魔王④


 「異種族同士なんて一緒にいられない…アンタにはこんな苦し気持ち味わってほしくない…!」



 「ぶぶぶぶ! …ぬ"に"ゃあ!」



 ガリィちゃんが、抱きつぶす勢いのカランカの爆裂な胸元から命からがら抜け出し距離をとる!



 「ふーーーーっつ!!」


 「ガラリア!」



 威嚇をするガリィちゃんに、カランカは手を伸ばすがガリィちゃんはさらに飛びのく。



 「なに!? なんでお前がお兄ちゃんのこと知ってるの! コージとガリィが一緒にいられないってどういう事!」




 ガリィちゃんの問いに、俺が強制的に復元したレンブランとの記憶が駆け巡りカランカは言葉を詰まらせ俯いてしまう。




 「狂戦士…いえ、ガリィしゃん! カランカから話はきいてまち…同じおにゃの子として気持ちはわかるれち! でも! コリばっかりは!」



 魔法陣に魔力を送るメイヤが、心苦しそうにガリィちゃんに言う。


 

 そこへ、闇の精霊獣レヴィが驚いたような顔をしてカランカとメイヤを交互に見る。



 『貴様ラ、何ヲ言ッテイル? コノ二人ハ既ニ、契約ノ契ヲ交ワシテイルジャナイカ?』


 


 その言葉に、カランカとメイヤは呆気にとられたようにポカンと口を開け視線だけがレヴィをとらえた。



 「レヴィさんの言うことは本当です。 賢者オヤマダと狂戦士ガラリアの首元にある雷属精神の文様…術式の形からしてこれは間違いなく『契約の契』もしくは『婚姻呪』と呼ばれる物…つまりお二人はこの世界における最も厳かで権威のある方法で婚姻された『夫婦』と言ってよいでしょう」



 リーフベルが、複雑な表情を浮かべて補足する。



 「以前、エルフ領の寺院で怪しまれる事なく修道女の目を誤魔化せたのもその『契約の契』のお蔭で夫婦として聖地巡礼に来たと認識されたからなんですよ」

 


 リーフベルは、感嘆のため息をつき『異種族間でこんな事が出来るなんて賢者様すごすぎる!』と魔法陣の中央で絶賛脳内フル回転中の俺に尊敬の眼差しを向ける…。



 俺とガリィちゃんの首元。


 二人の間にエネルギー供給と意思をつなぐこの文様を取った絆。




 ソレはあの時、ガリィちゃんの村に攻めてきた全てを食いつくす悪夢みたいな巨大レッドスライムの核に不覚にも胸を貫かれた時に見舞われた不可思議な現象。


 

 まさか、そんな意味のある物だと知らずガリィちゃんが狂戦士になっても俺の方で制御できるようにとその時『再会』した『成長した比嘉』と『オレンジ髪の獣人』をつないでいたものを読み取って転用した。



 書き込み後の解析で、そのような意味合いのあるものだとは認識してたけどせめてガリィちゃんが狂戦士力を扱えるようになるまでって思ってあえて消去はしなかった…って!

 


 いや、それ以前にこのコード持ってたの比嘉だから!



 んで、比嘉がこのコードで契約してたの男だから!



 まさか俺と同い年の男が、異世界で男とそんな関係築くとか想像の斜め上突き抜けてんじゃん!



 マジ気づく訳…まぁ、確認しないで採用した俺も俺だけど…まさかこんな形でガリィちゃんにバレるなんて!


 

 ガリィちゃんにしてみれば、いくら必要だったからって自分が気がつかないうちにこんな契約をさせられてたんじゃさぞ薄気味悪いだろう。



 ああ、やべっ…嫌われたらどうしよう…!




 「コンイン? フウフ?」


 「ガリィしゃん! わかって契約しまちたか? そりはオヤマダしゃんとずーっと一緒にいるって意味れちよ?」



 メイヤに問われ、ガリィちゃんの顔がみるみる赤くなる。



 「ぅにゃ…? コージすっと一緒…ずっと…?」


 「ガラリア! 心配ないよ、オヤマダにはその印を消してもらうよ!」



 硬直したガリィちゃんを諭そうとカランカが、そっと肩に手を置くがビクッとその手を放す!



 「あっつ!? ガラリア??」



 「コージ…コージ…」



 ふらっと、ガリィちゃんが歩き出し俺のとこに向かってくる…!


 あ、やばい。



 コレは…!




