異世界で非チートとかやる気失くす

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 落ち着け俺!


 考えるな!


 慣れるんだ!


 ……うん、無理だ!


 「マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 荒れ狂う亜空間を、ゲロ撒きながら錐揉み状態でスカイダイブ!


 冷静とか無理です!


 つか! 比嘉どこ行った!?


 なんなの!?


 こんな所で俺一人どうしろと!?


 その時、あれほど荒れ狂っていた空間が全ての動きを止めた。


 何にも見えない。


 漆黒の闇。


 俺の体はそのまま、真下に落下する!


 「うそぉぉっぉぉぉおぉぉぉぉぉお!?????」


 俺の叫びは、漆黒の闇に飲み込まれた。


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 青く晴れた空。


 白い雲。


 二つの太陽がサンサンと、畑の緑を照らす。


 この世界、イズールにある6大国の何処にも属さない国境にある小さな村『クルメイラ』。


 今や過疎化が進み若者のすっかり減ったなんの変哲も無い片田舎の村は、今日も何の変わりばえしない一日を迎えていた。


 そんな村で、レンブラン・ガルガレイもいつものようにベッドで目を覚ます。


 と、言っても目覚めは最悪。


 原因は、昨日無理やり飲まされた『ポポッサム酒』頭が割れるように痛い。


 レンブランは、二日酔いの頭痛を抱えながら体を起こす。



 ギチチチチ…。


 と、ベッドのスプリングが悲鳴を上げた。



 (う~ん、また、太ったかなぁ…?)


 呑気にそんな事を考えながら台所へ向い蛇口を捻ると、山から引いている冷たい水がバシャバシャと不規則に飛び出す。


 昨日の雨で、水引に何かつまったな…早く修理しないとなぁと、流れる水を近くにあった鍋に溜めてそこで顔を洗いながらレンブランは思う。


 「ふう」


 二日酔いの頭がようやく目を覚まし、頭痛がさらに倍増した。


 「はぁ…」


 レンブランは、シンクの縁に手を着きため息を付き近くにあったコップに水を汲んでゴキュっとのむが気分が悪いのは全く変わらない。


 たった今顔を洗うために水を張った鍋にはライトグリーンの瞳に金色の短髪と畳まれたままの耳、そして猫科の獣人とは思え無いくらいまん丸な顔が具合悪そうに揺らめく。


 レンブランは、子供の頃から太っておりその体型と足の遅さを良く馬鹿にされた。


 加えて、気が弱い事もあって言い返すこともろくに出来ない。


 昨日が良い例だ。


 ここ最近、魔物が村を襲う事件が近隣で発生したのでこの村でも過疎で残り少なくなった『若い衆』で見回りをするよう村長から命令されていたのだが…。


 皆やる気なし。


 配置につくも、少しもしないうちに酒まで持ってきて騒ぐ始末。


 注意しようにも、気の弱いレンブランにはそれが出来なかった。


 『お前も飲めよ!』


 そう、年上の男に言われ断れないまま…。


 当然、飲酒はバレた。


 何故か、自分だけ。


 レンブランは、罰として1週間の外出禁止を村長から言い渡された。


 元々、引き篭り気味だから大した事ないけどねっとレンブランは心の中で悪態をついて_______。



 ゴロロロロロロロロ~。


 「うっ!!」


 突如、下痢特有の腹痛がレンブランを襲った。


 「はぁぁ~これだからポポッサム酒は~!!」


 レンブランは、慌ててトイレに駆け込む。


 それは、レンブランが勢い良くパジャマのズボンを下げ洋式便座によく似た作りの便座に腰をおろしたときだった!



 ゴポッ!


 「え?」


 「ブラジャァァァァァァ!!!!!」


 「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!???」


 ぶしゃあああああああん!!


 突如、便座から飛び出した何かに臀部を強打されレンブランの体が空中で中途半端に回転しながらトイレのドアを突き破る!


 床に無様に叩きつけられ、尻に激痛が入る中レンブランは恐る恐る顔を上げた。


 そこには、無残に砕け散ったトイレだったもの。


 そして、その直ぐ隣には横たわる人影。


 まるで噴水のように噴き出す水を浴びるソレはピクリとも動かない。



 「えと、取り合えずどうしたらいいかな…?」


 誰かに知らせたほうが良いかな?


 でも、今『外出禁止』だし…などと考えながらもレンブランは尻の激痛も忘れトイレに床に倒れる人影に近づいた。


(何だろ? こんなの見たこと無い…!)


