私と彼の七通の手紙
天野雫
一通目 私と彼が託した手紙
――
ザアザアと電話越しに注ぐ雨と共に聞こえた声がそう言った時は、タチの悪い冗談だと思っていた。私は半ば本当のこととは思えずに、言われるがままにタツキのお母さんが電話で言っていた病院へ向かった。
病院の受付でタツキの名前を言うと、看護師さんの表情が一気に暗くなった。そして私は、白い部屋の白いベッドの上に横たわる、青白く冷たいタツキに再会した。
まるで自分がドラマのワンシーンに紛れ込んでしまったかのようだった。それほど、私は私を客観的に捉えていたのだ。
その一方で、これはタツキがいつものように私を楽しませるために仕掛けた、趣味の悪いちょっと行き過ぎたドッキリなのかもしれないと、心のどこかで願ってしまっている自分がいた。
「
呆然とタツキを見ている私に、タツキのお父さんとお母さんは寄り添った。
私は、これがタツキが好きだったドッキリでもサプライズでもないことを、確信してしまった。
「交通事故で……。でも、綺麗な顔、してるでしょう?打ち所が悪かったんですって……。なんでっ、なんでタツキが、あぁ……!」
そう言いながら泣きじゃくるタツキのお母さんを、タツキのお父さんは、涙を必死にこらえながら目を強く見開いて支えていた。
昔読んだ小説の中で、一年間同棲していた恋人が、病気で逝ってしまった時、残された片割れの恋人は確かずっとずっと涙を流して喚いていたけれど、三年間同棲した恋人を失った私は、その事実が現実に起こったことであると感じることがどうしてもできなくて、一滴の涙も流せずに、ただ茫然と、そこに立ちすくんでいた――。
*****
「……ミユ先輩」
私に話しかけてきたのは、タツキが一番かわいがっていて、よくうちにも遊びに来ていた大学の後輩の
「アツヒコくん……。今日は来てくれて、ありがとう」
アツヒコくんはタツキと一番仲良くしていたから、さっきメールを送ったのだ。そうしたら、一時間も経たずに駆けつけてきてくれた。
「本当に……タツキ先輩は、バカだ」
アツヒコくんの目は、部屋を出てきてからは赤く充血していた。アツヒコくんは、よく笑う。だからきっと、よく泣くこともできるんだろう。
私とは、違う。
「ミユ先輩、これ……先輩の誕生日に渡してくれって、タツキ先輩から預かっていたものなんです」
「なに、これ……?」
アツヒコくんが私に差し出したのは、空色の封筒だった。表には、“
「誕生日はまだだってこと、知ってます。……だけど、こんなことになっちゃったから、今渡しておきます」
私の誕生日は、確かに一週間後。もうすぐだった。毎年、タツキは私のために小さいものから大きいものまで年には寄るが、サプライズをしてくれていた。二十歳の時のサプライズは、一生忘れられないほどのものだった。社会人一年目の時のプレゼントは、高価なものだった。去年は、ネタが尽きたのか、ホールケーキを顔面にお見舞いされた記憶がある。
だから、その一種なんだろうと、それを見て思った。
「伝言です。俺たちが出会った場所で。ミユの優しいところが好きだ。――そう、タツキ先輩は言ってました」
「……」
アツヒコくんが言っている言葉の意味が何を指すのかは全くわからなかったけれど、この手紙を読めば、何かわかる気がした。
*****
ミユへ
27歳、おめでとう!ミユとは高校3年生の時に出会って、もう10年一緒にいるんだね。そう考えると、長いな。笑
今年の誕生日プレゼントは……例年通りサプライズです!俺たちの思い出の場所に、五つの手紙を隠しました。最後の手紙と一緒にプレゼントは置いてあります。
俺は、ヒントは出しません!だから、俺には聞かないでね笑 自力で思い出して!
さあ、ミユ。スタートだ!
タツキ
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