ヒーローは誰がために

佳純優希

第1話  正義の在処

 二十一世紀末、ある大国とある大国の戦争があった。全世界を巻き込みかねない大戦。どちらの国もロボット兵に戦わせれば人的損失が少ないことは中東で演習済みだった。

 かくして、大量の無人爆撃機が両国間を飛び交い、爆撃後の土地には掃討作戦用の機関銃掃射ロボット兵が送り込まれた。

 大国同士が拠点として譲らない場所、お互いが膨大な戦力を注ぎ込む小さな島国だった。


 そこに、ひとりの少年兵が現れた。人工衛星からの撮影で、東洋人と思しき少年兵。


 長身の少年。自衛軍の軍服を着て対物ライフルとその弾をありったけ身体にぶらさげていたという。記録にに残っている弱冠十七才の少年兵。記録上では十七才だが、精神も身体も並の大人以上に発達した少年。精悍な顔つきで肉体も長身で巨大だった。

 彼の唯一の武装、対物ライフル。元々は対戦車ライフルとして開発されたもの。戦車を爆破するでなく〝戦車の装甲を貫通して内部の戦闘員を殺傷する〟ための武器。あり得ないほどの貫通力・破壊力を有した狙撃銃。

 対物ライフルという超破壊兵器は二十世紀に既に一部のミリタリーマニアの間では有名だった。二十一世紀初頭ではアメリカ製のバレットM82が非常に有名だった。漫画やアニメ、ゲームに於ける「最終兵器」と言えば、登場するのはバレットM82と相場が決まっていた。

 十七才の少年兵は、その後期改良型を所持。

 バレットM82は土嚢などは容易く貫通して人を殺傷する能力があった。尚かつ、二キロ三キロ離れた所にいる人を狙撃して上半身と下半身をバラバラに吹き飛ばす破壊力もある。

 即ち、一度狙われたら、どこに逃げても無駄。三キロ先まで走って逃げようが、土嚢の影に逃げようがビルの陰に逃げようが全て無意味。確実に殺られる。

 少年兵は、馬鹿げた貫通力を有したライフルの改良型で何をしたか。

 焦土と化した島国の中心地で圧倒的銃撃を行い、敵を殲滅。居場所を作り、テントを張って生活の拠点とした。ミリメシを食べ干し肉を囓り水を飲み……。爆撃機の落とす爆弾に狙いを定め、全て、地上から数キロの空中で破壊。爆撃機も撃墜。

 ロボット兵の機関銃も射程は対物ライフルには遠く及ばない。機関銃の射程は「数百メートル」。それに対して対物ライフルの射程は「数キロメートル」。桁が違った。少年に近付く前に全て、何百体何千体……全てのロボット兵が少年兵のアンチ・マテリアル・ライフルに破壊された。

 島国を拠点としようと画策していた両大国は手の打ちようがなく、軍を撤退させた。

 常軌を逸した精密射撃能力を持った少年兵。射撃の天才。その男がアンチ・マテリアル・ライフルを相棒にしたとき。たった一人で第三次世界大戦を終わらせることが可能だった。その出来事の顛末だった。

 少年兵がどのような手段でその精密射撃能力を身に付けたのかは不明。何か補助器具を使っていたのか、全ては謎のまま、彼はたった一人で第三次世界大戦を終わらせる直接的な原因となった。


 島国の地下シェルターに隠れていた人々は歓喜した。地上の世界を、太陽を取り戻した。

 多くの人々を救った彼こそがヒーローと呼ばれるべきだ。途中から同じ戦場で戦った誰もが――数は少ない人々だが、誰もがそう言った。


「彼こそがヒーローだ、正義の味方だ!」


 彼の同胞たちは彼を讃えた。

 だが、彼を別の見方で捉える人もいた。


「〝オレ達の側の正義〟の味方かも知れない。だが敵国から見たらどうなんだ? 彼が倒したのはロボット兵だけなのか? 類い希なる精密射撃の腕で何百何千というロボット兵を倒し……人間は何人殺したんだ? それは上層部も一度も発表しなかった。想像だが……あまりの大量殺戮で、発表出来なかったんじゃないのか?」


 彼に否定的な人々は、彼をこう評した。


「彼が正義のヒーローなものか。彼こそまさに悪魔、〝死に神〟だよ」


「…………」


 多くの敵を斃し多くの味方を生かした彼は、「ヒーロー」と持ち上げられ、戦争が終わると「死に神」と、こき下ろされた。

 彼は軍を退役し、人々の前から姿を消した。もう死んだのだとか消されたのだとか曖昧な噂が流れた。

 伝説のガンナー。彼は本当はヒーローだったのか死に神だったのか。

 彼の行方を探ろうとする命知らずはいなかった。軍から箝口令が敷かれたのだという噂も流れた。

 全ては闇に葬り去られた後のことだった。


 やがてその東洋の島国は再興し、元の文化と文明を取り戻した。



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