ユメとマコトで行く、魔界地底都市がマジヤバイですツアー

荒城 醍醐

第1話 マコトのユメは本当の夢


「メイセキム?」

 後ろの席に座るタカシの説明を繰り返してオレが言う。オレが夢の相談をしてるんだから『ム』っていうのは『夢』なんだろう。

 じゃあ、『メイセキ』って何だ? とか思ってるのが顔に出たのかタカシが追加説明してくれた。

「『頭脳明晰』の『明晰』だよ。はっきりした夢っていうことかな。これは夢なんだって自分でわかっていて、自分の意思で内容が選べたりする夢のこと。ラノベや同人マンガでよく出てきたりするネタ。マコトのその夢は明晰夢だよ」

「ふ~ん」

 名前が分かったからって解決するものじゃない。しかし、名前があるってことは、昔から他の人にも起きていたってことで、研究とかもされているんだろうなぁ、と、ちょっと安心できるってもんだ。

 相談してみるもんだな。持つべきものは、物知りの友人だ。

「ヒーローでモテモテなんだろ。いい夢じゃないか。そりゃあ、眠りが浅いとか、不健康な原因ならよくないかもしれないけど、夢の内容自体は問題ないんじゃないのかな?」

 タカシにそう言って貰うと、なんだか悩むことじゃないような気がしてくる。

 弁当を食べ終わって、外で運動するでもなく、図書室へ行くでもなく、後ろの席のタカシとダベっているオレ、高校二年生の鵜筒真(ウツツマコト)には、昼休みにイチャイチャする彼女もいない。

 持て余してる時間をすこしでも有意義にってことで、最近毎朝見るモテモテの夢になにか意味があるのかな、とタカシに相談してみたわけだ。

「見たい夢が選べるから、同じ夢が七日連続なわけか・・・・・・。なるほどねぇ。ああいう夢が見たいってのは、かなり欲求不満なのかね、オレって」

 タカシに相談したのは、ここんとこ連日明け方に見ている夢の内容についてだ。上半身ハダカの戦士みたいな格好したオレが、水着のような衣装の美女たちにチヤホヤされる夢。

「・・・・・・だけど、案外アレかもな」

 タカシが意味深に真顔で言う。

「アレ?」

「ほら、今話題じゃん。ナントカって財団が英雄の夢を探してるって話」

 流行ってる話らしいのは知ってるが、オレは興味を持ってなかったので内容には疎い。

 テレビに財団の代表とかいう外国人が出てきて「勇者様~!」って呼びかけしたり、「われわれは勇者様をサポートする団体です」と、なにを宣伝してるのかわからないようなCMを繰り返し流したりしてる。なにかの商品やサービスの宣伝じゃなさそうなのに、CMがヘビロテで、ネットでも話題になってるとかなんとか。

「人類を救うとかいう宝探しの話じゃなかったっけ? ボランティア募集中、だっけか?」

 オレの言葉は的外れだったらしく、タカシの真顔ががっかり顔に変わった。

 どうやらオレが内容を把握していることが前提の前フリだったらしい。オチがつけられなくなったのが残念なのかね。そんなにがっかりしなくてもいいだろ。

「おまえなあ、柔道バカもたいがいしとけよ。あれだけの露出なのに疎すぎだよ。ボランティアじゃなくて夢の勇者様募集だよ」

と、タカシ。

「夢の勇者様? そりゃまた強そうだな」

 ただの勇者様でも強そうなのに『夢の』ように理想的なほど強いってことなのかと思ったのだが、これもオレの勘違いだったらしい。タカシが訂正する。

「『夢の』っていっても、寝て見るほうの夢さ。六千年前の英雄が現代によみがえっていて、世界を救う宝剣の場所を示す夢を見て、その英雄にしか抜けない宝剣を抜くって伝説。その英雄をサポートするために生まれた財団が、今話題のやつ」

 もう、ここまで来ると、知ったふりもできないし、お手上げだ。ああ、そうだよ、オレはなーんも知らなかったってことだよな。開き直って相槌を打つ。

「ほーほー」

 オレが疎いせいで、長い前ブリになっちまったな。

「お前が勇者様で、お前が見てるのはその夢かもしれないぞ、ってボケだったの」

「『んなわけあるか!』ってか?」

 剣なんて出てこないし、まあ、六千年前っぽいかもしれないが、チヤホヤされてるだけで敵が出てくるわけでもない。勇者っていうのは敵を倒したからそう呼ばれるもんなんじゃないのか? お宝も出てこないしな。

