Only my HERO!!

藤咲悠多

第一話 ヒーロー志望、萩野実夏

 日曜の朝、6時30分に起きた萩野実夏はぎのミカがやることは三つある。

 まずはトイレで用を足してから洗面台で洗顔。冷水を顔全体に浴びせて頭をスッキリさせる。

 次に朝食。フライパンの上に割った卵をサッと熱して目玉焼きを作り、レタスやプチトマトを添えていただく。高校生にしてはあちこち小さい体型も成長すると信じて飲み始めたミルクは、今となっては毎朝の日課だ。

 そうこうしている間に現在7時26分。早くも一時間が経とうとしていた。

 食卓の上のリモコンを操作してテレビの電源を入れる。すると静寂に包まれていた朝をテレビの音が賑やかしてくる。

 そして時刻が7時30分を迎えた時。


真剣煌々しんけんこうこうゴーブレイダー!!」


 ヒーローたちによるタイトルコールと共に流れる主題歌とそれに合わせたオープニング映像。テレビの正面に移動させた椅子に座って、実夏はテレビ画面を食い入るように見つめていた。

 五人組の侍が悪の組織と戦う「真剣煌々ゴーブレイダー」。悪の力で正義を貫く孤高の戦士「マシンライダー デクスト」。そして笑顔の魔法で闇を晴らす少女「魔法少女ハロー☆マジカル」。これら三つのヒーロー番組が放送される日曜のこの時間帯は俗に「ヒーロータイム」と呼ばれている。

 実夏のやるべきことの三つ目。それはこの「ヒーロータイム」を欠かさずに見ることだった。


「ああ……やっぱりヒーローってカッコいいな」


 幼稚園のころからずっと応援し続けているヒーローたち。高校生にもなると漫画やアニメに手を伸ばしてみたが、それでも一番好きなのはこのヒーロータイムで活躍するヒーローたちだった。


 わたしもこんなカッコいいヒーローになりたい。


 画面の中で鮮やかに戦う彼らを羨望の眼差しでうっとりと見つめる実夏。

 幼き日から抱いていた夢は一瞬も霞むことがなかった。




◆ ◆ ◆


「……それで、テレビに感動してアタシとの約束を忘れていたと」

「ほんっとうにごめんなさい!」


 実夏が同級生の吉原由奈よしはらユナと待ち合わせをしていたのは10時30分だった。

 しかしヒーロータイムの感傷に浸っていた実夏がそのことを思い出したのはその30分前であり、さらに待ち合わせ場所は自宅の最寄り駅から電車に30分乗ってようやく着く場所だ。家を出発してから最寄り駅までもそれなりに距離がある。

 結果、現在時刻は11時をとっくに回っている。明らかな遅刻だ。

 このままショッピングに移動しても中途半端な時間になってしまう。そのため二人はカフェのテラス席で早めの昼食を注文していた。もちろん、今回は遅刻した実夏のおごりである。


