10話 名前

 僕が……死ぬ?!


 吐血で真っ赤な両手を茫然と見る。

 たしかにアルは光の槍を放つために、ずいぶんと僕の生命エネルギーを使った。

 これはそのせいか……。

 生命エネルギー吸収は、融合型の機霊の特徴的な仕様。でもまさか、こんなに――


「う……息が……苦……」


 背中も胸も焼けるように熱い。肩がひどく上下している。

 アルの起動時間は、まだ数分足らず。

 垂直飛翔と、光の槍を一本出しただけ……なのに……


『Auto-Reparatur……Neunzig Prozent Vollendung……言語Übersetzung機能……回復・しました』

「アル……息が……できな……」


 金色の、清々しい空調結界。僕を包む、いつもの優しい空気。

 心地よいはずなのに、それでも喉からこみ上げてくる血が……止まらない……。


『目標の・生存を確認・次弾を打ち込みます・カウントダウン開始』

「だめだ! やめ……ろ!!」

『10・9・8・7……』


 まさかもう一度、あの神気凄まじい槍を出そうというのか?


『3……2……1……』


 頭上に顕現してきたのは、二つの光球。零、という抑揚の無い声と共に、そこから行く筋もの熱戦が長い尾を引いて、黒い機霊に向かって飛んでいった。

 まるで腕を伸ばして両手で抱み込むように、光の弾道が網となってテルと黒い機霊を捉える。


「なんだこりゃあっ」『業主! 逃!』


 悲鳴をあげるテルたちが、びちびちと網に捕らえられた魚のように抵抗する……。


『目標の・回避を・封印・グングニル・再装填開始』

「うっ……ぐうっ……!」


 心臓がどくんと跳ね飛ぶように痛んだ。

 恐ろしい負荷。体が圧縮されたがごとき、苦痛……


『10……9……』

「アル……おねが……やめ……はぐあ!!」


 そのとき天から落ちてきた蒼い光の一閃が。

 僕の胸を貫いた。

 のけぞる僕の目に、頭上に飛んできた騎士の姿が映る。 

 白銀の翼。親衛隊の……一騎士か?


「もと陛下! ご免! 我らは第五十一代新皇帝陛下と共に在る!」


 騎士の声が……僕の耳を刺す。

 五十一代?!

 嘘だ……

 次の皇帝が、もう生まれた? 僕がまだ生きているのに? 

 嘘だ……

 僕のアルの結界が。黄金オーロの光が。

 白銀アルゲンの光一本で壊されるなんて。

 ありえない――!


「我々は、古きものを滅す! もと陛下! 金メッキの女神! さらばだ!!」


 メッキ……?!

 

『4……3―ー』


 カウントが止まった。

 アルが催促してくる。

 

『我が主。出力が・足りマセン・生命エネルギーを・くだサイ』

 

 その声は、とても冷たくて。機械そのものだった。


『エネルギーを・クダサイ・マレイスニール』


 僕の生命力が尽きたから。だからもう、アルは次の弾を打てない……んだ……

 はるか前方で、捉えられていたテルたちの網がうっすら消えうせていく。

 

『暗黒の力は・駆逐シナケレバ・ナリマセ……・力を……・マレイスニー……』

「アル……僕は、マレイスニールじゃ……な……」

『闇を払ウコトコソ……・我が使命・最優先で・ナスベキ……』

 出現した頭上の槍はもう放てない。この場で爆発するだろう。

 

『力ヲ……クダサ……マレイスニー……』

「アル……」

 

 古いものは。

 消えないといけないのか?

 どうしても?

 僕もアルも、帝国にとっては……もう、要らないもの……?


『マレイス……』


 熱を帯びて真っ白な少女の姿が、ざざっと乱れる。

 もう黄金ではない。もっと熱い、真っ白な光が僕らを包み込む。

 アルは、心の無い機械。

 そんなことはわかってる。初めから、わかってる。

 アルに、魂がないことぐらい百も承知だ。

 でもせめて。

 これで僕もアルも死ぬのなら。どうかせめて――




「僕の名前を呼んでよおおおおっ!! アルううううっ!!」




 

 帝国民の映像を廷臣たちが見せてくれた時。

 映像の中で子供を抱っこする「母親」が、優しく子に呼びかけていたのを見た。

 子供の名前を、何度も何度も。

 あれで僕は、あの「母親」というものがほしくなった。

 とても愛しげに、名前を読んでくれる人を。

 

『私は陛下の母親。陛下の恋人。陛下にとって私は、ありとあらゆるもの』


 アルは、そう答えてくれたから。

 だから――。


『では二人きりの時に、個人名をお呼びします』

『うん、敬称なしに名前だけで呼ぶことを許す。ほら、今もだ』


 アルは微笑んでくれて。


『了解しました』


 僕の名前を。呼――


「ぁあああああああああああああああ!!」

 

 なん……だ?

 光の中から何かがくる……?

 まばゆい光の中に見えるのは……黒い……黒い……

 

「て……る……?」


 だめだテル……槍の爆発にまきこまれる……

 なぜ近づいてくる? なぜ…… 

 早く逃げろ……逃げろ……逃げ……


「アああああムううううううルうううううううううううううう!!!!!」

 

 あ…… 


「冷却性のおおお! バクテリア鉱だああああ! こいつを、背中にっ、はりつければああああ!」 


 テル……


「アムルううううう!! 死ぬなあああああああ!!」


 テ……ル……


「うりゃああああああ!!!!」


 



 目の前に飛び込んできた黒い塊が――テルの腕が……僕を包んでくれた。

 頭上で破裂する光から守ってくれるように。

 テルの腕がばしりと、何かを僕の背中に貼り付けてきたとたん。

 槍の光がはじけた――


『吸收昝!!』


 刹那。

 そばで黒い機霊の鋭い声が聞こえて。

 あたりに黒い風が巻き起こって。

 当たりに広がる白い光が。みるみる……食われて……


「うああ! しっかりしろおおお! アムル! アムルううううっ!!」


 テル。


「目を開けろ! 死ぬなあああ!」


 テル……

 でも僕は、もう……


「生きろおおおっ!!」


 あり……がとう……

  




『アマデウス様』

『うーん。アル、その呼び方、なんかかたくるしいな』

『ですが、それが我が君の個人識別名称です』

『帝国風の言葉って良くも悪くも質実剛健、かっちりしてるんだよね。アムルでいいよ。自由な気風のラテニア人っぽく、呼ばれるのがいいな』

『わかりました、アムル様』

『あはは。敬称はいらないってば。アルはほんと、真面目だね』 




 ありがとう。テル。

 

 僕の名前を。

 呼んでくれて。


 あり……が……と……う――




 





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