第4話 初めての事件

 二人で16課の部屋を出る……あれ? どっから来たっけ?

「どうした? まさかわからないのか? 来た道?」

 く、悔しい。でも、仕方ない。私の方向音痴だけは治らない。


「保管室は?」

「はあ?」

「証拠のですよ。証拠の検証からしたいんで」

「たくっ」

 面倒なんだろうな。御守りだもんね。これって。

 すたすた前を行く桜田さん。あーもー。背広の感じが現場駆けてた感がすごいするな。


 どうやら保管室と16課は同じ扱いなんだろうすぐに着いた。

 が、あれ?

  ガン ガン

  鍵かかってますが?

「あの、桜田さん、鍵が」

「大事な証拠だ鍵ぐらいかかってるだろう。鍵取りに行くからお前はここで待ってろ」

 これって私を連れて歩くのが嫌だったからなのか、保管室に保管されてる証拠を取り出す機会が少なすぎて本当に鍵のこと忘れてたのか。……どちらもありえる。


 待ってる間に再確認。この事件は五年前からはじまる。中鳥公園という大きな公園の周辺で連続で起きた刺殺いや、殺人は一件も起きていない。ただ被害者が刺されるという傷害事件。そして、犯人が被害者の携帯電話で通報する。襲った後から倒れている被害者の口元に通報番号をかけてから携帯電話を置いて逃げて行く。犯人は一様に黒のパーカーにフードをかぶっていて黒のジーンズそして黒の手袋をしている。


 事件は秋から冬のはじめまでの間に二、三件起こりその後はなくなる。が、また翌年になると起こるのだ。そして、この事件の異常性は傷害事件そのものよりもその後に起こる一連の犯人の被害者に対する行為があげられる。被害者が被害届けを毎年のように出し続ける。被害の後、誰かがずっとつけてくるというものだった。黒のジーンズに黒のパーカーにフードをかぶった男が。一番最初の被害者は被害妄想として処理された。が、それが何件も続いていくにつれて警察も被害妄想では片付けられなくなった。


 この事件が未解決に入れられたのは二回。一回目は冬から次の年の秋までの間に何も起きず進展もなかったから。そして、二回目は、去年被害がなかったからだ。しかも、被害にあった被害者からの付け回されているという被害届もその時を境に一件も出なくなった。


 いったい犯人はどうして刺した被害者を助け、生き残った被害者をつけまわすという嫌がらせを続けていたのか。さらに、それを三年続けていたのになぜ急にやめたのだろう。

 いろいろな推測が飛んだが、結局、証拠も証言も確固としたものどころか容疑者さえ浮かばなかった。被害者は男女性別も年齢もバラバラで共通項がなかったからだ。うらまれる相手もかぶることはなかった。

 一番の謎は犯人像だった。被害者が生きているんだから証言も取れるはずなのに、一致したのは男性だという事だけだった。背丈から顔、声まで違っている。追いかけてくる人物はそれぞれの犯人像でそれもみな違っていた。警察が何度か黒のパーカーの男を捕まえるが被害者はみんな違う人物だと答えた。

 黒のパーカーにフードを被って歩いていただけで、捕まえるのかと騒がれ釈放するしかなかった。


 一見何の事件なのか、そしてなぜそうなったのかわけがわからない事件である。犯人を捕まえ、証拠を突きつけるなんて難しいことのように思える。そう犯人を特定して、そこにだけ焦点を絞り、他の証拠を排除することによって、犯人は浮かび上がる。



  そうして手帳を開いて事件を整理していたら桜田さんが来ていた。

「ほら。受け取れ!」

 あ、ダメ!