「こちら、アイスティーとオレンジジュースになります」


 料理よりも先に飲み物が店員によって運ばれてきた。すると喉が渇いていたのか、実夏は目の前に差し出されたオレンジジュースをすぐさま持ち上げてストローを吸っていた。

 そんな彼女を眺めながらアイスティーにガムシロップを溶かす由奈はぽつりと呟いた。


「いつも思っていたけどさ、ミカって子供っぽいよね」

「え、そんなことないと思うんだけどなぁ」

「だいたい、ヒーロー物ってそんなに良いの? 他人ヒトの趣味をとやかく言うつもりはないし、アタシがよくわからないってだけなんだけどさ」


 どう答えるべきか迷った実夏は「うーん」と頭を唸らせた。すると名案を思い付いたのかパッと表情を明るくして顔を上げた。


「由奈ちゃんはお洋服を買うのが好きだよね?」

「ええ、そうだけど」

「それと同じ。由奈ちゃんがお洋服が好きなのと同じように、わたしもカッコいいヒーローたちが大好き!」

「いや、もっと具体的な例を聞きたいのだけれど……」

「具体的って言われても色々とあって難しい……じゃあ逆に由奈ちゃんはどうしてお洋服が好きなの?」

「え? それは……あれ、言われてみたらどうしてなんだろう。直感的っていうか、本能の赴くままというか……」

「うん、わたしもそんな感じかな。具体的な理由はわからないけど、直感的に好き」

「そういうモン?」

「そういうモン」


 そこまで話すと、由奈はどこか腑に落ちないながらも頷き、納得した素振りを見せた。

 その時、店員がそれぞれの食事を運んできた。それぞれの正面にサンドイッチのランチセットが差し出され、二人は食事を始める。


「……ああ、そうだヒーローといえば、最近噂になっているじゃない。謎の怪物とそれを退治するヒーローの集団」

「プロフェッショナルヒーロー、通称『ライド部隊』!!」


 しばらく食べてから由奈が切り出した話題に、実夏は食べることも忘れて身を乗り出してきた。その純粋無垢な瞳はいつも以上にキラキラと輝いており、興奮を抑えきれていない様子である。


「日本各地で目撃情報は多々あるが誰もその正体を知らない。現在確認されているのはリーダー格と思われる赤のライドアルファ、青のライドベータ、黄のライドガンマ、そして銀のライドデルタ。戦隊シリーズのような構成から一部ではゴーブレイダーの次シリーズの撮影だとも噂されているが、そもそも時期が噛み合わない上、製作会社が否定。怪物も人間を襲うこと以外の詳細が一切不明。その存在はライド部隊共々UMAと同一視されるという説もある」

「や、やっぱり知ってるよね……ていうか詳しすぎるでしょ」


 想像以上の食いつきに引き気味の由奈。

 話題を間違えた……後悔するがもう遅い。このまま話を続ける外なさそうだ。ほどほどのところで切り上げさせよう。


「まあそれで、ミカ的にはどうなの? ライド部隊やら怪物やら、本当にいると思う?」

「いると思う……ううん、絶対にいる!」

「へえ、言い切るんだ」


 すると実夏はバッグから取り出したスマホを操作し、出てきたニュースサイトの画面を由奈に突きつけた。由奈はそのスマホを受け取ると、半ば面倒くさそうに画面を眺める。


 ―――関東の廃村で大きな戦いの痕跡あり。噂のデルタ部隊と謎の怪物によるものか?


 記事の見出しにはそのように書かれていた。だがその記事自体が作成されたのは2か月前で、その後の顛末については一切触れられていない。


「これがその根拠?」

「うん。そこ以外での報道も続報も一切ないしこれだけだと信ぴょう性も薄かったんだけど、どうやら立ち入り禁止区域になっているのを現地に行って確認した人がいるみたい。それにこの記事が作られて以降、ライド部隊が日本各地で単独行動しているのが頻繁に目撃されているの」

「ふぅん」

「だから、ライド部隊は本当にいる!」

「なるほどね」


 サンドイッチを頬張りながら何も見ずに情報を言える辺りは流石だな。由奈は感心しながらも、事件の内容自体には興味がないため素っ気なく相槌を打っていた。


「じゃあ、もしもライド部隊に会えたらどうするの?」

「え!? ど、どうするって……何を?」

「あんたヒーローオタクじゃない、本当に会えたらさぞかし嬉しいんだろうなぁって思ってね。それで、やっぱり握手とかサインとかしてもらうの?」

「えっと、それは……」


 その問いに対する答えを実夏は悩んでいた。

 握手してもらったり、サインをもらったり……確かにそれは魅力的だ。

 でも、もしも本当にヒーローが存在して、目の前の、それも話しかけることが出来る距離に居たとするならば。

 わたしはなにをしてもらう―――?


 思考する実夏を、大きく伸びた影が覆い尽くした。

 人の気配に振り向いた二人はすぐそばまで来ていた男に気づいた。

 ひょろりとした細身のサラリーマン。だがその両眼はまるで怒り狂っているかのようにひどく血走っていて、呼吸もやけに荒い。


「……なんですか?」


 警戒しながら由奈が問いかけるが、男は何も答える様子がない。

 男は真っ赤な眼をぎょろぎょろと動かし、目下の二人と同じように訝しげにこちらを見てくる他の客たちの姿を確認する。

 そして再び二人を見下すと、囲んでいるテーブルの上にある由奈の食べかけのサンドイッチが視線に入った。


「こ、れ、かァ!!」


 目にも留まらぬ素早さでそれを強奪し、一心不乱にかぶりつく男。具材をぽろぽろと零れ落としながら、ソースで口や服が汚れるのも構わずに食らいつくその姿はまるで飢えた肉食動物のようだ。