 出てくるのは、美女たちだ。

 場所はいつも、テラスつきの広い部屋。自動車ほどのサイズの大きな石を隙間無く組み合わせた建物の中で、一方向の壁がなくてテニスコートがすっぽり収まりそうな広いテラスになっているんだ。その向こうには、石造りの都市と、それを囲むジャングルが遠くまでつづいているのが見下ろせる。石はかなり濃い灰色をしていて、どの建物も同じ色をしている。それがジャングルの緑ととてもマッチしている。その絶景を背景に、大きなソファーがあり、見たこともないような果実がテーブルにならんでいて、ソファーには美女が四人寝そべっている。

 この美女っていうのが、タカシの言う明晰夢ってことなのか、オレの好みの美女四人ってことになってる。同じクラスの須藤エリ、うちの高校のマドンナで三年生の風見先輩、グラビアアイドル島崎レナ、そして女優の羽田ミドリ。

 ソファーの座の部分に二人寝そべって、背もたれの上がベッドのように広くなっているとこにも二人が寝そべっている。

 オレがソファーに向かって歩いていくのを待っていて、四人の真ん中にオレが座ると、肩や胸にもたれかかってきて、テーブルの果実やお酒らしい飲み物を勧めてくる。

 んで、四人といちゃいちゃやってると、決まってもう一人現れるんだ。この場に似つかわしくないお堅い表情の女だ。

 黒いショートボブで丸顔。瞳も髪も黒だけど、顔立ちが日本人じゃない。欧米人らしい。

 服装は四人の美女たちと同じでビキニみたいなのにスケスケの長い腰巻姿で、ほとんど肌を隠せない小さなベストを羽織ってる。う~ん、出るべきところのボリュームだけで言うと、この夢の中で彼女が一番だな。

 しかし、夢で見るまでまったく見覚えがなかった顔だ。タレントにも思い当たるような顔はないし。ひょっとして、街中ですれ違うかなにかした相手なんだろうか。顔は別にしても、あの扇情的な体つきなら記憶に残りそうなものだが。

 その女がヅカヅカと歩いてきて、オレになにか冷ややかな言葉を浴びせるところで、いつも夢が覚めるんだ。


「おいおい、今度は白昼夢か?」

 おっと、タカシの声だ。

「あ、いや。夢のことを思い出してて」

 そのとき、制服のスカートの裾の折り目が、サワサワとオレの肘に連続して当たった。

 裾から伸びる白い生足をチラっと見てから、視線を上にやると、まず腕組みしてる腕に乗っかった白いブラウスに包まれた形のいい胸があり、そのさらに上から、須藤エリがオレを見下ろしていた。

「鵜筒クン、つぎの化学の準備当番よ。そろそろ行きましょ」

 まったく、なんて長い足してるんだ、こいつ。

 しかもスカート短すぎだろ。

 タカシの机の上に乗っけてたオレの肘にスカートの裾が当たるって、どんだけだよ。とかいう動揺を隠しつつ、

「ああ」

と平静を装った返事をして立ち上がる。

 さっき、夢の話のときに彼女の名前を出したので、タカシが面白がって後ろから見ているだろうってことは想像できる。

 名前は出さなきゃよかったな。

 別に彼女に気があるって話じゃないんだ。外見とかがいいなって思うってだけで。

 特に脚かな。

 うん、脚だ。


 化学準備室は戸棚の間の通路が狭くて、大勢がビーカーやら試験管やらを一度に取りに入るとぶつかって危なっかしい。ってことで、実験の準備作業は当番制になってる。

 今日の当番はエリとオレで、準備物のプリントを見ながら薬品や器具を化学室にふたりで運ぶわけだ。

 オレが両手いっぱいにビーカーを抱えて持ち上げようとしていたとき、薬品棚から薬品を取り出していたエリが声を掛けてきた。

「鵜筒クンってさあ、最近へんな夢とか見る?」

 あわてたオレは、ビーカーを落としかけて、あごや肩を総動員してビーカーを取り押さえ、ひとまず台に降ろすことになんとか成功した。

「な、な、なんだよ、いきなり」

 ビーカーを置いて振りかえると、塩酸のビンをふたつ持ったエリがこっちを向いていた。まるで新婚の嫁さんが「ソースとお醤油どっちにする?」と問いかけてるときのようなポーズ。