 横たわっていたのは、多分自分より年下の男。


 見慣れない黒い服に、黒い髪…こんなに黒い色の髪を持つ種族はレンブランは見たことが無い。


 とりあえず死んでいないか確認しようと手を伸ばした瞬間、男の目がカッっと見開く!


 「ひっ!!」


 真っ黒な瞳が、ギョロっとレンブランを捉える。


 「っぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 男は、奇声を発しながら勢い良く立ち上がった!


 「尻!! 尻が!! 俺! ちがっおげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 男は口から大量の吐しゃ物を巻き散らす!



 「にぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 ゴキッ!!


 レンブランは、近くにあった暖炉にくべる薪で発狂する男を殴り倒した。



        ◆◆◆






 あり? ま、いっか…これ、サービスだから。



 はぁ? 何が?


        ◆◆◆




 「はっ!?」


 目を開けると、そこは見知らぬ天井だったとか?



 「やぁ、やっと気が____」

 「へっ!? あ!? ここは誰だ!? 俺は何処だ!?」


 「あ、まだか…!」


 そう言うと、そいつは短いが太い木の棒を構えた。


 ふぇ?


 ナニそれどうするつもり!?


 そいつは、それを大きく振りかぶり明らかに俺に狙いを定める!


 「ちょ! 待て!? ストップ!? フリーズ!? ステイ!? 日本語わかーりますくわぁぁぁぁぁ!!!!」


 そう叫んだ瞬間、ピタッとそいつは動きを止めた。


 「ふう、よかった~やっと正気になったんだね~」


 目の前に迫った、パンイチの金髪肥満体がへなへなと崩れるように床に座った。


 金髪の髪に明るい緑色の目…てっきり外人さんかと思ったが、どうやら日本語が通じるようだ。


 しかし、何故にパンイチ?


 つか、コイツ今俺に何しようとした!?


 それ以前に、ここ何処?



 …そして、何で俺…全裸……?



 「うひょぉぉっぉ!?」


 俺は、掛けられていたシーツをたぐり寄せた!



 「お、落ち着いて!」



 落ち着けるか!?


 尻は無事だ! 多分…いや! きっと!!


 「君、行き成りゲロ吹いて…それに着てた服! 黒くて最初分かんなかったけど、物凄く血が付いてたんだよ! だから…何処か怪我してないか調べて…」


 パンイチ金髪肥満体が、おろおろと説明する。


 血…ゲロ…?


 「体に切傷は無かったから、返り血だね何があったか知らないけど」



 返り血…?


 あ! 比嘉!!


 「なあ! 比嘉は? 比嘉は大丈夫なのか!?」


 「ヒガ?」


 パンイチは首を傾げる。


 「俺と一緒にいただろ?」


 「何の事を言ってるのか分からないけど…此処に現れたのは君だけだよ?」


 俺は、その言葉に俄然とした。


 比嘉…!


 ヤベぇよ…あの出血じゃ!!!


 俺は、シーツを引きずりベッドから這い出る。


 「わあ! まだ寝てた方がいいよ!」


 パンイチが、慌てて俺をベッドに引き戻した!


 いくらか抵抗したつもりだったのに、俺の体はいとも簡単にベッドに沈む。


 何! コイツ!? 力強くね!?



 「何すんだよ!?」


 「まず、ボクの質問に答えて!」


 パンイチが、俺の両肩をガッチリ掴んだ。



 く! 動けない!!



 「君は、何処から来たの? 名前は?」



 ああ、このフレーズ…やっぱりそうか…。



 クラスメイトの妄言。


 亜空間スカイダイブ。


 見知らぬ天井に、RPGにありがちな中世ヨーロッパ風の古びた家。


 パンイチの金髪に埋もれる人ならざる『けも耳』。


 オタクの勘が全てを肯定する。


 ここは、異世界ってやーつーで、間違いないそして俺は_______。



 「ねえ! 聞いてる?」



 パンイチが、俺に詰め寄る。



 近い!


 なにこの人(?)種族は豚かな?



