鍍金の賢者③



 「うえっ! もうきつれち~ウップ」


 「しっかりしろ! もっかい飛ぶの!」



 メイヤから、情けない声が洩れガリィちゃんがそれを諭す。



 この中で一番の年長者であるメイヤだったが、この状況は確かに辛いかもしれない…何故なら現在メイヤとガリィちゃんは背中合わせに紐で固定されている。


 身長はガリィちゃんのほうがメイヤより高いので、背中を合わせた状態でメイヤがガリィちゃんにおぶさる感じでなんだがガリィちゃんがメイヤを装備してるみたいだなW




 「ぴぎゃぁ!?」

 

 

 ガリィちゃんが、メイヤを装備したまま地面を蹴り飛び上がる!


 その衝撃は地面が抉られるほど強力だ、メイヤを装備したガリィちゃんの姿はあっという間に遥か上空へ消える。



 コレでも狂戦士の力になんて殆ど頼っていないのだから驚きだ!


 

 素でそれですか…パネェ…!


 

 ジジジジジ。


 

 不意に、左目に空の青と燃え盛る森が映りこむ…まただ。



 「無意識かよ…」



 

 俺は頭を抱える。




 左目に映るのは、まるで空の上から見下ろしたような燃え盛る森。


 それは、見まごうことなくガリィちゃんの目に映る風景だ。




 ドンだけだよ比嘉!


 

 俺は、自身とガリィちゃんに刻んじゃったコードの製作者でクラスメイトの比嘉切斗に無言の悪態をついた。


 コードと言っても、俺が数値化して見ただけで多分何らかの契約とかそんなんだと思うけど…なんなの!?


 お前、あのオレンジの兄ちゃんとそんなにシンクロして何がしたかったの?


 つーか、やっぱりそっち系…いやいやそれ所じゃねーぞコレ!?



 確かに、確認もしないで使った俺にも非があるがまさかこんなにも全てを共有するような物だとは思いもしなかったんだよ!


 恐らく、ガリィちゃんは無意識に俺に同調してる…もしも俺が幾つかの回避コードを張ってなければ相互100%な上に意識や魔力の共有どころか五感までもリンクしてしまうだろう。


 

 そして、今は予想していたとはいえ更に厄介な事に…。



 「リーフベル、あと15秒でくるぞ」



 それが分かる俺は、歌うリーフベルに伝える。


 歌は、より強く魔力を一層高めそれに気が付いたカランカが馬車に駆け込む!




 ドゴォォォォォォォォォォォ!



 その瞬間空が真っ赤に染まり、炎の塊がまるで隕石のように落下してきて馬車を引くコッカスが歩みを止め反応的に地面に伏せる。



 これでかと言うくらいの熱エネルギーが、燃え盛る枝を振り上げた生ける木々を一瞬にして炭化する…メイヤの放った現在自信の使える魔法の中でも5本の指に入る破壊力を持つ「フレア」。


 本来なら無属性魔法だが、それにオリジナルの術式を書き込んで炎属性の魔法として全体破壊と蠢く木々を焼き払う。




 「わぁお」



 森は…いや、元:森はリーフベルが『歌』によって守ったコッカスの引く馬車の範囲以外の殆どが焼け焦げ元が何だったのかよく分からないくらいに炭化した木だったものと地面が馬車の荷台を引くには不向きな赤土むき出しのボコボコとしたモノに変わってしまった。


 ズダンと、空から金と銀が落ちてくる。



 ガリィちゃんは、停車する馬車を見つけるとすっかりグデングデンになったメイヤを背負ったまま笑顔で駆けて来た。





 「コージ! 見てた? 見えてたよね? ガリィがんばったの!」



 馬車の荷台に飛び込んできたガリィちゃんが、赤ん坊を抱いていた俺にぐりぐり頭を摺り寄せ遂にその間に割り込む!



 褒めて褒めて!と、俺と赤ん坊の間に頭を埋めるガリィちゃんは何とも可愛らしいが背中に装備されたままの哀れな魔道士はげっそりとした顔でうらめしそうに俺を睨らんだ。



「ウップ…吐きそうれち…う"ッ!」



 見かねたカランカが、ガリィちゃんとメイヤを固定していた縄を切り小さな体をひょいと持上げて荷台の乗り口から頭を外に出してやる。




 「うげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 小さく可愛らしい外見からは普段聞けないような苦痛に歪んだ『漢』らしい声…無理も無い。



 この森を焼き払う為、上空からの魔法攻撃を段階ごとに10回ほど行なったのだがそのたびガリィちゃんの脚力による飛翔に伴う"G"が体に負荷を______うわぁ…絶叫系の乗り物NGの俺からしたら想像だけで吐けそうだ!