 塩酸のビンにこんなかわいい持ち方があったとは知らなかったな。

「ほらさあ、ネットやテレビでやってるホーリーエンパイア財団の夢の話」

「あ、ああ。夢の勇者の話?」

 今さっきタカシに聞いたばかりの話が役に立って、なんとか話を合わせることに成功した。ありがとうよ、タカシ。

「六千年前の謎の帝国で勇者にかかわった人間たちは、現代に転生していて、約束の時を前に連なった夢を見るようになっている、っていうの・・・・・・信じる?」

 信じるもなにも、今はじめて聞いた話だ。

 答えに困っていると、エリが近寄ってきた。

 え? かなり近いぞ。

 息がかかりそうな距離になった。

「わたし、先週から同じ夢を見るの。あなたが出てくるのよね」

 まさか、あの夢か?!

「これって、前世でわたしとあなたが知り合いだったってことなのかしらね」

 あの夢の中では、きまってオレの右側でソファーに寝そべって、オレのわき腹あたりに絡み付いてくる彼女だが、今は夢じゃない。変な気を起こすなよ、オレ。

「しかも、ただの知り合いって感じじゃないみたいなのよね。ねぇ、これってどう思う?」

 どう、思うかって言っても、どんな夢なんだよ。

 あれ? なんか、夢のときとおんなじ香りがするぞ。

 あま~い香りだ。

 エリの髪? それとも、ここは化学準備室だからな。なんかの薬品なのかな?

 遠くで鐘が鳴っている。

 ああ、あれは午後の授業前の、昼休み終了の予鈴だ。

 午後の、に・・・・・・じ・・・・・・。


 ふっ、と気が遠くなった。


 はっ、として閉じかけた目を開けると、そこは化学準備室じゃなかった。

 大きな石で組まれた建物の中だ。

 薬品棚もビーカーも無い。

 自分の身体を見回してみると、いつもの夢と同じ格好をしている。古代ギリシャ? ローマ? いいや、違うなあ。なんなんだこれは。

 これって、勇者様の格好なのか?

 学校の廊下よりも広くて天井が高い通路にオレは立っていて、前方の左手に明るい部屋への入り口が見える。扉らしいものはない。壁も天井も床も、三メートル以上ありそうな巨石が組まれてできている。

 いつも、あの入り口から、テラスつきの部屋へ入って行くんだよな。とりあえず行ってみるか。

 だだっ広い部屋、派手な色の布で装飾された石造りの部屋に、やっぱりあのソファーがある。四人の女性が微笑みかけてくる。

「おい、須藤。おまえ、須藤だろ。お前も今この夢を見てるのか?」

 いつもの夢だと、オレ自身もかってに動いていて、自由にしゃべったりできないのに、今回は違うようだ。ソファーで寝そべる須藤エリに呼びかけてみるとちゃんと声が出せた。

 いつもの夢は自分もコントロールできないで、主観的ムービーみたいなワンパターンの話が展開してたんだが、今回は、コントロールできるってところが違うらしい。

 だが、彼女の反応はいつもと同じだった。

 まるでRPGのNPCみたいだ。

「おい、須藤。聞こえないのか? っていうか、おれ、今、夢見てるんだよな? 化学準備室で眠っちまってんのか? 須藤! おまえも寝ちゃってるんじゃないのか?」

 いつものようにソファーに座るのではなく、須藤エリのところへ行って彼女の肩をゆすってみるが、彼女はうっとり顔で微笑みかけてくるだけだ。そのうちほかの三人がゆっくり移動してきて、オレの腰や肩にまとわりついてくる。

 なんか、ホラー映画のゾンビに襲われてるような図式だが、プニョプニョとやわらかいモノが背中やら腰やらに押し付けられていて、例の甘い香りが立ち込めているようだ。

 これ、この女たちの香水の香りかなにかなんだ。

 やばい。なんか、気が遠くなりそうだ。え? これ夢の中だよな。夢で気を失ったらどうなるんだ?