「ゆ、由奈ちゃん……」


 そんな異質な様子を気味悪く感じた二人は男を刺激しないようにそっと席を離れ、彼から距離を取った。

 他の客も男から離れながら不穏な表情をしている。

 そのようなことは気にも留めずに男が喉を鳴らしてサンドイッチを呑み込む。

 すると目を見開き、その場で食べた物のすべてを吐き出した。


「ちがう、これじゃない、もっと、もっと、もっと!!」


 男の首筋の血管が浮き彫りになる。一見ひょろりとした優男のような顔が膨張していく。眼の充血は黒い瞳を呑み込んで真っ赤に染め上げた。


「な、なに、なんなのあの人……」


 どう見ても正常じゃない。

 異様な光景に周囲がどよめく。


「うおあああああああぁぁぁ!!」


 胃液の雑じった唾液をだらしなく垂れ流しながら上げた咆哮は空気を激しく揺さぶり、建物の窓ガラスのみならず辺り一帯の木製のテーブルやイスまでもを粉砕した。

 メキメキと肥大化していく男の肉体。引き裂かれた服の残骸がひらひらと舞い散る。

 トカゲの鱗のような外殻で覆われた真っ黒な巨体。その全長は2メートルを優に超えているだろう。そこには先ほどまでのような優男の面影がなかった。

 テレビで見たボディビルダーとも違う。特撮で使われる作り物でもない。

 明らかに人間ではない異形のなにか。


「うそ……まさか、例の怪物……?」


 その変貌を目の当たりにした人々は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 巨人が一歩を踏み出すたびに地面がひび割れる。

 そして二人の眼前に迫った巨人はその巨大な右腕を振り上げた。


「キャア!!」


 二人は慌てて走り出した。

 振り降ろされた拳は大地を穿ち、激しく揺るがす。

 その震動でバランスを崩した二人はバランスを崩してよろめいてしまう。さらに実夏は膝をついてしまった。


「ミカ!」

「ご、ごめん、腰が抜けて、動けない……」


 立ち上がろうにも膝がガクガクと震えて足に力が入らない。

 だがそうしている間にも怪物は二人に迫ってくる。

 こちらを見下ろす爛々とした真っ赤な瞳。

 獲物を噛み砕くために発達した岩のように頑強な歯。

 ずっしりとした右腕が動き、こちらを捕まえようと掌が大きく開かれる。

 あの巨大な手に捕まってしまえば一捻りで握りつぶされてしまうだろう。

 異形の姿を間近で目撃した実夏の全身を恐怖が逆撫でする。

 蛇に睨まれた蛙のように、微動だにも出来ない。

 このままだと、死んでしまうかもしれないのに。


「ミカに触るなァッ!!」


 威勢良く声を張り上げた由奈が両手を大きく広げ、実夏を庇うように立ちはだかった。

 その声で我に還った実夏が見た彼女の背中は震えていた。

 突然現れた障害物に戸惑ったのか、怪物の動きが一瞬だけ止まる。

 

「ダメ! 由奈ちゃん逃げて!!」


 叫ぶが、由奈は動こうとしない。

 そんなに震えていて、本当は怖いはずなのに、どうして立ち向かえるのだろう。


 わたしなんか、動くことすらできないというのに―――。


 由奈に視線を移した怪物が彼女に掴みかかろうと手を延ばした。

 それまでじっと怪物を睨み付けていた由奈だったが、唇を噛み締めて目をギュッと瞑った。


 その時、音が聞こえた。

 ジェット機が駆動するような風切り音。

 その音は徐々に、しかし物凄い速さで近づいてくる。

 そして銀の閃光が駆け抜けたかと思うと、怪物の頭部を飛び蹴り、その巨躯を軽々と吹き飛ばして地に伏させた。


「ライド……デルタ……!」


 その姿を見た実夏は思わず呟く。

 それはまさに、先ほどまで二人で話していた噂のヒーロー。

 ライド部隊の一人、白銀のライドデルタだった。


「二人とも、怪我はない?」


 脛の装甲から噴かしたスラスターで姿勢を安定させながら着地したライドデルタは二人の方を向いて問いかけた。その落ち着いた声は女性の物であった。

 

