第7話 泣き虫癇癪魔女
城を思わせる巨大な建物、人類連合アリノヒフキ支部の霊安室横のベンチで、少女が泣いていた。赤い髪の女が彼女を膝に乗せ、一生懸命に宥めている。
重傷隊員の治療にと支部に呼ばれた魔法使いのその少女は、患者の様子を見て一言「私より、お坊さん連れてきた方がいいと思う」と言って、同席していた士官にしこたま怒られたのだった。
「くすん、くすん……ひどいわ。私、本当のことを言っただけなのに」
「アメリア。あんた、本当のことを言ったから怒られたんだよ」
ぐずっている少女の頭を、赤い髪の女ががしがしと撫でる。
「泣くな泣くな、あんたもう立派な魔女でしょう」
「だけど、グレイシー。私、頭が空っぽの、声のでかいムキムキに怒鳴られたのよ。八つ当たりだわ。こんなひどいことってないわ。私、すっごく怖かったんだから」
「ああ、そうだね。腹いせに、そいつの頭髪を一本残らず溶かさなければ、あんたは良い子だったんだけどねえ」
アメリアは、患者が手遅れだったことを悲しんでいるのではない。
それを指摘して、「それでも何とかしろ。それがお前らの役目だろうが」と大人の男に怒鳴られたことに泣くほど憤っているのだ。
「ちゃんと、治る怪我の人は治したのに……」
グレイシーには、アメリアの怒りが分かった。しかし、士官たちの気持ちも察していた。
彼らは、助からなかった仲間にも治療をしてやりたかったのだ。だから、そんなことは無駄だと主張するアメリアに見捨てられたような気になって、やり場のない激しい悲しみを彼女にぶつけたのだった。
一般的に、魔法使いには常識の通じない変人が多いとされている。
魔法自体に、術者の適正が大きく左右される上、青春のほとんどを難解な呪文の勉学に捧げ、術を練り、それでも世界の真理を書き換えることが出来る者は、ごく一握りである。
また、それらの一連の修行を「さほど苦労せず」こなしてしまう天才たちにとって、大衆派の掲げる倫理や道徳は、極論を言えば役に立たないのだった。故に、社会生活に適合できない者も多い。
グレイシーは、人類連合に属する魔法使いで、アメリアの教育係だった。
アメリアは、まだ十歳の少女であったが、既にその能力の高さを買われていた。 彼女が得意とするのは、生き物の血肉に働きかけ、細胞を活性化し、急速に傷や病気を治癒する医学魔術だった。医学魔術を習得した魔法使いというものは、その能力の特異性から魔法使いの中でも更に人口が少なく、常に人手不足の状態にある。そして現在、アリノヒフキ支部では、彼女を必要とする事態に陥っていた。
「はい、ドーピングドーピング」
グレイシーは、キューブ型の小さなチョコレートをアメリアの口に押し込んだ。
アメリアは大人しく咀嚼する。
グレイシーは、やっと落ち着いてきたアメリアをみて、ほっと胸を撫で下ろした。
「……ねむい」
「寝ちゃえ寝ちゃえ」
するとアメリアはベンチにごろりと横になり、グレイシーの腿に頭を預けた。アメリアのしめ縄のように太い三つ編みがほつれていたので、グレイシーは髪留めをほどいて丁寧に編み直しはじめる。
彼女にとってアメリアは初めての部下であり、妹のような存在だった。
アメリアは、幼いうちからまわりの友人たちに馴染めず、知識の中に閉じこもっている少女である。実の親ですら、彼女に手を焼いた。彼らはあくまで、アメリアに「普通」であることを強要した。
しかし、アメリアにはその普通がなんなのか、今でも分かっていない。そのためか、彼女の情緒には未熟な部分があった。
魔法とは、何よりも「普通」から大きく逸脱した術である。
まだ魔族と人間が入り乱れていた時代、その危険性から魔法は最大の禁忌とされ、多くの魔女や魔法使いが迫害されてきた。この頃、普通の人間に復讐するために魔族と契約したのが、呪術師たちであると言われている。
自分たちは、呪術師とは違う。
魔法使いの孤独と誇りは、魔法使いにしか分からない。
似たような境遇で育ってきたグレイシーは、せめてアメリアを可愛がろうと思った。いつかこの子が一人になっても生きていけるようにと。
一方でグレイシーの頭には、アメリアが押し付けられた無理難題が引っかかっていた。
いかに優秀な魔法使いといえど、死者を蘇らせることは出来ない。
死とは、すべての生き物に与えられた、ただ一度きりの権利である。それを覆すことは、決して赦されないのだ。
「……はあ」
グレイシーはため息を吐く。
何でもかんでも、魔法を使えば叶うと思わないでほしい。自分も、何度これに苛立っただろう。
魔法に理解のない人種というものは、一様に魔法に夢を見すぎている。魔法使いと、そうでない者の意識の間には、大きな溝がある。すべては無知からくる誤解だ。
今日、凶悪な大量殺人犯を捕えるべく作戦に挑んだ隊員が、返り討ちにされた。 魔法や兵器を扱えるのは、何も連合に関係した組織だけではない。無資格無許可でそれらを悪用する者は、それこそ蟻のようにいる。
連合は常に、警察では手に余る犯罪者達を相手取り、命掛けで戦っていた。機密保持のために、事件自体が公になることは少ない。そういう仕事だった。
何人もの隊員が死に、今はその家族が霊安室で泣き崩れている。時間は深夜だったが、廊下にはたくさんの人が行き交っていた。
誰とかの弔い合戦だという、生き残りたちの雄叫びまで聞こえる。
グレイシーは、その不穏な熱に巻き込まれたくないな、と思った。後方支援だけがいい。出来る事なら最前線には立ちたくない。
犯人は未だ、逃亡を続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます