【完結】世界の終わりの終わり〜雪が降る〜

日向ナツ

第1話 待っているのは

 スーパーの裏手で少女が一人、積まれていたダンボールとたわむれている。こう聞けば小学生かと思うだろうが実際には。真っ黒なストレートの肩にかかるぐらいの髪に色素の薄い瞳、透き通るような白い肌。整った顔立ちで一人黙々とダンボールと格闘している様は異様だ。

 ここはスーパーの裏手、その少女の姿を誰かに見られてはいない。そう思って日頃の鬱憤でも晴らしているのか少女は元気にはしゃいでいる。

 そこへ高校生のグループがやって来た。六人の男子高校生はこのスーパーのアルバイトではない。裏手に来るなり丸くなって何かの相談をはじめた。

 と、少年たちはさっきと変わらずにはしゃぐ少女の存在に気づいた。少女は声はあげてないもののダンボールを踏み荒らす音が盛大に聞こえてくる。

 少年達は目配せをして少女に近づいて行く。


「何しーてるの?」

 その中一人が少女に声をかける。気づけば少女は少年達に囲まれてる。

「待ってるの」

「何を?」

 先ほどの少年はニヤついた顔で聞き返す。

「何の?」

 少女の答えは一つも答えになってない。

「開始のよっ!」

 と言って少女は六人の少年達の一人に近づきズボンの後ろポケットからカッターナイフを取り出した。

 その瞬間に少女はその少年に言う。

「ちょっと借りるね。佐伯君」

「な、なんで……」

 僕の名前をという言葉が出る前に少女はさっきまで話をしていた少年の方を向き、カチカチっとカッターナイフの刃を出してさっとの腕を切りつける。

 少年達がざわめいた。少女が突然、の腕を切りつけたのだ。訳がわからない。

「な、なにしてるんだよ!」

 自分達が今さっきまで少女を取り囲んでいたことなど忘れて言葉が出る。

「あなたは左利き、はい」

 と最初に少女に話かけた少年の左手にまるで握っていたかのようにカッターナイフを置き、握らせる。

 そして、すぐに悲鳴をあげる。切り裂くように夕方のスーパーの表にも聞こえる声で。

 少年達が慌てている横で少女は自分から自らのシャツの前を手で握り、ボタンを引っ張り弾き飛ばした。さっきから少女が遊んでたので辺りはまるで乱闘していたかのように見える。

 その間も少女は悲鳴をやめない。やがて悲鳴を聞きつけた人がやってくる影が見えた。少女は先ほどポケットにカッターナイフを持っていた少年、佐伯に抱きつく。

「ねえ。私に協力しない? 彼らは私を襲った。あなたは除外して私を助けたことにするから」

「え、でも」

 と言っている間に辺りは人だかりとなっている。やがて人々の口から警察という言葉まで出てきた。

 少年は覚悟したように少女に言った。

「わかった。あの、だから……その離れてくれない?」

 そう言って佐伯は少女の手を取る。

「ダメ。これがあなたを除外する方法なんだから。あなたは私を助けようとカッターナイフを私に渡したの。いい?」

「あ、うん」




 騒ぎに気づき逃げようとした少年達はすぐにその場にいた人達によって取り押さえられ、その後に来た警察官に一人残らず連行された。少女が抱きついていた少年もそして少女も。

 その場にいた人々は警察官に語る。それぞれの目撃談に交えた妄想を加えて。

 少年達の証言は所々違っていたが、カッターナイフを取り出し、腕に傷をつけたのは少女自身だし、服もダンボールも彼女の自作自演だと主張した。ただ一人の少年、佐伯以外は。佐伯少年は襲われそうになった彼女に同情して持っていたカッターナイフを彼女に自衛の為に渡したがすぐに奪われて宮崎に切りつけられ、服を破られたりと暴れまわったせいでダンボールが踏み荒らされたと語った。

 少女の証言も佐伯少年と同じものだった。目撃者達の証言は憶測の域を出ていないが、一応宮崎がカッターを持っているところ、少女が佐伯少年に抱きついていたこと、そして現場の乱れている様子が語られてる。どうしたものか困っていると、それぞれの保護者達が集まってきた。

 案の定、どういうことか問いただされて署内は騒然となる。少年達の通う学校は進学校だったので保護者達はこういう事態に慣れていない上に、まさか我が子がとなるのも当然のことだった。



 そのさなかに、勢いよく入り口から入ってきた男性がいる。今度は誰の保護者だ? とウンザリしていた警官たちが応対に出る。

「お子様のお名前は?」

「只野だ。只野唯だ。腕を切られたと聞いたが病院には行かせてないのか?」

 これはまた一段とややこしい存在が来た。被害者である少女の父親だ。

「いえ。病院で手当をした後に、自分で証言したいと言ったので、署の方にきてもらいました。腕の怪我はたいしたことはありません。とのことです」

「娘に会わせてくれ」

 加害者ならばいろいろ問題が出るが、被害者を家族に会わせないわけにはいかない。



「あ、お父さん」

「お父さんじゃない。いったいお前はあんなところで何をしてたんだ?」

 そう、一番の疑問は自宅からも通っている学校からも遠いスーパーの裏手で彼女が何をしてたのかだ。

「文化祭で使うダンボールがいっぱいもらえそうなところを探してたの。あそこなら学校から近いかと思って」

「全く。近くないぞ」

 そう、彼女の説明の最大の矛盾だ。

「それがいろいろ探してるうちに方角にさっぱりわからなくなって、でもあそこすごいダンボール多いからダメかなとか考えてたの」

「迷子になるな、その年で」

「ごめんなさい」

 彼女の学校に問い合わせると確かに文化祭用のダンボール調達係りの担当に彼女はなっていた。

「なんでこんなに時間がかかってるんだ」

「納得してくれないの。相手と証言が違うって」

 父親はギロっと睨んできた。

「話せますか?」


「これは失礼しました! 仮谷かりや署の署長でありましたか」

 その場にいた者全員氷つく。少女の父親は警察署長だった。

「さっき伺った娘の話と少年達の話は、確かに違うが取り押さえるまでに時間があったんだろう。向こう側が話を合わせてきたんじゃないのか? 娘と娘に力を貸した少年は今まで知り合う機会もなかったし、今日はじめて会ったんだ。初対面だぞ。いくらなんでも少年と娘が証言を合わせるには無理があるんじゃないのか? 少年達は同じ学校の同じクラスでしかもあそこにも一緒に行ったんだろう? 早く唯を家に帰してもらいたい。襲われた上に怪我もしてさらに尋問攻めとは」

「いえ、尋問攻めになんて。ただの事実確認です。少年達の話と違いすぎるので。あそこにいたのも……」

「あいつは昔からの方向音痴で、まだ学校のそばだと思ってたんだろう」

「そうですね。お時間かけまして申し訳ありませんでした」



 ***



 と、父の鶴の一声で話は決まった。被害者の話ともう一名の目撃者の話、これで信じると思ってたんだけど、意外に警察は賢かった。が、なんとか丸く収まった。彼らは暴行容疑で捕まった。佐伯君以外はね。



 さて、そろそろの話といこう。


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