「は、はい……大丈夫です」


 茫然としながらも答えた由奈を見て、ライドデルタは頷いた。


「すぐに救護班が来るから、それまでそこから動かないで。大丈夫、貴女たちは私が護る」

「わ、わかりました」

「本部、保護対象二名。また、周囲の建物内にも人が残っている可能性あり。急ぎ救護班を寄越してください」


 実夏の言葉を聞いたライドデルタはスーツに備えられた通信機能で本部に現場状況をを伝達した。


『わかったわ。ちなみに敵の方はどうなっている?』


 返ってきたのはオペレーターの女性の声だ。スピーカーは内部にのみ接続されているため、設定を変えない限りはこの通信音声が外部に漏れることはない。

 ライドデルタは伝達を続ける。


「敵はゴーレム型が一体。ブラストソニックを出力した状態で打ち込んでみましたが、ダメージは薄いかと思われます」

『ゴーレム型か。ガンマがいればよかったんだけど……』

「彼女は今は四国にいます。それに一体だけなら私一人でも撃破できます」

『ん、任せた。前に伝えたように緊急武装ユニットはいつでも射出できるようにしてあるから、必要になったらすぐに申請して』

「了解。ライドデルタ、これより戦闘態勢に移ります」


 巨大な身体を自ら持ち上げて立ち上がった怪物の姿を捉えたライドデルタのレンズが緑に輝いた。

 敵に向かって駆け出すライドデルタ。緊張の糸が途切れた由奈はその背を見送りながら、へなへなと倒れ込んでしまった。

 実夏が慌てて抱き留めると、彼女は疲れたような、それでいてホッとしたような複雑な微笑みを浮かべて、実夏と視線を合わせないようにライドデルタの向かった方へと顔を向けていた。