 背後に立つ気配からは、パリパリと小さな静電気が走っていいるのが分かる。




 「コージ」



 震える声が俺を呼ぶ。



 「リーフベルが言ったのホント?」



 俺はうなずく。


 

 背後からガリィちゃんの手が俺に回され、抱き付いた所からパリパリとくすぐったい感触が背中から伝わる。





 「ちょっと ま って  いま やめて 演算 こわれる こわこわっつ…」




 言語中枢すら演算にまわしろれつが回らない俺をガリィちゃんの腕が潰さないようにぐきゅうっと締め付け、すりっとほほずりをしてすんすんと匂いを嗅ぐ!




 「あう あ う ちょ! マジで…!」



 パリパリとガリィちゃんの体を伝って俺に流れる電流。



 流れ込むガリィちゃんの感情。




 カゾク イッショ ズット コージ スキスキスキスキスキスキスキ ダイスキ ミンナイッショ ガリィ も 一人じゃない  コージ コージぃ!


 


 背筋がぞくっとして、腰の力が抜けそうだ!



 背中に抱き付いてたガリィちゃんが、俺の前に回り込み金色の瞳で見上げる。


 

 「あ あのね…ガリィね、ずっと赤ちゃんのこと羨ましいって思ってたの」


 「え?」



 不意にそう言ったガリィちゃんは、俺に抱かれたまますうすう寝息を立てる赤ん坊の首元をすんすんと嗅ぐ。



 「やっぱり…赤ちゃんからはコージの匂いがする…」



 それはそうだろう?


 何せ、俺の血で赤ん坊は『起動』したんだから。



 「こ コージ! あのね、ガリィね、コージの事レンブランお兄ちゃんと同じくらい好き!」



 ああ、ソレは知ってる。


 レンブランがいない以上、ガリィちゃんにとって俺が唯一の身内みたいなもんなんだ。



 「だから、ガリィも赤ちゃんと同じがいいのにって! コージともっとずーっと一緒がいいって! …そしたらココいっぱいになって!」



 ガリィちゃんは、苦しそうに自分の胸の真ん中を手を当てる。




 「コレ、コージの事ぎゅってして寝てる時にいっぱいいっぱいチューして消えないの!」



 ガリィちゃんの中には、まるではちきれんばかりにパンパンに空気の入った風船のように膨れ上がった感情の渦がある。



 ああ、なんて事だろう!



 俺とガリィちゃんは、殆ど俺が一方的に精神にダイレクトリンクしてる。


 だから、ガリィちゃんが戸惑いながら言葉を選ぶ間に俺にはソレが伝わってしまった!


 


 『コージの赤ちゃんほしい』




 シンプルかつ、純粋な本能。


 

 俺は、爆睡する赤ん坊を抱き直して自由になった右手で真正面に立つガリィちゃんの肩にぽんと手をおく。



 体温が非常に高い。


 おそらく発情期に入ったのだろう。



 「コージ…ガリィ、どうしちゃったのかなぁ…」



 金色の目をうるませて…ああ、たまんねぇな…って!


 


 「が りぃ ちゃ、あの 今、ソレ、アカンやつや!」



 心拍が跳ね上がり、頭のボーダーがブチ切れる!



 喰う。


 この場で喰う!




 「ぅにゃぁ!?」


 

 衝動が抑えられずに、カタカタ震える俺の指が命令無視でくるんとカールしたガリィちゃんの耳の穴を指でなぞった。

 

 


 「オヤマダああああああああああああああ!!!!!」


 「なにやって、、まちかああああああああ!!」


 「貴方のお相手は。勇者様でーーーーーーーーーす!!」



 勇者を守護せし三人の選ばれし『鍵』達は、こちらに突進しながら各々の最大にして最強の必殺技を俺に向けてぶちかます!




 直☆撃!



 凄まじい火柱、氷柱、植物の幹、爆炎と発情ニャンコと崩壊する脳内演算。



 無論、そんなものが俺の肉体にダメージを与えなどしないが構築していたコードと魔法陣が飛散して地面に罅が!


 

 ソレを目の当たりにしたコッカスと闇の精霊獣レヴィは、いち早く空中へ退避する!




 あ。


 ナニこれ?




 「なんだよ、なんなんだよ! 俺、最初に言ったじゃん! この演算かなりきついから集中させてくれって! なのにナニ何! 無理! もう、魔王とか知るか! ヤッて い」

 

 「コージ」



 ぶちゅう!



 発情したニャンコが、手慣れた手つきで俺のお口に吸い付いてきた!



 うぁっ!


 ざらっとしたの、入っ  て!?




 ビキン!


  ピシッツ!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!




 地面に走った亀裂が、更に広がり足場が一気に崩壊する。




 「なっ!?」


 「うきゃああああ!! なんでちか!??」


 「賢者様! しっかりして下さい! このままでは崩壊しますっ!」




 無理。



 もー無理ぃ!!

