第1回 南の海と〈百年暗号〉
ここはプエルトリコ。カリブ海にたくさんある島のひとつだ。
島といっても、四国の半分ぐらいの広さがあり、高い山も湖もある。赤道に近いので一年中あたたかい。海岸にはヤシの木が並び、森にはあざやかな熱帯の花が咲き乱れる。今はアメリカの領土だが、十九世紀まではスペインの領土だったので、首都サン・ファンにはスペイン風の建物がたくさん残っている。
毎年、アメリカ本土から多くの人が観光にやってきて、ダイビングやクルージングや市内観光を楽しむ。かつてスペイン人が海賊や他の国の軍隊と戦うために作ったエル・モロ要塞や、十六世紀に建てられたサン・ファン大聖堂など、名所も多い。名物はサトウキビから作られるラムという強いお酒だ。
しかし、プエルトリコの最大の魅力は、海の美しさだ。サファイアのように青い、澄んだ海には、熱帯魚が泳ぎ回る。船で沖に出かければ、イルカやサメ、マンタと呼ばれる大きなエイに出会うこともできる。
そんなプエルトリコの海岸に、
「いい? 行くよ、お姉ちゃん」
姉の
ふたりともまだ十一歳。体形はまだこどもだ。でも、ただのこどもじゃない。地上最強の女の子たちなのだ。
何がどう最強かは、じきに君にもわかってくるだろう。
ふたりが立っているのは、小さなモーターボートの後ろのほうだ。ボートのまん中にある大きなドラムには、長いロープがぐるぐるに巻かれていて、その端は夕姫たちの体のハーネスに結ばれている。
「ほ、ほんとに危険じゃないの?」
知絵の声はふるえていた。
「平気、平気!」夕姫は笑い飛ばす。「ボクは何回もやったことあるし。見た目よりはずっと安全なんだから」
そう言って夕姫は、右手に持ったリモコンのボタンを押した。モーターボートのエンジンが始動、波をけたてて海の上を走り出す。振り落とされないよう、ふたりはしっかりと金属のバーにつかまっていた。
ボートのスピードがどんどん上がってゆく。時速四十キロ。夕姫の茶色っぽい髪が風にひるがえる。波しぶきが知絵の顔にかかる。
「そろそろ行くよ! そうれ!」
風に負けないように大声で言うと、夕姫は肩についたひもをひっぱった。
ばさあ!
リュックのようなものが開いて、中からパラシュートが飛び出した。カマボコのような形をしたパラシュートは、風を受けて大きくふくらむ。それにひっぱられ、ふたりの体がふわりと宙に浮いた。
「ひゃっほう!」
「きゃああああ!」
歓声をあげる夕姫と、悲鳴をあげる知絵。ドラムが回転し、ロープがぐんぐん伸びて、ふたりはタコのように空に上がってゆく。ボートがどんどん遠ざかる。
何十メートルかのぼったところで、ロープが伸びるのが止まった。
「ほら、お姉ちゃん! 見てごらんよ!」
夕姫に言われ、知絵はこわくて閉じていた目を、おそるおそる開いた。
足がぶらぶらと宙にゆれていた。はるか下には青い海が広がる。知絵の胸のハーネスから伸びたロープは、ずっと斜め下まで伸び、海面を走っているモーターボートにつながっている。ボートがものすごく小さく見える。
これがパラセーリングというスポーツだ。モーターボートにひっぱられると、前から風を受けたパラシュートが翼の役目をして、空を飛ぶことができる。ふつう、モーターボートは別の人が操縦するのだが、これはリモコンで操縦できる特別製のボートなのだ。
「うわ……うわ……うわあ……」
知絵の声は、半分は恐怖、半分は感動でふるえていた。飛行機ならなれているが、ロープ一本でひっぱられて、タコみたいに空を飛ぶというのは、ものすごくこわい。でも、この景色は最高だ。美しく澄んだ海をすっかり見わたせる。遠くに浮かぶ何隻ものヨット。海面にきらめく太陽の反射。振り向けば、海岸に並ぶヤシの林や、家族で泊まっている白い別荘も一望できる。吹きつける潮風が気持ちいい。
「そーれ」
