これは女装では無い!女装備だ!
綾部 響
101階でのプロローグ
「クッソー……今日も……仕事か―――っ!」
夜の摩天楼に、一際高くそびえる100階建ての高層マンション。
その一室。101階の部屋に、今日も彼の怒声が響き渡ります。
彼は全身を映し出す大鏡の前で、全裸の姿を晒しながらそう吐き捨てると、持っていたコードレス電話をベッドへ放り投げました。
因みに彼の名誉を守る為ここで注釈を入れておくと、彼はナルシストでも露出狂でもありません。
全裸で、しかも鏡の前に立っていたのは全くの偶然。風呂上りに下着を取りに来たところ、電話が鳴り、それに対応していただけの事なのです。そしてその場所が、たまたま大鏡の前であったと言うに過ぎませんでした。
だけど、ボックが言うのも憚られるのですが、彼は非常に素晴らしい肉体を有しています。
まるでギリシャ彫刻の一つと見紛う程、彼の体には理想的な筋肉が盛り上がり、逆に不要な肉は一切見当たりません。
スリムであり、それでいて筋肉質。所謂 “細マッチョ” と言った感じでしょう。
女性がウットリする肉体の持ち主は、やはり女性の目を引く甘いマスクを有していました。
短く刈り込まれた黒髪は美しく、闇が覆われたこの部屋においても、僅かな光に反射し煌いています。
少し童顔の面持はありますが、逆にそのギャップが女性ウケする事間違いありません。
ただし、彼は真っ当な職業に就いている訳では無いのです。故にその目は、かなり鋭い物となっています。だけどそれすらも、彼の端正な顔立ちを際立たせる特徴になっています。
「こっちが反論出来ないのを良い事に、無理難題ばっかり押し付けて来やがって……」
―――ガチャッ……ギギギッ……
ブツブツと文句を言いながら、出発の準備を整える彼、
何故、隠し部屋が存在するのか……。
―――ここには、彼の秘密が存在しているに他ならないからです。
彼は「異能者」です。
何の変哲も捻りも無いこの呼称は、西暦2200年代に措いては、特別な感情を込めて一般人からそう呼ばれています。特別な感情とはすなわち、
―――畏怖、畏敬、嫌悪、忌避……。
普通で考えれば持ちえない物を持つ人々を、この時代の人はやはり分け隔てて認識していました。
そしてこの時代、「異能」を持つ者は世に蔓延り、巷を席巻している……等と言う事はありませんでした。
世間より明確に認知される事となった「異能力」ではありますが、やはりその保持者ともなると非常に稀有な存在となるのです。
しかしだからこそ、権力者には是非とも手元に置いておきたい人種でもあるのでしょう。
―――何故なら「異能力」は非常に強力で、「異能」は「異能」を以てしか抑える事が出来ないからです。
世に認められる、全ての「異能」が強力無比とは限りません。中にはどうやっても使いようの無い能力も存在するのです。
―――例えばボックの様に……。
ボックはピノン。ご主人である直仁様より、そう呼ばれて愛玩されています。
お気づきでしょうがボックは「異能者」……いや「異能獣」とでも言いますか。もしくは「異能鳥」?
兎に角、ボックは周囲から、とても利口なセキセイインコとして認識されています。
ボックの「異能」は、もう解りますね。人間を凌駕する記憶力、遥かに高い言語理解力を有していると言う物です。つまり高い知能を有しているのですが、その事を知る者はこの世に、いません。
―――何故なら、ボックの異能は、誰にもそう説明出来ないからです。
ボックには、人と同等以上の言語認識能力と、それを余す所無く記憶する能力が備わっています。しかし「言葉を発する」と言う「異能」は備わっていません。
つまり、蓄えた知識を活かす事が出来ないのです。
それがつまり、使い用の無い能力。宝の持ち腐れな能力なのです。
因みに類似品として「言葉を発する異能」のみを保持した獣も存在します。しかしこちらは私よりももっと悲惨な扱いを受けていました。
ちょっと想像すればわかると思いますが、獣の思考をただ人語として口に出来るだけの能力なのです。
以前見かけた「人語を話す犬」等は最悪でした……。
―――四六時中「散歩散歩、エサエサ、交尾交尾」
周囲の人々が、その犬を蔑んでいた瞳は今でも忘れる事が出来ません。
そう考えれば、その逆の「異能」を持つボック等は、まだ恵まれていると言わざるを得ないでしょう。この「異能」を世間に、直仁様の為に使う事は出来ませんが、少なくとも可愛がって貰えるのですから。
―――ギギー……ガチャンッ!
重々しく扉が閉まる音が聞こえました。直仁様の準備が整い「隠し部屋」より出てきたのです。
ボックはそう確信して、自分の羽根を広げて部屋を優雅に羽ばたきました。
隣の部屋では直仁様が、いつにも増して仏頂面を浮かべ、やはり大鏡の前に立っています。
今日の御姿は……いつにもまして、全く似合っておりませんね。直仁様が不機嫌極まりない表情を浮かべるのも、良く解ると言う物です。
「……さて……行くか、ピノン」
「ピヨヨッ」
直仁様の声掛けに、少しでも気持ちを晴らして貰おうと、ボックは飛びっきり明るい声でそう返答したのでした。
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