 ガシャン

 桜田さんの投げてきた鍵の束は私が慌てて差し出した手をすり抜けて私の足元に落ちる。

「おい!」

「苦手なんです。受け取るの」

「はあー」

 わかってますよ。得意な人にはなんでもないことなんでしょ。私はしゃがみ鍵を拾う。えーっと、鍵の束からここの鍵を探す。

 ここ以外にも保管室はたくさんあるみたいだ。鍵の束を見ればわかる。桜田さんはわざと、ここにこの部屋の前に私を連れてきている。なんの、いつの事件を私が調べてるのかちゃんと見ていたんだ。あの、模型を作成しながら。


 あった、これだ。鍵を使い開ける。

 ドアを開ける。この事件が最後にあったのは一昨年だし、それからしばらくは捜査を続けていたんだから、ずっと閉められっぱなしにはなっていたがまだ新しい感じがする。もっと古い事件は凄いことになってるのかも。


 と、それよりも証拠だ。番号に振り分けられた棚を探して行く。桜田さんは入り口の隣の壁にもたれかかり鍵をカチャカチャいわせて遊んでいる。ありました。箱は事件の数あったので次々と床に置いて中を確認して証拠品を取り出して行く。と、不意に背後に気配が。

 はっと振り返ると桜田さんがバインダーを私の背中にグイグイ押し付けてくる。そのバインダーを奪うようにして受け取り見る。保管室持ち出し記録書だった。はいはい。書きますよ。さっき無造作に出した証拠品のナンバーと日付と持ち出した人、部署と書いていく。

 桜田さん私と会話する気なしですか?


 全ての箱を元に戻し証拠品をカバンに詰めて行く。

「どこ持ってくんだ、そんなに?」

「証拠品を鑑定してくれる場所ですよ」

「鑑識に行くのか?」

「はい。お願いします」

 桜田さんは諦めたように電気を消して行く。ちょっとまだ私が中にいるのに!

 私が慌てて出ると桜田さんは鍵を閉めて、かかっているか、確認している。

「いくぞ!」

「はい」



 鑑識いいなあ。地下じゃない。空が見えるよ。モグラになった気分だよ、あそこ。そりゃあ、くすぶるね。

「その奥だ。俺はこれ返してくるから、鑑識にいろよ」

 すぐ迷子になる子ども扱いだよ。まあ、あんまり違いないんだけどね。それに鑑識をすぐに去る気はないよ。

 奥まで行ってそこの扉を開けようと手を伸ばしたら、あ、開いた。自動なんですけど、扉。何これ、この違い。

 中は何人もの人が動き回ったり何かを入力したり、結果待ちなんだろう、暇そうにしてる人もいる。その人に話しかける。

「あの鑑定して欲しい証拠品があるんでお願いしたいんですけど」

「君、新人? じゃあこれ、ここ全部書いて上司の判子もらってきてね」

 そう言い置いてそそくさと奥へと消えて行く。

 後ろで扉が開く音がする。

「只野、鑑識に出しても一月以上かかることもあるぞ。新しい事件にもってかれるからな」

 なんか桜田さん急に饒舌になってるし。

「いえ、これは早く解決したいんです。たくさんの被害者の為にもまた秋がくる度に苦しむ。長袖の時期には怖くてたまらないでしょう。毎日を怯えて暮らさないといけない。一刻も早く解決したいんです」

「お前なあ。言い切るが鑑識に出したからって解決するようなら、今頃解決済みだぞ」

「視点が間違っていたら?」

「はあ?」

 と、私は渡された紙にどんどん書き込んで行く。

 最後にっと。宮野課長のハンコを押す。

「お、おい、お前!」

「どうせ、話したら折れるんですから、先か後かの違いですって」

 私はそれをカウンターに置き、そこからでは見えない人物に話しかける。

「涼、涼!」

 機械で見えなかった顔が出てこちらを見て手をあげ、ほんの少し気まずそうな顔のままこちらに来る。

「唯、大きい声で名前で呼ぶなよ」

「いいじゃない。今さら佐伯君って」

「そうなんだけど。職場なんだし」

「わかった。じゃあ、佐伯君お願いします」

 と私は証拠品と鑑定依頼書を渡す。

 涼は鑑定するものと依頼書を持って見比べてた。

「一時間後にきて、只野さん」

 と、笑って言った。

「わかった」

 振り向き扉を出る。

「おい、お前鑑識に知り合いがいるのか?」

「ええ、大学一緒だったんで」

「彼氏なのか?」

「桜田さん彼女は?」

「は?」

「という訳で、答える必要は感じません。戻りましょう」

「自分じゃ戻れないくせに」

 どうせ戻れませんよ。

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