 














 暗く淀んだ空間。



 音も光も無く只、混沌と渦巻く時が堪えず繰り返されるだけの何も生み出す事無い『無』。




 それが、___の鎮座する場所。



 どさ。



 上の方から何かが落ちる。



 ああ、またか。



 むくりと起き上がったソレは、コツコツと足音を立てながら___の前に立った。



 ソレは、無言のまま手に持っていた光り輝く剣を振り上げ___の体を破壊する。




 ソレと__の体は瞬く間に飛散し、またこの世界時が『巻き戻されて』いく。




 飛散した体は、小さな塊に戻りまた同じ場所で鎮座する。




 また時が満ちるまで、混沌を喰らいながらソレが現れるのを待つ事になるだろう。



 ___はナニか?




 アレは何故あのような事をするのか?




 それを幾ら考えても答えが出ない。



 只、全身を貫かれバラバラにされるのはもう嫌だ。








 瞬く間に月日が流れたのだろう?









 また上からアレが降ってきた。



 いつものようにソレは剣を振り上げる。




 ドス!



 ___は、剣が振り下ろされるよりも先にソレの体を刺した。

 



 咄嗟の行動だった。


 刺した所からじわりと何かが滲む。


 コレはなんだ?


 こんな感触は初めてだった、コレはナニ?


 何度も何度も突き刺してみる。


 夢中で突き刺していたら気が付いた時には、アレの剣が体を貫いていた。




 それからというもの、アレが訪れるのを心待ちにしている。



 アレが上から降ってくるたび、今度はいかにして長く共にあるかを考えるようになった。



 アレが剣を振るう度、それを掻い潜り出来るだけ長く体を持たせるようにして少しでも留まろうとした。





 が、最後は互いの体を破壊し合い飛散していく。






 それを繰り返し続けたある日。




 騒がしくなった事に気付き上を見た。




 おかしい…アレが来るにはまだ早いと言うのに…?



 ___の体はまだ全盛期半分にも満たっていない…いつもは完全体になった頃に訪れる筈なのに。

 



 上の一部がガラガラと崩れる。





 「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」


 「だから! いっただろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 !?




 なんだあれは!?




 「うひょぁ!! めっさ高!! 死ぬる! マジやっば!!」


 「つかまって!」



 突如、眩い光が放たれ轟音と衝撃と共に目の前に巨大なが空いた!



 「いった~何するれちぃ~…」


 「ガラリア無事かい!?」


 「賢者様! 勇者様! けほっつ! けほっつ!」




 砂埃が舞い穴の周囲に倒れていた影が蠢きなにやら音を発する中、恐らくこの穴を空けたと思われる何かが穴の中から飛び出てきた。



 砂埃が去り、そこにたたずむ何かの姿が鮮明に浮かぶ。



 金色の長い髪、金色の瞳の獣人型雌の固体がそこには立っている…何世紀か前のアレがその固体と同じ種族だった事があったので容易に判別する事が出来る。


 その他の3固体も、エルフ・巨人族の亜種・精霊など様々であったがそれらは全て雌。


 どれも以前にアレが見せた種族と同じであったので、直ぐに分かったのだが…。



 只一人、雄の固体だけがなんの種族なのか皆目検討が付かない。



 その固体は、獣人雌の固体に抱きかかえられていた。


 黒い髪に黒い瞳、これ程の黒はこの世界のどの種族にも無いだろう。



 黒髪の雄は、なにやら布を被った大きい包みを大事そうに抱えている。




 「ありがとー!! マジ愛してる! ビーマイエンジェ…ぐはっ!!」



 何を思ったのか、獣人雌は黒髪の雄を地面に叩き付けた。



 「ちょ! なにすんの! 俺…抱っこしてんのに!」



 何故か獣人雌の顔が赤い。



 叩きつけられた衝撃をうけて、黒髪の雄が持っていた包みがもぞもぞと動いた。




 「あー起きちゃったか~」




 はらりと布が落ち顔が覗く。


 


 __はソレを凝視した。



 間違いない…アレだ__には分かる。

 



 何万年も前から、見続けてきたのだ。



 たとえどんな姿になろうとも見間違えるはずが無い。



 「ちょっと!」



 巨人族亜種の雌が__の放った攻撃を意図も簡単に大剣で弾いた!



