俺、胸は2つ派なんだ
------------------------------------------------------
「へえ、意外だね」
「なにが?」
真っ暗な空間で、もう一つの存在はソレに声をかけた。
「そんなに可愛がるんだから、夢枕にくらい立つのかと思ってたよ」
「うん、寝顔を堪能させてもらってるよ~♪ ねぇ見たい? みたいでしょ? ゲロかわだから遠慮しないで~」
「いや、別に…」
真っ暗な空間に波紋広がり、まるで真上から映したように浩二のいる牢の映像が浮かんだ。
「っつはw全裸で腰にシーツとかマジ受けるwww何学ランあんのに着ないの馬鹿なのwwwww」
ケタケタ笑うソレを尻目に、もう一つの存在は訝しげに映像を眺める。
「アレが、あの世界に下りてやっと一日…」
その言葉に、笑い声はピタリと止んだ。
「ああ、そろそろ動くだろうさ『世界』が」
「いいの? あのままではひとたまりもないよ?」
少しの沈黙。
「やれる事はやった…後はアイツしだいだ…」
ソレは、静かな声で呟いた。
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体が痒い…。
記念すべき、異世界二日目。
人生で初めて藁の上で眠った俺は、背を虫に刺されていた。
せめて、着替えてから眠ればよかったな…うん。
よく考えれば分かる事だ、地肌に草じゃ虫に刺して下さいと言ってるもんだよなぁ…服って偉大なんだ…一つ教訓が出来た。
はぁ…ノーパンだけどシーツ巻いてた下半身が無事なだけマシだな。
バリバリ背中を掻きながら、体を起こして周囲を見回す。
「レンブラン?」
殺風景な牢で直ぐに視界に入ったのは、この世界に到着してから世話になりっぱなしのレンブラン・ガルガレイの丸々としたふとましい背中。
何やってんだ?
レンブランは、俺に背を向けて牢の鉄格子の前に座っている。
「レン__」
「しっ!!」
レンブランに制止され、俺は口を噤んだ。
よく見れば、金髪のぼさぼさ頭に埋もれていたレンブランの耳がピンと立ち正面を向いている。
音…聞いてるのか…?
「…大変だ…!」
レンブランが小さく呟く。
「コージ!! 今直ぐ此処から逃げなきゃ!」
「え?」
振り返った、レンブランの表情は険しい。
「聞いたでしょ! 早く服着て!」
「いやいや! ナニそれどゆ事?」
話の通じない俺に、レンブランは訝しげな顔をする。
「…もしかして、聞こえなかったの?」
首を立てに振ると、困惑した顔でレンブランが俺を凝視した。
「…コージって、力もすごく弱いみたいだし…よく分からないけど魔力とかも感じないし…モノを見る時もかなり近づいてるよね? もしかして目もあまり良くないんじゃない?」
「ああ、まぁ…そうかな?」
筋力や体力は、体力測定測定でも平均だし確かに強いほうでは無い。
視力に関しては、親父の家系が眼鏡族だから遺伝だろうし魔力については…貰えないらしいからどうしょうも無いだろ!
「今までどうやって生きてきたの?」
レンブランが、不思議そうに俺を見た。
さぁね!
大方、マンガやアニメを貪りながら平穏無事に暮らしていたろうよ!
今更だが、俺は何を隠そう世間で言う所の『オタク』の部類だ!
マンガ・ゲーム・同人に至るまでそれなりに網羅するのは初期動作過ぎない!
…と言っても、我が心の友にして次期マンガ同好会会長の仲嶺仁に言わせて見ればLVは下の下…愛が足りないらしい。
だからと言う訳ではないが、現状に置いて『異世界ya●oooooooo!!』とか無いです。
むしろ、非チートとか難易度高すぎです。
異世界の住人に哀れまれてる時点で、お家に帰りたいです。
俺はレンブランに促され、慌てて学ランを着用する。
「何が聞こえたんだよ!?」
「…が来る…!」
「は?」
「だから! 来るんだよコージを『討伐』する為に!」
え?
来るって何が?
俺を…何だって!?
「大丈夫! コージの事は、ボクが必ず守るから!」
レンブランは、鉄格子の向うを睨む。
なんかカッコいいぞ! レンブラン!