「こら! いつまで侍女をはべらせてんの! もう時間でしょ!」

 うしろで大きな声がした。おかげで、頭の上三十センチくらいまで離脱しかけていた意識が頭の中に戻ってきた。同時にあの香りも消え去ってしまった。

 振り返ると、あの女だ。ショートボブのグラマー女。いつもオレになにかわめいているやつ。こういうセリフだったんだな。

「っていうか、あなた、いつもとポーズが違ってない?」

 グラマー女は腰に手を当てて小首をかしげながらそう続けた。

 こいつも意識があるんだ! だから、いつもソファーに座っているオレと今のオレの違いに気づいて・・・・・・。

「おい! おまえも意識あるのか? この・・・・・・ええと、明晰夢!」

 彼女は目をまん丸にしてオレを見ていた。セリフが返ってこないのは、やっぱりNPCだからか? それとも驚いて言葉を失ってるのか。

「・・・・・・明晰夢って・・・・・・じゃあ、あなたもこれが夢だってわかってて見てるっていうの?」

 しゃべった。

 しかも会話が成り立ってる!

「ああ、そうだ。オレは化学準備室で気が遠くなって、多分寝ちまったか気を失ったかで、いつものこの夢に来ちまった」

 まとわりついてくる三人の美女を引きずるように、グラマー女の前に歩いて行きながら言った。

 グラマー女はオレと会話できることにかなり驚いているようだった。こっちだって驚いてる。おたがいに驚いて顔を見合わせていたんだが、彼女が急に吹き出した。

「プッ! フフフフ・・・・・・な、なによ、それ、締まんないわね。彼女たちとは話せないの?」

 オレにまとわりついている美女たちのことらしい。そんなにおかしいか?

「ああ、彼女たちはいっしょに夢見てるわけじゃないらしいんだ」

「夢をいっしょに、ってありえないわよ」

「なんとか財団が言ってる繋がった夢なんじゃないか?」

 再度受け売りのネタを使ってみた。財団が言ってることは聞いたことがないんだけどね。

「あら、じゃああなたは勇者様かしら? どうみても青年実業家みたいだけど?」

 青年実業家ぁ?

 この格好のどこが実業家なんだ? ファンタジー映画に出てきそうな戦士の格好じゃないか。上半身裸でビジネスするか?

「なに言ってるんだ。おまえ、オレの格好が見えてないのか?」

 彼女は眉をしかめてオレを見上げた。そうかそうか、オレより三十センチくらい背が低いんだな。んでもってグラマーって、トランジスタグラマーとかって言うんだっけ? オヤジがTV見ながらスケベ顔で言ってたことがあったなぁ。

「あなたの格好? 見えてるわよ。かっこいいじゃない。黒のタキシードに蝶ネクタイ。エミー賞の司会をやってるんじゃなきゃ、実業家よ。化学準備室って、あなたどこで寝てるの? 学生?」

 どうやら、オレが見てるのと彼女の夢は衣装が違うらしい。だけど会話は成り立ってるってとこは、さすが夢だな。

「オレたち別の場面を見てるようだな。なのに会話できるんだ。・・・・・・おまえには今、どんな夢が見えてるんだ?」

「今もなにも、ここんとこいつも同じ夢よ。高層ビルの最上階あたりの重役室かなにか。窓の外の景色からするとマンハッタンかしらね。あなたはいつもタキシードを着てソファーに腰掛けてる。ドレス姿の女を四人もはべらせてね。むかつくのは、その四人が、よりにもよってわたしの嫌いなクラスメイトたちだってことよ。趣味悪いわよね」

 場面も登場人物も違ってる。

「んで、おまえは? ドレス着て部屋に入ってくる役か?」

「いいえ」

 彼女は両手を広げて自分の姿を見回した。

 オレには、極小布のビキニに肩をちょっと隠すだけのベストとスケスケの腰巻しか見えないわけで、そんなふうにオープンなポーズをされると、グラマーな身体が丸見えなんだが。胸のふくらみなんか、小さなビキニじゃ収まりきれず、下やら横やらにおもいっきりはみ出してるぞ。

「秘書かなにかなんじゃない? 黒のスーツよ。ちょっとスカート短いかしらね。胸元も開きすぎかな。あなたの趣味なんじゃないの?」

 オレの視線は彼女の身体のあちこちをさまよい、どこを見たらいいかわからずに泳ぎ回ってる。

「なに見てんのよ。あなたにはどう見えるわけ?」

「あ、ああ。オレにはここは大きな石で組まれた部屋の中に見える。現代じゃないみたいだ。部屋のあっち側は壁がなくて、ジャングルが地平線までつづいてるのが見渡せる。古代文明っぽいかな。オレの格好は上半身はなにも着てなくて、腰巻と幅広のベルトだな。この、彼女たちは、おまえのクラスメイトじゃなくて、オレのクラスメイトや学校の先輩、それと日本の芸能人がふたり」

