吸血鬼(ヴァンパイア)の三つの危険

篠騎シオン

プロローグ 暗闇に紛れて

 ふらりふらりと夜の道を歩く中年男性。


 先ほどまでいた居酒屋で相当飲んできたのか、足もともおぼつかない。

 

 そんな男を遠くから見つめる少年が一人。

 

 取り立てて、身体的な特徴はない。よく言えば無難で、悪く言えばどこにでもいそうな少年。

 

 ただ、その少年がまとう雰囲気はどこか異質だった。

 

 常人以上に強化された少年の目は、暗くて遠い中でも男の一挙手一投足を捉える。


「……無防備すぎる、あの人」


 少年はそうつぶやきながら、家までの近道なのだろう暗い路地を進んでいく男を見つめる。そして、男が追いはぎなどに遭わないだろうかなどと余計な心配を心の中でする。


 これから少年がしようとしていることは人の道を反する。


 だが、少年はそれを進んでやっているわけではない。


 彼は、望んで ”ヴァンパイア” になったわけではない。



「……行け」


 少年の腰にあるウエストポーチから、ばたばたと一つの黒い物体が飛び出した。


 その物体——少年の手下のコウモリは、一直線に男のもとに飛んでいく。



 コウモリが静かに近づき、顔に覆いかぶさったとたん男はばたりと倒れた。


 コウモリが催涙ガスを噴霧したのだ。


 彼は、素早くただ音を立てず、獲物のもとへと向かう。



 吸血行為には危険が伴う、というのは彼の師匠の言葉だ。


『いいか、吸血行為には危険が伴う。


 しかし、俺たちがヴァンパイアである以上避けられるものではない。


 だから十分に注意してのぞまねばならない。 


 反撃されて殺される危険。


 見つかって社会的に殺される危険。


 この二つを十分に注意するんだ』


 少年は師匠の言葉を頭の中で反芻しながら、暗い路地を進んだ。


 獲物はもう目の前だ。


 ヴァンパイアの血が騒ぐ。


 注意力が失われそうになるのを、人間の理性でぐっと押し込める。


 今にも少年が、男に襲い掛かろうというその時だった。



  キーン


 頭に痛みが走り、仲間からの通信を知らせる。


『どうかしました?』


 少年は、小声で通信に答える。食事をお預けされたせいか少し声は、イライラしていた。


 だが、通信相手から帰ってきたのは、そのイライラをふきとばすだけの返答だった。


『ユウマが死んだ。あの、ウイルスのせいで』


 少年の目の前が一瞬真っ白になる。


 あの、ユウマが?


 心臓は早鐘を打っていて、呼吸が苦しい。


 視界が次第に戻ってくる。


 驚きと絶望という名の束縛から逃れた少年は、


 獲物には目もくれず、仲間がいるだろう場所に向かって走り出す。


 走っているとなぜか涙があふれてくる。


 ふいてもふいてもあふれてくる。



 仲間たちのいる場所に行った彼が目にしたのは、通信の通り、ユウマという男の死体だった。


 道中で出尽くしてしまったのか涙は出なかった。


 代わりに、彼の心の中にはウイルスに対する憎悪が芽生える。

 

 少年は、彼の師匠の言葉に一つ教訓を付け足した。


 


 血によってうつる感染症の危険。



 少年は今日、その危険を学び


 そのウイルスを世界から撲滅することを誓った。


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