パンイチ金髪肥満体とか思ってゴメンナサイ!!!
俺が、学ランを着用したのを確認するとレンブランはおもむろに口を開いた。
「コージ、もう少しでグラチェスさんが朝食を持ってくる! だから…」
レンブランは手短に俺に作戦を説明する。
「かなり、古典的だけど今はコレしか思いつかないんだ…!」
「いいや、こっちこそ俺の為に…」
「ううん、コージがこんな事になったのはボクの責任だし…ソレに…」
「?」
ガタン!
格子の向うの、外へ繋がる木製のドアが動く。
「!」
「いい! コージ!」
俺は頷く。
今は、此処から逃げる事だけ考えよう…レンブランの誤解を解くのはその後だ!
◆◆◆
遡る事、少し前。
グラチェス・ノームは、パンケーキを焼いていた。
ここは、村にある唯一の鍛冶屋であり彼はそこで妹と暮らしている。
鍛え抜かれた上腕二頭筋がフライパンを振るたびにうねり、三角巾で髪の毛を押さえた額から薄っすら浮いた玉の汗が頬を伝う。
10枚目のパンケーキを焼いた所で、グラチェスはコンロの火を消した。
「ふう、後は…」
無骨な指が、木のボウルに手なれた様子でパンケーキにかけるソースの材料をほうり込んでいく。
幼い頃に母親を病気で無くした為、グラチェス料理の腕はなかなかのモノだ。
全ての、材料を入れシャカシャカと泡だて器をリズミカルに動かす手が不意に止まった。
「おっと、コレコレ…」
手にとったのは、『ミサイルビーの蜜』。
大きさは、30cm位の大きさでかなり獰猛な種類のハチで臀部から発射されるドリル状の針の威力は石壁をいとも簡単に貫通する。
捕まえるのはもちろん至難の業で、その額に蓄えられた濃厚な蜜は大国へ持っていけば今グラチェスが手にしてる小瓶程度でもかなりの値で取引される代物だ。
その貴重な蜜をグラチェスは、惜しげもなく全てボウルの中に流し込む。
「レンブラン…」
この『ミサイルビーの蜜』は、レンブランの大好物だ。
レンブランの喜ぶであろう顔を思い浮かべグラチェスは顔を緩める…が、直ぐにその表情は険しい物へと変わる。
グラチェスは、自分と同じく親がいないと言う境遇のレンブランをまるで本当の弟のように可愛がっていた。
まだ、オムツの頃から見続けて来たレンブランの事で知らない事などあるはずは無い…グラチェスはそう自負する。
だからなおのこと、レンブランの豹変振りに驚きを隠せない自分がいた。
グラチェスの知るレンブランは、今と同じく丸々と太っていて大人しい性格で気が弱く要領も悪い為よく同い年の子供に虐められて自分か妹のリラが毎日のように助けにはいって守っていた。
そのたび、『ごめんね…ごめんね…』と大粒の涙を浮かべるレンブランの口にミサイルビーの蜜で作ったキャンディーを押し込むと途端ふわりと笑顔を浮かべる。
そんなレンブランが可愛くて可愛くて、自分もリラも蜜が切れかける度に獰猛なビーの大群に切り込んだものだ…なのに!
パリン!
グラチェスの手に握られていたガラスの小瓶が砕け血が滲む。
(あの、レンブランが人に意見するなんて…オレをあんな目で見るなんて…!)
「兄さん」
背後から、妹のリラが声をかける。
グラチェスと同じ栗色の髪を後ろに一つに束ね、少し日に焼けた活発な印象の少女は折角の可愛らしい顔を歪め右手を血に染める兄にタオルを渡す。
「レンブランは大丈夫なの? 牢に入れられるなんて…何とか出来なかったの?」
栗色の髪から生えた尖った猫耳が、ぴくぴくと不機嫌そうに動く。
リラから無言でタオルを受け取ると、グラチェスは掌に突き刺さったガラスを抜き強く巻きつけ邪念を振り払うように皿に盛った十段のパンケーキにボウルから木ベラでソースをかけようとするがタオルが邪魔でヘラが上手く握れない。
「アタシがやる」
リラは、兄からボウルとヘラを奪いパンケーキにたっぷりソースをかける。
「コレ、レンブランにもって行くんでしょ?」
そう言うと、リラはパンケーキを皿ごとバスケットに入れ無言の兄を見るとその憔悴した姿に事の重大さを痛感する。
小さな村だ、レンブランと村長の言い争いや『魔王の手下』と思われる黒い謎の生物の噂は一瞬にして広がった。
(滅多な事じゃ落ち込まない兄さんが、あんなになるなんて…レンブラン…一体どうしたの?)
