「あの日」助手席にいた君を想って。。
若狭屋 真夏(九代目)
第1話 失恋休暇
「はー」青木匠(たくみ)は深くため息をついた。
「どうしたんですか?先輩」と声をかけるのは赤坂連(れん)、匠の一つ下の会社の後輩である。匠は28歳だから連は27歳になるのだろう。
「いや~この年で失恋とは。。つらいな~~」と煙草を吹かす。
ここは会社の屋上の喫煙室(といっても灰皿が一個置いてあるだけだが)である。
「まだ、引きずってんですか?あれから半年ですよ」
匠は半年前に大学時代から付き合っている、浅野一葉(かずは)と別れた。
そのショックは大きい。
「先輩、新しい出会いを探すチャンスじゃないですか?若い女の子と出会って、新しい恋をしましょうよ」連という男は悪い人物ではないが、ときどき気が付かずに人を傷つけてしまうことがある。
「お前は気楽だね~」と吸いかけの煙草の火を消す。
「先に行くよ」
と匠は喫煙室を出て自分の席に向かった。
匠と一葉は大学の同級生だった。偶然最初の授業で一葉がペンを忘れて、となりの匠が「そっと」差し出したところから、話が始まり半年の友達期間を経て「恋人」
になった。
二人が「別れた理由」は別に浮気とか具体的なものではなかった。
社会人になった二人にとって「忙しさ」がすれ違いを産んだ。
芥川龍之介の遺書には「将来に対するただぼんやりとした不安」と書かれていたように「ぼんやり」としたことが不安や不満を産むことがあるのだ。
二人は「別れた」が、匠には一葉を忘れることが出来なかった。
「仕事のいそがしさ」を理由に恋人を作ることを拒んだ。
それから半年が経っている。
自分の席に戻り、溜まっていた書類に目を通し、パソコンと「にらめっこ」して営業に出かける。彼の愛車はスズキのMRワゴンだ。
色はクリーム色で「女子力が高い」といわれる。
本社のビルの地下に駐車場があり、そこまでエレベーターで降り、愛車に乗り込んだ。助手席には大きなゴミ箱が置いてあり、「人が乗らないよう」にしている。
以前は一葉が横にいたが、別れてからはもっぱら、「ごみばこ」の特等席になっている。キーを指しエンジンをかける。今日もいい調子の「相棒」である。
そして営業に出かけた。
夕方5時くらいには会社に戻り30分で結果をまとめて上司である「田所課長」に提出する。田所は50以上の年齢なのだが「出世に興味がなく」未だに課長なのだが、実は社長とは同期入社でいまだに家族ぐるみの交流がある。
部下から見てもよい上司で少しでも顔色が悪いと「大丈夫か?」と声をかけてくれる。この前などは「子供の運動会のためどうしても次の土曜日に休みがほしい」という部下に「家族と会社どっちが大切だと思ってんだ?」といった後「家族に決まってんだろ」といって自分が代わりに出社した。
専務常務にも「一目置かれる」人物だった。
課長に今日の結果等を報告した。田所はそれに目を通して「うん。オッケー。。ところで匠君もちょっと休んだらどうかね?最近働きすぎだよ。」田所は下の名前で呼ぶことが多い。
「あ、はい」休んだところで何もやることがない匠は気のない返事をした。
報告が終わり席に戻ろうとして振り返ったあとに
「あ、青木君。」と課長の声がした。
「はい」匠は田所のもとに向かう。
「そういえば、、、」といいながら田所は書類の山を探している。
「あった」といって一枚の紙を差し出した。
「先月から始まったんだけど。わが社でも「失恋休暇」を取得できることになったんだ」
「失恋休暇ですか。。」と匠は紙に目を通す。
「まあ。君の場合は、、、、5年以上付き合ってたから「4日」の「失恋休暇」が取得できる。有給も溜まってるから、どうかな。2週間くらい休んでみては?」
「でも。私が今持っている物件は。。」と匠が説得する前に
「休むことも仕事の内だよ。最近の君、元気ないからなぁ。上には伝えとく。
旅行とかどうかな?」と説得された。
田所は一葉の事もよく知っている。何度か田所夫妻と一葉と匠で食事をしたことがある。もちろん二人が「別れた」事も知っている。
「はぁ」と匠は言った。
「みんなも青木君のいないうちのサポート頼んだよ。特に赤坂くん。君には期待してるから。頑張りすぎないように頑張りなさい。」
「はい」と皆の声がした。
暗い匠の顔とは反対に連の顔は明るい。
そして5時30分のチャイムが鳴る。
「さあ。帰った帰った。」
といって田所は部下と一緒に会社を出た。
少し長い「夏休み」がやってくる。
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