「日本?!」

 食いつくのはそこかよ。

「あなた日本人なの!?」

「ああ。そう見えないか?」

「たしかに日系に見えるけど、マンハッタンの実業家ふうだもの。アメリカ人だと思ったわ。じゃあ、あなた日本語でしゃべってるの?」

「もちろん。っていうかほかにしゃべれる言語はないぜ」

「なら、なんでわたしの英語がわかってるのよ!」

 怒られてもなあ。

「日本語に聞こえるからさ」

「じゃあこれは?」

「これってどれだよ」

「いましゃべってるのが日本語よ」

「かわんないぜ。っていうか日本語もしゃべれんの?」

「あったりまえでしょ! 日本人だもの」

 いや、そうは見えないし、ってツッコもうとしたら先に彼女がまくし立てる。

「ええ、ええ! どうせ見えないでしょ。親はふたりともハーフなのよ! フランス人と日本人のハーフの父にイギリス人と日本人のハーフの母よ! 割合からしたら、わたしも半分は日本人なのに、外見はぜんぜん日本っぽくない。たぶん父のフランス人の部分と母のイギリス人の部分でできちゃってるんだわ! この外見のせいで初対面の人に何度英語で話しかけられたことか! こっちは日本語以外ろくにしゃべれないっつーのに! で、頭にきたから、見た目とのギャップを無くそうと思って、今はカナダに語学留学中よ!」

 かなり不愉快な思いをしてきたらしい。しばらく彼女の怒りはおさまらなかった。ビキニのブラに締め付けられてあらゆる方向にはみ出している大きな胸が、荒い息で上下している。

 あ、彼女がこっちを睨んだ。しまった、胸を激見しているのに気が付いたらしい。

「まってよ。あなた、古代文明っぽいとか言ったわね。じゃ、わたしや彼女たちも現代のドレスやスーツじゃないのね」

「あ、ああ」

 認めるしかない。

「じゃあ、どんな格好なのよ?」

 睨んでる。

 ここは、ウソを言ってもバレないとこだろうか。

 ううむ。しかしあとでボロが出るのもまずいな。

「五人とも同じような格好で・・・・・・」

「『で』!!?」

 でかい胸を突き出すようににじり寄ってくる。

「ベリーダンスの踊り子みたいなかんじ・・・・・・かな」

 彼女の顔が瞬間湯沸かし器のように一瞬で真っ赤に沸騰した。

「ば! ばっかじゃないの?!」

 まず怒って、それから自分の開けっぴろげなポーズに気が付いて後ずさり、両手で胸を抱くように隠して、前かがみに縮こまった。

「あ、あっち向きなさいよ!!」

 言われてソファーの方に向き直ると、ソファーでは須藤エリが長い足を投げ出して寝そべって、こっちに手招きしていた。

「あきれた! あなたの願望なんじゃないの? その夢!」

 彼女に『あっちを向け』と言われて向いた『あっち』なんだが、こっちもまずかったらしい。

「いや、知らないよ。ここがどこだかも。あ、そういえばおまえ、入ってきたとき『もう時間だ』とか言ってなかったか? 何の時間なんだ?」

 なんとか話をそらさないと。

「え? ああ、あれね。あのセリフまでは、自分の意思じゃないのよ。毎晩、夢であなたになにか声を掛けるところで目が覚めていたけど、あのセリフだったわけね。何の時間なのか、わかんないわ。ねぇ、それよりあんたの夢のほうじゃ、そのへんに布はないの?」

「何の布さ?」

「わたしの身体をあなたの野蛮な視線から隠す布よ!」

 ああ、そうか。隠せばいいんだ。

「テーブルクロスでいいか?」

「なんだっていいわよ!」

 三人の美女にまとわりつかれたまま、三歩テーブルに歩み寄って、テーブルクロスに両手を掛けた。上にはグラスやら果物やら載ってるし、布は絹みたいななめらかな材質じゃなくてゴワゴワしてる。すっと抜くわけにはいかないだろうけど、夢だからいいか。

 上のものが落ちるのもかまわずに乱暴に布を引き抜く。一辺二メートルくらいの正方形の布だ。ななめ後ろに差し出すと、彼女が手に取った。

 数秒後。

「いいわよ」

 向き直ると、バスタオルのように脇から下に布を巻いて、左胸の上で留めてるところだった。裾の長さをくるぶしあたりに合わせるように、上を折っているらしい。肩を出したロングスドレスのできあがりだ。