 「おっ俺の名前は、小山田浩二オヤマダコウジ…『日本』から来た」


 「…ニホン? 聞かない地名だ…」


 そりゃそうだろうな…。


 「ボクの名前は、レンブラン・ガルガレイ…気分はどう? 落ち着いた?」


 「ああ…」


 そうだな、まずは落ち着こう。


 「…ここは、何処なんだ?」


 「ここは、国境のさかいめにある村で『クルメイラ』だよ…んで、今君がいるのがボクの家でボクのベッドの上」


 パンイチ…もとい、レンブランは俺の目を覗き混んだ。


        ◆◆◆




 『俺、異世界から着たんだ! テヘペロ★』



 うっかり、そう言った俺にレンブランは無言でお茶を勧めてきた。


 砂糖無しの紅茶的飲み物をすする俺をレンブランが、まるで可哀相な人を見るような目で俺を見ている。


 う~ん…確かにコレが普通の反応か。


 「…大丈夫、安心して…君の…コージの親御さんが見つかるまで此処を自分の家と思っていいから!」


 そう言うと、レンブランは茶をすする俺の肩に優しく触れた。


 うん。


 俺、レンブランの中で残念な子にカテゴライズww


 てっきり警察?的な場所に突き出されるかと思ったが、レンブランにその気は無いようだ。


 しかし、心広いな。


 俺なら『異世界から着ました』なんて素で発言する電波野郎は速攻で家からたたき出すぜ?


 初めて出遭ったのが、レンブランで本当に良かった。


 でも、いつまでも此処にはいられない…事は一刻を争う。


 「ありがとな、でもゆっくりしてられないんだわ!」


 「何処行くってのさ!」


 「なぁ、レンブラン、ここら辺に『森』とかない?」


 「そりゃ、あるけども…?」



 俺の質問にレンブンランは、眉をひそめる。

 

 ビンゴ!


 比嘉の妄言から予測するに、きっと霧香さんが『勇者』的なもので比嘉は何らかの方法でそれに気付いてこの世界に渡ったんだろう。


 さしずめ比嘉は、『巻きこまれ主人公』と言った所だな。


 ファンタジーのテンプレからすれば、勇者は王国とか神殿とかそんな所に召喚とかされるはず。


 それに加え『主人公』的立場の人物に巻きこまれたもしくは望んで着いて行ったなどの『巻きこまれ主人公』はだいたい一緒にの場所に現れるか森とか崖とか砂漠とか人気の無いところに出現しがちだ!(例外あり)


 だから、恐らく比嘉は『森』の方にいるだろう。


 俺としては、早いところ霧香様か比嘉に合流して元の世界に帰る方向で何とかしてもらいたいのが本音だが。


 何せ、気にかかるのは比嘉の怪我だ…俺の学ランを血で染める程の出血。


 『巻きこまれ主人公』である比嘉がテンプレ的にいきなり死ぬ事は無いと思うけど…。


 「まさか…コージ、君『森』へ行くつもりなのか!?」


 レンブランは、かなり驚いた様子だ。


 「ああ、多分俺と一緒に来た奴がそこに居ると思うんだ!」


 「多分って…今、森は魔物で溢れ返ってるんだよ! もし、君の友達が森にいたとしたらもう…」


 レンブランは言葉を濁す。


 「あ、うん、ダイジョブ! ダイジョブ! 多分限りなくヤバイけど死にはしないと思うから!」


 「え? ナニそれ? その自信何処から来るの!?」


 それが、テンプレだからです!


 「兎に角、有難う! 最初に会ったのがレンブランで良かった!」


 俺は、腰にシーツを巻く。


 「あのね、コージ。 まとめに入ってる感じなんだけど…その怪我じゃ外とか出ないほうが良いと思うんだ」



 怪我?


 俺、怪我なんかして_______ポタっ。


 腰に巻いたシーツに、赤い染みが落ちる。


 んう?


 「ゴメンね…コージが正気を取り戻すまで大体5・6回コレで殴ったんだ」


 レンブランの手に握られていたのは、40cm程の長さの太い木…そしてその先端はべっとりと血で赤く染まっている。


 「ほら、悪い所は叩けば治るって言うでしょ?」


 にっこり微笑むレンブラン。


 叩けば治るとか…ナニそれ…ナニ系発想…?


 怪我をしていると認識した途端、ズキンと頭部に痛みが広がる。


 急に起き上がった所為か、パタパタと血が真っ白なシーツに落ちた。


 うげ…量が多い…!


 ぐらんと世界が回りだす。


 「大丈夫、きっと明日には家とか家族とか思い出せるから…今はおやすみ」


 「ちが…俺、電波とかじゃないか…ら……」


 ヤバ…比嘉…!


 レンブランが、俺をそっとベッドに寝かせる。


 あーこれヤバイかも…よく考えたら俺、主人公でもないし比嘉みたく目的があってこの世界に来たわけじゃない。


 いわば、完全な部外者。


 この世界や、物語にとってさぁ…俺いらなくね?



 て、事は下手したら  し   ぬ   ?


