鍍金の賢者⑧


 


 ガキン!



 「ガァ!?」


 今度こそ首を刎ねるかと思われた一撃が弾き飛ばされ、狂戦士は激しく地面に叩きつけられる!



 「…いかに力を持とうとも所詮は獣…この体に傷など_____」



 純白のローブに血が滴り、痛みを覚えた大司教は指で頬を拭う。



 「なっ!」



 地面に這い蹲っていた狂戦士が、ふらふらと立ち上がる。



 「っぐ…コージが、ガリィのこと『繋いで』くれる…だから、いっぱいいっぱい力出しても、もう皆に酷い事なんかしない! 今度はガリィが、コージを赤ちゃんをチビもみんな護るんだ!」



 血走った金の目が、深緑のエルフを睨みながらその口元を綻ばせ大地を蹴った。



 大司教の目には、その姿が消えたように見えただろう。



 「ごぽっ!?」


 

 純白のローブが深紅に染まる。



 大司教の胸から背中に貫く腕が握るのは、拉げた肉の塊。



 ズボッと乱暴に引きぬかれた手の平から肉片を放り投げ、倒れ行く肉体に狂戦士は間髪いれず雷撃を打ち込む!


 

 傍目から見れば、ソレは圧倒的で慈悲など微塵も見られない。


 狂戦士は、倒れ身動きしない相手に何度も何度も雷撃を落とす!




 じゅううううう…………。



 黒焦げの肉。



 狂戦士は、ようやく雷撃の手を休めソレを凝視する。



 「くくくく…」


 

 焼け焦げた肉が笑い、むくりと体を起しがらんどうの目が狂戦士を見たかと思うとグチャリと肉を取り戻しこコロリとした深緑の目が揺らめきみるみる炭化した肉に血管が巡りみずみずしさ取り戻していく!


 「理性を保てるとは驚きだ、狂戦士…だが、女神の愛し仔である僕を倒すなんて出来ないんだよ」


 純白のローブをはためかせ、深緑の髪をふわりとなびかせた大司教は最後に指で頬を拭き傷をけしてしまう。


 「ちっ!」


 舌打ちをした狂戦士は、大司教から距離をとる!


 

 「ふふ…確かに強いな狂戦士…どれ、一つ面白い事をしよう」



 大司教の唇から、零れる『歌』それはまるで天から降り注ぐように全てを包み込む。



 「やめろ!」


 

 狂戦士が叫び、地を蹴って疾走した時には既に遅かった。


 


 『…けて…きえちゃう…もういや…どうして?』



 それは耳を掠める小さな声。



 グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…!!!!



 光の柱に囚われた、白い龍は咆哮を上げる。



 それは正に断末魔の悲鳴。



 大司教の唇から零れる美しい絶望の歌が、白き龍の自我を奪う!



 「ダメだ! がんばって! 助ける、ガリィが助けるから!」



 光の柱に閉じ込められなおも咆哮する白き龍の銀の瞳は赤く染まり血の涙を零しながら、自信にせまる金色に最後の言葉を伝える。



 『…アア… ニゲテ… コロシチャウ…』



 ガパッ!



 その巨大な口が、眼前に迫った狂戦士に向け開かれる。



 「!?」



 ジュゴオオオオオオオオオオオオオオ!!!



 吐き出された白い閃光。


 激しい熱が、狂戦士に直撃し白銀の炎に包まれた体が地面に叩きつけられた!



 「うがぁ! っ!」


 狂戦士は、まとわりつく白銀の炎を自らの魔力で弾き飛ばしたが油断したのかそのダメージは大きい。



 ドガッ!


 這い蹲った狂戦士に、巨大な龍の尾が叩きつけられる!




 「がはっつ!?」



 「…流石、頑丈だな」



 柔和な笑みに狂気を乗せて、龍の尾と地面に挟まれ足元に転がる狂戦士と呼ばれた獣人の少女を深緑の瞳が嘲笑う。



 「お前…この子になにした…」



 金の目が、いまにも噛み付かんばかりに睨みその口から牙を剥き呻り声が洩る様を目の当たりににいた大司教は満足気に微笑みを強める。



 「苦しまないように、自我を潰したのさ…こうなればいかに『精霊獣』といえどもう元にはもどらない」



 「…! …!」



 言葉を失う狂戦士の様子をさも楽しげに見下す大司教は、その笑みを強めた。



 「なんだ狂戦士、その力があれば精霊獣を倒せるだろう? のしかかる尾も切る事が出来るはずだが?」


 「そんな事できるわけないだろ!」



 声を荒げる狂戦士に、大司教の笑みが強まる。



 「精霊獣に自分を重ねるか…哀れな」



 わざとらしく眉を下げ、哀しげな表情を浮かべた大司教が手をかざすとまるで空間から取り出されたように現れたのは白銀に輝く重量のある出縁形のメイス。



 その滑らかな細腕のどこにそんな力があるのか、大司教は軽々と片手でメイスを振り回しうっとりとその細やかに刻み込まれた装飾を愛でた。



 「美しいだろう? 女神様の加護こそ聖剣には劣るがその威力造形は引けを取らない…」



 地面と太い龍の尾に惨めに挟まれた狂戦士を見下す深緑の瞼が弓なり、美しかった笑みは嬉々とし醜悪に歪む。



 「…すぐに殺しはしない、とどめは勇者様が直に手を下さねば意味がない」



 大司教は、メイスを振り上げる。



 「まずは、足を潰す…次に腕」 


 「!!」



 見開く金の瞳に、歪む笑みを更に吊り上げた大司教は遂にメイスを細くも強靭な狂戦士の足めがけて振り下ろした!



 切るではなく、叩き潰す。



 それも、女神の加護を受けた武器ともなればいかに癒魔法に優れたリーフベルの力を持ってしても回復は難しいだろう。



 地面にめり込むメイス。


 走る無数の亀裂。


 ゴキンと言う鈍い音と、広がる赤い波紋。



 「ほう」



 深緑の瞳は、口惜しそうに抉れた地面を見る。



 「っ…ぐぁっ!」



 メイスが振り下ろされた少し先の地面から這い出る金の影。


 苦痛に顔を歪めてはいるが、幸いにも足は無事だが…ぽたり。



 「ククク…尾を捨てたか」


 「ふっ、くっ…!」

 


 大司教の嘲笑を、噛み付くような目で睨む獣人の少女に先程まであった金の稲穂ような見事な尾は無くそこには20cmにも満たないひしゃげた赤い肉が血を滴らせているだけだ。



 「獣人の誇りである尾を捨ててまで長らえたいか…愚かな…もがけばそれだけ苦しみがますと言うに」



 大司教の唇から歌が零れ落ちる。



 ガアアアアアアアアアアア!



 今まで、その動きを止めいた白い龍『聖霊獣』にしてこのフェアリアの王が自我をなくした目をらんらんとさせ立つことさえままならない獣人の少女に向け口を開く。



 「ごめんね…ガリィ助けるって言ったのに」



 聖霊獣の口から放たれた白銀の光が、迫るが尾を失って素早い動きのままならない少女には避けようが無い。



 「お兄ちゃん、コージ…ごめんね…」



 迫る閃光に、少女は目を閉じた。



 「馬鹿かお前」



 黒い影。


 避けていく光。



 「こーじ…?」



 無言の背中は、少女を守る。


 それが、当たり前のように。

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