ふらふらと、バスケットを抱え家を出ようとする兄の後をリラは追いかける。
(もしも、アタシ達のレンブランに魔王の手下が何かしたと言うのなら『勇者様』が到着する前に___アタシが殺してやる____!)
しょげた兄の背中に着き従いながら、リラは怒気を高めた。
◆◆◆
バスケットが地面に落ちる。
「_____!!!」
グラチェスの目に映ったのは、格子にもたれる変わり果てたレンブランの姿。
「レンブラン!!!」
震える手で胸のポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込もうと奮闘し、やっと牢の扉を開ける。
「ウソだ…そんな…レンブラン!!!」
格子にもたれるように座り込むレンブランは、全身真っ赤に染まりピクリとも動かない。
グラチェスは、動かぬレンブランを抱き締める。
「レンブラン…くそっ! 何で! 何で! お前が…」
止め処なく溢れる涙が、赤く染まったレンブランの頬に落ち白い筋を残す。
抱き締めた体からは、咽返るような甘い匂いがする。
それは、レンブランの畑のドンドルゴの匂い。
何故、こんなに全身から? っと、眉を潜めた瞬間今まで身動き一つしなかったレンブランがグラチェスにしがみついた!
「グラチェスさん! ごめんなさい!!!」
レンブランの体から黄色い閃光が走る!
「ガハッ!!!??」
グラチェスの体がビクンと跳ね、そのままガクンと動かなくなる。
「今だ! コージ!」
レンブランの合図で、俺は身を潜めていた藁の中から這い出す。
「おい! 大丈夫かよ!? その人!」
俺は、白目を剥いて泡を吹きながら痙攣する上腕二頭筋の安否が気になった!
正に、リアル10万ボルト!
やはり、連日それを喰らっている某モンスターマスターを目指す少年は相当頑丈なんだろうなぁ~なんてそんなどうでもいい思いが去来すいる。
「大丈夫! この位じゃグラチェスさんは死なないよ!」
「そっ、そうなのか…?」
ソレにしては、口から吹く泡が若干赤い気がするが…ま、いっか。
今は、他人の事より自分の心配だ! こんな所で死にたくねーし!
俺は、開けっ放しの牢の扉から外に出る。
レンブランは、着ていたシャツを脱ぎ顔に塗った果物の汁を拭いながら痙攣するグラチェスを見た。
「本当に、ごめんなさい…」
「レンブラン!」
俺に呼ばれ、レンブランは気を取り直して牢を出る。
「いい、コージ? まず第一段階は完了だよ。 でも、厳しいのは此処からだ! 今からコージとボクは、村を突っ切てボク家に行かなきゃならない…誰にも見つからないように細心の注意を払う必要がある…いい! 絶対だよ!」
「おう…!」
レンブランが、壁に掛かっていた短めのローブを窮屈そうに着る。
明らかにサイズが合っていない…いっそ上半身裸のままの方が幾らかましにみえるだろう。
俺は、レンブランに促され表に続く扉に手をかけた。
その瞬間。
ガチャ。
「兄さ___」
「い!?」
出会いがしらに避ける間もなく人影に衝突した俺は、派手に後ろに倒れ後頭部を強か地面にぶつけ更にぶつかった人物が覆いかぶさるように俺の上にのしかかった!
「ぶぶぶ!?」
『彼女』は、俺より背が高いのだろう。
俺の顔面が、彼女の胸に埋もれる!
「!!!!!!」
何と言う事でしょう!?
彼女は、ノーブラです!!!
なにこのマシュマロ感…ここは天国ですか!?
神様! ありが……?
あり?
なんか変だ…何かって聞かれると、あれなんだけど……俺、初めて触ったからかな?