夕姫がパラシュートのひもの一方をひっぱった。パラシュートがかたむき、大きく右にスライドしてゆく。反対側のひもを引けば左へ。ロープにつながれてはいるが、あるていどは自由に操縦できるのだ。
モーターボートにはレーダーとコンピュータがついていて、前方に障害物があれば自動的にコースを変える。いちいち夕姫がリモコンで操作しなくても、ほかの船に衝突することは決してない。
「どう、お姉ちゃん、感想は?」
「う、うん……すごい……」知絵はぼうっとなっていて、人形のようにかくかくとうなずいた。「すごいわ、これ……」
「来てよかったよね」
「うん」
ふたりは両親といっしょに、おじいさんの別荘に遊びに来ているのだ。おじいさんといっても、知絵のママのお父さんで、夕姫とは血はつながっていない。そのおじいさんから、一家そろってプエルトリコに遊びに来ないかとさそいがあったのだ。
夕姫が小学校を休むことに、最初、ママの
学校も大切だけど、世の中には学校よりも大切なものがいっぱいある。こどもにはできるかぎりいろんな体験をさせて、広い世界を見せなくてはいけない――というのが次郎さんの教育方針だった。
「あっ、UFO!」
夕姫が遠くを指さしてさけぶ。知絵はびっくりしてそっちを見たが、夕姫ほど目が良くないので、よくわからない。
「あっ、なあんだ。べつのパラシュートだった」
このあたりの海では、パラセーリングをする人が多いのだ。遠くからではひっぱっているロープが見えないので、UFOと見まちがえる人もちょくちょくいる。
「だいたいUFOなんてあるわけないじゃない」
「そんなことないよ。宇宙人はきっと地球に来てるよ。宇宙にはたくさんの惑星があるんだから、宇宙人がいないほうがおかしいって、父さんは言ってるよ」
「ほかの惑星に生物がいることはたしかだとしても、地球に来てるかどうかは別問題よ」
「でも、このプエルトリコってUFOで有名なんだよ。一九八〇年から九〇年ごろに、UFOを目撃した人がおおぜいいるんだって。宇宙人に誘拐されたって人もいるし、宇宙人の秘密基地があるって説もあるんだよ」
「はいはい」
知絵は苦笑した。夕姫のことは好きだが、こどもっぽさとオカルト好きには、ついていけないところがある。
「このへん、ぐるっと一周してみようよ。もしかしたらUFOが見えるかもしれない」
「見えるといいわね」
「じゃ、いくよ」
夕姫がリモコンを操作すると、ボートは大きな円を描いて、ゆっくりとカーブしはじめた。
そんなふたりから何百メートルか離れたところに、一隻の大型モーターボートが浮かんでいた。その甲板には怪しい三人組がいた。そのうちのひとりは、まっ黒な水着を着たナイスバディのお姉さんである。パラセーリングを楽しんでいる夕姫たちの姿を、双眼鏡で観察している。
「あちゃー、またあのふたりかよ~」
悪者集団〈ファストフーズ〉のリーダー、トマトは、とびきりまずい料理を口にしたような声をあげた。双眼鏡から目をはなすと、がっくりとしゃがみこむ。真っ赤に染めた頭をかかえ、なやんでいる。
「世界は広いってのに、なんであのふたりと出会っちまうんだあ? 老いぼれから紙きれ一枚うばい取るだけの、かんたんな仕事だと思ったのに」
「おれは『竜崎』って名前を見たとたん、いやな予感はしたけどね」
そう言ったのは、ピクルスである。髪を緑に染めた長身の男で、今日は観光客のふりをしているので、トランクス型の水着姿だった。裸になると、けっこうたくましい体であることがわかる。
「
「それにしたって、たまたまあのふたりがプエルトリコの別荘に遊びに来てるなんて……そんな偶然、ありかよ?」
「よっぽど縁があるんだねえ」
太った金髪の男、オニオンが、デッキチェアにねそべってココナツ味のアイスクリームをなめながら、感心したように言う。こっちはアロハシャツを着て、まん丸いサングラスをかけていた。
もちろんみんな本名じゃない。コードネーム(暗号名)で呼び合っているのだ。
「で、どうすんのさ? あのふたりが日本に帰るまで待つ?」
