね」

 若干不安になりながらもその意味を問う。

「無いってどういうことですか?」

「いや、ここにあるのは駅前のロッカーのカギだけってことなんですよ。だから今すぐに取引というわけにはいかないんです」

 理屈は分かった。おそらく、何らかの事情があってここに拳銃を置いとくわけにはいかなかったんだろう。

「それじゃあ、そのロッカーの鍵をください。自分で取りに行きますよ」

「それでいいんですか? こちらとしてはそれの方がありがたいですけど」

「はい。それじゃあこれを」

 十枚の札が入った封筒を机の上に滑らす。ゆっくりとした手つきでそれを数える。

「それでは丁度頂戴します。三宮駅のコインロッカーにあります。番号は鍵を見てもらえればわかると思います」

 鍵を同じように机の上に置く。

「それじあ。短い間だったけど、ありがとう」

 それを受取ってすぐに部屋を後にした。そこに案内してくれた彼女の姿はなかった。


「384」と書かれた鍵をキーホルダーに付けて三宮駅に向かう。

 神戸に来るのは初めてだがなかなか洒落ている。しかし、土が見当たらないのは少し残念な気がした。

 同じように並ぶビルや人を眺めながめながらゆっくりと歩いていると、いつの間にか駅についていた。

 その付近にあるコインロッカーの数は結構な数だった。興味があれば自分で数えてくれ。

 鍵の種類から、JRの真横にある小型のコインロッカーにたどり着いた。そこから「384」のロッカーを探し当て周りに誰もいないことを確認してから鍵を差し込む。

 一度深呼吸をしてから鍵を右に回す。

「コチリ」と小気味良い音を立ててドアが開く。

 中には黒っぽい小さな鞄。中身をすぐさま確認したかったが人目についたら危険だと感じその場を立ち去る。

 自然と早くなってしまう胸の鼓動を誤魔化すように、近くにあった複合ビルのトイレまで逃げるように駆け込む。荒くなった息を整えてから、ゆっくりとチャックを開く。

 初めに見えたのは白い紙、それに隣り合わせて入れられた複数の筒状のモノ。慎重な手つきで白い紙をほどいて行くと、黒い物体が姿を見せる。

 リアルな重さがあるそれを手に持って、ゆっくりとその外観を確認してみる。人の手にしっくりと収まるサイズで片手で構えてみる、なんだか007にでもなった気分だ。

 撃ってみたい。そんな衝動を抑えながら、鞄の中にそれをしまう。トイレを出た時なぜか恐ろしく冷静だった。

 

 駅に着くとその冷静さはなくなっていた。それを持ったまま電車に乗るのは気が気でなかったのだ、しかし電車で来てしまったので交通手段はそれしかなかった。

 乗ってみると大したことはなかった。どいつもこいつも普通の奴ばかりだ。その反面時間が経つのが恐ろしく長く感じたのは初めてだった。

 何事もなく家に着いた時は心身共にクタクタになっていた。長かったような短い一日は知らぬ間の眠りと共に過ぎ去っていった。


 寝た気分のしないまま次の日の朝を迎える。時計に目をやると七時三十分の少し手前を指していた。

「しまった! 会社に遅れる」

 急いでスーツに着替えて家を後にする。

 あまりにも急いでいたせいか、銃のことを忘れきってしまっていた。鍵をかけたかとかどこかに隠せばよかった、なふどとマイナスの方向に思考が走る。会社に近づくにつれ不安になってきた。