 そのまま、俺の意識は暗転した。


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 ぺちぺち!

 べしべしべし!!

 げしげしげしげしげし!!!



 痛ぇなおい!!!


 「おお! やっと気が付いたか!」


 気が付くとそこは真っ白な空間だった。


 あ、やっと来たか テンプレ 『そこは真っ白な空間だった』。 


 よっしゃ!


 多分ここで、『神』とか『創造神』が出てきて俺にも何かチートな能力が____



 「無いよ」



 は?



 「だから『無いよ』! つかさぁ~たかがモブキャラの分際で『主人公』や『巻き込まれ』と同じ待遇が受けられるとか思ってんの??? テラワロスwwwww」


 え…まじっすか!?


 「うん、お前、別に手違いで死んだとかそう言う訳じゃねーし、特に『不幸』だとか『生まれ変わり』とか物語背負って立つほどのキャラじゃねーし?」


 じゃ…俺の立ち位置って…?


 「完全部外者、イレギュラーってとこか? お前の出番ホントは、あのコンビニの路地で終わってるしw」


 ナニそれ救えぬぇ…。


 っか!


 たのんますよ! 部外者ってんならせめて元の世界に返して下さい!



 「僕ちゃんには無理な相談だね~」



 何で!?


 アンタ『神』でしょ???


 「いや? 違うけど?」


 へ?

 

 「『創造神』とかでもないから! そこんとこヨロシクw」


 ……ナニそれ?


 じゃぁ、こんなリアルに死ねるRPGの世界で、ろくに能力も与えられずどうしろと?


 死ねと…死ねと仰る?


 「あー僕ちゃんそこまで鬼じゃないよ! サービスだってしたじゃん?」


 はぁ!? いつ!?


 「その①『言葉』…異世界で言葉が通じないのは行き成りピンチじゃん?

  その②『出現場所』普通の人間を森とかに送っちゃうと魔物に瞬殺だかんね感謝しなよ!」



 ソレはどうも……じゃねーよ!!

 便器から男の尻に特攻させられた身にもなれ!!!



 「よし! 計算どうりだ!!」


 死にさらせ!!!

 てめっ! 何処にいやがる!

 マジでぶん殴りてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!



 「無駄無駄~この空間は僕ちゃんそのもの! この中じゃお前は自分の姿すら具現化できんよwww」



 え…?

 そういえば、自分の手も足も体も見えないし触れないだと…?



 「ま、頑張って生き抜いてよ! 『主人公』か『巻き込まれ』に、上手く合流する事が出来れば帰れる可能性が無い訳じゃないからさぁww」



 ちょっと待てよ!

 マジで、魔力とかくんないの? せめて身体強化くらい頂戴よ!



 「無いよ! 『イレギュラー』にあげれるモノなんて…本来なら召喚に巻き込まれた時点で『消滅』が常識だもん」



 酷ぇ…!



 「そんな可哀相な小山田君には、既に三つもサービスしてるんだから感謝してよね!」



 三つ?


 「ほら、もう起きなよ!レンブラン心配してんじゃん…元々気が弱い奴なんだから心配かけんなよ~」



 白い空間から『謎の声』が徐々に遠ざかる。



 待てよ!

 三つって事は…後一つ?



 「その内分かるさ…あとは、お前しだい…け…ん と  …いの…る」




 白い空間がまるで、鏡を割るように崩壊する!




 音は無かった。



 

 俺の叫び声すら『音』として認識されなかった。




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 白い空間の砕け散った漆黒の闇に、ソレは佇んでいた。



 『佇んでいる』ことは分かるが、一寸の光すら射さない深淵とも呼べる闇はソレの形を映さない。


 「ずいぶん甘かすんだね」


 佇むソレに、もう一つが声をかける。


 「…良いじゃないか、死なれたら困るだろ?」


 「…」


 もう一つは、ソレの少しむくれた声に少し苦笑をもらした。


 「此方から出来るのは、あの程度だ結果は変わらない…それに…」


 「それに?」


 「せめて、俺が甘やかしてやらないと…あの世界じゃアイツは生き残れない」


 「そうだね…『イレギュラー』…不必要なモノに『世界』は冷たいから…」


 「アイツは、本当に可哀相な奴だ…くくく」


 笑いを堪えきれないソレの様子に、もう一つは呆れたようにため息を付いた。


              

        ◆◆◆



 起きたら、牢獄なんてよくあるイベントですよね?