「ちゃんと、透けて見えたりしない布なんでしょうね?」

「ああ、そっちには何に見えてるんだ?」

「白いレースのテーブルクロスよ。スケスケだわ。それをビジネススーツの上に巻きつけて。わたしバカみたい」

「こっちではマシな格好に見えてるぜ」

 彼女は自分の姿を不満げに見回していたが、こっちにどう見えてるかの方を優先することにしたようだ。ちょっとほっぺをふくらましながらだが、

「あっそ、ありがと」

と、礼を言った。

 自分の服に納得いったからか、こんどはこっちの格好にケチをつける気になったようだ。腰に手を当てて、オレのまわりの三人を見回した。

「そっちも、それをなんとかしなさいよ」

「言われなくても・・・・・・」

 右足にまとわりついてる麗しの風見先輩を泣く泣く引き剥がし、腕を絡ませて右肩にあごを乗せて息を吹きかけてるグラビアアイドル島崎レナの身体に触らないように腕を振り解いて押しのけ、左わき腹にタックルのように抱きついてる学園ドラマのヒロインで人気急上昇中の羽田ミドリを、身体をひねってやんわりと振り払う。

 彼女たちは、床に座り込んでもしなを作ってこっちに手を伸ばしてくる。

 動きは散漫なようで、場所を変えれば追ってこないように見えた。

「おい、こっち」

 グラマー女に手招きして、早足にテラスの方へ移動する。

「あ、ちょっと待ってよ! そこ、ガラス! 何階だと思ってんのよ! 日本じゃありえない高さよ! 落ちちゃうじゃない!」

 そうか、彼女にはマンハッタンの高層ビル最上階だったっけ。こっちは、部屋から出たらテニスができそうなくらい広いテラスがあるんだが。

 彼女の手を取って、ひっぱっていくと、

「きゃっ!」

と、彼女が目を閉じた。どうやら、ガラスを越えて、空中へ出る地点らしい。あくまでも彼女の夢では、だが。

 こっちの夢では石でできた頑丈なテラスの上だ。四人の美女も追ってこない。

「目を開けろよ。落ちないぜ」

 彼女が震えているのがわかった。真冬に寒中水泳やった後みたいだ。よく、やったっけな、寒中水泳。子供のときから柔道の道場通いで、師範代が精神鍛錬が好きでね。水の中で慣れると、中にいるうちはまあいいんだけど、上に上がって風に当たると歯の根が合わなくなるんだよな、あれ。

「空中じゃないのね?」

「ああ、石の上。広いテラスだ。ジャングルが見渡せる」

 彼女が恐る恐る目を開いた。最初に自分の足元を見たようだ。急に震えがとまった。

「石だわ!」

 こっちを見上げた彼女の目にこっちが驚いた。

「え!?」

 吸い込まれそうな青い瞳だ。それに、ショートボブだったはずの黒髪は、胸まで垂らしたブロンドのウェーブに変わっている。

 でも、たしかに彼女だ。

「わ! あんたほんとにハダカじゃん! え? なに、ここ、ジャングル!?」

 どうやら、彼女がオレの夢に来たらしい。もう、マンハッタンじゃないわけだ。

「おまえ、その髪と目」

「なあに?」

 オレと手をつないだまま、テラスの向こうのジャングルを眺めていた彼女が振り返ると、ブロンドが弾力を持ってゆれながら風になびき、大きな宝石のような青い目がこっちを見つめる。

「さっきまでのとどっちが本当だ? 黒髪のボブ? ブロンド? 目は黒か青か?」

 彼女は肩をすぼめた。

「どう見えてたわけ?」

「ショートボブの黒髪に黒い目」

「それも、いいわねぇ。カラコンいれてウィッグ被ってみようかしら」

「じゃあ、ブロンドに青い目が本物か」

「どうやら、夢が統一されたみたいね。しかもあなたの夢がほんものだったわけね」

 彼女もオレと同じ結論らしいが・・・・・・『ほんものの夢』ってなんだ?

 オレはよっぽど不思議そうな顔をしたらしい。質問もしてないのに彼女が答えてくれた。

「財団が言ってた勇者の夢よ! ここまできたら、あの話ってほんとうなんだわ。あなたって勇者様なのよ」

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