 会社は目の間だし、今から戻たら確実に遅刻だ。会議があるので会社に遅れるわけにはいけない。

 今はそのことを忘れよう。そう開き直って仕事に取り組むことにした。

 しかし、人間とは不思議なもので、そう思うことで逆に気になって仕方がない。仕事が進まないので早退を申し出ると、顔があまりにも青かったらしく逆に帰らされた。

 どれ程必死に走ったのか自分ではわからない、家に着いたとき人生で一番息が上がっていたのは間違いなかった。

 部屋に着くなり目が自然と黒い物体を探そうとするがそれを捉えることは出来なかった。

「落ち着け。昨日は帰って来てから何をしたか思い出せ」

 ゆっくりと記憶をたどり始める。

 家に着いてからようやく落ち着いた俺は玄関の鍵を閉めたことを確認してから風呂に入る。銃はその時受け取った状態のまま脱衣所に置かれていた。

 風呂を出た後すぐにベッドに倒れこみたかったが銃を隠そうと考えていた。その先の記憶が曖昧だった。銃を握りしめながらソファーに座りこみ、どこに隠すのが最適かを思案していたと思う。しかし今日俺はソファーの上で目を覚ました。それなのにその近くにはそれを見つけることは出来ない……銃は一体どこに消えたのか。それともあれは夢だったのか。徐々に不安の波が大きくなってくる。

 もう一度冷静になって思い出すために記憶の断片になっているソファーに座ってみる、背もたれと座席の隙間に手を入れる。考え事をする時の癖だ。

 何かが手に当たる。

「あー思いだした。つーかあったよ」

 それを慎重に掴み自分の視界に入るようにする。程よい重さと心地良い冷たさが心を暗い所へと落としていく。ある種の魔力だろう。

「人がこいつを生み出したのは必然なんだろうな」

 何故だかはわからないが、それを握りしめているとそんな考えがよぎった。見つかったことで安心している所で、ポケットの中からホルストの「火星」が流れる。着信だ。

 表示されている番号は見たことのないモノだったが気にせず電話を取るすぐさま声が聞こえる。

『あんたが御門さんかい?』

 あまり丁寧な言葉遣いではなかったので、恐る恐る応答する。嫌な予感を感じなから。

「はい。そうですけど、あなたはどちらまさまですか?」

『おお、わしは荒木言うもんじゃ。お前こないだアレ買うたやろ?』

 心臓が勢いよく鼓動する。心当たりは一つしかないが、もしかしたら違うかもと思いとぼけてみる。

「最近いろいろ買い物したんで、アレと言われましてもどれのことか……」

『おお、そらすまんな。言い方が悪かったわ、正確に言うたら昨日買うたヤツや』

 想像通りの言葉に息が詰まる。自分の身の安全を考えると体が震え始めた。返事に困って無言でいると相手、荒木はそれを「YES」と取ったようだ。

『おお、心配せんでええで、別に取って食おうってわけちゃうんや。ちょっとだけ交渉しよ思てな』

 危害を加えないと言われて、少し安心したおかげでようやく声が出る。

「交渉ですか?」

『そうや、お前が買ったそれをこっちが二倍の値段で買うって話や』

「ほう。なるほど」

『どうや、いい条件やろ?』

 確かにいい条件だがせっかく手に入れたものをそんなにあっさり手放したくはなかった。

「少し考えさせてください」

『おお、よう考え。こっちもあんまり手荒なことした無いしな』

 本当に少しだけ考えて電話の向こうに声を届ける。

「あの、三倍とかでどうですか?」

 断られたら二倍で売ろうと思っていた。

『おお、そうか残念やな。まあええはじゃあまたな』

「え? あっ、ちょっと待って」

 言い終わった頃には電話を切られていた。

「なんだ? そんなにあっさり諦めるのか?」

 電波の届かなくなった電話に向かってつぶやいてみたが、当り前のように返事はなかった。


 その電話以来少し不安を抱きながらも何事もない日々が過ぎていった。人を殺すことの道具を手に入れながらもそれを使う機会などあるはずもなく宝の持ち腐れ状態になっていた。

 持っているだけで強くなった気分にはなる。いや事実強くなったのだ。その反面弱くなる所もあるということを知らなければいけなかった。

 銃の隠し場所は駅前のロッカーに入れておくことにした。毎日値段はかかってしまうが考えた末にそこが一番安全だと思ったからだ。事実取引した相手もそこに隠していたのだから。