顔をはさみ込むような至福の感触はさておき、今俺の両手にある感触はなんでしょう?
いやいや、腹のぜい肉とかじゃないですよコレ…ちゃんと突起もあるし…。
じゃあ、今俺の顔を挟んでるパーツは?
手を滑らせると、更に下にあと二つ……6? 6って…なにどゆ事?
流石に息苦しくなって、谷間から脱出すると持ち主と目が遭う。
マッチョガイと同じ栗色の瞳が、俺の顔を捉えた。
「「………」」
あまりの事に、言葉を失ってお互いに口をパクパクと動かすのがやっとだ!
「り、リラ、落ち着いて…これは事___」
レンブランに気付いた彼女の顔が、みるみる赤くなる。
「ふぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
リラと呼ばれた彼女が、叫び声を上げながら俺から飛びのいた勢いで扉に背中をぶつける。
「きゃあ! きゃあ! ナニ!? なにすんのぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「しー! しー! リラ! 叫ばないで! お願い!!」
レンブランは、何とか黙らせよう興奮状態のリラの口に手を当てる。
ガリッツ!
「っつたぁ!!!」
「黙れって何! コイツ…胸! 胸揉んだ! 全部!!!!!」
リラの叫び声が聞こえたのか、外が俄かに騒がしくなる!
「まっ、不味い! コージ! 早く!」
「おっぱいが…6っ…ブツブツ……おっぱいが…6?」
呆然と座り込む俺の肩をレンブランが、必死に揺する。
「大体の獣人女子の胸は6つだよ! 何言ってんの!! しっかりして! 早く逃げないと皆が集まって来ちゃうよぉ!!!」
レンブランは、俺を軽々と立たが扉の前にはリラが立ちふさがている。
「リラ! お願いだ__」
「ダメ!」
有無を言わせない気迫で、リラがレンブランの言葉を切った。
「レンブラン! 一体どうしちゃったのよ!? そいつに何かされた?」
リラが、俺を睨みつける。
「違う! コージは関係ない! これは、ボクが勝手にやってるんだ!」
「そんな訳ない!! こんなの、アンタらしくない!」
リラの言葉に、レンブランの表情が険しくなった。
「『らしくない』って、何だよ…! リラに、リラにボクの何が分かるって言うんだ!!!」
レンブランの言葉に、まるで信じられない物を見るようにリラの表情が強張る。
「どいてよ! ボク等は急いでるんだ!」
俺の手を引いてレンブランが、足を踏みだし_____
ボコッ!
「え?」
突然、地面が隆起しそれがまるで人の手の形になったかと思うとソレは踏み出したレンブランの足を捕らえる!
「うお!? 何だコリャ!?」
俺は、慌ててレンブランの側から飛びのく!
「リラ!」
レンブランが、扉の前に佇むリラを睨む。
「許さない…貴様!! アタシのレンブランに何をした!! コロシテヤル!」
リラの殺意の篭った鋭い瞳が、俺を捉える。
って、え?
ナニ?
何で俺が何かした事になってんの!?
リラの足元の地面が、ボコボコと音を立てながら歪に隆起する。
「やめて! リラ!」
レンブランが、リラに向って右手を突き出すとパリパリと音を立てながら黄色い光が集まる。
ソレを見たリラは、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
「レンブランどうして…!」
その表情に、レンブランが一瞬怯む。
怯んだ隙を突くように、レンブランの立つ地面に円形の幾何学模様…平たく言えば『魔方陣』が展開される!
「しま___!!!」
魔方陣から現れた巨大な土の手に、レンブランはすっぽりと体を覆われその人差し指と中指の間から辛うじて首を出した状態で拘束された。
「レンブラン!!」
「逃げて! コージ!」
レンブランが、叫ぶ!
って、えええええええ!!!?
逃げるって、何処に!?
ここは、牢があるだけの狭い建物でリラって子が立ちふさがってるあの扉の他に外へ逃れる術などない!
「『地の神ゲブの名を借り我、此処に命ず! 汝大地の礎となりて邪悪なる物を滅さん!』」
リラが、俺を見据えたまま突然大声で何やら唱える。
え!
ちょ! コレまさか魔法の詠唱ってやーつー!?