 俺は、全裸のまま腰にシーツを掛けられ鉄格子に藁の敷き詰められた一見家畜小屋のような場所に放り込まれていた。


 ああ…藁の匂いって落ち着くね…。


 「コージ! コージ!!」


 ガシャガシャと鉄格子を揺らす音と、誰かが名前を呼ぶ声。


 ガンガン頭痛がする中、俺はぼやけた視界で音のする方を見る。


 「ああ! 良かった! 気が付いたんだね!!」


 でっぷりとした体型が、安心したようにその場にへたり込んだ。


 「レ…ンブ…ラン? ……ココ…何処?」


 息も耐え絶えになりながら、俺はどうにか体を起こす。


 「此処は、村の牢だよ…ゴメン!! まさかこんな事になるなんて……」


 レンブランは、今にも泣き出しそうになりながら俺に謝り続ける。


 「待てて! 直ぐ何とかするから!」


 「ほう、ナニをどうするつもりかのう? レンブランよ…?」


 レンブランの背後から、地面を這うようなしわがれた老婆の声。


 「村長!」


 レンブランが村長と呼んだのは、背の低い老婆。


 黒いローブを頭からすっぽりと被り、曲がった背中に身長と不釣合いな長い杖を持つ姿はまるで絵本に出てくる魔女のようだ。



 「何で、コージを牢に入れるんです? 怪我をしてるんですよ!!」



 レンブランの問いに村長と呼ばれた老婆が口を開く。


 「…お前も見たであろう? この者には『治癒魔法』が効かぬ…それが何を意味するか解るであろうに!」


 「…知りません! 知りたくもありません! そんなのナンセンスだ!」


 レンブランの強い口調に、村長は思わず口を噤む。


 「開けてください!」


 「ならぬ!」



 ガッ!


 っと村長が、杖で石畳の床を叩く。


 すると、外の扉が開き男が一人慌てたように村長の方へ駆け寄ってきた。



 「村長! どうされましたか!?」


 「こやつを此処からつまみ出せ!」



 村長が男に命令する。



 「……分かりました」


 男は、レンブランのほうに向き直る。


 「どうした? レンブラン…お前らしくないぞ? 村長の言うとおりそいつはどう見ても危険だ」


 親しそうに声をかける所から、男とレンブランはどうやら知り合いのようだ。


 「グラチェスさん! こんなの間違ってるよ!」


 グラチェスと呼ばれた男は、肩に掛かるくらいの栗色の髪から生える尖った耳をピクリと動かした。


 年は多分20代くらいだろうか?

 鍛え抜かれた上腕二頭筋が特徴的なマッチョなナイスガイだ。


 「村で村長の言う事は絶対だ…それはお前も分かっているだろう?」


 「でも!」


 「本当にどうしたんだ? まるで人が変わったようだぞ?」


 グラチェスが、心配そうにレンブランを見る。


 そして、俺のほうに視線を移した。


 髪と同じ栗色の瞳が、探るように俺を見る。



 「そうか…生きていればあの位の年だな」


 その言葉に、レンブランがビクッと体を震わせた。

 

 「…レンブラン…死んだ者の面影を他人にいくら重ねても_____」


 「ナニをしておるのじゃ! 早く摘み出さんか!!」


 業を煮やした村長が、声を荒げる。


 「____さぁ、レンブラン此処から出るんだ!」


 グラチェスがレンブランに手を伸ばす。



 パシ!


 差し出された手をレンブランは弾いた。


 「レンブラン?」


 「嫌だ…せめて、薬を…」


 「ダメだ! こんな得体の知れない種族に触れるなんて危険すぎえる!!」



 うわっ…俺、未確認生物(UMA)扱いですな!


 「コージは危険な生物なんかじゃないよ! ちょっと混乱してるけど頭の傷さえ良くなればきっと自分の家族___」


 「いい加減にしろ! そいつが、『魔王の手下』じゃないとは言い切れないだろう?」


 声を荒げるレンブンランの言葉を、グラチェスがさえぎる。


 魔王の手下?


 やはり、この世界には魔王という存在があるらしいな…。


 じゃあ、やっぱ霧香さんが勇者で主人公、比嘉が巻き込まれで間違いない。


 つー事は、夢に出てきたアイツが言う通り霧香さんか比嘉に合流しないと俺は元の世界には帰れないってことだろうか?


 にしても…。


 あの白い空間で俺に話しかけたのは、一体何だったんだ?


 神でもなければ創造神でもないと言ってたっけ…まさか、邪神とか悪魔とかそっち系なのか?