 それでもたまに持ち歩いてみる。不審な行動をとったり、事件に巻き込まれない限り警察に見つかることなんてまずない。「あいつ銃持って歩いてるかも」なんて考えて歩いてる奴なんていないだろうし。

 自分一人が強くなった状態で街を歩くのは気分が良かった。自信や強さは人間を変えるとはまさにこのことかもしれないと思った。


 その日は太陽が沈み街が人口の光で灯されきった頃合いをみて、ロッカーまで行こうとした。近道をしようと人気の少ない暗い脇道に入った時だ。

「おい。止まれ」

 無視して歩き続ける。

「止まれって言ってんだろうが!」

 声が大きくなる。それに対して少し腹が立つ。鞄に入った銃を手に取り振り向く。

「なんの用?」

「はぁ? おっさん馬鹿か? 俺が今手に何持ってるか考えろって」

 暗いので分かりにくかったが、口調や声からしておそらく二十歳前後。その右手には銀色に光る小さなナイフが握られている。

「あのさ。君それでどうしようて言うの? それが凶器になるとでも思ってるの?」

「おっさん何言ってんの? 強がりはやめとけって、早く財布出しなよ」

 イラついた様子でこちらに近寄って来たので、銃を構える。

「おっと動くなよ」

 一瞬眉を潜めてこちらを見てから、そいつの体が硬直する。

「おっさん。どうせそれ偽物だろ? それでビビるとでも思ってんの? 暗いから分らないとか思ってんの?」

 口調が早くなっているのを見て、相手が焦っているのだとわかる。

「落ち着けって、お前があっさり退くなら俺もこれを使わずに済むんだ。撃っても構わない、でも弾がもったいないし別に人を殺したいわけでもない。こういう時のための護身用なんだよ。わかるか?」

「偽物持って調子乗ってんじゃねぇよ! 早く金出せよ! 殺すぞ!」

 隠したつもりの感情を見透かされて腹が立ったのか、それとも本当に馬鹿なのか退く様子はない。

「ああ、わかった」

 溜息をつきながら銃口を若干下に向ける。

「なんだよ。やっぱり偽物かよ。金出したらけがさせないって」

 勝ち誇った顔をして近づいてきた所で引き金を引く。鼓膜が破れそうな音が耳を突き抜けた後に灰色の短い煙と火薬の焦げた臭いが体を通り抜ける。

「てめぇ……」

 その場に倒れこんだ男は痛さのせいか言葉が出ないようだった。右足の太股から血が流れ落ちている。

「今から救急車呼んだらまだ助かるって。じゃあ以後気をつけるように」

 反動で手が痺れているが、そんなこと気にならないぐらいの快感があった。興奮しているのか隠しながらその場を後にした。

 心と体は煮えたぎったように熱くなっているのに、脳は冷静だった。家についてもそれは変わらない。ソファーに座った直後にもしやと思ってテレビをつけると丁度ニュースが流れていた。一通り見てみるがそれらしいニュースは流れることはなかった。

 人が撃たれても所詮その程度なのかも知れない。ニュースにならない事件など山のようにあるのだと目の当たりにした気分だ。


 次の日は一本の電話で目が覚めた。それが好きなアイドルだったら同じ内容でも天と地の差だ。

『おお、御門さんよ。今から会えんか?』

 聞き覚えのあるしゃべり方と声で誰だかわかる。

「何でですか?」

『おお、知らんとは言わさんぞ。昨日撃ったやろ? こっちはこっちで事情あるんやわ。今から行くからちょっと待っとけや。ちょっと話が聞きたいんや』

 話するだけなら電話いいだろ、と心で叫ぶ。会いに来るってことはつまり

「まあ、それなりに責任は取ってもらうぞ」

 と解釈して間違いなさそうだ。痛い目は見たくないので先手を取る。

「わかりました。要件は大体察しがつきます。銃を返します。鍵をどこかに隠してその後にありかを電話します。だから会いに来なくてもいいです。お金もいいです」

『おお、あんたは頭ええな。でもな、もうそんな訳にはいかんのやわ。さっきも言うたけど、こっちにも事情があるんやて。まあええ経験や思ておとなく待っとけや』

 こちらが何かを言う前に通話が途切れる。全身から血の気がひいていく。

「とりあえず逃げないと」

 呟くと同時に体が動く。スーツに着替えてから鞄を手に取り、その中に銃と財布を入れる。それ以外必要な物が思いつかずそのまま家を出る。

 怪しまれないようにゆっくりと歩きながら考える。「会いにいく」と言うことは住所はばれているだろうが、荒木はこちらの情報をどこまで知っているのかわからない。顔を知られてるとも思えない。