ターゲットはもちろん『俺』_____
「『アースアウェイク』!!!」
あ、死んだ。
◆◆◆
『アースアウェイク』
地の属性神の名を借り発動させる中級クラスの魔法。
レンブランから聞くに、この世界の魔法と呼ばれる類のモノは大体それぞれの属性神…火なら火の神・水なら水の神といった具合に神の力を己の魔力を媒体として発動させる。
その為、同じ魔法でも個人の魔力の潜在量の違いでその威力の差は歴然だ。
ソレを考えると、このリラって娘の魔力はきっとかなり強いんではないだろうか?
そこには、さっきまであった牢の入っていた建物は跡形も無く消し飛び瓦礫が散乱し集まっていた野次馬が数人巻き添えを食らったのか倒れている。
「何で…そんな…ありえない!」
リラは、まるで化け物でも見るような目で瓦礫の中に突っ立ている俺を見た。
「と、申されましても…」
建物が吹き飛び複数の村人が巻き添えを食らうような大参事の中、その中心にいた筈の俺は全くの無傷だった!
驚愕の表情を浮かべ硬直するリラの気持ちも分かるが、もっと驚いているのは攻撃された当の本人である。
なにコレ?
俺、死んでねーし?
ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉらっきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
「コージ…?」
背後からの声に振り向くと、巨大な手に拘束されたレンブランの姿。
「おおお! レンブラン大丈夫か!?」
俺は、レンブランに駆け寄る。
「うん、ボクは平気だよけどリラが結界____」
パン!
俺が、レンブランを囲む魔方陣に足を踏み入れたのとほぼ同時にまるで風船を割るような乾いた音がした。
「え?」
音がした途端、レンブランを囲んでいた魔方陣が消え土の腕がまるで砂のように崩れ去る。
「召喚陣と結界が消えた…?」
レンブランは、驚きを隠せないと言った様子で呟いた。
沈黙。
そこにいる誰もが、次の言葉が浮かばず只押し黙る。
「うだぁぁぁぁぁぁぁ!! 無理! この空気無理!!! 誰かなんか喋れ!!! てか! 何!? どうしたの!? 俺なんかした!?」
空気に耐えかねた俺は、フリーズしているレンブランの肩を掴みガクガクと揺らす。
「ぐにゃぁぁ!? ちょ! 待って! 落ち着いて! 考えてるか____」
バコォォォン!
レンブランの背後の瓦礫が、爆発する!
その中から現れたのは、眉間と二の腕に血管を走らせ血走った目で俺を見据える不死鳥の如く甦ったマッチョガイ____
「グラチェっ…!!!!」
振り返る間すら与えず、背後から太い腕が伸びあっと言う間にレンブランを俺から引き剥がした!
「殺れ! リラ!!」
え?
フシュンと音がして、俺の真下に直径2m程の魔方陣が展開される。
「今度は、逃がさない!!」
魔方陣からは、レンブランを捕まえたのと同じ土で出来たでかい手みたいなのが出現しガッチリと俺を拘束……出来なかった。
サラッ…。
俺に触れようとした土の手は、その寸前で砂のように崩れる。
「コージ!!」
「ダメだレンブラン!!! 奴は普通じゃない!!」
腕から逃れようとするレンブランをグラチェスは、力ませに抑え込もうとする。
「離してよ!!!!!」
バチッ!
「っく!」
先ほどと同じ位の衝撃がグラチェスを襲い、気を失わないまでも腕がしびれ感覚が無くなったのか力が抜けたようにだらりとする。
レンブランは、その力の抜けた腕から逃れ俺の方へ駆け寄よった。
「レンブラン! 何でよ!!」
「リラ! これ以上、コージに手を出さないで!」
レンブランは、俺の前に立ち両手をリラに向ける。
気が付けば、いつの間にか騒ぎを聞きつけた村人達が円を描くように集まりだしていた。
騒ぎに集まった村人達は、この状況に目を白黒させる。
崩壊した建物、『魔王の手下』を守るようにリラと対峙するレンブラン。
ざわざわ…『なんだ?』…『アレはレンブランじゃないか?』…『何故、魔王の手下を庇ってるんだ?』…『まさか、魔王に寝返ったのか!?』
人垣からは、そんな声が聞こえてくる。
「違う!! こんなの、いつものレンブランじゃない!!! あの黒いのに操られているのよ!!」
リラは、まるで自分に言い聞かせるように人垣に向って叫んだ!