 ただ、はっきりしている事は早い所この牢屋から出て多分近くにいると思われる比嘉に何とか合流しなければ俺に明日は無い。



 「___いい加減にするんだ! レンブラン!」


 俺の思考がそれている間に、レンブランとマッチョガイが軽い揉み合いになっていた。


 「コージは、魔王の手下なんかじゃないよ!」


 必死の形相で、抵抗を見せるレンブラン。


 何でだ?


 俺とはさっき会ったばかりなのに、どうしてそんなに必死になれるんだ?


 「ええい!! レンブラン!!! そこまで逆らうならお主も牢へ叩き込んでくれるわ!!」



 怒れる村長が、ヒステリックに叫ぶ。


 「しかし、村長この村に牢はこの一箇所しかありません!」


 グラチェスが、慌てたように反論する。


 「一緒に入れて置けばよい!」


 「……っ!」


 グラチェスは、渋い顔をしながら牢の鍵を開けるとレンブランを中に押し込んだ。


 「良いか! レンブラン! くれぐれも、不用意にその種族に触れるなよ!」


 そういい残すと、村長とグラチェスはその場から立ち去った。


 「大丈夫? コージ?」


 レンブランは、俺に駆け寄り頭の傷を確認しようと手を伸ばした。


 「っつ…!」


 「うあっ、ゴメン! まさかコージがこんなに体が脆い種族だったなんて思わなくって…!」


 レンブランは、わたわたとしながら「ちょっと待ってね!」と体をもぞもぞさせる。


 ふとましい体格の所為で気が付かなかったが、レンブランは背負っていたリュックを降ろし中から薬と思われるものを取り出す。


 ガラスの小瓶に入った透明な液体を、手に取りよく馴染ませパックリ空いた俺の頭の傷に塗る。



 ジュウ!


 「でっ!!!」


 「我慢して! かなりしみるけど、一番よく効くヤツだから!」


 レンブランの言う通り、かなりしみたが同時に傷の痛みも引き始めた。


 「よかった~薬は効くんだね!」


 そう言うと、リュックから取り出した包帯を俺の頭に丁寧に巻きつける。


 「た…助かった…ありがと…」


 「ううん! 元はと言えば ボクが悪いんだ…本当にゴメン!」


 レンブランは、さらにリュックを漁る。


 「これ…」


 差し出されたのは俺の制服一式に、眼鏡ケース、スマホに学校に持って行く様の手さげ鞄。


 「おおお!」


 「服は何とか乾いたよ、けど…その四角いヤツは壊れてるみたい…」


 スマホは、見る限り水没だ。


 画面の中まで水滴が付いてる…眼鏡は無事、手さげの中はノートと筆記用具。


 教科書は学校に置く派だから普段から持ち歩いているのはその位だ…こっちは意外に大丈夫そうだな。


 「いやぁ、助かるよ! 全裸にシーツじゃ流石に心元無かったからさ!」


 「…」


 レンブランはジッと俺を見つめている。


 「え? ナニ…?」


 「ボクが推測するに…コージは、絶滅寸前の貴重な種族だと思うんだ…!」



 はい?


 「多分、コージがボクの家のトイレから出て来たのは『空間転移魔法』を使った転送中の事故で…記憶が曖昧なのはボクが殴った所為だと思う」



 レンブランは、至極真剣な眼差しを向け俺の手を取る。



 「大丈夫、何があってもボクがコージを仲間の所に送り届けるから!」



 俺、レンブランの中で絶滅危惧種…レッドデータブック入り。



 しっかし、『送り届ける』って…。


 もしかして、コイツ俺について来る気か!!?


 いやぁ…RPGにもさ、やたら理解のある協力者とか結構出てくるけどさ、このレンブランの俺に対する対応はあまりにも出来すぎている!



 考えてもみろよ?


 俺と出会ってから、多分半日も経っていないし何の予兆も無くトイレから自分の尻目掛けて特攻した不審者を何で助けようとるんだ?


 俺なら、こんな怪しい奴なんぞ絶対に信用しないね!