 回避コード張っててよかったぁぁ~!!


 現状況で相互100%だったらガリィちゃん経由でイメヤの五感までシンクロするもん!


 そしたら俺までゲロ祭りだ!



 「うっぷ!!」


 「大丈夫かい? 吐けるだけ吐いちゃいな…ほれ水も飲んで」



 カランカが、甲斐甲斐しくメイヤの世話を焼く。

 

 俺はそんな面倒見の良い姉御の背中を、ゴロゴロ喉をならす金の髪を赤ん坊と一緒にもふりながら眺める。



 レンブランは、カランカのああいう姉御肌な所が好きだったんだよな…。




 リーフベルの歌が止む。



 どうやら森には完全に燃え尽きたようで、リーフベルは深く溜め息をついて馬車の荷台を覗く。



 「成功したみたい…けれど_____」



 ゴゴゴゴゴゴゴ!



 突如、地面がゆれリーフベルの言葉が打ち切られる!



 どうやらおでましの様だ…ここまで徹底的に住処を破壊されたのではさぞご立腹だろう。



 「はっ! 本当に現れるなんて…アンタには全てが見渡せるのかい?」



 メイヤの背中をさすっていたカランカが吐き捨てるように言って、俺を鋭い眼光で睨む。



 

 カランカの殺気に、今まで気持ち良さそうに喉を鳴らしていたガリィちゃんが顔を上げスタッと俺と赤ん坊の前に立ちふぅぅぅ~と髪の毛を逆立て牙を剥き鋭い金色の眼光で睨みつつ臨戦態勢を取った。



 「なんだい? やるのかい? 狂戦士…!」



 地響きが止まない決して広くない馬車の荷台で殺気をぶつけながら睨みあう赤と金…濃いぃなぁ~気迫に当てられた赤ん坊が涙目だ。




 ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!




 今にも互いに飛び掛らんとした刹那、激しい揺れと何モノかの雄叫びがビリビリと空気を振動させる!



 「うぉ!? うるせぇな!?」


 

 馬車の荷台の中にいるにも関らず、この五月蝿さ!


 赤ん坊を抱いていた所為で押さえられなかった左耳がキーンって…げ!?



 俺は慌てて腕の中の赤ん坊を見る!


 ほっ、赤ん坊はその小さな手で可愛く両耳を押さえて眉間に皺を寄せている…ぐうかわ!



 嗚呼くそっ!!


 スマホが無事だったらぜってー写メ取ったのに!


 なにこのもどかしさ!!




 「カランカ! メイヤ!」



 リーフベルが叫ぶように仲間を呼び、その声にようやくカランカは睨みながらも臨戦態勢を解除し荷台から外へ出る。



 

 「…!」



 荷台から外へ出たカランカは言葉を失った。



 無理も無い。



 それは、余りにも巨大な………ブルンブルン。



 「う 牛さんれ…ちぃ?」



 具合の悪そうな顔をしたメイヤが、視線の先にそびえる直立二足歩行の20mはゆうに越していそうなお馴染のあの白と黒のシミ模様のそれの豊満な乳をわなわな震えながら指差す。




 森の番人。



 その巨大な乳牛は、本来ならこの森を護っている精霊の一種だが魔王の魔力の影響を受け森が変質したようにすっかりその姿を変貌させたらしい。



 ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!



 地面を揺らし空気を震わせる『憤怒』の雄叫びが、対峙するカランカ、リーフベル、メイヤの身を硬くする!




 「ちっ! なんて魔力だい!」



 発せられている魔力は、間違えば下位の精霊獣に匹敵するかと思われる程に膨張し今にもはち切れんばかりにブルンブンルンして!



 「ええい! 目のやり場に困るんだよ!!」



 カランカは思わず目を背け、メイヤがうぷっっと口を押さえ、リーフベルはそれから目が離せない。





 


 揺れる、揺れる…。


 それはそれはたっぷんたっぷんと。



 巨大な牝牛の巨大な乳。


 ほんのりピンクに染まり、搾乳してくれと懇願しているかのようようにビキビキと血管を走らせている。



 その光景は、思春期まっさかりの男子中学生に深刻なトラウマを植え付けるには十分な代物だ!




 キモイ! キモ過ぎる!!!




 「…俺、当分牛乳いらねぇ…」



 赤ん坊も眉間に皺を寄せ『あ~う』と、同意見のようだ。



 「好き嫌いはダメだよ、コージ! …お肉あんなにいっぱい…きっと美味しいよ! すぐ獲ってくるからね!」



 ガリィちゃんは、金の目をキラリと輝かせ学ランの裾をはためかせながら荷台から飛び出していく!