「そうもいかんだろ」とピクルス。「やとい主からは、できるだけ早く手に入れろってせかされてるんだ。〈百年暗号〉を手に入れようとしてるやつが、他にもいるかもしれない。もたもたしてたら横取りされちまう」
「でも、今すぐ乗りこんだら、また夕姫ちゃんたちと一戦交えることになっちゃうんじゃないの?」
「うーん、リーダーはいっぺん、夕姫に負けてるしなあ。それにあのでかい空飛ぶ潜水艦――まさかこの近くにまで持ってきてるのかな?」
「どうなんだろうねえ」オニオンは首をかしげる。「潜水艦を太平洋からカリブ海までこっそり運ぶって、けっこう面倒な気もするけど」
「パナマ運河、通れないからなあ」とピクルス。「で、どうする、リーダー?」
たずねられて、トマトは顔を上げた。いつになく真剣な顔をしている。
「なあ、あたしら、あのふたりに、何勝何敗してる?」
「えーと」オニオンはこれまでのことを思い出した。「最初は知絵ちゃんを誘拐しようとして、夕姫ちゃんにじゃまされたんだよね」
「うん、あれは一敗だな」ピクルスがうなずき、右の人差し指を立てた。
「でも、その次は誘拐に成功した……」
「あれは一勝」ピクルスは左の人差し指を立てた。
「で、宇宙船の中で、トマトのあねきが夕姫ちゃんと戦って負けたうえに、死にかけたところを助けられた……」
トマトの顔が名前のように赤くなった。「あれは完敗だ」
「あれで二敗」と、ピクルスは右の中指を立てる。
「その次は遊園地からバド王子を誘拐しようとして……」
「いろいろ妨害されたけど、最後はどうにか逃げ切れたぞ」ピクルスがじまんして、左の中指を立てる。「あれは一勝だ」
「そのあと、黒い潜水艦におそわれたところを助けられて……」
「あれは戦ったわけじゃないから、勝敗は関係ないだろ」
「ということは……」
左右に二本ずつ指を立てて、カニのまねをしてるみたいなピクルスを見て、トマトは考えこんだ。
「あたしら、あのふたり相手に二勝二敗してんじゃん」
「こども相手に五分五分の戦いって、なさけなくない?」
「ただのこどもじゃない。世界一の天才少女と、世界一の格闘少女だよ。そいつらと対等に戦うって……あたしらけっこうがんばってんじゃね?」
自信がついてきたトマトは、すっくと立ち上がった。
「そうだよ、あいつらはただのこどもじゃない! あたしらのライバルなんだ!」
「ライバル?」
「そう、ライバルは打倒するためにある。このさい、あのふたりとまともにぶつかるべきだ。実力で〈百年暗号〉をうばい取る!」
こぶしを作り、力強く宣言するトマト。しかし、ピクルスもオニオンも、あまり乗り気ではない。
「必要のないトラブルはさけたほうがいいんじゃ……」
「何言ってんだよ! もしここで、戦いもせずに引き下がったら、不戦敗だろうが。二勝三敗になっちまうよ」
「うーん、五分五分もなさけないけど、負け越しはもっとなさけないなあ……」
「だろ? これはプライドの問題だ。あたしら〈ファストフーズ〉が一流の悪人になるために乗り越えなきゃならない試練だよ!」
「そう言われると……」
「そうかなあ」
オニオンとピクルスは首をかしげた。たしかに、十一歳の女の子ふたりにびくびくするのは、一流の悪人のあるべき姿ではないように思える。
「そうなると全力でぶつからなきゃいかんな」
「うん、最新の秘密兵器も持ってきてるし」
「負けるわけにいかねえもんな」
ふたりもだんだんその気になってきたようだ。
「ところで、別荘のほうの監視はどうなってる?」とトマト。
「おっとそうだった」
オニオンはボートの中に入った。コクピット(操縦室)にそなえつけられたテレビの画面をのぞきこむ。
「あっ、竜崎総一郎と虎ノ門次郎が、何か話してるみたいだよ」
「ええっ?」
トマトもあわててコクピットに飛びこんできた。画面には、海岸にある白い別荘の、海に面した広いベランダのようすが写っている。