 …もし、考えられる事があるとすれば…。


 「なぁ、俺はそんなに似てるのか?」


 「え?」


 「ほら、さっきマチョガイが言ってた…生きてればなんとかって…だから俺に…こんなに…」


 俺の言葉に、レンブランが少し悲しげな顔をした。



 「ううん…全然似てないよ! でもきっと…」


 『今度こそは…』っと、レンブランは消え入りそうな声でそう呟く。


 俺はその表情が余りに硬く悲しげで、それ以上何も聞けない。


 そんな俺の気まずそうな様子に気がついたのかレンブランはパッと顔を上げる。


 「ほんと気にしないで! コージが混乱してるのはボクの所為だから手助けするのは当たり前だよ!」


 屈託のない笑顔を浮かべるレンブラン。


 今は何を言っても、俺が異世界から来たなんて信じないんだろうなぁ…はぁ…。


 にこにこ笑うレンブランを見ていると、何故か仁の事を思い出す。


 急に俺が居なくなってビックリしてるだろうし、親父も母さ…母さんの事だからあらゆる伝手を使い日本中引っくり返す勢いで俺を探す事だろう。


 真っ赤なパンスーツの『法廷の赤い悪魔』が、髪を振り乱し荒ぶってるさまが目に浮かぶ。



 ああ、怖い。


 何で俺は一人っ子なんだろう?


 せめて、兄弟が居れば母の狂愛を一身に受ける事も無かったのに。



 「はぁ…早く戻らなきゃ…」


 「コージ?」


 辺りを見回すも、頑丈な格子がぐるりと張り巡らされている…外から鍵を開けてもらうしか脱出の機会は無いようだ。


 鍵は、村長かマッチョガイが持っていると推測する。



 …今、じたばたしても始まらない。


 まずは、RPGのテンプレらしく情報収集といこうじゃぁないか!


 「なあ、この世界について教えてくれないか?」


 俺の言葉に、リュックから食べ物を取り出し始めていたレンブランが驚いたように顔を上げた。



 レンブランの話によれば、この世界は『イズール』と呼ばれている。


 テンプレ通りの剣と魔法の世界だ!


 大きな陸地は一つで、その周りを小さな島が囲む。


 大陸にある6つの大国によって世界の均衡は保たれていて、多種多様な種族がそれぞれの独立した文化を持ち今まで平和にやってきたらしい。



 今までは。


 ソレも今や、世界を滅ぼす存在『魔王』の出現によって一気に滅亡の危機に瀕しているそうだ。



 「ああ、それで異世界から勇者を召喚したわけねぇ」


 ぼそりと言った俺の言葉に、レンブランが訝しげな顔をする。


 「コージ…確かに勇者様は居るけど、異世界からなんて召喚してないよ…大体『異世界』だなんてある訳無いじゃない!」


 はぁ…と、レンブランはため息を付く。


 ?


 異世界から召喚してないってどういう事だろう?



 …いや、極秘に呼び出されて一般には知らされて無いだけなのだろうか?



 この世界には、現在把握されているだけでも200を超える種族が暮らしているらしい。


 どうやらレンブランは、その全てを記憶しているらしくまるでお経のように種族とその科や目まで唱え始めたので慌てて止めさせた!


 「ホント! コージみたいな種族初めて見たよ!」


 まるで、レアポケ●ンを見つけた子供のようにレンブランは瞳を輝かせる。


 俺は、はしゃぐレンブランにずっと気になっていたこ事を聞いた。


 「なあ、レンブラン…さっき村長が言ってた俺に『治癒魔法』が効かなかったってどゆ事?」


 その問いに、レンブランの声のトーンが落ちる。


 「うん、実はコージを殴った後…血が止まらなくてこの村で治癒魔法が使えるのは村長しかいないから呼んで来たんだけど…」



 レンブランは言葉を濁す。



 「何が、あったんだ?」


 もじもじしていたレンブランが、重い口を開く。


 「村長が、どんなに治癒魔法をかけてもコージには全く効果が無かったんだ…」



 効果が…無い?



 「ナニそれ? どゆ事?」


 「ボクに聞かれても! そんなの、こっちが知りたいくらいだよ! 『治癒魔法』が効かない生物なんて! 魔物にだって効果が有るのに…」


 レンブランは、ブツブツと何事か呟きながら考え込むそぶりを見せる。


 俺の体から一気に血の気が引いた。



 …これは、かなり不味いかもしれない…!



 夢に出来たアイツの言葉が、頭の中をグルグル回る。




 『イレギュラー』『モブキャラ』『完全部外者』



 それらを頭にとめて、改めて自分の置かれた状況を整理することにした。




 ・ここ、異世界 モンスター犇めくガチで死ねるリアルRPG


 ・俺、非チート まほー? ナニそれおいしいの?


 ・現在、牢屋に投獄中 魔王の手下と思われている


 ・装備:学ラン・眼鏡・スマホ(水没)・手さげ袋(ノート+筆記用具)


 ・クリア条件:『主人公』及び『巻き込まれ』に合流する事!



