掌編集

@annri

百花繚乱

 朝起きて姿見の前に立ってみると、ギョッとした。

 鏡面に映ったその人の身丈ほどの構造物は、おおよそ植物の器官によって構成されていた。

 ぼくは改めてその鏡像を凝視する。

 人の身体ほどの幹に、左右に一本ずつ伸びた枝。ちょうど顔の高さの当たりで幹が丸く膨らんでおり、その中央には洞がひとつと、目を模して雪だるまに貼り付けられるような小さな葉が横向きに貼り付けられている。

 ──と、ここまで確認してようやく気がつく。

そうか、これはぼくの姿か。

 そういえば、洞を口、葉を目と見立てれば人の顔に見えなくもない。一度改めてその鏡像を自分の姿だと認識してしまえば、なるほどどこか見覚えがある情けない顔だ。

 ぺたぺたと自分の頬に手を伸ばして撫でてみれば、鏡の中

の植物もぎこちない動きで枝を曲げ、幹の膨らみに枝をこすりつけている。自分の手には確かに柔らかい皮膚と剃り残ったヒゲの感触があるのだけど、鏡の中からは硬い木肌同士をこすりつけていて乾いた音が聞こえてきそうな感じだ。

 状況を鑑みるに、どうやらこれは視覚野のみに作用している異変らしかった。

人の姿が植物に見える──こんなことが、起こるのか。実際に起こっているのだから、受け入れるしかないが。

 さあてどうしたもんかねと肩を落としてみれば、鏡の中の植物人間の下腹部に赤い薔薇が一輪咲いているのに気づいて、それがこの視覚の異常がタチの悪い冗談であることを仄めかしているように思えた。


 身だしなみを整えてアパートの外に出てみれば、まずは肌色の生垣と出会った。

 よく目を凝らしてみれば、幾分縮尺を小さくした人の指の関節がいくつも繋がっていて、それらが編みこまれるようにして立方体を形作り、生垣として機能しているらしかった。

人が植物に見えるのならば、植物が人に見えると言うことだろうか。なるほど、トレードオフにかなっている。

 いたずらにその隙間に指を差し込んでみると、まるでうさぎを捕まえるワナのようにきゅっと締まってきて、慌てて手を引き抜くことになった。


 少しだけ歩いて角を曲がると、垂直方向に伸びる肌色の並木が見えてきた。トルソーを縦に積み上げた立体芸術のようで、下から十番目くらいの肩関節以降からは両腕が伸びており、さらにその肘関節から先が枝分かれをしていた。そして枝の末端たる無数の指先に生い茂っているのは、葉っぱでなく眼球である。濁った色の球体が連なっているその様子は、幼少期に見たカエルの卵を連想させる。眼球と眼球が重なり合い、その隙間から落ちる木漏れ日が地面に揺れていた。

 光を受容すると言う点では葉は眼球と同じなのかもしれない。しかし、なんだかこじつけを感じざるを得ない。

 並木のうちの一本に顔を近づけてその幹を観察すると、いくつもつながった人の胴体にはちゃんと血管が通っているということが、皮膚から透けて見えた。しかも寒空にコモも巻かれていないため、ささやかな体毛でさえもピンと立っている。


 道端の植物をいちいち観察していたら思っていたより時間を食ってしまった。けれど、ようやく学校の正門に到着した。

 思い思いの衣服を幹に纏った植物人間たちが、ぞろぞろと吸い込まれるように校門へと入っていく。彼らの多くは新入生だろう。見た目は植物でも、その行動にぎこちなさが見えて取れる。

 正門を入ってしばらく行くと、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 そこには花壇に咲き誇る、色とりどりの


《了》

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