トマトたちは、まもなく〈百年暗号〉と呼ばれるなぞの文書についての話し合いが、この別荘で行われるという情報を聞きつけた。そこできのうの夜、別荘に忍びこみ、小型の監視カメラと盗聴マイクをあちこちにしかけたのだ。
画面の中では、三人の人物がベランダで、白いテーブルをかこんでいた。大きな体格で、熊のようないかめしい顔をした男の人は、夕姫のお父さんの虎ノ門次郎さん。その横にいるおっとりした感じの美しい女の人は、知絵のママの竜崎七絵さん。ふたりは四か月前に結婚したばかりだ。
その向かいにいる七十歳ぐらいのおじいさんが、別荘の持ち主で、七絵さんのお父さんの総一郎さんだ。〈ドラゴンケープ・コーポーレーション〉という大会社の会長で、大金持ちなのだ。
「ボリュームを上げるんだ!」
トマトが言った。スピーカーから、三人の話し声が流れ出した。
「あのふたり、すっかり楽しんでいるようだな」
ベランダから外をながめ、パラセーリングを楽しんでいる夕姫たちを見て、次郎さんはうれしそうに言った。
「ええ、ほんとに」七絵さんも目を細めてうなずく。「実は結婚する前はちょっと心配してたんですよ。年が同じといっても、あまりにちがいすぎるから、なかよくなれるどうか――でも、その心配はなかったようですね」
「うむ。まるで双子のようになかがいい」おじいさんの総一郎さんも満足そうだった。「見ていて楽しいな」
総一郎さんは次郎さんと七絵さんのほうに向き直った。
「なかがいいといえば、おまえさんたちもうまくやっとるようだな」
「は、はあ」
ふたりは照れ笑いをした。七絵さんはともかく、熊のような次郎さんが顔を赤くして照れている姿は、なんだかおかしい。
「不似合いなカップルかと思ったが、そうでもなかったようだな。特に次郎さん、あんたはなかなかりっぱな人らしい」
「恐縮です」次郎さんは頭をかいた。
「冒険家としての経歴は調べさせてもらった。世界各地の秘境や遺跡を回って、多くの発見をしてきたそうだな」
「ええ、まあ」
「父親のわしから言うのもなんだが、七絵の考古学者としての才能もたいしたものだ。もちろん知絵の才能もすばらしい。おまえさんたちの頭脳を合わせれば、この世に解けない謎はないのではないかな」
「いや、そんなおおげさな」
「実はな」総一郎さんは急に声をひそめ、身を乗り出した。「おまえさんたちに来てもらったのは、相談したいことがあったからだ」
「というと?」
「次郎さん、あんた、マヤ文明についてどれぐらい知ってるかね?」
マヤというのはかつて中米に栄えた古代文明だ。今のメキシコ、グアテマラ、ベリーズなどのあちこちに、マヤ文明が作ったピラミッドや天文台などの遺跡がたくさん残っている。高度なカレンダーや天文学の知識を持ち、すぐれた美術品もたくさん作っていて、一千年以上も繁栄を続けたが、なぜか一五世紀ごろにほろびてしまった。森を切り開いたために起きた環境破壊のせいだとか、異常気象が続いたせいだとか言われているが、原因はまだはっきりしていない。文字などの記録が少ないため、わからないことが多いのだ。まさに謎の文明である。
「ティカルとかチチェン・イツァの遺跡には行ったことあります」と次郎さん。「あと、コパンとかラマナイとかアルトゥン・ハとかも」
「マヤの伝説とかにもくわしいかね?」
「まあ、ひととおりは」
「では、
「もちろん知ってますとも!」次郎さんは目をかがやかせた。「二十世紀の前半に活躍した、日本の誇る探検家です。ぼくの大先輩ですよ。太平洋戦争の直前、中米のパラサ国のジャングルを探検に出かけて、消息を絶ったんです。死んだと思われてたんですが、戦後になって、パラサの田舎町にふらりと姿を現わし、数年後に病死したとか」
総一郎さんはうなずいた。「さすがによく知っとるな。では〈百年暗号〉については?」