 それに、まだ確証に至らないけど俺には回復魔法の類が効かないかもしれない…?


 なにコレ、限りなく無理ゲーだよね★



 百歩…いや、一万歩譲ってさぁ!

 魔法とかが使えないのは『アリ』でしょう…テンプレから多少ずれはするけど厳めの設定ならまあアリかもしれません!


 でもそこは、何かしらのフォローが入ってしかるべきだと俺は思うんですけど!?


 俺は、一縷の望みをかけてレンブランに質問した。



 Q:この世界に『学園』などはありますか?

 A:ガクエン? なにそれ美味しいの?


 Q:『ギルド』はありますか?

 A:…食べ物の話ではないんだね?



 Q:魔力が無かったり回復魔法の効果が無かったりすることはよくありますか?

 A:聞いた事ない! この世界のどんな生物にも必ず魔力は有るモノだし、増してや治癒魔法が効かないなんてありえないよ!



 Q:アナタは異世界の存在を信じますか?

 A:ボク、コージの記憶障害舐めてた…本当にゴメン…もし家族が見つからなくても必ず責任取るから!



 上記から判った事は、俺一人の手には負えないと言う事実。


  テンプレでありがちな『魔法学園』で、潜在能力解放的なフラグも無く。

 

 ましてやギルドとかの存在も無い。


 リアルRPGの剣と魔法の世界で、魔力も与えられず戦う術を何一つ持ち合わせていない只の中学二年生が一人。


 藁の敷き詰められた牢の中心で、頭に包帯と全裸で腰にシーツを巻いた姿で跪きながら丁寧に畳まれた学ランを見つめていた。


 「コージ…」


 俺が、呆然と畳まれた学ランを凝視してると視界にナニやら赤い木の実らしき物が差し出される。


  「?」


 顔を上げると、レンブランが今にも泣き出しそうな顔をしてソレを差し出していた。


 「あの、ボク…こんな時どうしていいか分かんなくて…とにかくコレ美味しいから!」


 あ…そっか、こいつ自分が殴った所為で俺の頭がおかしくなったと思ってんだっけ?


 俺は、差し出された木の実を受け取る。

  

 大きさは、ソフトボールくらいでリンゴより少し柔らかくかなり甘い匂いがするな。


  

 「ありがとうな…」


 レンブランは、果実を受け取った俺を心配そうに見つめる。


 え?


 もしかして、今直ぐ食べないといけない空気?


 はぁ…、レンブランがうろたえる姿は見てる分にはクソ楽しいけど、これ以上責任感じてもらうのも悪いしな。


 …そのまま齧ればいいかな?


 ジャグ…!


 リンゴを齧る要領でかぶりつく。


 「…うまい」


 気が付くと、俺はあっと言う間に赤い果実を平らげていた。


 「よかった~もっといろいろあるんだよ!」


 レンブランに促され視線うを移すと、そこには藁の上にシートが敷かれ俺が見たことも無いような食料と思われる物が並べられてそこだけとても牢とは思えない。


 まるでピクニック!

 いつの間にティーポッドまで?


 明らかに、そのリュックの体積越えてるよね?


 「さっきのヤツは、『ドンドルゴ』って言ってこの村の名産なんだ~他にもコージが食べられそうなの一杯持ってきたから! 遠慮しないで食べてね!」


 そう言うと、レンブランは次々に食べ物を進めてくる!


 どうやら、俺に拒否権はないらしい。


 


 ~小一時間後~ 

 


 「あ~食った~も~入いんない…ゲップ」


 俺は、大の字になって藁の上に寝転んだ。


 どうやら、俺は自分が思っていたよりも空腹だったらしい…こんなに食ったのは人生至上初めてだろう。



 「美味しかった?」

 

 「あ、うん…あの肉の串焼きみたいのが特に」

 

 「良かった~やっぱりコージは雑食性の生物なんだね! 歯並び見た時そうじゃないかと思ったんだよ~」



 歯並び? 俺が気失ってる間に何したのコイツ?


 俺はレンブンランの奇行にドン引きしていたが、なんかそんな事どううでもいいくらい腹いっぱいで何だが眠くなってきた。


 レンブランが、ナニか言ってるけど聞き取れないや…眠い…あーもーあれこれ考えるのは止めだ…なるようになる。

 

 ああ、そーだよ…俺が比嘉を探すよりあっちが俺を見つけるのが早いかも知れない…うん…とりあえず今は寝よ。


 「お休みコージ」


 俺は、あっさり意識を手放した。  

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