繰再のアウディーティオ

逆 海月

0章

 そこには枯れた草がまばらに生え、所々に雪が残る荒涼こうりょうとした平原が広がっていた。空は雲に覆われて薄暗く、遠くには頭に雪を被った大きな山がそびえる。

 寒さが支配する物寂しい平原に、山を背にして二人の男が立っていた。

「ほぉー。ざっと、ゴブリン三千、ウェアウルフ三千、オーガ二千ってところか?」

 その内の一人、身長が二メートル以上はある筋骨隆々の大男が、あごの髭を擦りながら右隣に話しかけた。大男の吐いた息が、白くなって後ろに流されて行く。

 大男は短い茶髪で、毛皮の服を着込んでいる。左手には、打撃部が暗緑色の金属で造られた、巨大な戦鎚せんついを持っていた。

「……それと、空にガルグイユだ」

 隣に立つ漆黒の鎧に身を包んだ男が、空の彼方を見渡しながら応える。顔までかぶとで覆い隠されており、表情は分からない。身長は大男の肩くらいまであり、右手に純白の布が巻かれた片手剣を、左手に深紅のオーラを帯びた黒色の片手剣を持っている。

 二人の前は緩やかな長い下り坂が数百メートル続いており、その先には、黒い敷物を広げたかの様なモンスターの大軍勢が布陣していた。そして空には、いくつもの黒い点に見えるものがこちらに向かって飛んできている。

 二人がそれらを余裕な様子で見ていると、モンスター達の挑発する咆哮ほうこうと、足を一斉に踏み鳴らす重音が響いて来た。

「いいぞ、いいぞ! そうこなくちゃな! ちまちま暴れたかいがあったわ!」

 眼前のたける敵に、大男は嬉々として凶暴な笑みを浮かべた。

「フォウォレ、わかっているだろうな? 指揮をる者を狙え。力の差を教えてやるだけでいい」

 鎧の男は、フォウォレに顔を向けるとたしなめた。

「もちろんだとも、アンドラス様」

 フォウォレはそれに対し、わざとらしく一礼をする。

「……まぁいい」

 どうでもよさそうに言い放つと、アンドラスは敵に向き直った。

 二人は、双剣と戦鎚をゆっくりと構える。そして地面を蹴り、猛スピードで敵軍へ飛び出して行った。

 それを待っていたかの様に、敵から大量の矢が放たれる。空を切る音が重奏じゅうそうし、二人に矢の雨が降り注いだ。しかし、二人は一瞬たりとも怯む様子は無く、それぞれ剣とつちの一振りで容易く弾き飛ばす。

 数百メートルの距離をわずかな時間で駆け抜け、敵陣の数十メートル手前まで迫った二人は、弾ける様に左右へ分かれた。

 フォウォレは地面がひび割れるほどの力で踏み込み、オーガの大軍に向かって高く跳んだ。左肩に背負った戦鎚に、バリバリと電流が走る。そして、落下の勢いそのまま、指揮を執る一回り大きいオーガに思い切り振り下ろした。

 凄まじい爆発と共に、強烈な電撃と衝撃波が発生し、地面ごとオーガ達を吹き飛ばす。直径七十メートルほどのクレーターが出来上がり、約二百体のオーガは、跡形も無く一瞬で消し飛んだ。

「さぁぁぁどうしたぁぁ! かかってこいやぁぁぁ!」

 フォウォレはクレーターの中央で、大気を震わす獣の様な声を上げ、周囲のオーガ達を圧倒した。


 一方、アンドラスはゴブリン軍とウェアウルフ軍の目の前へ、構える暇を与えないほどの速さで迫る。

「はっ!!」

 気迫の声と共に、右手の純白の剣で頭上から斜めに斬り下げ、その勢いで体を回転させると、今度は左手の黒剣で下から斬り上げる。そして最後は、双剣を交差させる様に大きく前へ斬り払った。

 一瞬の内に放った三連続の斬撃は、数百メートルも地を駆け抜け、その軌道上の敵を防具ごと切り裂く。モンスター達の断末魔が響き渡り、指揮官を含む六百体に及ぶゴブリンやウェアウルフが、あっけなく倒された。

 ゆっくりとアンドラスは腰を落とし、静かに双剣を構え直した。すると全身から、膨大な深紅のオーラが羽の様に立ち上る。それは、今の攻撃が本気ではないことを物語っていた。

 尋常じんじょうではない威圧感と強大な力を前に、モンスター達はざわめいて動きを止める。アンドラスの姿は、まさに伝承で語られる邪神や魔人そのものだった。

「さぁ、己が終焉と復讐に、こまを進めよう……」

 兜の下でアンドラスは呟く。そして、眼に狂気をたたえて薄く笑った。

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