 駅に着いた丁度その時に電話が鳴る。無視しようと思ったがこちらも相手の情報を引き出さないと万が一の場合逃げ切れないので、仕方なく通話ボタンを押す。

『おお、御門さんよ。逃げたらあかんやろ、こっちも手荒な事しとうないんやで。それに逃げても無駄やで』

「俺がそこに戻らない限り大丈夫だと思うけど?」

 少しの間が空いて、声が返ってくる。

『おお、あんさん頭ええんやけど、こっちもそんな甘ないで。それと鍵はちゃんと閉めな』

 その言葉の意味を考える間も無く知らないアドレスから一通のメールが飛んでくる。中を開くと一枚の写真が添付されていた。

「……顔もバレバレってことね」

 諦めかけたその時、メールが飛んでくる。先ほどとは違う別の未登録アドレスから動画が送られてきた。内容を確認する。


 電話を切る男とその周りにいる二人の男性。全員が黒いスーツである。

「兄貴。これからどうします?」

「おお、とりあえず家行こか」

「その後どうします?」

「決まっとるやろ。返して貰うもん返して貰ってから殺る」

「まあそうですね。あの馬鹿が銃持って逃げたばっかりにこんなことになるなんてね」

「おお、しゃーないやろ。あいつも報い受けたしな。ボンには悪いけどこっちで片付ける」

 そこで動画は終了する。


「人生短かったな」

 その言葉を聞いていたかのように、電話が鳴る。どうやらテレビ電話のようだった。知らない番号だったが気にせずにとる、画面に映されのは黒い人影だった。

『助けてやろうか?』

 そいつの第一声はすべてを知っている口調だった。

「もしかしてさっきのメールはお前か?」

『その通り。頭の回転は速いようだね。それで、どうする? 取引するかい?』

 助けてもらいたいが、取引と言うことは何か条件があるはずだ。

「まずは条件を聞いてからだ」

『意外に冷静だね。生死が懸かってるんだから二つ返事だと思ったんだけどね。まあ冷静なのに免じて種明かし。実は今、君の敵とも連絡を取っている』

 藁にすがろうとした自分を責めたくなる。

「待て。ってことは騙したってことか?」

『いや、別に彼らの仲間ってわけでもないんだ。取引をするって言うならこちらから逃げる方法を提供する』

 意味がわからない。

「どういうことだ? 荒木とも連絡を取ってるんだろ?」

『そう。だから君も相手も取引したいと言うのなら、僕と言う商品を競り落として貰おうと思って』

「なるほど。オークションってことか」

『そう、君が落札すれば死なないどころか怪我すらしない解決策を。でも相手が落札すれば君の居場所がばれる。それだけ話。おっと荒木は取引に応じたよ。君がここで取引を断ったら荒木に君の居場所を教えるけどね』

 考える暇はなかった。

「わかった、取引をしよう。何もしなくても死ぬならせめて悪あがきぐらいはしたい」

『それじゃあ交渉成立だね。今からメール送るからそこにログインして、それじゃあまた後で』

 通信が途切れると同時にメールが飛んでくる。そこに貼られていたURLに接続する。

 商品名「今あなたの欲しいもの」と書かれたオークションの画面が開く。残り時間十分で現在価格が十万となっている。すぐに落札金額を二十万と入力する。が次の瞬間に三十万と更新されている。金額入力画面に四十万と打ったところで手が止まる。オークションなんてものはぎりぎりまで待ってそこで一気に勝負した方が効率がいいんじゃないか?と思う。つまり今無理して上げる必要はない。勝てばそれでいいのだ。しばらく様子を見ようと思いついた瞬間いきなり動きがあった。

