朝日
男はあらゆる方法で、アタシのスイッチを入れようと試した。しかし、どれも失敗した。そして男は遂に「お前はいつでも壊せるんだぞ」と、笑いながら脅しをかけてきたけど、それも無駄だった。
というかその前に、どうしてアタシは自発的にスイッチが入れられるようになってるんだろう。科学者が人間を嫌うなら、アタシを最初から暴走させる仕組みを作ればいいじゃないか。そう男に問うても、「それでは意味がない」としか言わなかった。
いったい、アタシが納得済みで兵器と化すことに、何の意味があるんだろう。ただ、その男と触れ合うたびに、暴走する気持ちが抑えられていく気がする。どうしてだか、わからないけど。
やがてアタシは、研究所を後にすることに決めた。ここに居続けたって、たいした問題はないけど、出て行きたい気持ちが強まった。もしアタシが破壊兵器として生まれたとしたら、とんでもない問題児だろう。バグの塊だ。それでも、ここを出て行く。ヒトと一緒に暮らしたいわけじゃない。ヒトのことなんて、よくわからない。憎らしいような、愛らしいような。
そしてしれっと夜に抜け出すと、朝方、あからさまにアタシを探すヘリの音がする。アタシは朝焼けに包まれる街角を目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。あんな遅い動きのヘリで見つけることが出来るのだろうか。逆に心配になった。
潮の匂いがする。初めてだけど、懐かしい匂い。アタシは機械だけど、感じることが出来るんだ。相当、性能が良いんだろうな。
海に誘われて、波止場に辿り着く。桟橋じゃない。やがて男も来る。
「どうして抜け出したんだ」
そう聞かれたけど、何と答えていいのかわからない。強いて言うなら、このままあそこにいても仕方ないと思ったから。
「何で海に来たんだ」
懐かしい匂いがしたから。
「どうしてヒトを憎めないんだ」
アナタが憎めてないから?
「そんなことはない」
どうだっていいよ。
「お前、これからどうする気だ」
スクラップにでもされるんじゃないかね。
「そんなこと出来ないよ、危ないし、面倒くさい」
あはは。
「何笑ってんだ」
アナタって、本当は人間臭いのかもね。危ないやつって気がしてたけど。
「人間なんて、大嫌いさ」
そう言い残して、白衣を背に向け去っていった。ヘリの音が遠ざかる。近くで汽笛の音が鳴る。
アタシは、制服姿でヒトリ。周りから見えないように、もう一度駆け出し、一気に海へ飛び込む。スカートが広がる。そしてそこで、あの二人に会った。
Aさん、Aくん。アタシね、アナタたちが羨ましかった。そしてちょっぴり憎かったの。いや、ちょっぴりなんてものじゃないかも。すんごく、憎かった。恥かいた。でもね、あのときの気持ち忘れない。恋しい気持ちを忘れない。二人が、もし作られたモノであっても、二人がアタシ以上の幸せな気持ちを抱けたなら、それもいいかな。
アタシ? アタシもきっと、幸せだよ。幸せじゃないなら、幸せになるよ。ヒトを憎めないポンコツ兵器だったけど、きっとそれはあのヒトがそれを確かめたかっただけだと思う。アタシは利用されたんだ。でも、良かった。アタシにはわからないことが多いから。たぶん世の中、わからないことで溢れてるんだよ。
ヒトはどうして争うの? ヒトはどうして兵器を作るの? ヒトはどうして泣くの? ヒトはどうして笑うの?
明確な答えは出ないとしても、全部壊したら全部なくなるんだ。だったら、その日まで、ずっと考えていてね。
Aさん、Aくん。ありがとう。張り付いた笑顔、ありがとう。無表情に、ありがとう。
「うん」
「ん」
アタシ、海に還る。朝日が、あったかい!
「実験は、失敗に終わったか……何度シミュレートしても、こうなってしまう。オレはあの男と女を、許したつもりはないんだがな」
白衣の男は、窓から差し込む赤い光に目をやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。