「……ははは、ホントにいたんだね」

「うん。ライドデルタが、わたしたちを助けてくれるって」

「そっか……」


 ふいに由奈が振り返った。

 その両眼には涙が溢れていた。

 そしてそれを堪えきれなくなったのか、歯を食い縛ってくしゃくしゃに歪ませた顔を実夏の胸元に押し当てた。


「怖かった……怖かったよ! でも、ミカが無事で良かった!!」


 そうだ、やっぱり怖かったんだ。

 それでもわたしを護るために勇気を振り絞って、自分が犠牲になろうとした。


 まるで、わたしの大好きなヒーローみたいに―――。


「ありがとう、由奈ちゃん」


 実夏は嗚咽を漏らして泣きじゃくる由奈をそっと抱きしめ、戦闘に赴いたライドデルタを見守った。




◆ ◆ ◆


 ゴーレム型の腕が唸りを上げて叩き落とされる。

 だが巨体ゆえの重鈍さによって回避行動は容易だ。それを難なく回避したライドデルタはがら空きの胴体に拳を打ち込む。

 手応えはあるが、頑強な皮膚に阻まれてまともなダメージは与えられていない。しかしそれは想定済みだ。

 腕部ユニットから読み取ったゴーレム型のデータをリアルタイムで本部に転送。

 今必要なのは相手を確実に倒す手段を探ること。そのためにはまず接敵し、的確なデータを本部に送信する必要がある。これはそのための拳だ。

 ゴーレム型の左腕がライドデルタに掴みかかるが、彼女は身を翻してそれを躱し、ゴーレム型から距離を取った。データは充分に回収できた、離れても問題はない。


『解析完了。こいつ、他のゴーレム型に比べて外殻がやたらと固いわね』

「コアはどの位置に?」

『ちょうど心臓の位置。だけどブラストナックルでは出力が足りずにコアまでぶち抜けないでしょうね。反動を抑えた設計が裏目に出たかな』

「全力だと腕が吹き飛ぶんでしょう、それは御免ですよ。いずれにせよ、ブラストナックルの始動は得策ではありませんね」

『そうね。四葉ヨツバちゃんの能力も鑑みて、レールガンか荷電粒子砲が妥当なところかしら。どちらにするかは現場に任せるわ』

「わかりました。とにかく今は射撃の成功確率を上げるために相手の動きを封じます。それと、作戦中はその名前で呼ばないでくださいと以前から申し上げておりますが」

『はいはい。……っと、来るわよ!』


 ゴーレム型が殴りかかってくる。


「ブラストソニック再始動!」


 音声認識によって脚部のブースターを再起動したライドデルタは加速して攻撃を躱し、ゴーレム型の懐に飛び込む。

 ゴーレム型は巨碗を振り回してライドデルタを振り払おうとするが、そのスピードに追い付けず右往左往とした様子だ。

 手を地面について身体を支え、ブースターの推進力を伴った連続蹴りを胴体に浴びせる。

 外殻で覆われている部分以外は皮膚と筋肉だ。連続した攻撃を一点に集中させればその衝撃が全身に響き渡り、怯ませることも容易にできる。

 ワン、ツー、スリー……このタイミングでなら行けるか。


「本部、レールガンの使用許可と射出を願います」


 巧みな蹴り技を繰り広げながらタイミングを推し量っていたライドデルタは本部に申請を送ると、両脚でゴーレム型を蹴り飛ばした。

 宙に浮かび上がった巨体が地面に叩き落とされる。


『了解。緊急武装ユニット射出許可、確認』

『確認』

『射出用カタパルト、及びリジェクトシールドの展開』

『展開、確認』


 通信手であるオペレーターの女性と長官の男性が確認を取り合いながら、本部の地下に収納されていた射出用カタパルトを展開する。

 射出口に装填された筒状の箱は準備が完了した時点でリジェクトシールドと呼ばれるステルス鏡面に覆われた。


『……射出よし』

『射出!』


 電磁誘導によって加速された箱があっという間に射出され、大空へと吸い込まれていく。

 そしてそれは戦場で戦うライドデルタの許へと飛来し、地鳴りのような音を轟かせて地面に突き刺さった。


「来たか」


 ライドデルタはその箱の許へと駆けつけると、側面のパネルを操作してロックを解除した。

 すると中から上下に銃身を持つ巨大な大砲がその姿を現した。

 それを取り出して両手で構えたライドデルタはその銃口をゴーレム型に向け、スコープ越しにその姿を確認した。

 ゴーレム型はすでに起き上がっているが、まだ頭が混乱しているようだ。個体差はあれどもゴーレム型は総じて知恵に乏しいとされているが、ともあれライドデルタには関係のないことだ。

 スコープ内の照準をゴーレム型の心臓部で微かに輝くコアへと合わせる―――。


 ふいに、ライドデルタの脳裏にとある記憶がフラッシュバックしてきた。


 燃え盛る廃村で、今回と同じようにレールガンを構える自分。

 その銃口の先にいるのは、クモの姿をした怪物に捕まり、今にも食い尽くされてしまいそうな仲間の赤い戦士。

 その戦士は叫ぶ。


 俺ごと撃て―――!


 ライドデルタが返したのは嗚咽だった。

 そして、引き金に沿えた指に力を込め―――。


 手が震える。

 息が詰まる。

 どうすればいいのかわからなくなる。


「ッ!」


 雑念でぶれた照準。

 電磁誘導によって解き放たれた弾丸は心臓部をずれて、ゴーレム型の左腕を吹き飛ばした。


「ぐおああああぁぁぁぁ!!」


 泣き叫ぶような咆哮を上げて激昂するゴーレム型。

 しまった、不用意に興奮させてしまったか―――!

 ライドデルタは我に還るが、遅かった。

 激昂したゴーレム型は全身を使ってライドデルタに迫ると、残った右腕で薙ぎ払った。

 その力量に呆気なく吹っ飛ばされ、建物の壁に叩きつけられてしまうライドデルタ。


「ライドデルタ!!」


 実夏が叫んだ。

 その声が聞こえたのか否か、ふらふらとしながらもライドデルタは立ち上がった。

 バランス重視の装甲のお陰でダメージは緩和できたようだ。

 それにレールガンも無事だ。

 脳が揺さぶられて視界がふらつくが、これくらいのことはどうとでもなる。

 ゴーレム型はこちらを睨み付け、再び迫り来る。

 流石に二度もあれの直撃を受けるわけにはいかない。

 もう一度レールガンを構え、スコープ越しに覗き見る。

 今度こそ冷静に。

 呼吸を落ち着けて。

 補正完了。

 これで外さない。

 狙いは心臓部。


 発射―――!!