「白石昭彦が死の直前に残したとされる暗号ですね。マヤ文明の未発見の遺跡の位置をしるしたとされているもので、あるパラサ人の一家が代々保管してきたけど、今までだれも解いたことがない。百年たっても解けないことから、〈百年暗号〉と呼ばれるようになった……」
「うむ、そのとおりだ。しかし、最近になって、もっとふしぎなことが判明した」
「なんですか?」
「これだ」
総一郎さんはノートパソコンを起動させ、画像ファイルを開いた。鉛筆で紙に描かれた絵で、紙が変色しているところを見ると、かなり古いもののようだ。矢印や丸や四角などの図形が組み合わさった、なんだかさっぱりわからないものだった。
「これは白石昭彦が残したノートだが、その中にこうした意味不明の図形がいくつも見つかった。それを分析してみると、いくつも奇妙な発見があったのだ。たとえばこれだ」
総一郎さんは一枚の絵を見せた。中央に大きな丸があって、そのまわりを九つの円がとりまいている。円のひとつひとつに、小さな丸がくっついていた。
「これは太陽系の図だ。中央の丸が太陽で、周囲の小さな丸が、太陽を回る九つの惑星。水・金・地・火・木・土・天・海・冥……」
「まだ冥王星が入ってますね」
七枝さんが言った。冥王星は一九三〇年に発見された。当時は太陽系の九番目の惑星ということになっていたが、二〇〇六年の国際天文学連合の会議で「準惑星」に分類されることになった。だから今では太陽系の惑星は八つだ。
「土星にはちゃんとリングが描かれている。しかし、よく見てごらん。木星、天王星、海王星にも、細いリングが描かれているのだ」
総一郎さんはそのひとつ、天王星を指さした。なるほど、縦向きの細いリングが描かれている。
「ほら。天王星はほかの惑星とちがって、自転軸が約九十度も横倒しになっている。だからリングも縦に回っているのだが、それがちゃんと描かれている」
「え? ちょっと待ってください」と七絵さん。「天王星にリングが発見されたのは……」
「一九七七年。白石昭彦が死んでから、約三十年もあとだ。木星のリングは一九七九年。海王星は一九八四年……」
「そんなバカな!」
次郎さんと七絵さんは、食い入るようにノートパソコンの画面を見つめた。総一郎さんはべつの絵をふたりに見せた。何本もの線がからまり合った、あやとりのような図だった。
「これを物理学者に見せたところ、最新の物理学が解明したニュートラリーノ粒子の構造だとわかった。もちろん、白石の時代にはまだ発見されていないものだ」
「そんな……これはりっぱなオーパーツじゃありませんか!」
オーパーツというのは、「その場所にあるはずのない工芸品」という意味で、その時代の技術では作れそうにない高度な知識や技術で作られたもののことである。マヤの水晶ドクロ、イースター島の巨石像、バグダッドの電池、ピリ・レイスの地図などが有名だ。
「ニセモノじゃないんでしょうね?」
「鑑定結果によれば、紙も鉛筆もまちがいなく百年以上前のものだそうだ。筆跡も白石のものと一致している。もし白石が予知能力者でないとしたら、当時の地球人が知るはずのない情報を、いったいどこで知ったのか……」
「まさか、宇宙人だとでも?」と七絵さん。
「いやいや、あながちバカにはできん話だ」次郎さんは腕組みをした。「マヤ人は高度な天文学の知識を持っていた。彼らに文明を教えたのは宇宙人だったという説もある」
「白石は、自分が発見した遺跡がどんなものかを、死ぬまで誰にもしゃべらなかったそうだ」と総一郎さん。「遺跡の位置を暗号で書いたのも、『人類が知るにはまだ早すぎるからだ』と言っていたとか」
「ということは、宇宙人の遺跡がパラサのジャングルのどこかにあって、白石はそれを発見した……?」
総一郎さんの目が楽しそうに光った。「だとしたら、大発見だとは思わんかね?」
「思います、思います!」次郎さんはすっかり浮かれていた。「もし宇宙人の遺跡が見つかれば、ほかにも現代科学を上回る秘密が隠されているかもしれないわけですし」