「リラ___ボクは、操られてなんかいない」
「ウソよ! 信じない!!」
決意を固めた男は、涙目の少女を見据える。
…って、ナニコレ?
俺にどうしろと?
完全に物語の展開に置いてかれた俺は、シリアスムード漂う中呆然と立ち尽くす。
待て、ちょっと整理しようか?
・俺、異世界つき~の
・殴られ~の
・牢屋ぶちこまれ~の
・6乳もみ~の
・牢屋ふきとび~の
え~あとは……。
そうだ…『夢』を見たんだった。
テンプレそのままの真っ白な空間、何処からとも無く聞こえた『声』。
非チート宣告。
魔力無し、身体強化無し。
多分、俺この世界で生き抜くとか一人じゃ無理しょ?
嗚呼…自分で言ってて泣けてくる。
そして、アイツは言っていた。
『サービスを3つした』
と。
一つは、言葉。
二つ目は、出現場所。
例え、便器から男の尻に特攻させられたとしても今なら素直に感謝できる。
この二つが無ければ、魔力など一切持ち合わせていない俺はたちどころに死んでいただろう。
そして、俺の身に起きたこの現象こそ恐らく三つめ…!
多分…俺には、『魔法』が一切効かない…例えそれが自分の身を癒すものであったとしても!!
「何事じゃ!!!」
人垣の中から、聞き覚えのあるしわがれた怒鳴り声がするとあれ程騒がしかった村の住人達は一気に静まり返った。
「道を開けよ!!」
声の主の命令に、リラの後ろの人垣がさっと道を開ける。
人垣の引いた道を歩く見覚えのある老婆が、長い杖をつきながらリラの背後に立った。
「村長…違うんです! これは___」
リラの言葉を村長は、杖で制す。
「レンブランよ」
村長は、レンブランに杖を向ける。
「お主、己が何をしているか分かっておるか?」
レンブランは、無言のまま村長を睨む。
「これ以上、話しても無駄のようじゃの」
村長は、持っていた杖を高々と空に掲げる。
「この、クルメイラの代表として此処にレンブラン・ガルガレイを村から追放する事を宣言する!!!!」
村長の宣言に、その場にいた住人達がざわめきだす中レンブランは取り乱す事無く淡々した表情で宣言を聞いた。
「そ、そんな!! 村長!!」
リラは、村長の足元に跪く。
「どうか! どうか、レンブランを許して下さい!! 何かの間違いなんです!」
リラの懇願に村長は首を横に振った。
「リラよ、諦めるのじゃ…アレはもう魅入られておる」
村長は、涙を浮かべるリラの頬をそっと撫でる…って。
「おい、あの婆さん何ていった…?」
俺は、ふとましい背中に確認を取る。
「どうやらボクは、この村を『追放』されたみたいだね」
レンブランは事も無げに言った。
「おいおいおいおい! ダメだろ!? 何とかしないと!!」
慌てふためく俺とは対照的に、当事者であるレンブランは落ち着いたモノだ。
「コージ、落ち着いて…今はボクの事なんかよりも自分の心配をしないと」
「ナニ言ってんのぉぉ! おまっ、俺の所為で…!」
そのとき、俄かに人垣がざわめいた。
「なんだ?」
「…」
レンブランが、騒がしくなった人垣を睨みつける。
ガラガラガラ…。
馬車?
人垣の向うに何やら大きな黒い箱のようなものが、チラリと見えた。
それを見た村の住人達が、何処か怯えたように道を開ける。
黒い金属で出来た重厚な車輪が、地面の小石を砕く。
馬車と言えば、絵本とかメリーゴーランドなんかで見るのを思い浮かべるがこれは些かごついのではないだろうか?
引く馬は筋骨隆々とした漆黒の巨大な馬…いや、額にある角から察するにファンタジー御用達の伝説の馬ユニコーン! ただしブラックバージョンだ!