 射出された二発目の弾丸はゴーレム型の心臓部を一直線に突貫した。

 コアはひび割れ、バラバラに砕け散る。

 自らの存在を維持することができなくなったゴーレム型は断末魔の叫びを上げながら全身を石のように硬直させ、そして最後には爆発するように破砕した。


「対象の撃破を完了しました」

『お疲れ様。もうすぐ救護班が到着するから、そのまま事後処理もお願いするわね』

「はい」


 本部からの指示を受けたライドデルタは安心したのか、ホッと一人ため息をついた。




◆ ◆ ◆


 ライドデルタがゴーレム型の怪物を破壊してから間もなくして、彼女の言う「本部」の手配した救護班が現場に到着した。

 怪物に直接襲われた実夏と由奈の二人はもちろん、現場の建物内にいた人にもそれなりの対応がなされる。

 そんな中、実夏と由奈は救護班のトラックの荷台に腰掛けて差し出された紙コップのお茶を飲んでいた。


「あの、申し訳ありませんがこちらに署名をいただけないでしょうか?」


 その二人の前に一人の係員の男性が現れ、それぞれにとある書類を差し出した。

 それは、要約すると「ここで見たことは決して口外しない」という旨を約束する誓約書だった。その他にも今後の対応や保障についての項目が記載されている。しかし隅々まで目を通しても詐欺などに繋がるような文面はないため、どうやら正式な物のようだ。


「えっと、言っちゃダメなんですか?」


 困惑した様子で実夏が問いかけると、男性は苦笑いで答える。


「ええ、申し訳ありませんが。何分、まだ世間に公表できない企業秘密等もありまして」

「確かにライド部隊や怪物のことなんてネットの噂でしかないもんね。……あれ、でもネットでは色々と言われてるけど?」

「ちょっと由奈ちゃん……」

「いやぁ、本当ならネットの掲示板やSNSなどへの投稿も控えていただきたいのですが、そこはどうにもならなくて。ですから、お二人が良識のある方だと信じてこの場は対応させていただきます。何卒、ご協力をよろしくお願い致します」


 男は帽子を脱いで二人に頭を下げた。

 そんな様子を見せられてはこちらも頷かざるを得ないだろう。

 二人は誓約書にサインをして男に手渡した。

 男は礼を言うと誓約書の写しを二人に預け、救護班の集まる場所へと戻っていった。


「……こういうの、映画とかでしかないと思ってた。なんか、不思議な感覚だね」


 由奈がぽつりと呟いた言葉に、実夏は頷いた。

 確かに由奈の言うように、まるで映画の登場人物になったような気分だ。

 でも同時に、これが現実ではないような気分でもある。

 頬をつねってみても痛いから夢ではない。

 突然、まったく知らない異世界に来てしまったような感覚だ。

 いろいろなことが一度に起こりすぎて頭の整理が出来ていないのかもしれない。

 でもひとつだけわかるのは、これが紛れもない現実であるということだ。


 救護班の一人と話しているライドデルタを見てみる。


 そう、噂のヒーローの一人であるライドデルタがわたしたちを助けてくれて、今まさに話しかけることが出来るほどの距離にいるこの状況が、現実―――。


「ミカ」


 ふいに声を掛けられて振り向くと、由奈はこちらにそっと微笑みかけながらライドデルタの方を指差していた。


 ―――行ってきたら?


 その意図を理解した実夏も笑って頷き返すと立ち上がり、紙コップを置いてパタパタと足早に駆けて行った。


「あ、あの、ライドデルタ!」


 実夏に気づいたライドデルタは振り返った。すると彼女と話していた係員は「ではまた」と言い残してその場から立ち去っていった。

 元々小柄な実夏だが、ライドデルタと立ち並ぶとその身長差が一目瞭然だった。

 背が高く、装甲の上からでもわかるくらいにスタイルが良い。きっと装着者の女性も相当な美人なのだろうと、実夏は想像する。


「……お怪我はありませんでしたか?」


 ボーっとして言葉を発さない実夏を見兼ねて、ライドデルタが先に話題を切り出した。


「あ……はい! お陰様で助かりました。ありがとうございます!」


 気を遣わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、改めて彼女に礼を告げる実夏。

 そして顔を上げると、何か意を決したようにその表情は引き締まった。


「あの、ライドデルタにお願いしたいことがあるのですが」

「……何でしょうか?」


 ライドデルタとして戦うにあたって厳守することがあった。

 それは被害者や観衆とのコミュニケーションについてだ。

 原則として、握手はオーケー。筆跡が残ってしまうサインや写真撮影は厳重に断ることになっている。

 今回の実夏の要求もそれに応じて対応しよう、とライドデルタは考えていた。

 だが―――


「わたしを弟子にしてください!」


 そんな要求は完全に想定外の物であった。

 唖然と固まってしまったライドデルタの耳には、その話を聞いていたオペレーターの笑い声ばかりが響いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る