 喰うのかアレを!?


 なんと勇ましい…俺の嫁がワイルドすぎる件についてw




 「…今日の晩飯はサーロインステーキでいいか…?」




 取り合えず牛肉を使った料理をかたっぱしから脳裏に浮かべる俺を尻目に眉間に皺を浮かべたままの赤ん坊は、小さく『まんま…』っと呟いた。








 どごごごごご…ずがぁぁぁぁぁん!!






 数秒後、焼け焦げた大地がゆれ断末魔の叫びが響き渡る。



 雷撃。


 斬撃。


 炎撃。


 回復呪文。



 あらゆる攻撃が、直立二足歩行の巨大な牝牛を襲う!




 「あーーーだめぇ!? 焦がしたらコージが遊べなくなる!」


 「しったこっちゃないね! よーく焼くんだよ! 跡形も無く!!」


 「コレばっかりは食べたくないれちぃぃぃ!!!」


 「今日のお夕食…ミディアムレアでお願いしょうかな…」



 リーフベルは、サーロインステーキの為に火力を弱めているようだ。




 俺は、そんな四人の戦う乙女達を馬車の荷台かかる幌を捲って伺う。


 最初あの巨大な姿に慌てた面々だったが今はすっかり相手を翻弄し倒すのも時間の問題だろう。



 やはり、流石と言うべきだ。



 いくらレンブンランのキオクの彼女達に比べて実力的にも劣るとは言え、此処まで旅をしてきた実績は本物だ…聞けば倒した精霊獣は5体で残るは精霊の国に1体と未確認の闇の精霊獣だけとのこと。


 

 といっても、精霊獣の中でもこの二体はほかのものとは別格でとりわけ闇の精霊獣なんかお前がラスボスかってくらい強いらしいがそれでも後二体倒せば魔王に手が届くと言う所まで来ているのは間違いない。




 状況を整理すると、現段階はRPGなんかで言うところの物語としては殆ど終盤のほうでよほど突飛な事でもない限り魔王に行き着くには問題ない位にはあの従者3人は強い。



 通常のシナリオなら、狂戦士を倒し勇者を再生したあと精霊の国の精霊獣及び闇の精霊獣を倒し全ての精霊獣の力を吸収し完全体になった勇者によって魔王が倒されて世界が救われると言うトゥルーエンドを迎えるはずだった。



 が、突飛な事は起きてしまった。



 『俺』と言う存在だ。



 何千何万と繰り返してきた"世界を救う"プロセスのにおいて初めて現れた異世界からの訪問者と言う『分岐』。



 俺は、牝牛に向って嬉々として雷撃をぶちかますガリィちゃんを見る。


 この段階で、狂戦士は生存し既に再生されてた勇者は赤ん坊…レンブランの悲劇に目をつぶって考えてもこの状況は世界にとってありえない。




 『ああ、コージ…ボクの希望…そして世界の絶望』



 脳裏に刻まれた、レンブランのキオクに残る死の間際の喜びに溢れた感情。


 

 レンブランにとって、俺は奇跡のような存在だったのだろう。



 が、この世界からしてみればホント、俺なんていらない…余計な存在どころか破滅をもたらす危険分子だ!



 事実、俺はこの世界を救おうなんて一切考えてはいない。


 当然だ、なんせ俺とこの世界は全くと言って関りの無い場所で出来ることなら一刻も早く元の世界に帰りたいとさえ思っている!



 けれど…帰ろうにもその手段が見つからない、それにその手段になりえる筈の比嘉と霧香さんがこの世界の何処かに。




 それに、何より俺は約束した!




 稲妻を纏う金色が宙を駆け牝牛を翻弄する中、俺の視線に気付いてにっこり笑う。



 レンブランと約束した…ガリィちゃんを護るってせめて誰からも殺されなくなるまで…。





 「こっじ、こっじ!」




 片腕に抱いてる赤ん坊が、『こっちみて』っと言いたげに手足をぱたぱたさせる。


 


 「もちろん、お前のことも護るさ」




 柔らかいほっぺたをぷにっとしながら俺は、比嘉の言ってた事を頭の中で復唱する。





 "_____お前は魔王に会わなければならない!"





 全ては、魔王に会った時に分かる。


 俺は、その為にわざわざこのパーティーに加入したんだから!



 丁度その時、カランカの放った残撃が森の番人を跡形も無く吹飛ばした。





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