 現在価格が八十万と表示された。こちらが動かないのをみて荒木が追い込みをかけてきたのだ。そこまでしていったい何になるのか? この銃になにか隠されているのか? 疑問に思ったが命の方が大切だと思い直して金額を吊り上げていく。 

 残り一分になった時に表示されていた数字は二百六十万。俺の全財産は二百六十八万。

「これまでか」

 諦めのつぶやきと同時にそれをつぎ込む。これが更新されたら、残された道は一つしかない。

 その後の記憶はまったくなかった。


 目を覚ました時、自分がどこにいるかということより、自分が目を覚ました時のことの方が不思議で仕方なかった。

 そこがどこだか一瞬でわかる。病院だ。

 ベッドの上で足を固定されて寝そべっているのだと思う。ふいに隣にあった電話が鳴った。病院なのにいいのか? 吞気にそんなことを考えながら通話ボタンを押す。

『やあ、元気かい?』

 聞き覚えのある声にうんざりする。

「ああ、おかげさまで。それで? なんで俺は生きてるんだ?」

『僕が君の命を買い取ったから』

 お前にそんな権限はないだろ、と思うが生きてることを考えると感謝の言葉を言うしかない。

「そうか。ありがとう、助かった」

 そいつはその後に起きた事を話してくれた。

 俺は表示が二百七十万になった瞬間に携帯を投げ出して駅とは反対の方向に走りだした。しかし、それを見た瞬間に荒木に俺の居場所を連絡したという。五分もしないうちに俺は捕まったらしい。その後は爪をはがされて足を折られて散々痛めつけられた最後、銃を頭に突き付けられた時にそいつは荒木に電話をしたらしい。

「料金は半額で結構。それに銃も持って行ってよし。だからそいつの命を俺に売ってくれないか?」

 荒木はその交渉に喜んで応じたと言う。

「信じられないな、本当にありがとう」

 生きてることの喜びで、改めて感謝をする。

『別にいいよ。それに今の君はどうせ逃げられないしね』

 聞き流しそうになったその言葉の意味を探しあてる。

「お前そういえば”俺の命を買った”って言ったよな」

『あんたやっぱり頭の回転速いよね。もったいないな』

 率直に質問する。

「それで? 今から何が起こるんだ?」

『じゃあ早速で悪いんだけど、今から君の命をオークションにかけるよ。もちろんあんたも参加可能』

 それを聞いて若干ほっとする。

「またこの携帯からやればいいのか?」

『いや、たぶん隣にパソコンがあると思うからそれで取引して』

 パソコンの電源を入れてネットに接続する。それと同時に一通のメールが飛んでくる。

『それ開いて』

 すべてを知っているかのように指示をだしてくるが、俺も内容が気になったのでそれに従う。内容は見覚えのある若い男と有名なヤクザのトップが肩を組んで並んでいる写真。それと短い文章が画面に表示される。 

[おっさん。今から殺してやるから覚悟しとけよ]

 それを見てすべてを察する。

「なんだよお前。全部知ってたんだな」

『だから初めに言っただろ。僕は他で稼ぐって。まあここまでおいしい方向に転がるとは思ってなかったけどね。それじゃあ取引時間は一時間。方法は前と同じだから頑張って。入札しないとか無しだからね』

 通信が途切れると同時にメールが飛んできた。例のアドレスが貼り付けられている。すぐに接続して二百六十八万と言う数字を入力する。

「残り一時間どうしようかな」

 人生について考えるのには少し短い気もする。


 ★ 


 その時、目の前にあったのはパソコンだけ。そのおかげで一本の小説を書くことが出来た。ちょうど一時間、この小説を書くのに費やした時間だ。

 短いノックの後に一人の若い男が入ってきた。俺に向かって銃を構える。それを見てパソコンから手を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オークション Zumi @c-c-c

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る