考古学を知らない人なら、「遺跡なんて、とっくに衛星写真や航空写真で見つかってるんじゃないの?」と思うかもしれない。しかし、ジャングルの中の遺跡は、樹木の葉で覆い隠されていて、空からは見つけにくいのだ。実際、二十一世紀に入ってから見つかった遺跡はいくつもある。
「あ、でも、その遺跡の場所を知るには、〈百年暗号〉を解かなくちゃいけないんですね」
「そうなんだ。実は〈百年暗号〉の実物が、まもなくここに来る」
「えっ、ほんとですか?」
「うむ。代々、〈百年暗号〉を保存していた家の女性に話をつけて、今日、暗号の実物を持ってきてもらうことになった。これまで〈百年暗号〉がだれにも解けなかったのは、オリジナルではなかったからではないかと思ってな。紙に秘密が隠されているのかもしれない。あんたにそれを見てほしい」
次郎さんは総一郎さんをじろりとにらみつけた。
「わざわざぼくたちをプエルトリコに呼び寄せたのは、単なる観光目的じゃなかったんですね?」
「だましたのは悪かった。しかし、この情報は秘密にしなくてはならなかったのだ。もしだれかに知られたら、盗まれるかもしれんからな」
すでに〈ファストフーズ〉に秘密をかぎつけられ、ねらわれていることを、総一郎さんはまだ知らない。
「ご主人さま」テーブルの上のインターホンから、メイドさんの声がした。「ステラ・イグナさまがおいでになりました」
「おお。待っていたぞ。ここにお通ししてくれ」
まもなくベランダに現れたのは、背の高い女性だった。白いズボンに白い半そでシャツ、髪はちぢれていて、肌はミルクチョコレートのような色。男みたいながっしりした体格をしているが、けっこう美人だ。
その腕の筋肉と陽に焼けた肌をひと目見て、次郎さんは「この人はよくアウトドアで暮らしてるな」と見抜いた。次郎さんも世界中の秘境を歩き回っているから、同類はすぐにわかるのだ。
「ムチョ・グスト(はじめまして)」女性はスペイン語であいさつした。
「おお、よく来てくださった」
総一郎さんは女性と握手した。
(ここから先、四人はスペイン語で話していると思ってほしい)
「次郎さん、こちらがステラ・イグナさん。代々、〈百年暗号〉を守ってきたイグナ家のかただ。ステラさん。こちらがわしの娘の七絵と、その婿の次郎くんじゃ」
「よろしく」
「はじめまして。有名な冒険家のジロウ・トラノモン氏にお会いできるとは光栄です」
三人も握手を交わした。
「では、さっそくですが、実物を……」
「はい」
ステラさんは持ってきたブリーフケースの中から、大きな封筒を取り出した。そこからさらに、一枚の古ぼけた紙を取り出す。文庫本ぐらいの大きさの紙で、数字がびっしりと並んでいた。
20198962536008595333670708-65507151601
1531918536626797889195339085953-3909150615
8084918923053160189199207089234-70616
2834419207162508530601535008679202-62
70089213529430815307087328740807921904-50705
843082563070801891956-607920605
19476808927408199231713753-1305
161501495492280667923407343908-63
「これが……」
「〈百年暗号〉……」
次郎さんと七絵さんは、興奮してその紙をのぞきこんだ。
一方、隠しカメラでそれを見ていたトマトたちは、もっと興奮していた。
「やったあ!」
「本物の〈百年暗号〉だぜ!」
「よっしゃあ!」
トマトはガッツポーズを作った。
「あれをいただきに行くよ! 〈ファストフーズ〉、出動だ!」
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