 やはり、完全体でないこの体では攻撃力が普段よりかなり劣るのは否めない。



 「行ける…! これなら勇者の力を借りるまでもない!」



  巨人亜種の雌が大剣を構えなおす。




 「はいはいはい! チョイ待ちお嬢様方!」




 黒髪の雄が発した音に、エルフと巨人亜種は動きを止め武器を下げる。





 「やはり、私は賛成しかねます!」


 「そうだよ! アンタのやろうとしてる事は危険だ!」



 エルフと巨人亜種は黒髪の雄に食って掛かった。


 


 「じゃぁ、また繰り返すのか? それこそあのクソババァの思う壺だ!」




 黒髪の雄は、雌達に背を向けると此方に向って歩いてきた。



 その後ろを、ちょこちょこと布の塊が続く。




 __は身構えた、黒髪の雄はともかく後ろにいるのはアレだ…!



 アレが射程範囲に入ったのを確認して攻撃を仕掛けようを魔力を込めたが…体が…動かない…!




 「悪いな、ちょっと細工させてもらった」




 黒髪が微笑む。



 また、バラバラにされてしまうのか…?



 黒髪の手が迫る。



 ヒタリと手が乗せられビリッと鈍い痺れが走った!



 「大丈夫だ、もう誰もお前を傷つけたりしない…だから怖がらなくていい」



 先ほどまで分からなかった音意味が、不思議とが分かるようになっていた。



 布の塊からも小さな手が伸び体に触る。




 「ごめんね…ごめんね…」




 澄んだ瞳が涙を浮かべる。



 アレの行動に、少し驚いた顔をしていた黒髪がにやりと笑った。




 「そうだな…今日からお前はコイツの弟だ!」




 黒髪の発言にその場にいた雌達が騒然となった。




 

◆◆◆





 出口を目指し足早に進む腕の中で、真ん丸の体がたぷたぷと揺れる。



 コレが魔王か?



 はっきり言ってびっくりだ!



 落下した俺達が見たのは、何もない空間。



 そこにただ置かれていた…いや、『在った』ソレの姿に驚きを隠せなかった。



 ソレはバスケットボールくらいの真黒な球体。



 まさかと思って、左目で何度もコードで見てもそこに何も表示されない…Lost Number。



 レンブランの知識によればこの世界の生物である限り、コードが無いわけなどない…であれば推測するにコレが『魔王』なるものである可能性が高い…と言うかそうだろう。



 解析すれはエネルギー源は、この無のような空間とのリンク。


 俺は、簡単なコードでそれをブロックして供給を止め無力化する…おかしい簡単すぎだ。



 まさかと思って、何やらもごもご蠢くソレを直接解析する…そこにはレンブランと同じく果てのない記憶が記録されていた。




 何千何万と切り裂かれ、死を迎えまた繰り返す。



 同じじゃないか…。


 レンブランとこの震える『魔王』とが重なって、俺は胸が締め付けられる。



 どうする?



 今この場で、完全体ではないらしいこの『魔王』を倒せば全てが終わるだろう。



 きっと、霧香さんや比嘉だって助かるだろうし赤ん坊だってガリィちゃんだってこんな因果から救われる…レンブランなら迷わずそうするだろう…けど!




 「ごめんね…ごめんね…」




 俺の読み取った魔王の記憶が伝わってしまったのか、赤ん坊が魔王に手を伸ばす。



 「叩いてごめんね…ばらばらにしちゃてごめんね…さみしいの…くるしいの ぼく悪い子だね」



 大きな瞳からボロボロ涙がこぼれる。



 これは、レンブランの中にあるどの『勇者』にも見られなかった感情。



 俺というこの世界に存在しなかった不安定要素が生み出したイレギュラー。



 

 救いたい。



 この二人を。



 なんの感情も持たず、ただ殺しあわなければならなかった小さな二人。



 避けられないのか?


 くり返し続けるのかこんな茶番を?


 いや、させない!



 あの女神の思うとおりさせるかよ!




 俺は震える『魔王』に告げる。




 「そうだな…今日からお前はコイツの弟だ!」



 魔王は初めて聞くらしい言葉の意味が分からないのか体を震わせる。



 聞き返そうにも、音を発生させる器官がないらしい…それどころか音や匂いとかそういうものを感じることも出来ないもしくは別の方法で感知しているのか…。




 俺は、音声をコードに変換し自分の名前を名乗り安心するように使える。




 「こっじ! ぼくにだっこさせて!」



 ちょこちょこと俺の周りをうろついていた赤ん坊が、両手を伸ばしせがんできた。



 へぇ…。



 「よし! いいぞぉ~丸いからなぁ絶対落とすんじゃないぞ?」



 その言葉にカランカ・リーフベル・メイヤがどよめく。



 丸い球体の形を取った体をそっと小さな腕にコロリとすると、少しきつい位の力で腕が体を締め付けた。



 「あったかぁい」


 

 赤ん坊の顔がふにゃりとほころんだ。

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