そして、その馬車の周りには3人の人物。
馬車は、人垣を抜け騒ぎの中央まで歩みを進めピタリと止る。
馬車の上からブラックユニコーンの手綱を引いていたフードのついた白いローブを着た人物が、横に座ったもう一人に手綱を託すと馬車から飛びおりた。
「これは、ようこそお越しくだされた」
村長が、白いローブの人物にやうやうしく頭を下げる。
「あれが?」
白いローブは、村長との会話もそこそこに俺達のほうを指差し何か言う。
声が高い所を見るとどうやら女のようだが、コンタクトをしていない俺の視力ではぼんやりと滲んだようにしか見えないのでその表情までは伺う事が出来無い。
白いローブの女に問われ、村長は頷く。
「そう…」
ローブの女は、此方に向き俺達の様子をじっと見つめる。
「雷属性の獣人に、魔力の欠片も感じない種族…初めて見るけどこれなら『発動』させる必要もないわね…」
ローブから伸びた腕が、レンブランへ向けられる。
「…まずい!」
レンブランの表情が強張る。
「『地の神ゲブの名を借り我、此処に命ず! 大地の礎より生まれし矢よ奔れ!』」
ローブの女足元に魔方陣が展開され、手に透き通った弓が現ると輝く矢を弦に宛がい引き絞る!
「『ダイヤモンドアロー』!!」
煌く矢がレンブランに向って放たれた!
「レンブラン!」
俺は、咄嗟にレンブランに向う矢の前に飛び差出す!
「コージ!?」
考える間も無く、光輝く矢が迫り___
ドゴオォォォォォォォォォォォォ!
もうもうと立ち込める煙。
激しい爆発であったにも関らず、対象の周辺のみを効率よく破壊し野次馬に興じている村の住人には傷一つついてない。
「ふっ…」
ローブの女の手から弓矢が消える。
「そんな…! レンブラン!」
村長の側にいたリラが泣き崩れる。
そんなリラを尻目に、村長はローブの女の下へ歩み寄りやうやうしく頭を下げた。
「流石は、勇者ご一行様…感謝致します」
「魔王の手下などと聞いていのに、あのように弱いとは…魅入られた青年には気の毒な事をしてしまいましたね」
ローブの女は、泣き崩れるリラを見つめる。
「村長、私は僧侶です。 よければ気の毒な青年の弔いをさせて貰えませんか?」
女はすっぽり顔を覆っていたフードを外す。
透き通るほどに白い肌に深く艶やかな若草色の長い髪、森の賢者と呼ばれるエルフ特有の尖った耳に知性を感じる緑色の瞳。
その美しさに、そこにいた誰もが息を呑んだ。
「なんと…従者の方に弔って頂けるとは、あの子も浮かばれましょう」
村長は、うっすら涙を浮かべまた深く頭を下げた。
地面に蹲り泣き叫ぶリラ。
話も聞かず、レンブランを村から追放した老婆。
ざわめきながらも、安堵する住人達。
事情も確認せず、あんなヤバイ魔法を人にぶっ放しておいて悪びれなく『弔ってやる』などと上から目線のエルフ女!
突っ込み処満載だ!
はははは…怒りを通り越して笑らけて来らぁ!
もうもうと立ち込めていた土埃が、風に流されそこに立つ人影に気付いた住人達がどよめく。
リラの顔に安堵が。
老婆の顔に戦慄が。
エルフ女の顔には驚愕が。
三者が見据える先には、無傷の俺。
放たれた魔法の威力は、俺を中心に放射状に逸れ背後には地面に伏せるレンブランとそれを庇うように覆いかぶさるグラチェス…っていつの間に!?
「信じられん…!」
グラチェスの、少し上ずった声が顔を見なくても恐怖しているのが分かった。
今この場にいる全ての民が、俺の事を見ている。
畏れ。
未知なる物を目の前にすれば、おのずと浮かぶ感情。
何百もの視線が、俺の体に纏わり付く。
嗚呼、なにコレ…超気持ちぃぃぃぃぃぃ★
「アナタ、一体何者!!」
悦に入る俺に、言葉を失っていたエルフ女が噛み付くように怒鳴った。
俺が何者かって?
そんなの決まってる!
「俺の名前は小山田浩二! 主人公共に巻き込まれた哀れな『モブキャラ』さ!」
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