夜幕張りについて

さて、夜色インクの存在を知ったからには夜幕張りの存在も知らねばなるまい。

夜の空の色は同じように見えて毎日少しずつ少しずつ変わっているのだ。

その微妙な加減を調合士の加減で変えているのだが、さて、この調合されたインクはそのままでは意味がない。

夜幕に浸し、夜空にするためにそれを空に掛けなければいけないのだ。

この夜幕を張るにも絶妙な加減で張らなければいけない。

夜色インクの調合と同じで寸分の狂いも許されないのだ。

今日はそんな夜幕張りのお話しをしようではないか。


「ふむ、今日のインクはまたなかなかどうして絶妙な色合いだな」

「良い色だろう」

調合士の男は自ら調合したインクに深い頷きをし夜幕張りの男を見遣った。

菫色と桜色が絶妙に交じり合い、その上から深い群青が広がっている。

さて、この色をどのようにしようか。

夜幕をインクに浸す。

静かに静かに浸していく。

幕の端からじわり、と広がっていく菫色に群青が重なっていく。

間には桜色が見え隠れし今日の夜空は格別に美しいことが伺える。

時間が経てばこの群青が全体を覆い深い深い闇が出来上がるのだ。

「さて、このくらいでいいだろう」

出来上がった夜幕を広げて見せる。

他の夜幕張りの作業員たちも手を止めベテランの夜幕張りの仕事ぶりに感嘆のため息を漏らした。

夜幕は一日として同じものはない。

夜が明けるとともに消えてなくなってしまう代物である。

「だからこそ生涯の仕事なのさ」

夜幕張りはそう言って長い梯子を軽快に上って行った。


次回更新日:2016年8月3日

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